遠くから来て遠くまで。

エルネア王国プレイ中に生じた個人的妄想のしまい場所。

思い残すことはない。

「親父!素人相手に龍騎士銃まで使って、何てことするんだよ!ジャスタス、大丈夫か?」

「素人...?何を言っている?彼は山岳兵で、れっきとした武術職の一員だよ。武術職同士なら、お互い全力で戦うのが、礼儀というものさ...。カール、お前も武術職を志す身なら、よく覚えておくといい」

かつて妹と山岳長子ジャスタスの結婚話に激怒した父は、「実力を試す」という名目で「娘の恋人」を練習試合に誘った。ジャスタスは後に12歳で兵団長になるほどの実力者だがいかんせん当時はまだ7歳の若造だった。当然龍騎士相手には全く歯が立たず、父の龍騎士銃にあっけなく吹き飛ばされたのだった。

あの時、父の大人げなさに俺は腹を立てた。

だが...「全力で戦うことこそ礼儀」

そのことの意味が、今なら解るような気がする...。

 

 今日は5日。

恒例の近衛騎士トーナメントが開幕する。

目が覚めるまで正直恐ろしかったが、取りあえず今日はガノスに召されずに済むらしい。

身体の調子はむしろすこぶる良かった。ここまで良いのは逆に久しぶりかもしれない。

試合は夕刻からだが、俺は少し早めに闘技場に着いていた。

空気は冷たく澄んでいて、見上げた空は抜けるように青い。

ここには沢山の記憶が残っている。

観客として見守った父の勇姿。

苦い思い出となった初めてのエルネア杯。

トーナメントで初優勝した時の喜び。

そしてー。

義弟、弟、護り龍と激戦を繰り広げた、忘れえぬ「あの日々」の記憶ー。

ここの土を踏むのは、今日がもう最後になるだろう。

これから、最後の大仕事が待っているんだー。

 

*********************************************************************

近衛騎兵としての初試合。

ついにこの日がやってきた。

対戦相手は近衛騎士隊長 カール・オブライエン...僕の父だった。

子供の頃から、僕は父の背中を追って育ってきた。

父は最初から「強い騎士」ではなかったが、決して諦めずに鍛錬を重ね、騎士隊長ーそしてついに龍騎士へと登りつめ、長年の夢を叶えた人だ。

その父の姿に僕は常に勇気づけられてきた。父は僕の憧れであり目標だった。

僕の最初の対戦相手が、その父であることー。

それは恐ろしくもあったが、同時にとても嬉しかった。

だけどー、今日無事に「その時」を迎えられるか不安だった。

試合を目前にして、父の命が尽きないかどうか。

朝になり恐る恐る隊長居室を訪ね、父の元気な姿を見て胸を撫で下ろした。

「ようランス!」

そうやって手を挙げる父はいつも通りだった。

「どうした?そんな顔をして。試合前に対戦相手に出会った時は、普通こう言うもんだぜ。〚今日の試合、負けないからな!〛ってな」

「い、いや...僕には...そんなこと..」

僕と父では実力が違い過ぎる。昨日の探索でそれは痛いほど解っている。

「ランス」

父の表情がにわかに険しくなった。

「そんな弱気でどうする...!?どんな強い相手だって、絶対に勝てない相手なんて存在しない。試合というのものは、いつも本当に、何が起こるか解らないんだ。だから俺も試合前には常に緊張しているさ...。

試合の勝敗は、確かにその9割は個々の能力や技術に左右される。だが結局最後に決め手となるのは「どれだけ勝ちたいと思うか」その気持ちの差だ。最初から諦めるんじゃない!」

この言葉は「父」からのものではない。

完全に「近衛騎士隊長」としてのものだった。

やっと分かった。

僕はもう素人の国民じゃない。

栄えあるローゼル近衛騎士隊の一員だ。

僕は隊員として、この言葉に応えなければいけないんだ。

ここで求められてるのは、弱気の発言なんかじゃない。

陛下の前での栄えある今年の初試合、それを任されていることを忘れてはいけない。

 「父さん...、いえ、隊長」

僕は深く息を吸い込んでから、力強く答えた。

「今日の試合、負けませんから!」

父はふっと笑った。

「こっちこそ負ける気がしないね」

 「手加減はしないで下さい...僕も全力であなたに挑みます」

「望むところさ...試合で会おう!」

「はい!」

僕は父が差し出してきた手を、強く握り返した。

 

夕一刻。

「総員、陛下にー、敬礼!」

父の声が力強く響き渡った。

去年までは観客としてこの声を聞いていたが、今は最後尾ながらも騎士隊の一員として剣を構えている。 ここに立つために、僕は選抜トーナメントを戦ってきた。

「我らローゼル近衛騎士隊は実力主義の精鋭部隊」

父の声が続く。

「その名に刻まれた伝統に恥じぬ戦いぶりをご覧に入れましょう」

望みながらもこの場に立てなかった他の志願者達のためにも、

僕は全身全霊を込めて、今からの試合に臨まなければならない。

それが自分に課せられた「責任」だ。

 

「ありがとうございますー、それでは本日の試合の準備をよろしくお願い致します」

いよいよだ。父と僕を残して、他の隊員たちは闘技場から一旦退場となる。

 

神官の選手紹介が始まった。

「右手の選手はー、カール・オブライエン」

父は堂々とした様子で右手を挙げた。

拍手が盛大に沸き起こった。「龍騎士」のおそらくは最後の試合ー、ということもあるのだろうか。例年より観客が多いようだ。

「左手の選手はー、ランス・オブライエン」

今度は自分が手を挙げる番だ。できるだけ堂々とー、そう思ったけれど、少しぎこちなかったかもしれない。が、父よりは少ないながらも、観客達は僕にも拍手を贈ってくれた。

父と僕は向き合った。父からは恐ろしいほどの気迫が感じられる。

その気迫に気おされないように、足を踏ん張り、剣を握る手に力を込めた。

「互いに礼」

「はじめ!」

先手を取ろうー!

そう思い、足を踏み出しかけたその瞬間に、父から強烈な斬撃をくらった。

食らったのはたった一撃なのに、僕ははるか後方に吹っ飛ばされ、背中から地面に投げ出された。砂埃がぶぉん、と巻き起こった。

勝負はほんとうに一瞬だった。

「勝者、カール・オブライエン!」

神官の声が一層高く響き渡り、父は勝者であることを知らしめるかのように、龍騎士剣を持った手を上に突きあげていた。歓声がどっと沸きあがった。

「...うっわー、えげつね...」

「相手、息子だろ?ここまでしなくても勝てるだろうに、容赦ないな...」

「この技って...あれじゃない?確か、エルネア杯で山岳兵団長と戦った時の...」

食らった斬撃の重さに頭がぼうっとする中、騎士隊の面々がヒソヒソ噂する声が耳に入った。

そうか...。この技はジャスタス叔父さんと戦った時の...。

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叔父もまた、僕など及びもつかないほどの強力な戦士だった。その叔父にいかに勝つかー、父が策を張り巡らせていたのを僕は覚えている。

あの技をー、叔父とは比べものにならない、弱い自分のために使ってくれたんだー。

思わず、目に熱いものが溢れてくる。

僕がなかなか立てずにいるので、流石に父が手を差し伸べようとしてきた。

だけど僕は首を振った。

一人で立てる。

身体のあちこちに痛みが走ったが、何とか立ち上がることができた。

鎧についた砂を払った後、僕は父に手を差し出した。

「...お見事でした、隊長」

「ありがとう」

父と僕は握手をし、周囲から拍手が沸き起こった。その音になぜか温かさを感じた。

 

騎士隊トーナメントは伝統的に、新人最下位の騎兵と騎士隊長が最初に対戦するルールとなっている。

弱いものいじめだと揶揄する声もあるが、僕はこれは必要なものだと思う。

騎士隊長は「剣技の達人」たる誇りをもって、新人に騎士の何たるかをその技で伝えるんだ。それをどう受け止めるかで、新人の今後が決まるー、そんな気がする。

最高のものを前にして、所詮自分は弱いと諦めるか、それともそれを糧にして前に進むかー。

僕は後者でありたい。そしていつかは自分もー。

 

「...これでもう」

試合が終了し観客があらかた捌けた後、父は下を向いて静かな声で呟いた。

「思い残すことはない、もう何もー」

父の顔色がさっきより青白い気がする。

「カール、ねえ、もう帰りましょう」

その変化にいち早く気づいた母が、父の腕を取り、帰宅を促す。

「そうだな...帰るか。ランス、じゃあまたな。ああ、大丈夫だよアラベル、一人で歩ける。」

父は腕に回された母の手を、そっと優しく降ろした。

「ランスも今日はよく頑張ったね。私たちは帰るから、また明日ね」

「兄さん、また明日」

母と弟に伴われて帰途につく父に向かって、僕は叫んだ。

「父さん!」

「...何だ?」

父は振り向いた。その青い目はいつになく澄んでいた。

夕暮れの光に照らされて、赤い髪が燃えるように輝いていた。

「また明日だよ!」

父は微笑んだ。

「ああ...。また明日な」

そう言って僕に向かって手を振った後、父は踵を返して去っていった。

知らぬうちに、自分の目からとめどなく涙が零れ落ちてきて、頬を濡らすのがわかった。涙を拭うことなく、僕は父の背中を見ていたー。

今日のこの一日のことを、僕はきっと一生忘れることができないだろう...。

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家に着いた途端、全身の力が抜けるのが解った。俺はたまらずベッドに倒れこんでしまった。

