遠くから来て遠くまで。

エルネア王国プレイ中に生じた個人的妄想のしまい場所。

残される者。

f:id:OBriens185:20201227223903p:plain

兄のガノスへの旅立ちから一夜明け、葬儀はしめやかに執り行われたー。

 

f:id:OBriens185:20201227224145j:plain
f:id:OBriens185:20201227223936p:plain
f:id:OBriens185:20201227224029p:plain
f:id:OBriens185:20201227224043p:plain
f:id:OBriens185:20201227224058p:plain
f:id:OBriens185:20201227224110p:plain
f:id:OBriens185:20201227224125p:plain

「...ランス、喪主の大任、お疲れ様だったね。これから大変だろうけれど、兄さんは君のことは何も心配していないって言ってたから...自信を持って。困ったことがあれば私にいつでも相談してくれて構わないから...」

我ながら月並みな励ましだとは思ったが、今は自分とてこれ以上の言葉が思いつかなかった。

それでも、甥は殊勝に私の言葉を受け止め、涙ぐみながらも

「叔父さん、ありがとうございます。父の名に恥じないよう、頑張るつもりです」

私の目を真っ直ぐに見てこう返してくれた。芯の強い青年だ。確かにこれなら兄も安心して旅立つことができただろう...。

「お義姉さんも、アルドヘルム君も、何かあったらいつでも....」

「ありがとう、ガイスカ君。わたしたちは大丈夫よ...。でも助かるわ。カールはいつもあなたのことを自慢の弟だって言っていたから...。何かあったらあなたとマグノリアに遠慮なく頼らせてもらうわね。」

義姉は昨日号泣していた姿が嘘のようだった。ランスの芯の強さはこの義姉から来ているのかもしれないー。

 

「ガイスカ君」

そこへ兄の親友だった王配殿下が声をかけてきた。いつもの剽軽な感じは影を潜めて随分と憔悴していた。幼い頃からの親友であると同時に、信頼できる側近でもあった騎士隊長を失ったのだから無理もないかー。

「カールの代わりに、今後は君の力を借りる場面が多くなるが...期待しているよ...」

と、彼はここで一段声を潜めてひそやかに話しだした。

「今は内密にしてほしいが...近々...ベニーが新しい王として即位することになるだろう...その時には隊長代理として...よろしく頼む」

彼の妻-パティ・ガイダル陛下にも寿命が近づいていることは、隊長業務の引き継ぎ時に兄から聞いていた。この人は親友に続き、人生の伴侶まで相次いで失うことになるとはー。しかも、パティ陛下は姉と同じ年だった。その事実から連想される恐怖が私の心を脅かす。

しかし、それらはあくまでも個人的な感情だ。いま私に求められている答えではない。

「かしこまりました。その際には、隊長代理として謹んで任を全うさせていただきます...。どうぞ王配殿下にはご心配のなきよう-」

胸に手を当て一礼しながら、恭しく言葉を返した。

「後任の君が頼もしくて何よりだ...。さて、ここからは俺の個人的な頼みになるが...今度俺が森にムタンを取りに行く際は...良かったら伴をしてもらえないかな?あいつの思い出話でもしながら...な」

殿下は、そこで初めて笑顔に戻った。兄と一緒にいるときよく見せていた表情だった。

兄は「ルチオがムタン採りについてこいと言ってきても応じなくていい」と言っていたけれど...兄さん、そういうわけにはいかないよ...。

「ええ、殿下。ぜひそちらもお伴させていただきます。いつでもお声をかけてください」

兄がガノスで頭を抱えている姿が見えるようだった。

 

「う...ぐすっ。ぐすっ...」

背後から鼻をすすり上げるような泣き声が聞こえてきた。振り向くと娘婿のアンテルムが花束を抱きしめながら肩を震わせて泣いている。そういえば、兄と結構親しくしていたことを思い出した

「この間久しぶりにお会いしたとき、オレが兵隊長になったことを伝えたら、頑張れよって言ってくれたんです...予定が合えば試合応援に行くからって...それなのに...」

確か5日の初戦ではイグナシオと当たって容赦なく吹っ飛ばされたらしいがー、多分イグナシオでなくてもどの相手でも同じ結果になるだろう。兄がそれを見たとして一体どんな反応をするのだろうか...。

「婿殿」はこんなことを言いつつも、決して日々の鍛錬に熱心な男でないのは良く知っていた。私は兄ほど面倒見が良くないし心が広いわけでもないので、そんな娘婿に対して冷めた感情を持っていた..だが...

それでも彼が兄の死を悼む気持ちは本物なのだろう...。

「アンテルム君...兄の為に泣いてくれてありがとう。兄も君の頑張りを期待していると思うよ。さあ、兄のために持ってきてくれた花をお供えしてあげて...」

私は兄がいつも誰かにしていたように、彼の肩に手を置いてそう伝えた。

「お義父さん、ありがとうございます」

「父さん、ありがとう...」

娘のロシェルは私の心中を察したのか、一瞬こちらに申し訳なさそうな顔を向けた。

その後二人は一つの花束を二人で持ち、墓所の床へゆっくりと手向けた後、跪いて祈りをささげていた。

※カールとアンテルムの関係は「ヘタレ山岳兵と龍騎士様」参照

 

「副隊長...オレ達...もう...入ってもいいでしょうか?」

今度は騎士隊員のアシエルが声をかけてきた。葬儀は親族と近しい者しか出られないが、見送りの儀式が終われば地下墓地への入場は自由だ。殆どの騎士隊員が亡き隊長の為に駆けつけてくれていた。

「ありがとう...もう大丈夫だ。君たちが来てくれて、隊長も喜んでいると思う。心置きなく祈りを捧げてくれ」

隊員達は花束を捧げる代わりに、剣を胸の前に捧げ持つ「敬礼」の姿勢を次々に取っていった。いつもは真面目とは言い難いアシエルもこの時ばかりは神妙な面持ちで剣を捧げている。

...兄さん...あなたは最後まで立派な騎士だったよ...皆それを解ってるんだ..

「ランス、グラハム、我々も隊長に敬礼しよう」

私はランスと弟グラハムに声をかけ、同じように剣を胸の前に捧げ持った...。

 

*******************************************************************

「何かね...胸にポッカリ穴が開いちゃった気分なの...お兄ちゃんはいつも近くにいるの当たり前だったから...あ、「兄さん」って言わなきゃいけないのに...いい年して恥ずかしいね。ガイスカ君、聞かなかったふりしてね」

「姉さん、大丈夫だよ...今は二人だけだから。誰も聞いてないから...そのままでいいよ」

 

私たち兄弟はそれぞれの配偶者と共に葬儀に参列していた。しかし「こんな時は兄弟水入らずの方が良いだろうから」と配偶者たちは先に帰ることとなり、結局兄弟5人だけが最後まで神殿に残って兄の思い出話に花を咲かせた。兄は常に家族の中心にあった人だから、話題には事欠かなかった。

それからなんとなく解散となった後は、私は姉のマグノリアと二人で北の森付近を歩いていた。お互い話が尽きることがなかったため、少し遠回りをしてからそれぞれの家に帰ろうー、そんな合意がいつの間にか出来ていた。

先ほど5人で話していた時は、姉は兄のことをきちんと「兄さん」と呼んでいたのに、自分と二人になった途端「お兄ちゃん」という幼い時からの呼び名が出るとは...

それだけ他の兄弟より自分との心の距離が近い気がして、こんな時だが私は嬉しかった。

 

私にとって兄と姉は特別な存在だった。歩きだすようになった後はいつも兄と姉の二人を追いかけていた。二人とも足が速いので追いつくのが大変だった。私がなかなか追いつけないのが解ると、二人は立ち止まって待っていてくれた。

f:id:OBriens185:20201228195421p:plain

兄はほどなくして成人したため一緒に遊ぶことはなくなり、私が後を追いかけるのは姉だけになった。同い年の遊び友達も次第に増えてきたけれど、それでも姉といるのが好きだった。

しかし姉の走る先に黒髪褐色肌の少年がいることが多くなり、私は姉を追いかけるのをやめた。

f:id:OBriens185:20201228193923p:plain
f:id:OBriens185:20201228194356p:plain

そうしているうちに姉も成人し、あっという間に結婚して家を出ていってしまった。

 f:id:OBriens185:20201228200601p:plain

 「そういえばね...私は姉さんの結婚式に出た後、姉さんがまたすぐ家に帰ってくると勘違いしていたんだよ。夜まで起きて待っててね。恥ずかしいけど「結婚」の意味が良く解っていなくて、何かのお祭りみたいなものだとばかり思ってた。兄さんが「ガイスカ、寝るぞ!」って呼びに来たとき、「おねえちゃんが帰ってくるの待ってる」なんて言ってね。兄さん大笑いしてたね。「ガイスカ...お前...結婚の意味解ってなかったんだな!」ってね...」

f:id:OBriens185:20201228201209p:plain
f:id:OBriens185:20201228201227p:plain

悲しみに沈んでいる姉の気持ちを少しでも和らげたくて、子供時代の恥ずかしい話まで暴露してしまった。

「そうなの...!ガイスカ君、私やお兄ちゃんの子供の頃より随分物知りだと思ってたのに、そんなこともあったのね。そういえば朝「けっこん、けっこん♪」なんて歌ってくれてたよね。あれはお祭りだと思ってたのね!」

姉がようやく笑ってくれて安心した。

今思い返すと結婚式の雰囲気から、姉が帰ってこないことはほんとうは薄々気づいていたかもしれない。それでもそれを認めたくなかった...。

「...こうして話してると思い出話が尽きないね。ほんとはお兄ちゃんもこの場にいれば大盛り上がりだったろうにね...」

姉は笑顔を見せた後も、寂しさを拭いきれないようだった。兄の存在は大きかった。無理もないことだ...