「全く、意地張って...あなたったら。手を貸してくれ、素直にそういえば、いいのに...」

「ほんとだよ、父さん...」

アラベルもアルドも涙ぐんでいた。

そう言うなよ、俺だって親父としての矜持ってものがある。最後にランスに見せる姿がー、お前たちに支えられてヨロヨロ歩く姿なんて、真っ平だ...。

そう答えたかったが、猛烈な倦怠感に襲われて、しばらく言葉を発することができなかった。いつもとは違う感覚だ。これはきっとー。

「...なあ」

ようやく口を開くことができた。

「なあに?」

ベッドの傍らに腰かけて、ずっと俺の手を握っていたアラベルが、青い大きな目で俺の顔を見つめてきた。

俺が何か言おうとするとき、そうやってじっと俺を見つめる仕草を、いつも愛おしく思っていた。

「俺、今日...うまく...戦えたかな...?あいつに...何かを...残せたかな...」

「大丈夫」

アラベルは両手で、俺の手をしっかりと包み込んだ。

「カール...立派だったよ。わたしたち、みんなー、あなたのことを誇りに思ってる。だから、安心して...。」

そう語る妻の目から大粒の涙が零れて、俺の手をしとしとと濡らしていくのがわかった。

その涙の感触は温かかった。

俺はほんとうに幸せ者だよ、アラベル、ほんとうにありがとうー。

旅立ちが迫ってきていることを感じたが、俺はもう何も怖くない...。

 

 

 

 

 

残された時間。

「昨日、アラベルちゃんと会って話したんだけどね...兄さん、体調が悪い時間がこのところ急激に増えてきたって...もしかしたら、もうそろそろ...」

「そうか...」

父と母が、食後のイム茶を飲みながら、悲痛な面持ちで話していた。今日は3日で評議会がある日だけれど、伯父は大丈夫なのだろうか...。

伯父とは新年の誓いで顔を合わせていた。だが挨拶程度で大した話はしなかった。あの闘技場での一件以来、何となく話しづらくなっていた。

伯父はおれが子供の頃から、おれのことを可愛がって目をかけてくれた大事な存在だった。といっても特別扱いというわけではなく、アルベルトやヒルダにも、勿論他のいとこ達にも平等に優しかった。おれは伯父のそういう所がとても好きだった。このままで良いわけではないのは解っている。

 

あの時まで、おれは無意識に伯父に甘えていたのかもしれない。もしかしたら龍騎士であるこの人なら、自分が抱えている責務の重さ、それに対する逃れられない閉塞感、そんな諸々の想いを理解してくれているだろうと、勝手に思い込んでいたんだ。

でも違っていた、伯父とおれでは歩んできた道のりがまるで違う。だから考え方も違うのはどうしようもないんだ。伯父は面倒見のいい人だから、あの後すぐ立ち去らなかったら、きっとおれを「諭し」にかかっていただろう。そんな無味乾燥なことを言うな、自分のやりたいことを大事にして夢を持てって...。そんな風に踏み込んでこられるのは嫌だった。だから離れた。

 おれが抱えているものを分かってほしい、そんなことを望むのは傲慢だ。ただ、非礼を詫びたかった。今までのお礼を言いたかった。それ自体が自己満足かもしれないけれど。

 

昼一刻になり評議会が始まったが、伯父は無事元気な姿を見せていた。会はつつがなく終了した。

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議会終了後、伯父はもう一人の叔父、ガイスカとそのまま仕事に向かおうとしていたので、勇気を出して声をかけた。
「カールさん...」

「あぁ、イグナシオ」伯父は振り向いた。普通に笑顔だった。

ガイスカさんの方は状況を察したのか「先に行くよ」と軽く会釈して歩いていった。

「どうした?」

「この間は...闘技場で失礼な態度をとって、ごめん」

「何か...あったっけ?」

伯父が本当に覚えていないのか、忘れた振りをしているのかはわからない。

そのどちらにせよ、その言葉に甘えて、伝えるべきことを有耶無耶にしておきたくはなかった。

 「伯父さんがせっかく気を使ってくれたのに...おれはその好意を真っすぐに受け取れなかった。伯父さんとおれとでは、多分...見えてるものが違うから...。でも、今更その「違う」ことについて議論するつもりはないんだ。解決するのは、今は難しいと思う。解ってくれとは、とても言えない。」

伯父はおれの話を真顔で黙って聞いていた。表情に潜む感情は読み取れなかった。

「ただ...おれは伯父さんのこと、とても好きだし、今までずっと、おれや家族のこと、気にかけてくれてありがとう...いつも伯父さんが近くにいてくれて、本当に助かってたよ...ただ、それを言いたくて」

伯父の表情は真顔のままだったが、少しだけ笑顔が戻り、口を開いた。

 「イグナシオ...。「後のこと」はもうみんなガイスカに任せてあるから、俺は今は残された時間をいかに過ごすか、それだけに集中することにしてるんだ...。だから...俺も正直、そもそも議論する余裕すらないってところさ...」

伯父の声はただただ静かだった。本来はもっと熱い人なのに。そのことが、残された時間の少なさを如実に表わしていた。

「まあそれは置いといて...そうやって、助かってたって言ってくれて、嬉しいよ。あんまり褒められることに慣れてないんだ...。いつも「もっとしっかりしろ」って言われ続けてきたから。こちらこそ、ありがとうだな...」

「...」

そう言っておれに向けられた笑顔はこの上もなく優しかった。寿命を告げられた時と同じように、おれは何も言えなくなってしまった。

「ああそうだ、ひとつ、お前に頼みたいことがあるんだが、いいかな?」

「何?」

「明日、ランスとゲーナの森に探索に行く予定にしているんだが、良かったら一緒に来てくれないか?正直俺は身体がどこまで動かせるか解らないし、万が一俺が途中で戦えなくなった時、ランスの腕じゃ、まだ一人でゲーナの森は抜けられない。お前となら安心だ。」

ランスは伯父の長男でおれの一つ年下の従弟だった。おれは昔からランスを弟のように思っていた。もしかしたら、実の弟のアルベルトよりも、心の距離は近いかもしれない。大事な友人だ。断る理由などない。

「勿論、いいよ!」

伯父はいつも見せてくれるいたずらっぽい笑みを返した。

「助かるよ。じゃあ、明日昼1から、宜しくな。こうやって約束をしている間は、俺はまだ生きられるような気がするんだ。森の入り口でランスと待ってるよ」

「解った。じゃあ、明日ね」

この言葉が裏切られないことを、おれは祈った。

 

4日になった。

もし伯父さんが危篤になっていたら...と怖かったが、幸いなことにそれは杞憂に終わった。約束通りゲーナの森の入り口で、二人は待っていてくれた。

「イグナシオ、こっちだよ!」

ランスが手を振っている。そういえば騎士姿のランスを見るのは初めてだった。生真面目なランスに騎士隊の鎧は良く似合っていた。何故か髪形をオール・バックに変えていたのが可笑しかった。成人したての頃も同じ髪形をしていたが、新成人に見えないと友人達にからかわれて、自然なスタイルに戻していたっけ。

「...気合い入ってるな、ランス」

「そうそうこいつ、騎士隊だからキチンとしなきゃいけないって思いこんで、こんな整髪料ベタベタの髪形にしてきたんだ。笑えるだろ?」

「父さんっ!」

父親からのいじりにランスは憤慨していた。そこにいるのは完全にいつものカール伯父さんだった。息子の前では、弱ってる姿を見せたくないのかもしれないが...

「冗談は置いといて、時間が勿体ないから、さあ行こうか」

おれたちはゲーナの森に入っていった...。

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幸い伯父の体調にも異変は起こらず、探索は無事に終了した。

おれたちは良い気分で帰途についていた。

「ランス、いい感じだったぞ。明日の試合、俺は楽しみにしてるからな!」

明日の騎士隊トーナメント開幕戦で、この親子は対戦する予定となっている。

「...う、うん。父さんに恥ずかしくない戦いぶりを見せれるよう、頑張るよ...」

ランスは緊張を隠せないようだ。

「何だ何だ、そんな弱気でどうする?俺に勝ってやる、ぐらい言ってくれよ」

「いや...今日の父さんの剣さばき見て、そんなこととても言えないよ...」

三番目の叔父グラハムだったら、たとえ腕が及ばなくても強気に出るだろうが、ランスは現実主義者だった。それが良いところでもあったが、伯父には物足りなく映るのかもしれない。

「カールさん、ランスに無理にプレッシャーを与えなくても...。こういうのは自分にとっての自然体で臨むのが一番いいと思うよ。おれと父さんは山岳兵の制度上、試合で戦うことはできなかったから...正直羨ましいよ。ランス、頑張れよ」

「有難うイグナシオ...そうか、山岳は引退しないと子供が試合に出れないんだよね...。」

「ジャスタスも、お前と戦えるとあらば、さぞ張り切っただろうにな...。俺もジャスタスともう一度戦いたかったよ。あいつは強かった。正直、今も勝てたのが不思議に思う時もある..。あいつだけじゃない、弟にも、護り龍にも...。」

伯父はふと遠くを見るような目をした。あの運命のエルネア杯のことを思い出しているのかもしれない。

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まだあれから1年ほどしか経っていないのに..こんなに早く...伯父がいなくなってしまうなんて...。

「まあ、過去を思い返すより、今は明日、だな。明日が無事来ることを祈って、じゃあ、また」

「うん、伯父さんもランスも頑張って、おれは明日は応援に行けないけど...いい試合になることを祈ってるよ、じゃあね」

「ありがとう、イグナシオも、自分の試合頑張れよ!」

エルネア城で二人と別れ、おれはドルム山道を登って家路についた。

山に吹きおろす風はまだ冷たい。

その冷たさを頬に受けながら、おれは伯父とランスの明日が無事にくることを願った。

 

※ゲーム内でおなじみかつ恐怖の「寿命宣告」ですが、「もう長くない」と告げるからには、何らかの予兆が「告げる側」に起こっていそうです。そこで毎回捏造ですが、ガノス行きが近くなると予兆が始まり、その予兆が何であるかは人によって違う...という設定を加えてあります。今回のカールの場合は「おかしな体調不良」が起こり、ガノス行きが近づくにつれその回数が増えてくる...という形です。そのほか、亡くなった友人や親族の幻が見える...などの予兆が起こることも...?...って鬱な設定ですね、すみません...(>_<)

 

 

 

 

イグナシオ編おまけ:マブダチになった日。

話の流れをブッタ切ってすみません(^^;重たい話が続いて中の人がちょっとしんどくなったので息抜きに番外編。時間軸は「性格を変える薬」123とほぼ同じくらい。

 

「サンチャゴ、お隣のイグナシオ君と遊ばないの?せっかく同い年の男の子がいるんだから、遊べばいいのに...」

「やーだ!あいつ、ナヨナヨしてて弱虫だから、きらーい!」

俺はプラマー家、イグナシオはコロミナス家の跡取りで、それぞれ山岳の家1と2に住んでいる。同じ山岳長子、しかも同級生でご近所...という「友達になる最高条件」を満たしているというのに、俺はイグナシオとは滅多に遊ばなかった。

お袋に言ったように、ナヨナヨしているあいつと行動派の俺とは気が合わない...、ということもあるが、今更だから恥を忍んで言うと...実はあいつがやたらと女の子にモテるのが気に入らなかったからだ。イグナシオは無駄に女友達が多かった。それも結構可愛い子ばかりだ。更に年上の美人からもモテテいた。

「サンチャゴ君、乱暴だから、あそばなーい!あたし、優しいイグナシオ君と、あそぶっ!イグナシオ君、いこっ!」

「う、うん...」

そんな感じで、何度女の子を横から掻っ攫われたことか...。いや別に、イグナシオ本人が掻っ攫ったわけじゃないんだが、俺にとってはそう見えていた。

更にそんな時、イグナシオがなんとも困った顔をしてコッチをチラチラ見ながら、女の子と去っていくのもイライラした。

俺を置いていくのがそんなに気になるなら、お前が仲立ちしてくれればいいだろ!俺だって、お前と全く遊びたくないかというと...そんなことは、ないんだ。

 

イグナシオ自身は俺と仲良くなりたかったのか、それなりに話しかけてきた。だが俺は上述のこともあって、こいつのことが気に入ってなかったので、わざと「ボクと仲良くなりたいなら鳥石を見つけてこいよ」と無理難題を持ちかけたりしていた。鳥石はそんなに簡単に見つかるもんじゃないのに。

結局「サンチャゴ君、ごめんね...見つからなかったよ..」なんて申し訳なさそうに言ってくるので更にイライラした。

 

そういうわけで、俺とイグナシオは大して仲良くならないまま成人した。もし俺達が普通の国民であったなら、きっとそのまま互いの距離が縮まることなくそれぞれ結婚し、完全に疎遠になっていただろう。

だが俺達は、「山岳長子」という特殊な立場にいた。

将来の兵隊長となるべく、成人直後から武術職の一員として日々鍛錬を行わなくてはならない。同世代の国民とは練習試合が出来ない自分たちにとって、お互いは練習相手として必要な存在だった。気に入らないなどと言ってる場合ではなかったのだ。俺達はしょっちゅう組んで試合をすることになった。

 

とはいっても俺にとってはイグナシオは「いいカモ」みたいなもので、試合をすれば大抵俺が勝つ。はん!弱っちい奴!そう思っていた。

あのイグナシオが弱かったのか...?と思い返すと実はそうではない。イグナシオに先手を取られる方が実は多く、そのたび「やばい!やられる!」と何度か思ったものだ。

なのに奴はいつも、なぜかそこで一瞬躊躇するのだった。

誇り高きプラマー家の嫡子たる俺様を舐めてんのか?いっぱしの戦士なら先手を取ったらブチノメスのが当たり前だろうが!

「もらったぜイグナシオ、はああっ!」

その隙を逃さず反撃し、結局俺の勝ちとなる。

「大丈夫?サンチャゴ君、痛かったでしょう?ほんとに、ごめん...」

まれにあいつが勝つと、こんな感じで無駄に心配をしてくる。

そりゃあ、技を受けたら痛いに決まっているが、俺が勝った時はお前だって痛いだろう。戦う以上お互い様だ!そんなこと気にすんじゃねえ!

...結局勝っても負けてもイライラする。

 

イグナシオは終始こんな感じだったので、可哀そうにこいつは一生、兵隊長になっても周りにいいカモにされて、いつもヘラヘラヘコヘコして過ごすんだろう...。ま...しょうがないから、その時は俺がかばってやってもいい...そんなふうに思っていた。

 

-あの時までは。

 

ちょうどエルネア杯の狭間にあった休日だったか...俺はいつものようにイグナシオを練習試合に誘った。

「ああ、別に構わないけど...?」

この俺と試合するのに「別に構わない」だと?何だその言い方は...いや、そもそもコイツってこんな口調だったか?

違和感を感じながらも、イグナシオが一人で先にスタスタ闘技場まで歩いていくので、それ以上は突っ込めずにいた。

「闘技場の使用料は120ビー!イグナシオ、用意はいいか?」

「そんなのいいに決まってるじゃん。さっさと始めない?」

...ン?

違和感は更に高まったが、とりあえず試合を終わらせてから突っ込むことにしよう。

「正々堂々、いざ!」

カキィン!

...えええ?

気づいたら俺はイグナシオに先手を取られ、反撃するまでもなく吹っ飛ばされていた。

ドシャアン!俺は盛大に地面に尻餅をついた。情けないが打ち付けた臀部が痛い。

「はい、終わったね、じゃ、おれはいくよ」

イグナシオは踵を返して、またスタスタと闘技場を出ていこうとする。

ちょっと待て!

いつものイグナシオなら、ここで駆けつけてきて「サンチャゴ君、大丈夫?」じゃないのか?なんでそうなるんだ?

「イグナシオ、待てっ!」

俺は臀部をかばいながらよろよろと起き上がり、イグナシオを呼び止めた。

イグナシオは振り向いた。

「お前っ...いつもみたいにオロオロしろとは...言わないがっ、一応、た、倒した相手の怪我の様子ぐらい...確認しろ!この馬鹿野郎!」

イグナシオの表情が一瞬固まり、それからおもむろに神妙な面持ちに変わった

「そうだよな...。おれ...全く気が回ってなかった。サンチャゴ、ごめん、ほら」

そう言って、俺に肩を貸してくれた。

臀部をさすりながら歩くのはみっともなかったが、イグナシオが上手く支えてくれたお陰で、歩くのに支障はなかった。

幸い打撲の痛みは一時的なものだったらしく、家路に向かううちに少しずつひいてきた。

「これ、祖父ちゃんからもらった薬だから、よく効くと思う。家に帰ったら使って」

別れ際、イグナシオが薬を差し出してきた。こいつの祖父は魔銃導師なので、効能はお墨付きだ。

口調や態度はいつもと全く違うが、こうして薬を差し出す仕草は変わっていなかった。

いつも過剰に心配してくれていたので、心配されること、手を貸してくれることが当たり前になっていた。

「...大した怪我じゃないのに、いつも悪いな。ありがとう。」

これまでろくに言えなかった、この一言が自然と出てきた。

イグナシオの表情は再び固まった。

「...いきなり言われたら気持ち悪い。じゃ、また。薬しっかり塗っとけよ」

...そして返ってきた言葉がこれだ...。いったい、何なんだコイツは...!

「おう!ガッツリ塗ってしっかり治してやる!また試合するぞ、次は覚えてろよ!

次はお前がこの薬使う番だからな、その分取っといてやるよ!」

「そうなればいいけどね」

イグナシオは振り返らず、片手だけひょい、と上げて別れの合図をした後、すぐ裏の自分の家まで帰って行った。

...何が起こったかよく解らんがいきなりムカツク野郎になったな...。

けど、何かゾクゾクワクワクするぞ?この感情は、一体、何だ?