「きっと兄さんはガノスから見てくれてるよ。俺の悪口言ってないよな?なんて気にしてるかもしれない」

「そうね。聞き耳立ててるね、きっと」姉は再びくすっと笑った。

だがそれからふと空を見上げてー

「伯母さんたちや母さん、父さんを見送ってー今回はお兄ちゃんか...。順番から言うと次は私だね...。」

...姉がそう呟くのを耳にした瞬間、身体に電撃が走るような気がした。

駄目だ。

それ以上は聞きたくない。

「私もこうやって、空から思い出話を聞くことになるかな...ガイスカ君、その時はあんまり変なこと話さないでね...」

もう我慢ができなかった。

「姉さん!」

気づいたら姉を引きよせ強く抱きしめていた。

「姉さん...お願いだから...冗談でもそんなこと...言っちゃだめだよ...」

姉を失うことなど考えたくもなかった。抱きしめる腕に力を込めてしまった。

「頼むから...」

森の木々が風に揺らされてザワザワと音をたてていた。

「ガイスカ君...」

そんな中姉の声がした。できればこのまま離したくなかった。それが許されないことだとしても。

「ねえガイスカ君...顔や腕に鎧が当たって...感触...冷たいよ...それに...ちょっと...くるしい」

「...!!ご、ごめん!」

思わぬ苦情に、慌てて姉を開放した。

「あー、びっくりした!」

姉は何事もなかったような表情だった。どうやら自分のやったことの真意は気づかれずに済んだらしい。単純に弟が過剰に姉を心配したと思っているようだ。

「ガイスカ君、力、強くなったんだね!昔は「チカラが弱い」って悩んでたのに。そういえば前にお兄ちゃんが「ガイスカは実は脱いだらスゴイ」なんて言ってたけど、ばっちり筋肉鍛えてるのね、頼もしいわ!」

そう笑いながら話す姉は完全にいつもの調子に戻っていた。取り合えず元気をとりもどしてくれたのだろうか。

「ま、まあ...職業柄貧弱な身体ではいられないからね。それより姉さん、さっきみたいなこと冗談でも絶対に言わないで。約束だよ」

「大丈夫よ。いつもジャスタス君と話してるの、今度のエルネア杯でイグナシオが龍騎士になるのを見届けるまでは、二人とも絶対元気でいようね、って!」

”イグナシオを倒せ”

"イグナシオは父さんの妄執に囚われている”

ふいに、引き継ぎの夜の兄の言葉を思い出した。イグナシオを”龍騎士の呪縛”から解放してほしいー、それが兄からの遺言だった。兄はイグナシオを倒すことが呪縛からの解放に繋がると思っていたが...私自身にはまだその答えは出ていない。姉の想いも無視できない自分がいた。兄は私を買いかぶっている。私はあらゆる意味で、兄より戦士として未熟な人間だ。そんな私に何ができるだろう?

だが...そのことに今は触れるまい。

「エルネア杯とは言わず...ずっと元気でいて。兄さんだって、そう思ってるよ、きっと」

そう...私はあなたを失って残されるのは嫌なんだ。

妻も親友も...大事な存在はもう誰一人失いたくない。

だけどその中でも、とりわけ、あなたを...。

 

 

 

 

 

 

旅立ちの日。

今日はコロミナス家にとっては「喜びの日」となる予定だった。

妹のヒルが花嫁となって嫁ぐ日であったから。

※今回の登場人物のうちヒルデガルドはヒルダ、アルドヘルムはアルドと愛称で表記します。

f:id:OBriens185:20201220204018j:plain
f:id:OBriens185:20201220204031j:plain
f:id:OBriens185:20201220204041j:plain
f:id:OBriens185:20201220204050j:plain

いつもはハスッパで生意気な言動の多い妹も、流石に今日は神妙だった。

兄を兄とも思わない生意気さに腹を立てたことも何度かあったけど、こうやって食卓を囲むことも最後になると思うと寂しいと思う。けれどいつかは慣れていくのだろう。

弟アルベルトの時もそうだった※1

それでも、寂しいとはいっても、ただ住むところが別になるだけ。会おうと思えばいつでも会える。

 

...生きている限りは。

 

「イグナシオ、悪いんだけどこれからエルネア城に行って、兄さんの様子を見に行ってくれないかしら?...結婚式に顔を出してくれることになっているんだけど...心配だわ」

「わかった。すぐ行ってみるよ」

昨日は山岳リーグと重なって観に行けなかったが、ランスと伯父カールの試合が無事終わったことは聞いていた。今日も元気でいてくれればいいけれど...。起きてすぐから胸騒ぎが収まらなかったが、今回も杞憂であることを祈った。

「ごめんね...万が一兄さんの状態が悪かったら、私たち、式が終わったらすぐに駆けつけるからって...アラベルちゃんに伝えてね」

「頼んだよ、兄貴...」

ヒルダも一転泣きそうな顔になっていた。妹も伯父さんには随分可愛がってもらえっていた。

ヒルダ、お前はこれから準備が沢山あるだろ?そんな暗い顔してたらイヴォン君が誤解するぞ。自分との結婚が嫌なのかって...。伯父さんはきっと大丈夫だから、心配しなくていい」

「大丈夫」の根拠など何もなかったけれど、今はこれしか言えない。妹もきっと解っているとは思う。

 

心臓が止まりそうな勢いで隊長居室を訪れると、伯父一家は遅い朝食の最中だった。

食卓の家長席に伯父の姿を見つけ、おれは胸をほっと撫で下ろした。

f:id:OBriens185:20201220212733j:plain
f:id:OBriens185:20201220212805j:plain
f:id:OBriens185:20201220212742j:plain
f:id:OBriens185:20201220212752j:plain

 

f:id:OBriens185:20201220213644j:plain

声をかけた時もいつも通りに見えた。

...が、それは糠喜びであったことが、すぐに分かった。

 

その後伯父がふらりと倒れそうになったので、慌てて肩を貸した。

「カールさん、大丈夫?」

「あ、ああ...イグナシオ、すまない...このまま寝室まで肩を貸してもらっても...いいか?情けないことだが...もう一人では...歩けそうに...」

「父さん...食卓に歩いて来るまでも大事だったんだよ...それでも「最後は」みんなで食事したいからって...それでこんな時間に...」

側にいたアルドが悲痛な顔をして呟いた。

最後。

決して認めたくはなかったが、親族のこんな状態を見るのは初めてではなかった。

今も記憶に残る...祖父母たちの「旅立ちの日」も確かこんな風だった。

 

f:id:OBriens185:20201220224536p:plain
f:id:OBriens185:20201220224525p:plain

 

アルドと一緒に両肩を貸して、どうにかして寝室まで伯父を連れていくと、伯父はそのままベッドに力なく横たわってしまった。声をかけるのも憚られるような弱弱しさだった。

「そういえば...」

伯父が口を開いたが、目は閉じられたままだ。

「今日...ヒルダの...結婚式だっけ?せっかく...招待状...もらったのに...行けなくて...悪い...おめでとうって...言っておいてくれ...」

「分かった。カールさん...きっと伝えるよ」

そう言ってからベッド脇に跪いて伯父の手を握ると、感触はひんやりと冷たかった。

こうして見ること感じること全てが、願いと真逆であることが辛かった。手を握りながらも肩が震えてきた。

そうしていると、伯母がおれの肩にそっと手を置いた。

「イグナシオ君、そろそろ行った方がいいわ...。ヒルダちゃんも待ってるわよ。わたしからも...おめでとうって言ってたと伝えてね。マグノリアにも...よろしく」

伯母は涙ぐみながらも優しく微笑んでいた。

「カールさん、おれ、一旦行くね。後から母さんたちも来るから、それまで、待ってて」

「...わかった..」

伯父は弱弱しいながらも手を握り返してくれた。

「伯父さんを頼みます...」

おれは立ち上がり、伯母とアルドに挨拶してから隊長居室を後にした...。

 

家に戻ると、既に皆シズニ神殿へ向かった後だった。

取り合えず...伯父さんのことを伝えるのは、結婚式が終わった後になりそうだー。

 

f:id:OBriens185:20201220225039j:plain
f:id:OBriens185:20201220225048j:plain
f:id:OBriens185:20201220225059j:plain
f:id:OBriens185:20201220225107j:plain