 

「飯食いに行かね?」

数日してから、俺はイグナシオを食事に誘った。

初めてのことだった。あれからイグナシオはムカツク野郎に変わったままで、逆に興味が出てきたのだ。

「...いいよ」

別にいいけど、なんて言われるかと思ったら案外素直だった。

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「...あのさ」

席に着くと、先に言葉を発したのはイグナシオの方だった。

「ん?」

「おれ...前と違うだろ?気持ち悪いとか...変に思ったりしないのか?」

一応本人にも自覚はあるらしい。

「いや、変には思ってる」

「だろうな...」

そう答える奴の目はちょっと寂しそうだった。そんな顔をされると、何か言ってやりたくなる。

「だが、面白いから、いい!」

イグナシオはまたここで一瞬固まり、それからふっと安堵した顔になった。

「こうなってから、沢山友達が離れていった。勿論それは想定の範囲内だったけど...。」

こいつは交友範囲が広くて友達が沢山いた。あからさまに優しい奴だったからな。俺は自覚してなかったが...だからこそ今まで近づこうと思わなかったのかもしれない。イグナシオに優しくされても、別に友達と思われてるわけじゃなくて、こいつは誰にでも優しいだけだから...って。

「全然態度が変わらなかったのはアシエルだけさ。まあ、あいつはそもそもが大雑把にできてる奴だから...。サンチャゴ、お前が面白いと言ってくれるのは想定外だったよ。...と、元から別に仲良くなかったよな、そういえば」

確かにその通りだが、そう言われると何故かスゴク寂しく思えた。

そうだ、今更だが、俺はこいつと友達になりたいんだ。

「ああそうだな、仲良くは...なかった。だから...」

俺は深く深呼吸して、それから、言った。

「今から友達にならね?お前面白いから、何か好きになってきた」

「好き?いまのおれが?口悪いし素っ気ないし空気も読めないこのおれが?」

身も蓋もないことを自分で言っているが、どうやらそのように、今までの友達に評されてきたらしい。

「いや、その位で、いいんじゃね?前のお前、無駄に空気読み過ぎ。...それにまあ、そんなに...根っこのところは、変わってないと思うぜ、お前。なんとなくだけど」

「そうか...」

イグナシオはしんみりとした表情で俺の話に聞き入っていた。その様子を見て俺はちょっと嬉しくなった。そもそもこいつに何が起こったのか聞きたい気持ちがゼロではないが、俺が今したいのはそんなことではない。

「...と、いうことで、とりあえず!俺達は友達、な!」

俺は持ってたグラスを強引にイグナシオのグラスに合わせて、カチンと音をたてた。

イグナシオは呆気に取られた顔をしていたが、ふいにニヤッと笑って、今度は自分のほうからグラスを合わせてきた。

「友達か...。減る友達もいれば、こうして増える友達もいるとは、不思議なもんだね」

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「まあ、そもそも、人間って変わっていくもんじゃないのか?そのたびに、別れがあったり出会いがあったりするのは自然なもんだと思うぜ?とりあえず...今のお前とは末永く付き合って行きたいと思ってるけどな」

俺はちょっと声に力を込めて言ってみた。我ながらいいことが言えたと思う。

「...あーそう?また変わっていくなら、おれ達だってこれからどうなるか、全然わからないんじゃない?」

しかしイグナシオはあっさり切り返してきた。何と可愛げのない奴だ。

「うるさい!この俺様がお前と友達でいるって決めたんだ!お前にもう、拒否権は、ない!」

コイツと俺は山岳長子だ。いずれはお互い兵隊長となり、兵団長の座を巡ってリーグ戦を戦うことになる。言ってみればライバルだ。

でも、ライバル兼親友って、カッコヨクね?

それも言ってみたかったが、切り返しが怖くもあり、聞いてみたくもあり...。

何はともあれ、俺はしばらくこんな感じで、コイツとの付き合いを楽しむことにした。

 

〚あとがきのようなもの〛

最後までお読みいただいてありがとうございます。

PCをイグナシオに引き継いだ時、仲良しはほぼ女の子。唯一の男の子の友人はここでちらっと名前だけ出てるアシエルだけでした。そのアシエルもこちらがわざわざ仲人したのです。サンチャゴ君は、ご近所・同級生という「仲良しになる要素テンコモリ」にも関わらず、引き継ぎ時点では他人。この後の4代目・8代目もイグと同様山岳育ちですが、こちらはちゃんと山岳長子の仲良しさんがいたのです。ということはイグとサンチャゴ、本来は無茶苦茶相性悪かったのでしょうか...。実際「仲良し」になるには若干時間がかかったのです。もしかしたら「性格変更」が良い風に作用したのかもしれない...ということで今回の妄想...ゴホゴホ番外編が出来上がりました。

本編のほうでは気苦労の多いイグナシオですが、少し和ませてあげたくて、今回のお話を作ってみました。盟友サンチャゴ君は本編の方でもこれからチョクチョク登場しますが、彼とのエピは基本的に楽しい感じで進めていけたら...と思っています(^^)

 

 

 

遺言。

「...じゃあ、これで一通り引き継ぎは終わったかな。お前が後任で安心だよ。今までも事務仕事はかなりお前に頼ってきたからな...。本当に助かってた。ガイスカ、ありがとう。」

兄はいつもと変わらぬ笑顔をこちらに向けながらぱたん、とノートを閉じた。

2日の着任式が終わった後、兄と私は隊長居室で業務の引き継ぎに追われていた。

とりあえず新年の誓いと着任式に影響はなかったが、それでも兄に残された時間は僅かしかないのは明白だった。

その時がいつ起こっても騎士隊の業務に影響がないよう、副隊長である私が業務を把握しておく必要があった。ましてや兄は今年は評議会議長にも選ばれている。こちらも私が繰り上がりで代行する予定になっていたから猶更だ。引き継ぎの内容は多岐にわたり、終わったころにはもうとっぷりと陽が暮れていた。

 

「カールも、ガイスカ君も、お疲れ様。良かったら、さあどうぞ」

机の上に広げた書類を二人で片づけていると、義姉のアラベルがホットミルクを持ってきてくれた。

ミルクの優しい香りが周囲にふわり、と漂った。

「いつもありがとうございます...お義姉さん。いただきます」

「俺としてはここで一杯やりたい所だけど、お前が酒に弱いからな。まあ、普段使わない頭を使った後は、甘い飲み物も悪くない」

「本当にそうだね。私も流石に情報量が多すぎて、頭がパンクしそうだったから、有難いよ。お酒だとそのまま眠っちゃいそうだしね...」

お互いホットミルクのカップを手にしながら、顔を見合わせてくすりと笑った。

私が副隊長に昇格したときから、ずっと二人三脚で業務をこなしてきた。こんな風に仕事の後のひと時を過ごすのも、ごくごく当たり前の習慣だった。

しかしその「当たり前」はもうすぐ消えてなくなってしまう。

そのことを思うと憂鬱になるばかりだったが、「頼むから湿っぽく接するのはやめてくれ」という兄の要望により、私はつとめて平静を装う必要があった。ここで暗い顔を見せるのは、兄本人だけでなく、義姉に対しても良いとは思えない...。

 

「さてと、じゃあ、今日はもう帰るよ。」

兄や義姉としばらく談笑した後、私は椅子から立ち上がり帰り支度を始めた。
「あらガイスカ君、夕飯食べていかないの?」

残念そうな義姉の様子に、兄はすかさず茶々を入れてきた。

「おいおい、エリスちゃんの料理は天下一品なんだぜ?エリスちゃんはこいつにべた惚れだから、毎日これでもかとご馳走作って待ってるんだ。アラベル、妹の生きがいを奪うなんて野暮なことするなよ」

※ガイスカ君の妻エリスちゃんはアラベルちゃんの妹でもあります(^^)末の妹グルナラちゃんはもう一人の弟グラハムの妻。姉妹三人ともオブライエン家に嫁いだのです☆

「そう、そうそう、そうだったわね。ガイスカ君、妹によろしくね」

「ええ、エリスに伝えておきますよ。ミルクご馳走さまでした。それじゃあ...」

帰ろうとしたところで、兄が呼び止めた。

「ガイスカ、途中まで送っていくよ」

「...兄さん、私は子供じゃないよ...、と言いたいところだけど、折角だから送っていただこうかな」

いつもここで別れているのにどうしたことかと思ったが、逆に何か話したいことがあるのかもしれない。兄の誘いに乗ることにした。

「おう、じゃあ、行こう。アラベル悪い、アルドが帰ってきたら先に夕飯済ませてもらって構わないから」

義姉はしょうがないわね、と言いたげな表情をした。多分兄の意図をわかっているのだろう。

「解ったわ...あなたも、エリスが待ってるんだから、ガイスカ君を早く解放してあげてね」

「はいはい、ご心配なく」兄は手をひらひらさせながら、私と一緒に隊長居室を後にした。

 

************************************************

「...さて、ここら辺でいいか。」

城下通りの私の家に向かうはずが案の定、兄の足は城門ではなく、城の中庭の方向に向かっていた。特殊な条件下でしか入れないダンジョンの入り口が並ぶ場所で、兄はようやく足を止めた。各ダンジョンから緑色の光が不気味にぼう、と漏れている。

「どうしたの、兄さん...一体?」

「すまないな、大した話じゃ無いんだが...あんまり、アラベルの耳には入れたくなかったんだ...基本、仕事の話ではあるんだが」

確かに近衛騎士隊の隊長・副隊長として外部に漏らしたくない話というのはある。だが、「騎士隊長の居室」はそういう話をするための場所だ。騎士隊長の家族は隊員同様、そこで話されたことに対して守秘義務を負う。

義姉は当然弁えているはずなのに、耳に入れたくないとは一体なぜ。

 

「次のエルネア杯の話だよ。これまでの目の上の瘤は魔銃師会だったが...これに関しては実は心配していない。あそこは世代交代が上手くいっていないし...お前が前回の大会で、対魔銃兵の戦法を皆に共有してくれたろう?多分次まではそれで凌げると思う」

あの時、私は何としても決勝に進出したかったので、目の前に立ち塞がる魔銃導師を倒す必要があった。そのために徹底的に研究した魔銃兵対策のノウハウを、日頃の訓練の中で隊員たちに伝授していたのだった。

魔銃兵だけではなく、騎士隊で横行する「銃持ちの騎兵」に対する牽制策でもあった。武器相性だけで勝ち抜かれて要職に就き、エルネア杯の貴重な枠を潰されるのは避けたかったからだ。

しかしそんなことはわざわざ、この場所で言うことか?

「まあそうだけど...魔銃師会だって馬鹿じゃない。前回の対策で全て切り抜けられるとは思わないけど?」

「四人全員は無理でも、半分は片づけられたら十分だ。あとは...」

兄は一瞬だけ黙った後、普段の兄に似つかわしくない皮肉さを秘めた表情で言葉を続けた。

「山岳兵団が始末してくれるさ...」

今は引退した義兄が兵団長に就任して以来、山岳兵団が力を付けているのは事実だ。新しい団長は息子のイグナシオだが、その路線は恐らく変わらないだろう。

確かにこのままでは、形としては騎士隊と山岳兵団が挟撃して、魔銃師会を抑え込む形になるに違いない。それにしても別に、これは義姉を避けるような話題ではない。

「そして、その山岳兵団の中心になるのは俺達の甥...イグナシオだ。あいつは父さんとマグノリアの力を受け継いでる。必ず決勝まで登ってくるだろう」

...!

話の糸口が見えてきた気がした。義姉と姉マグノリアは親友だ。その親友の息子に関わることは、義姉の耳には入れたくないだろう。

「...ガイスカ」

私の名を呼んだ兄の顔は、いつもの陽気で屈託のない姿とは全く異なっていた。

私は本当に、兄と話しているのだろうか...。

「次のエルネア杯は確実に、お前とイグナシオの戦いとなるだろう...だから...」

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イグナシオを倒せ」

その時、その場の空気が凍り付いたような気がした。なぜだかは解らない。

「お前ならできる」

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そう私に告げた兄の目は、いつのまにか緑色に変化していた。この色と輝きはー。

闘技場で見た、あの護り龍の鱗の色と同じだった。

ドラゴンドロップ!

龍に打ち勝った者、「龍騎士」へのバグウェルからの贈り物。護り龍の力の源。

それを口にした者は、潜在能力を飛躍的に向上させることができるというー。

龍騎士となった兄がドラゴンドロップを口にしたのは間違いない。しかしー。

同じく能力増大の効果を持つ、ウィム族の秘薬ラムサラは、実はこのドラゴンドロップの成分に似せて作られたという噂だった。そのラムサラにも、瞳の色を変える効果があった。

-ドラゴンドロップとラムサラの大きな違いは、精神への影響の有無だよ。ラムサラは下手したら摂取した者の精神、特に他者への共感や労わりの部分に大きな影響を与える。しかしドラゴンドロップはそんな心配をしなくていい。これが護り龍の聖なる力と、紛い物の人造品との違いさー

かつて父はそう言っていたが...本当にそうだろうか?

本当にドラゴンドロップは、人の心に影響を与えないのか?それが悪しきものでないにせよ...。

私の驚愕と困惑をよそに、兄は淡々とした口調で話し続けた。この口調も兄らしくない。

「イグナシオは...父さんが残した、我々に対する挑戦状のようなものさ...。イグナシオと戦うことは、即ち父さんと戦うことでもある。最強の龍騎士に勝ち、それを超えることこそ俺達、今の人間に与えられた課題なんだよ。お前なら...できるだろう?」

兄は普段なら絶対しないような、挑発的な笑みを浮かべていた。緑の瞳がいっそう輝きを増している。

兄さん、何を言っている?

私にそれができるとでも?

私は父に勝てるなんて今まで一度も思ったことがなかった。それなりの力を付けた今でもそうさ。それは兄さんに対しても同じだ。私は兄さんが思ってるほど、強い騎士ではない。

私が彼に対して有利な点があるといえば武器相性だけだ。だが、イグナシオは討伐の報酬で、それすらも克服する武器を得たという。そんな武器にビーストセイバーで立ち向かえと?

イグナシオに勝てる可能性があるのは、龍騎士のスキルと武器を持つ、兄さんだけじゃないのか?

「......」

「...それに」

私が返事をしかねて黙りこくっていると、兄の声のトーンが少し下がったような気がした。目の色も少しずつ、元の青に戻りつつあった。

「イグナシオは父さんの妄執に囚われている...。龍騎士の幻に縛られているんだ。そんな幻に...あいつが犠牲になることは..ないんだ。力の継承なんてしなくても、人間はそのままで一人で強くなれる。そのことを、俺は良く知っているんだ。だから頼む...あいつを倒すことで、あいつを開放してやってくれ...」

その声は、私が知っているカール・オブライエンのものだった。そこには絞りだすような生身の感情がこもっている。私は少し安堵した。

兄はそう言いながら私の両肩に手を置いたが、想いを訴えるときに肩に手を置くのも兄の昔からの癖だった。

「兄さん...」

倒すことで、妄執から解放する...か。

本当にそうだろうか?

イグナシオは、龍騎士になることだけを目標に生きてきた。自分の心を犠牲にしてまで。その彼を倒すことが本当に彼の開放に繋がるのか?

むしろそれこそ、今まで彼が生きてきたことを全否定することになるんじゃないの?

また、良かれと思ってイグナシオに力を託した、姉マグノリアの姿も心に浮かんだ。

姉さんは父の妄執に操られて、イグナシオに引継ぎをしたわけじゃない。

それなのに兄さん。開放してやるなんて...それこそ傲慢だよ..。

兄さんは自分の生きてきた世界しか見ていない。イグナシオの世界は見えていないんだ。

だがそれを告げるのはためらわれたー。兄がそのことに向き合うにはもう、残念ながら時間がない。

 

だからただ、私はこう答えるだけだった。

「解った。イグナシオを呪縛から解放するのは、私の役目だね。私に任せて」

-兄さん、任せてほしい、「開放する」その役目は引き受けよう。ただしそれは、私のやり方になるけれどー

「ガイスカ、ありがとう。後は任せたぞ...」

安堵の表情を見せる兄の姿には、もう「緑の目の龍騎士」の面影は消えていた。

 

「さあこれで、仕事の話は終わりさ」

兄は溜息をつきながら、そしてゆっくりと目を閉じた。

「後はー、どうか祈っててくれないか。俺が5日まで、なんとか戦える状態でいられるように...。俺はランスと戦いたい。ランスと戦えれば、あとはもう本当に、何も望むことは無いんだ...」

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兄の長男ランスは昨年無事騎士選抜を突破し、5日の初戦では新人騎兵として、騎士隊長である父親と対戦することになっていた。

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イグナシオを開放するにはどうするべきなのか、そもそもその必要があるのかすら、私にはまだ解らない。

 

ただ...ガノスへの旅立ちが近い兄の最後の願い、その願いには純粋に、弟として心を添えていたかった。

 

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「兄さん...そうだね。私も祈るよ。兄さんとランスが無事に対戦できるように...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白鋼のハルバード

異次元に巣くう魔物の討伐も大詰めとなり、報酬がある程度たまったので、キャラバン商会で武器を注文することにした。

期間限定で良い武器が入荷しているらしい。

「ようイグナシオ、久しぶりだな。今回の討伐じゃあ随分と活躍しているそうじゃないか?報酬もたんまり溜まったからここに来たんだろう?お勧めがあるぜ」

店主のカルロスはニヤリと笑いながら出迎えてくれた。

活躍しているのは実はおれじゃなくて、祖霊として呼びだしている祖父ファーロッドだ。多少複雑ではあるが、祖霊は異次元の中でしか実体化できないので、どのみち武器を注文することはできない。

それにおれが得た武器は、祖父が祖霊として存在し続ける限り、これから半永久的に使うことができるんだ。注文する人間が違うだけのことだ。

おれもいつかは自身の影を祖霊に変えて、遠い子孫を助けることになる。そして子孫がその報酬で新しい武器を得る、そうやって順繰りに巡っていくんだ。だから遠慮なくおれの名義で注文させてもらうことにしよう。

「お勧め?どんな感じ」

「まあ、待ってな」

カルロスは倉庫から六種類の武器をいそいそと取りだし、目の前に広げた絨毯の上にゆっくりと置いた。

「今回のお宝は両手武器だ。残念ながら防御力はないが...それを引き換えにしてもお釣りがくるくらいの破壊力がある代物だ。「鉄」と「白鋼」の二種類があるが、勿論「白鋼」のほうが頑丈にできてる。斧と剣に関しては切れ味も違う。その分値は張るがな...どうだい?」

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安いが威力はそこそこの武器と、高い分高性能の武器。

買えるだけの資金があるなら、答えは決まっている。

ショボい武器を多数集めても意味がない。それであれば通常の探索で手に入る武器で十分だ。

「じゃあ、これをもらおうかな...「白鋼のハルバード」」

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今回武器を仕入れる目的は勿論、「山岳兵の代表」として、来るエルネア杯で勝つこと。

ならば選ぶのは、この武器以外に考えられなかった。

「白鋼のハルバードか。流石目が高いね。魔人の洞窟の怪物なんかもう、ひとたまりもないぜ!それに、見た目も随分と派手だろう?これを持って立ってるだけで目立つし箔がつく。」

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通常の戦斧と違い、柄がとにかく長い。刃先を含めた全長はおれの身長をゆうに超えるほどだ。この長い柄をうまく使いこなせれば、相手の懐に飛び込むことなく攻撃できるので、通常は不利となる騎士相手にも互角以上に戦える。

また、斧部分で切り払うだけでなく、柄の上部と斧部分の反対側に突いている突起を使って、「突く」「引っ掛ける」等多彩な攻撃を繰り出すことができる。

カルロスが言うような見た目の派手さも有難い。

おれ自身は別に派手好みではないけれど...