花嫁となった妹は、この上もなく幸せそうに見えた。

神殿の窓から優しく光が降り注ぎ、新婚の二人を祝福しているかのようだった。

妹は長年親しんだ山岳の家と慣習を離れ、一般国民として新たな世界に足を踏み入れることとなる。夫のイヴォンと二人でー。

それは、おれには生まれた時から許されなかった「旅立ち」だったー。

 

 式が終わった後、両親に伯父の状態を告げた。

おれが戻ってくるのに時間がかかり、なおかつ結局伯父が現れなかったので、大体のところは察していたようだ。

それでも母は泣き崩れ、父はがっくりと肩を落として項垂れてしまった。

おれは両手で顔を覆って泣いている母の背中に手をあてて、できるだけ優しい口調で声をかけた。

「母さん、伯父さん待ってるから...エルネア城へ...行ってあげてくれる?ヒルダとアルベルトにはおれが伝えるから...」

「...そうね。兄さんに...会いにいかないとね...。私たちの結婚の時...父さんが猛反対したけど...兄さんがイグナシオさん※2と一緒に ...一生懸命説得してくれたのよ...兄さんは私たちの恩人なの...」

ようやく母は立ち上がり涙を拭う。

「だから...ちゃんとお礼と...お別れを言ってあげなきゃね」

そして父の手を取った。

「行きましょう、ジャスタス君。兄さんのところへ...」

「ああ...行こう、マグノリア

父は頷き、二人はエルネア城に向かって歩いて行った。

両親の次は弟妹...それにオリンピアと子供たちに伝えなければいけない..。

 

**********************************************************************

f:id:OBriens185:20201221185151j:plain

おれがエルネア城に戻ったのは夕3刻の頃だった。

「別れの挨拶」を言うための客人たちもあらかたは帰っていた。父も母を残して一旦帰宅したようだ。

今は母やガイスカ叔父さんを初めとする兄弟達やルチオ王配殿下など、「特に近しい者」のみが客間で待機している。

もう間もなくやってくる「その時」を見守るためだった...。

f:id:OBriens185:20201221190118j:plain
f:id:OBriens185:20201221190128j:plain

朝に会った時よりも伯父は一層弱っていた。

会話もかろうじて成り立っている...という感じだ。

もうアラベルさん達家族に後は任せて、おれも客間に戻ったほうが良いのかもしれない...そう思った時にふと伯父が、かすかな声でおれの名を呼んだ。

イグナシオ...

ずっと閉じられていた青い目が開いた。

「何?カールさん」

慌てて伯父の手を握った。

いつかお前が...呪縛から解放されて...自分の人生を...生きられることを...祈ってるよ

おれは何と言っていいか解らなかった。

今のおれは自分の人生を生きていないのだろうか?

自分自身にはわからない...。いや、解ろうとしたくないのかもしれないが。

ただ、今はこうしか言えなかった。

「ありがとう、カールさん...」

伯父は満足げな笑みで頷いた。その目の奥が一瞬緑色に輝いた気がしたが...すぐにまた、目は閉じられてしまった。

これが伯父と交わす最後の言葉になったことを悟った。

f:id:OBriens185:20201221192535p:plain

おれは側で控えている伯母と従弟たちに一礼して、客間に戻った。

 

**********************************************************************

f:id:OBriens185:20201221193119p:plain

身体が軽い気がする。さっきまで重くて怠くて仕方がなかったのに...。

そこにいるのは誰だっけ...。

f:id:OBriens185:20201221193533p:plain

f:id:OBriens185:20201221193605p:plain

ああ...お前たちか...。せっかく久しぶりに兄弟勢ぞろいなのに、こんな状態で悪いな...。いつかまた、父さん母さんたちも含めて、ピクニックにでも...行こう。随分先になるだろうけど、楽しみにしてるから、お前らはゆっくり来いよ...。

ルチオ...お前と馬鹿話ができなくなって残念だよ。

これからはムタンも自分で取りに行ってくれよ。ガイスカを付き合わせたりしないようにな...。

いつかお前の「その時」が来たら、俺が迎えにいってやるよ。でも当分は来なくていい。

f:id:OBriens185:20201221194551p:plain
f:id:OBriens185:20201221194605p:plain

f:id:OBriens185:20201221195031p:plain

アルド...。お前はこれからどんな道を行くのかな?

もっと...お前と将来について語りたかったな...うざい親父かもしれないが...。

お前は要領のいいやつだから、どんな道でもうまくやっていけるかな...。

ランス...。お前が選んだ道は、試練の道でもある。

俺がそうだったように、お前も絶えず壁にぶつかることだろう。

でも、お前なら乗り越えられる、昨日戦って...俺はそう確信したよ...。

ああそれから...コゼットに...おじいちゃんはいつでも見守ってるって、伝えておいてくれ...。

 

そして...。

f:id:OBriens185:20201221202013p:plain

アラベル...。

正直言うと、一人で残して行くのがとても辛い...。

君がどんな時でも、俺のことを愛して必要としてくれたから、俺はここまで来れたんだ...。子供たちが巣立ったら二人でのんびりしよう、そう話していたのに...。

でも...強くて優しい君だからこそ、後を託せる。子供たちを...オブライエン一族のことを...俺の代わりに見守ってくれ...。君を信じてる。

君には孫や曾孫に囲まれて、幸せに長生きしてほしいんだ。俺はいつでも側にいるから...。

 

f:id:OBriens185:20201221203303p:plain

気づくと遠い視線の先に、祖母や伯母たちの姿が見えた。リア祖母ちゃんの傍らには優しい目をした男性が立っている。ああ、確か...。俺の生まれたその日に、祖父はガノスに旅立ったんだっけ...。それから、その横にいる二人は誰だろう?二人ともどことなく...父に似ている気がするけど...もしかしたら...

「カール」

そして、ずっと聞きたかった父と母の声がした...。

 

f:id:OBriens185:20201221204316p:plain

俺は幸せだったよ。

みんな...ありがとう...。

 

f:id:OBriens185:20201221205124p:plain

f:id:OBriens185:20201221205135p:plain

**********************************************************************

すべてが終わった。

伯父さんは旅立っていってしまった。

伯母が母に縋り付いて号泣していた。

その側でランスとアルドヘルムが必死で母親を慰めていた。しかしその二人の目にも涙が光っている。

 

ひとしきり泣いた後伯母は落ち着きを取り戻し、来客達を出口まで見送ってくれた。

「みんな...今日はありがとう...明日の見送りも...来てちょうだいね。カールのために...よろしくね」

涙を堪えた笑顔がなんとも痛々しい。

f:id:OBriens185:20201221210609p:plain
f:id:OBriens185:20201221210655j:plain

 

隊長居室を出た後も、皆それぞれ重苦しい表情のままだった。

 

f:id:OBriens185:20201221210037p:plain
f:id:OBriens185:20201221210049p:plain
f:id:OBriens185:20201221210329p:plain
f:id:OBriens185:20201221210118p:plain

 

「帰ろう...イグナシオ」
「うん...」

おれは母と二人でドルム山道を登り家路についた。

今日はヒルダの結婚式だった。

でも同時に...伯父さんとのお別れの日にもなった。

 

明日のコロミナス家の食卓からヒルダはいなくなるが、妹は噴水通りのルッケーシ家で元気に目覚め、夫と二人で新婚の食卓を囲むだろう。

でも伯父さんはもうどこにも...いないんだ。

 

※1 実は次男アルベルトは前回エルネア杯の途中で結婚して家を出ております。話の展開上省略してしまいましたが(^^;出番が限りなくゼロに近い次男の紹介はまた別の機会に(^^;

※2 PCイグではなく初期国民イグナシオ・シュワルツさんのこと。PCイグにとっては大伯父さんにあたります。

 


【あとがきのようなもの】

毎度長々と...なおかつ今回は無茶苦茶暗くなってしまいましたが、最後までお読みいただいて、本当にありがとうございます。
私にとって、「初代のはじめての子供」であるカールはやっぱり特別な存在でした。

PCを二代目→三代目と引き継ぐ過程で、カールとPCの関係性は子供から兄→伯父と変わっていきましたが、心の片隅では常に初代の「息子」としての意識が残っていたと思います。なので「余命宣言」の台詞が出た時は本当にショックでした。(「予期せぬ告白」での練習試合→カールあっさり負ける→余命宣言...の下りは実際のゲーム上でのできごとです)それは他の5人の子供たちも同じではありますが、とにかく「最初」のインパクトの強かったこと...。

カールは初期こそ苦労したものの、結局騎士隊長→龍騎士まで登りつめ、最後の対戦相手も息子...という、まるで「漫画の主人公」のような濃密な一生を送ることができました。このブログを書いている時点でPCは9代目ですが、ここまで綺麗に人生を完結させたキャラクターは、PC、NPC併せても未だにカール以外いないのです。初代PC長男カールの偉業とその生き様は、今も私のエルネア史に燦然と輝いています。

f:id:OBriens185:20201221215152p:plain
f:id:OBriens185:20201221215211p:plain
f:id:OBriens185:20201221215225p:plain

 

obriens185.hatenablog.com

 

 

思い残すことはない。

「親父!素人相手に龍騎士銃まで使って、何てことするんだよ!ジャスタス、大丈夫か?」

「素人...?何を言っている?彼は山岳兵で、れっきとした武術職の一員だよ。武術職同士なら、お互い全力で戦うのが、礼儀というものさ...。カール、お前も武術職を志す身なら、よく覚えておくといい」