「山岳兵初の龍騎士」として兵団の「希望の象徴」になるのであれば、武器にも「見た目の特別感」があったほうが良いだろう。

「ありがとう。一刻も早く使いこなせるようにするよ」

おれはカルロスに報酬を渡し、引き換えにハルバードを受け取った。

手にしたハルバードは通常の戦斧の倍ほどの重さがあったが、両手で扱うことを考えれば、慣れたら問題なく使いこなせるようになりそうだ。

早速明日にでも、探索で試用してみることにしよう。

「イグナシオ、老婆心だが...お前、それを試合に使うつもりなのか?」

カルロスに一瞥して帰ろうとすると、彼らしくない言葉をかけられた。

「そのつもりだよ。武器なんだから...当然じゃない?」

「俺が言うようなことじゃないが...それは本来「対魔人用」に作られた武器なんだ。それを人間相手に使うというのは...よそでは実例がないんだ」

自分から売りつけておいて人間に使うのを云々言うのは変な話だ。

「使う相手は一般国民じゃない。鍛え上げられた武術職の連中だよ。魔人と互角に戦えるレベルの連中に使うんだ。問題ないよ。武術職の人間は、いつ来るかもわからない魔物の侵攻に備えるのが本来の役目さ。魔人用の武器でどうこうなるようじゃ、役目を果たせない。」

アベンの門の封印はいつ解けるかわからないが、その時はいつか必ず来るだろう。今回の魔獣の活性化は、明らかにその兆候だった。

「そうか...。まあ、使う時はそれなりに加減しろよ。」

「大丈夫だよ。その辺は心得てるから」

「イグナシオ..お前、「変わった」な。まあ、ハートドロップを使ったから当然なんだが...。昔のお前さんが、時々懐かしくなるよ」

ハルバード同様、当のハートドロップを売りつけた張本人が言う台詞じゃないだろうと思ったが、目の前で商品の「効果」を見せつけられるのも、彼の立場に立ってみれば気持ちの良いものでないのかもしれない。

「懐かしく思ってくれたら、きっと「あいつ」も喜ぶよ、じゃあ」

あれからもう何年も経っていて、もう皆、今のおれに慣れてしまっている。まるで元々最初からこういう人格だったごとくに。

そのほうが楽であることは確かだがー時折、本来のイグナシオに申し訳なく思うんだ。

おれ自身は自分みたいな男より、あいつの方が好きだった。だから誰であっても...あいつのことを思いだしてくれるのはありがたい...。

いつか、全てが終わったら、眠ってるあいつを起こしてやることができればいいが。

「全てが終わる」それは、一体いつになるだろう...。

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「パパ、新しい武器、カッコイイ!」

「うん、うん、絵本にでてくる、英雄さんが持ってるやつみたいね!」

ハルバードを持って帰宅すると、見慣れぬ武器を前にして家族たちはちょっとした大騒ぎになった。

「凄いな...これがあれば、確かにお前の言う通り、対近衛騎士戦も有利だろう」

父は顎に手を置いた姿勢で興味深げに全体を眺めていた。

「いいな、わたしも使ってみたかったな、こういうの!」

武器を見つめる母の目は好奇心に満ちていた。確かにこれを振り回す母の姿を見てみたい気がした。武器の貸し借りが出来ないのが残念だ。

「はーうー?」

「あらあら、駄目よ、ジーク君。怪我しちゃうわ」

オリンピアに抱かれたジークが、必死に身体と手を伸ばして刃先に触れようとしたのをオリンピアが制止した。

こいつは武器に興味があるらしく、目を離すとしょっちゅうおれの武器に手を触れようとするのだった。

「刃じゃなくて、柄の部分ならいいよ、ほら」

オリンピアにしゃがんでもらって、ジークに柄を軽く触れさせようとしたところー

「ダメ!ジーク!駄目!」

長女のミカサの声がした。

「それにさわっちゃ、駄目!これは大人になったら、ミカサがもらうんだから!」

ミカサは前に飛び出して、ジークに柄を触らせないように母と弟の前に立ちはだかった。

「ミカサ...!」

ミカサはジークの代わりに自分で柄を握ると、おれを見上げてねだるような声で言った。

「ねえパパ、ミカサは将来、コロミナス家の兵隊長になるんだよね?ミカサね、頑張って訓練して、おじいちゃんやパパみたいな強くてかっこいい兵隊長になるよ。だからこの武器、そのときに...ミカサがもらえるんだよ、ね?」

ミカサはおれと違って兵隊長になることを嫌がっていなかった。それは親としては助かることだった。娘にハートドロップなんて飲んでほしくない。

娘がそれを望むなら、親として最大限の手助けをしてあげたかった。

だがー。

 

自分が迂闊だったが、ミカサは「継承者」には選べない。

なぜなら、おれがエルネア杯に出て龍騎士になる前に、ミカサは成人してしまう。

「力の継承の魔法」は残念ながら、「成人前の子供」にしか使えないのだ。

おれの次の継承者には「龍騎士の剣とスキル」を取ってもらわなくてはいけない。将来兵隊長になるミカサが継承者となる確率はもともとかなり低かった。

長女が継承者となるのは、アニとジークの双方が、能力人格共に継承者となる資質を欠き、課題を更に次の世代に持ち越す場合のみだった。

おれは長子であるがゆえに継承者に選ばれたが、ミカサは長子であるがゆえに選ぶことができない。

かつて祖父は似た理由で、伯父のカールを選ばなかったといっていた。

伯父は選ばれたらきっと、喜んでその責務を果たしただろうに。

こんなふうに生まれた順番で、意思を無視して運命が決まるのもおかしな話だ。

この不条理は、山岳を離れる次世代では解消されるだろう。

けれど今は過渡期にある。ミカサが望んでも叶えてあげることはできない。

本当は、せめてこの武器だけでもミカサに渡したいー、しかし継承には「中間の選択」などない。

あるのは「0か100か」の二択だけだった。

「ミカサ...」

おれは武器を持っていないもう片方の手で、娘の頭を撫ぜながら言った。

「ごめんよ。この武器は、ミカサにはあげられないんだ...。パパの武器は、アニかジークかどちらか、近衛騎士になる方の子に、全部、あげなきゃいけない。そういう決まりなんだ」

「...え...」

柄を握るミカサの顔がみるみる曇り、目には涙が一気に溢れてきた。

「ミカサ、その代わり、パパは一生、ミカサの側にいて、ミカサを助けるから...ごめんね。ミカサ、立派な兵隊長になれるよう、パパと一緒に頑張ろうね」

おれに言えるのはこれが精一杯だった。

「いや...」

子供に聞き入れられるわけがない。

「いやー!なんで!下の子たちはもらえて、ミカサはもらえないの、いや、いや、いやー!」

ミカサは大粒の涙を振りまきながら泣きだした。ハルバードの柄はしっかりと握ったままだった。

「うー...やあー!」

ミカサの泣き声に釣られてジークまで火のついたように泣き出してしまった。

ジーク君、ミカサちゃん、いい子にしようね...」

「おねえちゃん、ジーク、泣き止んで、ねえ...」

家族が一斉に二人をなだめに回ったが、一度泣き出した子供というものは、そう簡単に止まるものではない。おそらく泣き出した本人たちにも難しいだろう。

 

望まなかった運命に、家族全体が振り回されているー。

しかし、今後いつか必ず訪れる「その日」のことを思えば...

祖父の下した残酷な決断を、おれは責める気にはなれないのだった...。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

今回のお話、武器についての記述は、こちらを参考にさせていただきました。

www.amazon.co.jpくゲーム中に出てくる武器も紹介されててお勧めです。

「戦斧」はもともと「工具」由来の武器だと、この本で初めて知りました。山岳兵の武器にぴったりですね(^^)

 

 

 

 

          

 

 

 

 

 

 

選ばれた子と選ばれなかった子

「イグナシオ、神妙な顔にならなくてもいい...。ランスの入隊も決まったし、騎士隊はきっと、ガイスカがしっかり守ってくれる。カミサン...アラベルにも、マグノリアがついてるし、後のことは何も心配はしていないんだ。それに...俺は夢も叶えられたし、やりたいことはやりきったんだ。もう十分だよ、これ以上は...」

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伯父は優しい表情で諭すように言った。おれの動揺を和らげようとしてくれているのだろう。心残りがないはずがないのに。

せっかくランスが騎士隊に入隊できたんだ。父親として今後も成長を見守りたいだろうし、アルドヘルムだってまだ成人したばかりだ。いくら親友である母が側にいるからといっても、残していくアラベル伯母さんのことが心配でないはずがない。

伯父はいつもそうだった。軽口を叩きながらも、自分のことは後回しにして、常に家族や友人の様子を気づかってくれる。

伯父は明らかに「オブライエン一族」の精神的支柱だった。

伯父がいなくなることで、親族の皆は計り知れない悲しみを負うことになるだろう。

おれはどう言葉を返せばいいかやはり解らず、下を向いて沈黙を続けるしかなかった。

無意識のうちに唇を噛みしめていた。

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「ああそうだ、一つだけ...。俺の身体はもうこんな状態だから...例の討伐に呼んでもらっても...あまり役に立たないかもしれない。これからはガイスカやグラハムを呼んでやってくれよ。いきなり「父さん」が出て来たらびっくりするかもしれないけど...」

事務的な内容なら会話を続けられると判断してか、伯父はさらりと話題を変えた。

少し前から、王国の数か所に奇妙な空間の裂け目が出現し、それが原因で近隣の樹海に見慣れない奇妙な魔物がうろつくようになっていた。

そこで魔物の発生を根本から絶つために、各自討伐隊を結成して異空間に突入し魔物の掃討に当たるよう、武術職全員に王命が下されていたのだ。

※プレイ当時のイベント「雷炎の猛り」に準拠している設定です(^^)

おれは両親のどちらかと伯父とでチームを組んで、何度も討伐に出かけていた。

尤も、戦うのは実は自分ではない。

おれの身体を借りた祖父ファーロッドだ。

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祖父が使った「継承の魔法」は、実は子供への能力引継ぎだけではなかった。

引継ぎ時点の自身の「分身」を創りだし、有事に限って「祖霊」として呼び出せることも含まれていた。呼び出された「祖霊」は現在の継承者の身体を借りて戦うことになる。

そして今、祖父の出番が必要になるということは、祖父自身が生前語っていたように、「アベンの門」が少しずつ開きかけていることを示す証拠でもあった。

 

「カールさん...。じいちゃん、伯父さんがいないと寂しがると思うよ。龍騎士になった姿見て喜んでたって言ってただろう?」

 「お前がわざわざ父さんを呼びだすのは何のためだ?討伐を有効に進めるためじゃないのか?俺と父さんが昔話をして懐かしむためじゃない。いつ何時戦えなくなるかわからない人間じゃあ意味がない。」

その通りだった。彼は生来気のいい人間だが、いっぽうで龍騎士であり騎士隊長なのだ。その辺の線引きははっきりしている。

そもそも同行者に両親と伯父を選んだのも、現時点で能力的に一番信頼がおけるメンバーだったからだ。伯父の言う通り、家族の再会のためではなかった。

自分も今はコロミナス家の兵隊長であり、間もなく山岳兵団をも預かる身だ。

その自分が今やるべきことは、一刻も早く魔物の脅威を取り去ること、それ以外にない。

「解ったよ。じゃあ、ガイスカさんにでも来てもらおうかな」

「それがいい...ガイスカには俺からも言っておくから。これでもう、お前に伝えるべきことは伝えたかな...」

伯父は安堵の表情を浮かべてから、ふと思案するように空を見上げたあと、言葉を続けた。

「本当は...」

「どうしたの?」

「お前とエルネア杯で手合わせできなかったことが残念だよ。俺は結構楽しみにしていたんだけどな」

「カールさん...」

おれとしては複雑だった。伯父が試合に出てくれば、明らかに脅威になるのが解っていたから。ある意味、仕事の邪魔者と言ってもいいかもしれない。

かといって勿論、こんな結末を望んでいたわけではない。

 「残念だけど、武人にとって最大の敵は「己の寿命」だから仕方ないな。あの父さんですら寿命にだけは勝てなかった。これはもう、仕方がない」

 伯父は寂し気に一瞬だけ目を閉じたが、すぐに笑顔に戻り、おれの左肩に手を置いた。

「イグナシオ、後は頑張れよ。立場上優勝してくれとは言えないが...。お前も龍騎士を目指してるんだろ?武人の夢であり目標だからな。健闘を祈ってるよ」

 ...夢?

一体この人は何を言ってるんだ?

龍騎士になることを、夢だと思ったことなんて一度もない!

おれにとっては単なる義務だ。しかも厄介極まりない。

その先にあるらしい自由だけが、ある意味夢かもしれない。

この人は優しく気働きができる人だけど、自分に課せられた重荷なんて、実はちっとも理解してくれてはいなかったんだ...!

おれは肩に乗せられた伯父の手をゆっくりと引きはがし、彼の目を睨みつけるようにして答えた。

「...おれは龍騎士になるよ。必ずね。誰にも負けるつもりはない。それがおれの仕事だから」

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「イグナシオ...!」

伯父は驚いた顔をしていた。何か言いたげだった。でももう話す気はなかった。

...伯父さんにはこの気持ちは、理解なんてできないだろう

「じゃあ、用事があるから、おれはこれで」

おれは伯父に背を向けて歩きだした。

冷たい風が吹いて、闘技場の砂を巻き上げていった。

余命いくばくもない伯父に対して最低の態度だとわかっていた。

でも、何も言いたくはなかった。この場にいると、伯父に不必要な苛立ちをぶつけてしまいそうだった。

 「待て、イグナシオ」

背後で伯父の声が響いた。その声にはさっきと打って変わって厳しさがあった。

振り向く以外なかった。

「気が変わった。今度討伐に参加するときは、必ず俺を呼びだしてくれ」

振り向いて対峙した伯父の顔は、険しい表情に変わっていた。

「...え?でもカールさん、身体が...」

「時々動けなくなるだけだ。討伐中万が一そうなったらその時点で離脱する。俺は父さんと話したい。頼んだぞ」

「分かったよ...」

伯父が祖父に何を言いたいのかは解らない。

だがこれは、死を前にした伯父の最後の願いだ。聞かないわけにはいかなかった...。

 

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俺は子供の頃のイグナシオのことを思い返していた。

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いつも優しく穏やかな子だった。

それなのに。

肩に置いた俺の手を引き剥がしたイグナシオの目は、底冷えするような冷たさをはらんでいた。

本来、あんな目をする奴じゃなかった。

マグノリアの話によると、その優しさを弱さと恥じて、性格を変える薬を飲んでしまったらしいー。

妹は、自分の選択が、結局息子を追い詰めてしまったと苦しんでいた。

山岳家にに嫁いだこと、息子にその力を引き継いだこと。

そうじゃない。

この事態を引き起こした原因は父さんだ。

父さんが、マグノリアとイグナシオに不要な重荷を持たせてしまったんだ。

力の引き継ぎなんて、する必要はなかった。自分が龍騎士になった今なら解る。

父さん...本当に、これで良かったのか?

俺は父に会って、そのことを投げかけたかったんだ。

 

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イグナシオは俺との約束を守ってくれた。

俺は父とマグノリアと三人で、魔物の討伐に召喚された。

恐らくこれが俺にとって、最後の討伐になるだろうが。

有難いことに、身体は最後まで動いてくれた。

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「カール、本当に強くなったな。お陰で討伐が楽になったよ」

「祖霊」として呼び出された15歳の父は、無邪気な様子で俺の「成長」を喜んでいた。

今では俺が父の年齢をとっくに越してしまっているのだ。

「父さん...」俺は話を切りだした。

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「なんだ?」

父の笑顔はあくまで穏やかだった。

ここにいるのは、娘に能力を引き継いだ直後の父だ。

娘と、世界にとってよかれと信じて魔法を使った男。

おそらくその決断の正しさに、微塵も疑いを持っていないだろう。

その父に俺は-。

 

「何でもない。多分、こうして父さんに会えるのは今回が最後だから...お別れを言いたくて」

言えなかった。

言ったところで何になる?

あんたの決断は間違いだった、そう言ったところで何も変わらない。

俺がそう責めたかった「本当の父」はとっくにガノスに旅立ってしまっている。

ここにいるのはあくまでも、その幻影に過ぎない。

アベンの門が再び開くその時まで、この姿のまま戦い続けるしかない幻影だ。

その「幻影の父」に、決断の結果を突き付けたところで、何もならない。

未来永劫存在し続ける人間に、今更償えない罪を突き付けたところで...相手に永遠の苦しみを与えるだけだ。俺は父さんに罰を与えたいわけじゃない。

「そうか...。カール、今までよく頑張ったな。父さんはお前を誇りに思うよ」

父は涙ながらに俺を抱きしめてきた。

側でマグノリアも目頭を押さえていた。

...結局俺は、この言葉が欲しかったのだろうか。

単なる幻影のはずなのに、父の腕は温かかった。

 

「兄さん、さっき父さんに何か別の事、言いかけたような気がしたんだけど...気のせい?」

三人で異世界のゲートを出た後、妹が心配そうに問いかけてきた。

イグナシオは用があるといって、別の方向に足早に去って行ってしまった。

「気のせいさ。それより...俺がいなくなったら、アラベルのこと、頼んだよ」

父のことも、イグナシオのことも、マグノリアには伝えないことにした。

もう妹に、余計な苦しみを与えたくなかったから...。

 

 

 

 

僕がいるべき場所

※唐突にすみません。switchで再び初期ウィルマ国をプレイしていたら、初代の駆けだし時代が急に懐かしくなって...。この時代のスクショは無いので文章だけですが、良かったら...お読みいただけると嬉しいです。

初期国民ガイスカ・フィールドさんが重要なキャラとして出てきますが、設定された性格に紐づいた人称ではなく中の人のイメージの人称と口調使ってます。御了承くださいませ。

 

「アルシアちゃん、明日から学校に行くことにしたんだ」

「学校に行くって...ファーロッドさん、誰が?」

カールをあやしていた妻が、大きな目を更に丸くして振り向いた。

「僕がだよ。」

「...えっ?どうして?...ファーロッドさん、大人なのに」

「恥ずかしいけど...僕はこの国で、子供が当たり前に知っていることすら知らないんだ。勿論旅人だったから...というのもあるんだけど、そもそも大人になるまで、学校というものに行ったことがなくて...。読み書きだけは、孤児院に時々来てた神官さんに教わったけど」

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僕はこの年明け、農場管理官を首になったばかりだった。

自分なりに一生懸命やったつもりだけど、どうしても皆と同じように仕事がテキパキこなせなかったのだ。色んな作業を同時にやるのが本当に苦手だった。

「仕事が合わなかっただけ。あんたに向いてる仕事は他にきっとあるよ。」

仕事納めの日、当時代表だったキャリーさんはそう言って励ましてくれたけど、僕は打ちのめされたような気分だった。

自分の居場所を求めてこの国にやってきて、「農場管理官」に選ばれた時はとても嬉しかった。こんな自分でも必要とされているんだ、そんな気がして。

...でも駄目だった。

「...向いてる仕事...。この僕にそんなもの、あるんでしょうか?」

「あんたの好きなことをまず考えてごらん。あんたみたいな子は、好きなことならきっと夢中になって出来ると思うよ。」

好きなことか。

確かにラダの乳を絞ったり、チーズを作ることは「好きなこと」ではなかった。

麦の種を配ったりポムを採ることなんて論外だった。

「そこの新人さん、トロトロしないで!」

農場の行事があるたびに、世話役の人に何度怒られたことか。

...最終的には、一日中乳しぼりやチーズ作りをやることにどうしても耐えられなくて、午後になると探索に出るようになった。

武術職じゃないから難しいダンジョンには行けないけど、探索で出てくる色んな宝物を確認することはとても楽しかった。最初は出てくるものの一つ一つがどんなものかさっぱり解らないから、ガイを捕まえてさんざっぱら聞きまくったっけ。

※畏れ多くも初期国民ガイスカ・フィールドさんのこと。ファーロッドはずうずうしくも彼のことをこう呼んでいます(^^;

ガイは本当に物知りで、知らないことなど何もないような感じだった。それでいて魔銃の名手で、へなちょこな僕はダンジョンで随分助けてもらった。実は魔銃師会のトップ「魔銃導師」まで経験したことがあるらしい。そんなことを決して自分から言ったりはしないけれど。

...彼は僕の師匠であり憧れだった。

彼と一緒に働けたらな、その時ふとそう思った。

...そうか。

僕が魔銃師会に入ればいいんだ!