かつて妹と山岳長子ジャスタスの結婚話に激怒した父は、「実力を試す」という名目で「娘の恋人」を練習試合に誘った。ジャスタスは後に12歳で兵団長になるほどの実力者だがいかんせん当時はまだ7歳の若造だった。当然龍騎士相手には全く歯が立たず、父の龍騎士銃にあっけなく吹き飛ばされたのだった。

あの時、父の大人げなさに俺は腹を立てた。

だが...「全力で戦うことこそ礼儀」

そのことの意味が、今なら解るような気がする...。

 

 今日は5日。

恒例の近衛騎士トーナメントが開幕する。

目が覚めるまで正直恐ろしかったが、取りあえず今日はガノスに召されずに済むらしい。

身体の調子はむしろすこぶる良かった。ここまで良いのは逆に久しぶりかもしれない。

試合は夕刻からだが、俺は少し早めに闘技場に着いていた。

空気は冷たく澄んでいて、見上げた空は抜けるように青い。

ここには沢山の記憶が残っている。

観客として見守った父の勇姿。

苦い思い出となった初めてのエルネア杯。

トーナメントで初優勝した時の喜び。

そしてー。

義弟、弟、護り龍と激戦を繰り広げた、忘れえぬ「あの日々」の記憶ー。

ここの土を踏むのは、今日がもう最後になるだろう。

これから、最後の大仕事が待っているんだー。

 

*********************************************************************

近衛騎兵としての初試合。

ついにこの日がやってきた。

対戦相手は近衛騎士隊長 カール・オブライエン...僕の父だった。

子供の頃から、僕は父の背中を追って育ってきた。

父は最初から「強い騎士」ではなかったが、決して諦めずに鍛錬を重ね、騎士隊長ーそしてついに龍騎士へと登りつめ、長年の夢を叶えた人だ。

その父の姿に僕は常に勇気づけられてきた。父は僕の憧れであり目標だった。

僕の最初の対戦相手が、その父であることー。

それは恐ろしくもあったが、同時にとても嬉しかった。

だけどー、今日無事に「その時」を迎えられるか不安だった。

試合を目前にして、父の命が尽きないかどうか。

朝になり恐る恐る隊長居室を訪ね、父の元気な姿を見て胸を撫で下ろした。

「ようランス!」

そうやって手を挙げる父はいつも通りだった。

「どうした?そんな顔をして。試合前に対戦相手に出会った時は、普通こう言うもんだぜ。〚今日の試合、負けないからな!〛ってな」

「い、いや...僕には...そんなこと..」

僕と父では実力が違い過ぎる。昨日の探索でそれは痛いほど解っている。

「ランス」

父の表情がにわかに険しくなった。

「そんな弱気でどうする...!?どんな強い相手だって、絶対に勝てない相手なんて存在しない。試合というのものは、いつも本当に、何が起こるか解らないんだ。だから俺も試合前には常に緊張しているさ...。

試合の勝敗は、確かにその9割は個々の能力や技術に左右される。だが結局最後に決め手となるのは「どれだけ勝ちたいと思うか」その気持ちの差だ。最初から諦めるんじゃない!」

この言葉は「父」からのものではない。

完全に「近衛騎士隊長」としてのものだった。

やっと分かった。

僕はもう素人の国民じゃない。

栄えあるローゼル近衛騎士隊の一員だ。

僕は隊員として、この言葉に応えなければいけないんだ。

ここで求められてるのは、弱気の発言なんかじゃない。

陛下の前での栄えある今年の初試合、それを任されていることを忘れてはいけない。

 「父さん...、いえ、隊長」

僕は深く息を吸い込んでから、力強く答えた。

「今日の試合、負けませんから!」

父はふっと笑った。

「こっちこそ負ける気がしないね」

 「手加減はしないで下さい...僕も全力であなたに挑みます」

「望むところさ...試合で会おう!」

「はい!」

僕は父が差し出してきた手を、強く握り返した。

 

夕一刻。

「総員、陛下にー、敬礼!」

父の声が力強く響き渡った。

去年までは観客としてこの声を聞いていたが、今は最後尾ながらも騎士隊の一員として剣を構えている。 ここに立つために、僕は選抜トーナメントを戦ってきた。

「我らローゼル近衛騎士隊は実力主義の精鋭部隊」

父の声が続く。

「その名に刻まれた伝統に恥じぬ戦いぶりをご覧に入れましょう」

望みながらもこの場に立てなかった他の志願者達のためにも、

僕は全身全霊を込めて、今からの試合に臨まなければならない。

それが自分に課せられた「責任」だ。

 

「ありがとうございますー、それでは本日の試合の準備をよろしくお願い致します」

いよいよだ。父と僕を残して、他の隊員たちは闘技場から一旦退場となる。

 

神官の選手紹介が始まった。

「右手の選手はー、カール・オブライエン」

父は堂々とした様子で右手を挙げた。

拍手が盛大に沸き起こった。「龍騎士」のおそらくは最後の試合ー、ということもあるのだろうか。例年より観客が多いようだ。

「左手の選手はー、ランス・オブライエン」

今度は自分が手を挙げる番だ。できるだけ堂々とー、そう思ったけれど、少しぎこちなかったかもしれない。が、父よりは少ないながらも、観客達は僕にも拍手を贈ってくれた。

父と僕は向き合った。父からは恐ろしいほどの気迫が感じられる。

その気迫に気おされないように、足を踏ん張り、剣を握る手に力を込めた。

「互いに礼」

「はじめ!」

先手を取ろうー!

そう思い、足を踏み出しかけたその瞬間に、父から強烈な斬撃をくらった。

食らったのはたった一撃なのに、僕ははるか後方に吹っ飛ばされ、背中から地面に投げ出された。砂埃がぶぉん、と巻き起こった。

勝負はほんとうに一瞬だった。

「勝者、カール・オブライエン!」

神官の声が一層高く響き渡り、父は勝者であることを知らしめるかのように、龍騎士剣を持った手を上に突きあげていた。歓声がどっと沸きあがった。

「...うっわー、えげつね...」

「相手、息子だろ?ここまでしなくても勝てるだろうに、容赦ないな...」

「この技って...あれじゃない?確か、エルネア杯で山岳兵団長と戦った時の...」

食らった斬撃の重さに頭がぼうっとする中、騎士隊の面々がヒソヒソ噂する声が耳に入った。

そうか...。この技はジャスタス叔父さんと戦った時の...。

f:id:OBriens185:20201217195756p:plain

叔父もまた、僕など及びもつかないほどの強力な戦士だった。その叔父にいかに勝つかー、父が策を張り巡らせていたのを僕は覚えている。

あの技をー、叔父とは比べものにならない、弱い自分のために使ってくれたんだー。

思わず、目に熱いものが溢れてくる。

僕がなかなか立てずにいるので、流石に父が手を差し伸べようとしてきた。

だけど僕は首を振った。

一人で立てる。

身体のあちこちに痛みが走ったが、何とか立ち上がることができた。

鎧についた砂を払った後、僕は父に手を差し出した。

「...お見事でした、隊長」

「ありがとう」

父と僕は握手をし、周囲から拍手が沸き起こった。その音になぜか温かさを感じた。

 

騎士隊トーナメントは伝統的に、新人最下位の騎兵と騎士隊長が最初に対戦するルールとなっている。

弱いものいじめだと揶揄する声もあるが、僕はこれは必要なものだと思う。

騎士隊長は「剣技の達人」たる誇りをもって、新人に騎士の何たるかをその技で伝えるんだ。それをどう受け止めるかで、新人の今後が決まるー、そんな気がする。

最高のものを前にして、所詮自分は弱いと諦めるか、それともそれを糧にして前に進むかー。

僕は後者でありたい。そしていつかは自分もー。

 

「...これでもう」

試合が終了し観客があらかた捌けた後、父は下を向いて静かな声で呟いた。

「思い残すことはない、もう何もー」

父の顔色がさっきより青白い気がする。

「カール、ねえ、もう帰りましょう」

その変化にいち早く気づいた母が、父の腕を取り、帰宅を促す。

「そうだな...帰るか。ランス、じゃあまたな。ああ、大丈夫だよアラベル、一人で歩ける。」

父は腕に回された母の手を、そっと優しく降ろした。

「ランスも今日はよく頑張ったね。私たちは帰るから、また明日ね」

「兄さん、また明日」

母と弟に伴われて帰途につく父に向かって、僕は叫んだ。

「父さん!」

「...何だ?」

父は振り向いた。その青い目はいつになく澄んでいた。

夕暮れの光に照らされて、赤い髪が燃えるように輝いていた。

「また明日だよ!」

父は微笑んだ。

「ああ...。また明日な」

そう言って僕に向かって手を振った後、父は踵を返して去っていった。

知らぬうちに、自分の目からとめどなく涙が零れ落ちてきて、頬を濡らすのがわかった。涙を拭うことなく、僕は父の背中を見ていたー。

今日のこの一日のことを、僕はきっと一生忘れることができないだろう...。

f:id:OBriens185:20201217213225p:plain

*********************************************************************

家に着いた途端、全身の力が抜けるのが解った。俺はたまらずベッドに倒れこんでしまった。

「全く、意地張って...あなたったら。手を貸してくれ、素直にそういえば、いいのに...」

「ほんとだよ、父さん...」

アラベルもアルドも涙ぐんでいた。

そう言うなよ、俺だって親父としての矜持ってものがある。最後にランスに見せる姿がー、お前たちに支えられてヨロヨロ歩く姿なんて、真っ平だ...。

そう答えたかったが、猛烈な倦怠感に襲われて、しばらく言葉を発することができなかった。いつもとは違う感覚だ。これはきっとー。

「...なあ」

ようやく口を開くことができた。

「なあに?」

ベッドの傍らに腰かけて、ずっと俺の手を握っていたアラベルが、青い大きな目で俺の顔を見つめてきた。

俺が何か言おうとするとき、そうやってじっと俺を見つめる仕草を、いつも愛おしく思っていた。

「俺、今日...うまく...戦えたかな...?あいつに...何かを...残せたかな...」

「大丈夫」

アラベルは両手で、俺の手をしっかりと包み込んだ。

「カール...立派だったよ。わたしたち、みんなー、あなたのことを誇りに思ってる。だから、安心して...。」

そう語る妻の目から大粒の涙が零れて、俺の手をしとしとと濡らしていくのがわかった。

その涙の感触は温かかった。

俺はほんとうに幸せ者だよ、アラベル、ほんとうにありがとうー。

旅立ちが迫ってきていることを感じたが、俺はもう何も怖くない...。

 

 

 

 

 

残された時間。

「昨日、アラベルちゃんと会って話したんだけどね...兄さん、体調が悪い時間がこのところ急激に増えてきたって...もしかしたら、もうそろそろ...」

「そうか...」

父と母が、食後のイム茶を飲みながら、悲痛な面持ちで話していた。今日は3日で評議会がある日だけれど、伯父は大丈夫なのだろうか...。

伯父とは新年の誓いで顔を合わせていた。だが挨拶程度で大した話はしなかった。あの闘技場での一件以来、何となく話しづらくなっていた。

伯父はおれが子供の頃から、おれのことを可愛がって目をかけてくれた大事な存在だった。といっても特別扱いというわけではなく、アルベルトやヒルダにも、勿論他のいとこ達にも平等に優しかった。おれは伯父のそういう所がとても好きだった。このままで良いわけではないのは解っている。

 

あの時まで、おれは無意識に伯父に甘えていたのかもしれない。もしかしたら龍騎士であるこの人なら、自分が抱えている責務の重さ、それに対する逃れられない閉塞感、そんな諸々の想いを理解してくれているだろうと、勝手に思い込んでいたんだ。

でも違っていた、伯父とおれでは歩んできた道のりがまるで違う。だから考え方も違うのはどうしようもないんだ。伯父は面倒見のいい人だから、あの後すぐ立ち去らなかったら、きっとおれを「諭し」にかかっていただろう。そんな無味乾燥なことを言うな、自分のやりたいことを大事にして夢を持てって...。そんな風に踏み込んでこられるのは嫌だった。だから離れた。

 おれが抱えているものを分かってほしい、そんなことを望むのは傲慢だ。ただ、非礼を詫びたかった。今までのお礼を言いたかった。それ自体が自己満足かもしれないけれど。

 

昼一刻になり評議会が始まったが、伯父は無事元気な姿を見せていた。会はつつがなく終了した。

f:id:OBriens185:20201213201912p:plain
f:id:OBriens185:20201213201927p:plain
f:id:OBriens185:20201213201942p:plain
f:id:OBriens185:20201213202607p:plain


議会終了後、伯父はもう一人の叔父、ガイスカとそのまま仕事に向かおうとしていたので、勇気を出して声をかけた。
「カールさん...」

「あぁ、イグナシオ」伯父は振り向いた。普通に笑顔だった。

ガイスカさんの方は状況を察したのか「先に行くよ」と軽く会釈して歩いていった。

「どうした?」

「この間は...闘技場で失礼な態度をとって、ごめん」

「何か...あったっけ?」

伯父が本当に覚えていないのか、忘れた振りをしているのかはわからない。

そのどちらにせよ、その言葉に甘えて、伝えるべきことを有耶無耶にしておきたくはなかった。

 「伯父さんがせっかく気を使ってくれたのに...おれはその好意を真っすぐに受け取れなかった。伯父さんとおれとでは、多分...見えてるものが違うから...。でも、今更その「違う」ことについて議論するつもりはないんだ。解決するのは、今は難しいと思う。解ってくれとは、とても言えない。」

伯父はおれの話を真顔で黙って聞いていた。表情に潜む感情は読み取れなかった。

「ただ...おれは伯父さんのこと、とても好きだし、今までずっと、おれや家族のこと、気にかけてくれてありがとう...いつも伯父さんが近くにいてくれて、本当に助かってたよ...ただ、それを言いたくて」

伯父の表情は真顔のままだったが、少しだけ笑顔が戻り、口を開いた。

 「イグナシオ...。「後のこと」はもうみんなガイスカに任せてあるから、俺は今は残された時間をいかに過ごすか、それだけに集中することにしてるんだ...。だから...俺も正直、そもそも議論する余裕すらないってところさ...」

伯父の声はただただ静かだった。本来はもっと熱い人なのに。そのことが、残された時間の少なさを如実に表わしていた。

「まあそれは置いといて...そうやって、助かってたって言ってくれて、嬉しいよ。あんまり褒められることに慣れてないんだ...。いつも「もっとしっかりしろ」って言われ続けてきたから。こちらこそ、ありがとうだな...」

「...」

そう言っておれに向けられた笑顔はこの上もなく優しかった。寿命を告げられた時と同じように、おれは何も言えなくなってしまった。

「ああそうだ、ひとつ、お前に頼みたいことがあるんだが、いいかな?」

「何?」

「明日、ランスとゲーナの森に探索に行く予定にしているんだが、良かったら一緒に来てくれないか?正直俺は身体がどこまで動かせるか解らないし、万が一俺が途中で戦えなくなった時、ランスの腕じゃ、まだ一人でゲーナの森は抜けられない。お前となら安心だ。」

ランスは伯父の長男でおれの一つ年下の従弟だった。おれは昔からランスを弟のように思っていた。もしかしたら、実の弟のアルベルトよりも、心の距離は近いかもしれない。大事な友人だ。断る理由などない。

「勿論、いいよ!」

伯父はいつも見せてくれるいたずらっぽい笑みを返した。

「助かるよ。じゃあ、明日昼1から、宜しくな。こうやって約束をしている間は、俺はまだ生きられるような気がするんだ。森の入り口でランスと待ってるよ」

「解った。じゃあ、明日ね」

この言葉が裏切られないことを、おれは祈った。

 

4日になった。

もし伯父さんが危篤になっていたら...と怖かったが、幸いなことにそれは杞憂に終わった。約束通りゲーナの森の入り口で、二人は待っていてくれた。

「イグナシオ、こっちだよ!」

ランスが手を振っている。そういえば騎士姿のランスを見るのは初めてだった。生真面目なランスに騎士隊の鎧は良く似合っていた。何故か髪形をオール・バックに変えていたのが可笑しかった。成人したての頃も同じ髪形をしていたが、新成人に見えないと友人達にからかわれて、自然なスタイルに戻していたっけ。

「...気合い入ってるな、ランス」

「そうそうこいつ、騎士隊だからキチンとしなきゃいけないって思いこんで、こんな整髪料ベタベタの髪形にしてきたんだ。笑えるだろ?」

「父さんっ!」

父親からのいじりにランスは憤慨していた。そこにいるのは完全にいつものカール伯父さんだった。息子の前では、弱ってる姿を見せたくないのかもしれないが...