そんな考えが稲妻のように閃いた。

 

*************************

「魔銃師会?...あそこに入るには探索ポイントで16人中2位以内に入らないと無理なんだぞ?ハードル高すぎるよ!」

農官時代に出来た唯一の友人、オズウェル・ホフバウエルに自分の考えを話してみた。彼も僕と同様、年明けに農官を解雇されている

お互い愚痴でも言い合おうぜ、と新年早々ウィアラの酒場に誘われて、今ここにいるというわけだ。

オズウェルは呆気にとられて、手にしていたポムの火酒の瓶を床に落としそうになっていた。

「俺達みたいな、農官首になるような奴がそんなこと出来ると思うか?」

「...農場の仕事と探索は違うよ。もうエントリーは済ませてきたから」

「まじかっ!...それでもお前、練習試合で俺にも勝てないような奴じゃん...探索、大丈夫なのか...?」

「取りあえず数さえこなせばポイントは付くから...。何にせよ、やってみないと解らないだろ?オズウェルだって受ければ良かったのに」

オズウェルも農作業より探索が好きだと前に話していた。そういう所で気が合ったのも友達になった理由の一つだった。

「そりゃそうだけど...」

「じゃあこうしよう、僕が今年二位以内に入って見事魔銃兵になれたら、君も自信がつくだろ?僕みたいなヘタレな奴でもなれるんだって。そしたら来年エントリーしたらいいよ」

「ああ、はいはい、わかったよ。お前が魔銃兵になれたら、俺も来年エントリーする」

オズウェルは明らかに僕の言葉を信じていないようで、手をヒラヒラさせながら気だるげに返事をした。ちょっと腹が立ったが、逆に闘志が涌いてきた。

 

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魔銃兵の選抜試験にエントリーしたことは、当然ガイにも話をした。

ガイは細い目を一瞬大きくさせて驚いた後、顎に手を当てて首を左右に振りながら自問自答するように言った。

「...そうか...。結構大変だぞ...。古参はクセのある連中ばかりだし...うん...でもまあ、お前くらい神経図太ければ...大丈夫かな」

「大変なのは解ってる。でも、好きなことなら...もしかしたら頑張れるかなって。探索は好きだし...出てくる宝物について調べたりするのもね。」

「好きと、それを仕事に出来るかどうかは違うぞ。仕事となれば、好きな事だけやってればいいというわけじゃないからな。それに...魔銃師会の人間としていい仕事をしたいと思えば、下地となる知識も絶対必要だ。見たところ、お前にはまだそれが欠けている。勿論それはお前のせいじゃないが」

「下地となる知識って?」

「この国の人間は三歳から学舎に通う。シズニ神のことから生活に関すること、我々武術組織のことなど、幅広い基礎知識と教養を学ぶんだ。お前は他所からきた人間だから当然知らないことだ。ましてや今まで、元の国でも学校に通ったことないんだって?」

「うん...そうだけど...。魔銃兵の仕事とそれが関係あるの?」

「新年の誓いで、魔銃導師が話す言葉を聞いたことないか?〚王国の篤き庇護にお応えすべく、この世界の真理を探究し、王国にその成果を捧げる〛ってやつだ。これが本来の魔銃師会の役割だ。探索はあくまでもその手段にすぎない。

いくら探索ポイントを稼いでも、探索で得たものをきちんと分析・報告できないと、本当の意味で魔銃兵として仕事をしたことにはならないんだ。」

僕はガイが話す内容を聞いて恥ずかしくなった。単純に探索できて楽しいとか、その程度の薄っぺらい理由でしか、魔銃兵を目指していなかったから。

「...つまりだ。探索の成果をきちんと文書として形にして、更にそこから研究に繋げていくためには、下地となる知識が絶対に必要となる。だがお前にはその知識がない。」

「...」

僕は絶望的な気分になった。やっと自分が出来る仕事が見つかったかと思ったのに、そもそものスタートラインが他の国民と違っていたんだ。

だけどガイは、にっこり微笑みながら俺の肩に手を置いて、こう言葉を続けた。

「そんな顔するなよ、ファーロッド。だからここからは、俺の提案だ。お前、学校に行ってみないか?」

「え?」

晴天の霹靂だった。そんなことが出来るのか?

「学舎の方にはツテがあるから、良かったら俺から話をしてみるよ。授業の聴講自体は自由だけど、毎日大人が通ってたら奇妙に思われるかもしれないからな。子供に混じって授業を受けるのは恥ずかしいかもしれないが...どうだ?」

「いや、全然恥ずかしくないよ!行けるのなら行きたい」

絶望に叩きのめされたかと思ったら、天空に引っ張り上げられるような嬉しさだった。

「ハハ、お前にはそういう羞恥心はなさそうだから大丈夫かと思ったよ。入国そうそう初対面の俺に、図々しくも友達になってくれなんて言う奴だからな。」

「そんなこともあったっけ...。あの時はとにかく不安で、ガイのことがすごく頼もしく思えたから...」

その時の自分の直感は間違っていなかったのだと、目の前の親友に改めて感謝した。

「だが、あくまでも学校で学ぶ内容は子供のためのものだから、学んだ内容はムーグの図書室でも調べ直せよ。より深い知識を身に着けておかないと、就職した後、周りに太刀打ちできないからな。」

「大丈夫さ。調べものは好きなんだ。」

「一応釘を指しとくが、勉強だけをしておけばいい、ってわけじゃないぞ。当然他のライバルに負けないよう探索ポイントも稼がなきゃいけない。相当きついぞ?」

勉強しながら探索に行く...確かに大変そうだ。

でもその時は、大変さなんかよりも、そこから広がる新しい世界、その輝きのほうが遥かに勝っていた。

-あんたみたいな子は、好きなことならきっと夢中になってできる-

キャリーさんの言葉が脳裏に蘇った。

大丈夫。多分僕は、この仕事が好きになれる。不思議と確信があった。

「きつくても平気さ...。何より僕は、自分が必要とされる場所に行きたいんだよ」

 

*************************

「学校ねえ...。わたくしなんて、もう学校で習ったことなんて忘れてしまったわ。勉強、苦手だったもの」

妻はムタンタルトを軽やかな手付きで切り分けながら話を続けた。

アルシアちゃんは勉強は苦手かもしれないけど、それを補うだけの料理の才能がある。彼女のムタンタルトは絶品なのだった。

タンタルトに限らず、アルシアちゃんの料理は素晴らしい。レシピなど見なくても、ある食材を上手に組み合わせてあっと言う間に作ってのける。

僕にはとても真似できない。料理のことでも、家事のことでも、僕はアルシアちゃんに世話になりっぱなしなのだ。そんな自分が情けなかった。

「僕は他にできることがなさそうだから...。だからごめん、しばらくは探索と勉強中心の生活になって、一緒に出かけたりする時間がなかなか取れないかもしれないけど...。この埋め合わせは必ずするからね」

僕は膝に乗っけていたカールを抱きあげながら立ち上がり、アルシアちゃんの額に軽くキスをした。

「まあファーロッドさん...そんなことより、わたくしはあなたの身体が心配だわ。くれぐれも無理をしないでね」

アルシアちゃんはあくまでも優しい。僕は彼女がいたから、この国に留まろうと決心したのだった。この子と一緒にこの国で暮らしたいー。その気持ちが全ての始まりだった。

「自分のできることとかー、そんなに自分を卑下しないでね。わたくしはあなたが側にいるだけで十分なの。あなたの居場所は、ちゃんとここにあるのよ。それを忘れないでね。絶対よ、ファーロッドさん」

妻は僕の頬を両手で優しく包み込むようにして、唇にキスを返してくれた。

「うーあー?」

腕に抱いてるカールが首をかしげた。

僕の居場所。

今カールとアルシアちゃんがいる場所こそがそれなのだ。

もう一つを求めるなんて本来は、贅沢なのかもしれない。

これから開ける新しい世界、そこへの期待に高鳴る鼓動を、もはや抑えることはできない。

でも今ここにある幸せも、決して忘れてはいけないんだー。

カールを抱いている手にふと目をやると、薬指に付けた結婚指輪が、窓から差し込む陽光を受けてキラキラと輝いていた。

(終わり)

 

※オズウェル君がファーロッドと一緒に農官首になったのはプレイ中本当にあった話。オズウェル君と探索に行った記憶は無いので、首になったのはファーロッドのせいではありません...多分(^^;

ちなみにファーロッドは公約?通り一年で魔銃師会に入りますが、その翌年オズウェル君も魔銃師選抜にエントリー!上のお話の通りとなります。以後オズウェル君は”魔銃師会の盟友”として長年にわたりファーロッドと苦楽を共にすることになります☆