「冗談は置いといて、時間が勿体ないから、さあ行こうか」

おれたちはゲーナの森に入っていった...。

f:id:OBriens185:20201213220215p:plain

f:id:OBriens185:20201213220308p:plain
f:id:OBriens185:20201213220256p:plain

幸い伯父の体調にも異変は起こらず、探索は無事に終了した。

おれたちは良い気分で帰途についていた。

「ランス、いい感じだったぞ。明日の試合、俺は楽しみにしてるからな!」

明日の騎士隊トーナメント開幕戦で、この親子は対戦する予定となっている。

「...う、うん。父さんに恥ずかしくない戦いぶりを見せれるよう、頑張るよ...」

ランスは緊張を隠せないようだ。

「何だ何だ、そんな弱気でどうする?俺に勝ってやる、ぐらい言ってくれよ」

「いや...今日の父さんの剣さばき見て、そんなこととても言えないよ...」

三番目の叔父グラハムだったら、たとえ腕が及ばなくても強気に出るだろうが、ランスは現実主義者だった。それが良いところでもあったが、伯父には物足りなく映るのかもしれない。

「カールさん、ランスに無理にプレッシャーを与えなくても...。こういうのは自分にとっての自然体で臨むのが一番いいと思うよ。おれと父さんは山岳兵の制度上、試合で戦うことはできなかったから...正直羨ましいよ。ランス、頑張れよ」

「有難うイグナシオ...そうか、山岳は引退しないと子供が試合に出れないんだよね...。」

「ジャスタスも、お前と戦えるとあらば、さぞ張り切っただろうにな...。俺もジャスタスともう一度戦いたかったよ。あいつは強かった。正直、今も勝てたのが不思議に思う時もある..。あいつだけじゃない、弟にも、護り龍にも...。」

伯父はふと遠くを見るような目をした。あの運命のエルネア杯のことを思い出しているのかもしれない。

f:id:OBriens185:20201213222901p:plain

 

まだあれから1年ほどしか経っていないのに..こんなに早く...伯父がいなくなってしまうなんて...。

「まあ、過去を思い返すより、今は明日、だな。明日が無事来ることを祈って、じゃあ、また」

「うん、伯父さんもランスも頑張って、おれは明日は応援に行けないけど...いい試合になることを祈ってるよ、じゃあね」

「ありがとう、イグナシオも、自分の試合頑張れよ!」

エルネア城で二人と別れ、おれはドルム山道を登って家路についた。

山に吹きおろす風はまだ冷たい。

その冷たさを頬に受けながら、おれは伯父とランスの明日が無事にくることを願った。

 

※ゲーム内でおなじみかつ恐怖の「寿命宣告」ですが、「もう長くない」と告げるからには、何らかの予兆が「告げる側」に起こっていそうです。そこで毎回捏造ですが、ガノス行きが近くなると予兆が始まり、その予兆が何であるかは人によって違う...という設定を加えてあります。今回のカールの場合は「おかしな体調不良」が起こり、ガノス行きが近づくにつれその回数が増えてくる...という形です。そのほか、亡くなった友人や親族の幻が見える...などの予兆が起こることも...?...って鬱な設定ですね、すみません...(>_<)

 

 

 

 

イグナシオ編おまけ:マブダチになった日。

話の流れをブッタ切ってすみません(^^;重たい話が続いて中の人がちょっとしんどくなったので息抜きに番外編。時間軸は「性格を変える薬」123とほぼ同じくらい。

 

「サンチャゴ、お隣のイグナシオ君と遊ばないの?せっかく同い年の男の子がいるんだから、遊べばいいのに...」

「やーだ!あいつ、ナヨナヨしてて弱虫だから、きらーい!」

俺はプラマー家、イグナシオはコロミナス家の跡取りで、それぞれ山岳の家1と2に住んでいる。同じ山岳長子、しかも同級生でご近所...という「友達になる最高条件」を満たしているというのに、俺はイグナシオとは滅多に遊ばなかった。

お袋に言ったように、ナヨナヨしているあいつと行動派の俺とは気が合わない...、ということもあるが、今更だから恥を忍んで言うと...実はあいつがやたらと女の子にモテるのが気に入らなかったからだ。イグナシオは無駄に女友達が多かった。それも結構可愛い子ばかりだ。更に年上の美人からもモテテいた。

「サンチャゴ君、乱暴だから、あそばなーい!あたし、優しいイグナシオ君と、あそぶっ!イグナシオ君、いこっ!」

「う、うん...」

そんな感じで、何度女の子を横から掻っ攫われたことか...。いや別に、イグナシオ本人が掻っ攫ったわけじゃないんだが、俺にとってはそう見えていた。

更にそんな時、イグナシオがなんとも困った顔をしてコッチをチラチラ見ながら、女の子と去っていくのもイライラした。

俺を置いていくのがそんなに気になるなら、お前が仲立ちしてくれればいいだろ!俺だって、お前と全く遊びたくないかというと...そんなことは、ないんだ。

 

イグナシオ自身は俺と仲良くなりたかったのか、それなりに話しかけてきた。だが俺は上述のこともあって、こいつのことが気に入ってなかったので、わざと「ボクと仲良くなりたいなら鳥石を見つけてこいよ」と無理難題を持ちかけたりしていた。鳥石はそんなに簡単に見つかるもんじゃないのに。

結局「サンチャゴ君、ごめんね...見つからなかったよ..」なんて申し訳なさそうに言ってくるので更にイライラした。

 

そういうわけで、俺とイグナシオは大して仲良くならないまま成人した。もし俺達が普通の国民であったなら、きっとそのまま互いの距離が縮まることなくそれぞれ結婚し、完全に疎遠になっていただろう。

だが俺達は、「山岳長子」という特殊な立場にいた。

将来の兵隊長となるべく、成人直後から武術職の一員として日々鍛錬を行わなくてはならない。同世代の国民とは練習試合が出来ない自分たちにとって、お互いは練習相手として必要な存在だった。気に入らないなどと言ってる場合ではなかったのだ。俺達はしょっちゅう組んで試合をすることになった。

 

とはいっても俺にとってはイグナシオは「いいカモ」みたいなもので、試合をすれば大抵俺が勝つ。はん!弱っちい奴!そう思っていた。

あのイグナシオが弱かったのか...?と思い返すと実はそうではない。イグナシオに先手を取られる方が実は多く、そのたび「やばい!やられる!」と何度か思ったものだ。

なのに奴はいつも、なぜかそこで一瞬躊躇するのだった。

誇り高きプラマー家の嫡子たる俺様を舐めてんのか?いっぱしの戦士なら先手を取ったらブチノメスのが当たり前だろうが!

「もらったぜイグナシオ、はああっ!」

その隙を逃さず反撃し、結局俺の勝ちとなる。

「大丈夫?サンチャゴ君、痛かったでしょう?ほんとに、ごめん...」

まれにあいつが勝つと、こんな感じで無駄に心配をしてくる。

そりゃあ、技を受けたら痛いに決まっているが、俺が勝った時はお前だって痛いだろう。戦う以上お互い様だ!そんなこと気にすんじゃねえ!

...結局勝っても負けてもイライラする。

 

イグナシオは終始こんな感じだったので、可哀そうにこいつは一生、兵隊長になっても周りにいいカモにされて、いつもヘラヘラヘコヘコして過ごすんだろう...。ま...しょうがないから、その時は俺がかばってやってもいい...そんなふうに思っていた。

 

-あの時までは。

 

ちょうどエルネア杯の狭間にあった休日だったか...俺はいつものようにイグナシオを練習試合に誘った。

「ああ、別に構わないけど...?」

この俺と試合するのに「別に構わない」だと?何だその言い方は...いや、そもそもコイツってこんな口調だったか?

違和感を感じながらも、イグナシオが一人で先にスタスタ闘技場まで歩いていくので、それ以上は突っ込めずにいた。

「闘技場の使用料は120ビー!イグナシオ、用意はいいか?」

「そんなのいいに決まってるじゃん。さっさと始めない?」

...ン?

違和感は更に高まったが、とりあえず試合を終わらせてから突っ込むことにしよう。

「正々堂々、いざ!」

カキィン!

...えええ?

気づいたら俺はイグナシオに先手を取られ、反撃するまでもなく吹っ飛ばされていた。

ドシャアン!俺は盛大に地面に尻餅をついた。情けないが打ち付けた臀部が痛い。

「はい、終わったね、じゃ、おれはいくよ」

イグナシオは踵を返して、またスタスタと闘技場を出ていこうとする。

ちょっと待て!

いつものイグナシオなら、ここで駆けつけてきて「サンチャゴ君、大丈夫?」じゃないのか?なんでそうなるんだ?

「イグナシオ、待てっ!」

俺は臀部をかばいながらよろよろと起き上がり、イグナシオを呼び止めた。

イグナシオは振り向いた。

「お前っ...いつもみたいにオロオロしろとは...言わないがっ、一応、た、倒した相手の怪我の様子ぐらい...確認しろ!この馬鹿野郎!」

イグナシオの表情が一瞬固まり、それからおもむろに神妙な面持ちに変わった

「そうだよな...。おれ...全く気が回ってなかった。サンチャゴ、ごめん、ほら」

そう言って、俺に肩を貸してくれた。

臀部をさすりながら歩くのはみっともなかったが、イグナシオが上手く支えてくれたお陰で、歩くのに支障はなかった。

幸い打撲の痛みは一時的なものだったらしく、家路に向かううちに少しずつひいてきた。

「これ、祖父ちゃんからもらった薬だから、よく効くと思う。家に帰ったら使って」

別れ際、イグナシオが薬を差し出してきた。こいつの祖父は魔銃導師なので、効能はお墨付きだ。

口調や態度はいつもと全く違うが、こうして薬を差し出す仕草は変わっていなかった。

いつも過剰に心配してくれていたので、心配されること、手を貸してくれることが当たり前になっていた。

「...大した怪我じゃないのに、いつも悪いな。ありがとう。」

これまでろくに言えなかった、この一言が自然と出てきた。

イグナシオの表情は再び固まった。

「...いきなり言われたら気持ち悪い。じゃ、また。薬しっかり塗っとけよ」

...そして返ってきた言葉がこれだ...。いったい、何なんだコイツは...!

「おう!ガッツリ塗ってしっかり治してやる!また試合するぞ、次は覚えてろよ!

次はお前がこの薬使う番だからな、その分取っといてやるよ!」

「そうなればいいけどね」

イグナシオは振り返らず、片手だけひょい、と上げて別れの合図をした後、すぐ裏の自分の家まで帰って行った。

...何が起こったかよく解らんがいきなりムカツク野郎になったな...。

けど、何かゾクゾクワクワクするぞ?この感情は、一体、何だ?

 

「飯食いに行かね?」

数日してから、俺はイグナシオを食事に誘った。

初めてのことだった。あれからイグナシオはムカツク野郎に変わったままで、逆に興味が出てきたのだ。

「...いいよ」

別にいいけど、なんて言われるかと思ったら案外素直だった。

f:id:OBriens185:20201208230348p:plain

「...あのさ」

席に着くと、先に言葉を発したのはイグナシオの方だった。

「ん?」

「おれ...前と違うだろ?気持ち悪いとか...変に思ったりしないのか?」

一応本人にも自覚はあるらしい。

「いや、変には思ってる」

「だろうな...」

そう答える奴の目はちょっと寂しそうだった。そんな顔をされると、何か言ってやりたくなる。

「だが、面白いから、いい!」

イグナシオはまたここで一瞬固まり、それからふっと安堵した顔になった。

「こうなってから、沢山友達が離れていった。勿論それは想定の範囲内だったけど...。」

こいつは交友範囲が広くて友達が沢山いた。あからさまに優しい奴だったからな。俺は自覚してなかったが...だからこそ今まで近づこうと思わなかったのかもしれない。イグナシオに優しくされても、別に友達と思われてるわけじゃなくて、こいつは誰にでも優しいだけだから...って。

「全然態度が変わらなかったのはアシエルだけさ。まあ、あいつはそもそもが大雑把にできてる奴だから...。サンチャゴ、お前が面白いと言ってくれるのは想定外だったよ。...と、元から別に仲良くなかったよな、そういえば」

確かにその通りだが、そう言われると何故かスゴク寂しく思えた。

そうだ、今更だが、俺はこいつと友達になりたいんだ。

「ああそうだな、仲良くは...なかった。だから...」

俺は深く深呼吸して、それから、言った。

「今から友達にならね?お前面白いから、何か好きになってきた」

「好き?いまのおれが?口悪いし素っ気ないし空気も読めないこのおれが?」

身も蓋もないことを自分で言っているが、どうやらそのように、今までの友達に評されてきたらしい。

「いや、その位で、いいんじゃね?前のお前、無駄に空気読み過ぎ。...それにまあ、そんなに...根っこのところは、変わってないと思うぜ、お前。なんとなくだけど」

「そうか...」

イグナシオはしんみりとした表情で俺の話に聞き入っていた。その様子を見て俺はちょっと嬉しくなった。そもそもこいつに何が起こったのか聞きたい気持ちがゼロではないが、俺が今したいのはそんなことではない。

「...と、いうことで、とりあえず!俺達は友達、な!」

俺は持ってたグラスを強引にイグナシオのグラスに合わせて、カチンと音をたてた。

イグナシオは呆気に取られた顔をしていたが、ふいにニヤッと笑って、今度は自分のほうからグラスを合わせてきた。

「友達か...。減る友達もいれば、こうして増える友達もいるとは、不思議なもんだね」

f:id:OBriens185:20201208234319p:plain

「まあ、そもそも、人間って変わっていくもんじゃないのか?そのたびに、別れがあったり出会いがあったりするのは自然なもんだと思うぜ?とりあえず...今のお前とは末永く付き合って行きたいと思ってるけどな」

俺はちょっと声に力を込めて言ってみた。我ながらいいことが言えたと思う。

「...あーそう?また変わっていくなら、おれ達だってこれからどうなるか、全然わからないんじゃない?」

しかしイグナシオはあっさり切り返してきた。何と可愛げのない奴だ。

「うるさい!この俺様がお前と友達でいるって決めたんだ!お前にもう、拒否権は、ない!」

コイツと俺は山岳長子だ。いずれはお互い兵隊長となり、兵団長の座を巡ってリーグ戦を戦うことになる。言ってみればライバルだ。

でも、ライバル兼親友って、カッコヨクね?

それも言ってみたかったが、切り返しが怖くもあり、聞いてみたくもあり...。

何はともあれ、俺はしばらくこんな感じで、コイツとの付き合いを楽しむことにした。

 

〚あとがきのようなもの〛

最後までお読みいただいてありがとうございます。

PCをイグナシオに引き継いだ時、仲良しはほぼ女の子。唯一の男の子の友人はここでちらっと名前だけ出てるアシエルだけでした。そのアシエルもこちらがわざわざ仲人したのです。サンチャゴ君は、ご近所・同級生という「仲良しになる要素テンコモリ」にも関わらず、引き継ぎ時点では他人。この後の4代目・8代目もイグと同様山岳育ちですが、こちらはちゃんと山岳長子の仲良しさんがいたのです。ということはイグとサンチャゴ、本来は無茶苦茶相性悪かったのでしょうか...。実際「仲良し」になるには若干時間がかかったのです。もしかしたら「性格変更」が良い風に作用したのかもしれない...ということで今回の妄想...ゴホゴホ番外編が出来上がりました。

本編のほうでは気苦労の多いイグナシオですが、少し和ませてあげたくて、今回のお話を作ってみました。盟友サンチャゴ君は本編の方でもこれからチョクチョク登場しますが、彼とのエピは基本的に楽しい感じで進めていけたら...と思っています(^^)

 

 

 

遺言。

「...じゃあ、これで一通り引き継ぎは終わったかな。お前が後任で安心だよ。今までも事務仕事はかなりお前に頼ってきたからな...。本当に助かってた。ガイスカ、ありがとう。」

兄はいつもと変わらぬ笑顔をこちらに向けながらぱたん、とノートを閉じた。

2日の着任式が終わった後、兄と私は隊長居室で業務の引き継ぎに追われていた。

とりあえず新年の誓いと着任式に影響はなかったが、それでも兄に残された時間は僅かしかないのは明白だった。

その時がいつ起こっても騎士隊の業務に影響がないよう、副隊長である私が業務を把握しておく必要があった。ましてや兄は今年は評議会議長にも選ばれている。こちらも私が繰り上がりで代行する予定になっていたから猶更だ。引き継ぎの内容は多岐にわたり、終わったころにはもうとっぷりと陽が暮れていた。

 

「カールも、ガイスカ君も、お疲れ様。良かったら、さあどうぞ」

机の上に広げた書類を二人で片づけていると、義姉のアラベルがホットミルクを持ってきてくれた。

ミルクの優しい香りが周囲にふわり、と漂った。

「いつもありがとうございます...お義姉さん。いただきます」

「俺としてはここで一杯やりたい所だけど、お前が酒に弱いからな。まあ、普段使わない頭を使った後は、甘い飲み物も悪くない」

「本当にそうだね。私も流石に情報量が多すぎて、頭がパンクしそうだったから、有難いよ。お酒だとそのまま眠っちゃいそうだしね...」

お互いホットミルクのカップを手にしながら、顔を見合わせてくすりと笑った。

私が副隊長に昇格したときから、ずっと二人三脚で業務をこなしてきた。こんな風に仕事の後のひと時を過ごすのも、ごくごく当たり前の習慣だった。

しかしその「当たり前」はもうすぐ消えてなくなってしまう。

そのことを思うと憂鬱になるばかりだったが、「頼むから湿っぽく接するのはやめてくれ」という兄の要望により、私はつとめて平静を装う必要があった。ここで暗い顔を見せるのは、兄本人だけでなく、義姉に対しても良いとは思えない...。

 

「さてと、じゃあ、今日はもう帰るよ。」

兄や義姉としばらく談笑した後、私は椅子から立ち上がり帰り支度を始めた。
「あらガイスカ君、夕飯食べていかないの?」

残念そうな義姉の様子に、兄はすかさず茶々を入れてきた。

「おいおい、エリスちゃんの料理は天下一品なんだぜ?エリスちゃんはこいつにべた惚れだから、毎日これでもかとご馳走作って待ってるんだ。アラベル、妹の生きがいを奪うなんて野暮なことするなよ」

※ガイスカ君の妻エリスちゃんはアラベルちゃんの妹でもあります(^^)末の妹グルナラちゃんはもう一人の弟グラハムの妻。姉妹三人ともオブライエン家に嫁いだのです☆

「そう、そうそう、そうだったわね。ガイスカ君、妹によろしくね」

「ええ、エリスに伝えておきますよ。ミルクご馳走さまでした。それじゃあ...」

帰ろうとしたところで、兄が呼び止めた。

「ガイスカ、途中まで送っていくよ」

「...兄さん、私は子供じゃないよ...、と言いたいところだけど、折角だから送っていただこうかな」

いつもここで別れているのにどうしたことかと思ったが、逆に何か話したいことがあるのかもしれない。兄の誘いに乗ることにした。

「おう、じゃあ、行こう。アラベル悪い、アルドが帰ってきたら先に夕飯済ませてもらって構わないから」

義姉はしょうがないわね、と言いたげな表情をした。多分兄の意図をわかっているのだろう。

「解ったわ...あなたも、エリスが待ってるんだから、ガイスカ君を早く解放してあげてね」

「はいはい、ご心配なく」兄は手をひらひらさせながら、私と一緒に隊長居室を後にした。

 

************************************************

「...さて、ここら辺でいいか。」

城下通りの私の家に向かうはずが案の定、兄の足は城門ではなく、城の中庭の方向に向かっていた。特殊な条件下でしか入れないダンジョンの入り口が並ぶ場所で、兄はようやく足を止めた。各ダンジョンから緑色の光が不気味にぼう、と漏れている。

「どうしたの、兄さん...一体?」

「すまないな、大した話じゃ無いんだが...あんまり、アラベルの耳には入れたくなかったんだ...基本、仕事の話ではあるんだが」

確かに近衛騎士隊の隊長・副隊長として外部に漏らしたくない話というのはある。だが、「騎士隊長の居室」はそういう話をするための場所だ。騎士隊長の家族は隊員同様、そこで話されたことに対して守秘義務を負う。

義姉は当然弁えているはずなのに、耳に入れたくないとは一体なぜ。

 

「次のエルネア杯の話だよ。これまでの目の上の瘤は魔銃師会だったが...これに関しては実は心配していない。あそこは世代交代が上手くいっていないし...お前が前回の大会で、対魔銃兵の戦法を皆に共有してくれたろう?多分次まではそれで凌げると思う」

あの時、私は何としても決勝に進出したかったので、目の前に立ち塞がる魔銃導師を倒す必要があった。そのために徹底的に研究した魔銃兵対策のノウハウを、日頃の訓練の中で隊員たちに伝授していたのだった。

魔銃兵だけではなく、騎士隊で横行する「銃持ちの騎兵」に対する牽制策でもあった。武器相性だけで勝ち抜かれて要職に就き、エルネア杯の貴重な枠を潰されるのは避けたかったからだ。

しかしそんなことはわざわざ、この場所で言うことか?

「まあそうだけど...魔銃師会だって馬鹿じゃない。前回の対策で全て切り抜けられるとは思わないけど?」

「四人全員は無理でも、半分は片づけられたら十分だ。あとは...」

兄は一瞬だけ黙った後、普段の兄に似つかわしくない皮肉さを秘めた表情で言葉を続けた。

「山岳兵団が始末してくれるさ...」

今は引退した義兄が兵団長に就任して以来、山岳兵団が力を付けているのは事実だ。新しい団長は息子のイグナシオだが、その路線は恐らく変わらないだろう。

確かにこのままでは、形としては騎士隊と山岳兵団が挟撃して、魔銃師会を抑え込む形になるに違いない。それにしても別に、これは義姉を避けるような話題ではない。

「そして、その山岳兵団の中心になるのは俺達の甥...イグナシオだ。あいつは父さんとマグノリアの力を受け継いでる。必ず決勝まで登ってくるだろう」

...!

話の糸口が見えてきた気がした。義姉と姉マグノリアは親友だ。その親友の息子に関わることは、義姉の耳には入れたくないだろう。

「...ガイスカ」

私の名を呼んだ兄の顔は、いつもの陽気で屈託のない姿とは全く異なっていた。

私は本当に、兄と話しているのだろうか...。

「次のエルネア杯は確実に、お前とイグナシオの戦いとなるだろう...だから...」

f:id:OBriens185:20201206162857j:plain

イグナシオを倒せ」

その時、その場の空気が凍り付いたような気がした。なぜだかは解らない。

「お前ならできる」

f:id:OBriens185:20201206164905j:plain

そう私に告げた兄の目は、いつのまにか緑色に変化していた。この色と輝きはー。

闘技場で見た、あの護り龍の鱗の色と同じだった。

ドラゴンドロップ!

龍に打ち勝った者、「龍騎士」へのバグウェルからの贈り物。護り龍の力の源。

それを口にした者は、潜在能力を飛躍的に向上させることができるというー。

龍騎士となった兄がドラゴンドロップを口にしたのは間違いない。しかしー。

同じく能力増大の効果を持つ、ウィム族の秘薬ラムサラは、実はこのドラゴンドロップの成分に似せて作られたという噂だった。そのラムサラにも、瞳の色を変える効果があった。

-ドラゴンドロップとラムサラの大きな違いは、精神への影響の有無だよ。ラムサラは下手したら摂取した者の精神、特に他者への共感や労わりの部分に大きな影響を与える。しかしドラゴンドロップはそんな心配をしなくていい。これが護り龍の聖なる力と、紛い物の人造品との違いさー

かつて父はそう言っていたが...本当にそうだろうか?

本当にドラゴンドロップは、人の心に影響を与えないのか?それが悪しきものでないにせよ...。

私の驚愕と困惑をよそに、兄は淡々とした口調で話し続けた。この口調も兄らしくない。

「イグナシオは...父さんが残した、我々に対する挑戦状のようなものさ...。イグナシオと戦うことは、即ち父さんと戦うことでもある。最強の龍騎士に勝ち、それを超えることこそ俺達、今の人間に与えられた課題なんだよ。お前なら...できるだろう?」

兄は普段なら絶対しないような、挑発的な笑みを浮かべていた。緑の瞳がいっそう輝きを増している。

兄さん、何を言っている?

私にそれができるとでも?

私は父に勝てるなんて今まで一度も思ったことがなかった。それなりの力を付けた今でもそうさ。それは兄さんに対しても同じだ。私は兄さんが思ってるほど、強い騎士ではない。

私が彼に対して有利な点があるといえば武器相性だけだ。だが、イグナシオは討伐の報酬で、それすらも克服する武器を得たという。そんな武器にビーストセイバーで立ち向かえと?

イグナシオに勝てる可能性があるのは、龍騎士のスキルと武器を持つ、兄さんだけじゃないのか?

「......」

「...それに」

私が返事をしかねて黙りこくっていると、兄の声のトーンが少し下がったような気がした。目の色も少しずつ、元の青に戻りつつあった。

「イグナシオは父さんの妄執に囚われている...。龍騎士の幻に縛られているんだ。そんな幻に...あいつが犠牲になることは..ないんだ。力の継承なんてしなくても、人間はそのままで一人で強くなれる。そのことを、俺は良く知っているんだ。だから頼む...あいつを倒すことで、あいつを開放してやってくれ...」

その声は、私が知っているカール・オブライエンのものだった。そこには絞りだすような生身の感情がこもっている。私は少し安堵した。

兄はそう言いながら私の両肩に手を置いたが、想いを訴えるときに肩に手を置くのも兄の昔からの癖だった。

「兄さん...」

倒すことで、妄執から解放する...か。

本当にそうだろうか?

イグナシオは、龍騎士になることだけを目標に生きてきた。自分の心を犠牲にしてまで。その彼を倒すことが本当に彼の開放に繋がるのか?

むしろそれこそ、今まで彼が生きてきたことを全否定することになるんじゃないの?

また、良かれと思ってイグナシオに力を託した、姉マグノリアの姿も心に浮かんだ。

姉さんは父の妄執に操られて、イグナシオに引継ぎをしたわけじゃない。

それなのに兄さん。開放してやるなんて...それこそ傲慢だよ..。

兄さんは自分の生きてきた世界しか見ていない。イグナシオの世界は見えていないんだ。

だがそれを告げるのはためらわれたー。兄がそのことに向き合うにはもう、残念ながら時間がない。

 

だからただ、私はこう答えるだけだった。

「解った。イグナシオを呪縛から解放するのは、私の役目だね。私に任せて」

-兄さん、任せてほしい、「開放する」その役目は引き受けよう。ただしそれは、私のやり方になるけれどー

「ガイスカ、ありがとう。後は任せたぞ...」

安堵の表情を見せる兄の姿には、もう「緑の目の龍騎士」の面影は消えていた。

 

「さあこれで、仕事の話は終わりさ」

兄は溜息をつきながら、そしてゆっくりと目を閉じた。

「後はー、どうか祈っててくれないか。俺が5日まで、なんとか戦える状態でいられるように...。俺はランスと戦いたい。ランスと戦えれば、あとはもう本当に、何も望むことは無いんだ...」

f:id:OBriens185:20201206171631j:plain

兄の長男ランスは昨年無事騎士選抜を突破し、5日の初戦では新人騎兵として、騎士隊長である父親と対戦することになっていた。

f:id:OBriens185:20201206230359p:plain

 

イグナシオを開放するにはどうするべきなのか、そもそもその必要があるのかすら、私にはまだ解らない。

 

ただ...ガノスへの旅立ちが近い兄の最後の願い、その願いには純粋に、弟として心を添えていたかった。

 

f:id:OBriens185:20201206173753j:plain

「兄さん...そうだね。私も祈るよ。兄さんとランスが無事に対戦できるように...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白鋼のハルバード

異次元に巣くう魔物の討伐も大詰めとなり、報酬がある程度たまったので、キャラバン商会で武器を注文することにした。

期間限定で良い武器が入荷しているらしい。

「ようイグナシオ、久しぶりだな。今回の討伐じゃあ随分と活躍しているそうじゃないか?報酬もたんまり溜まったからここに来たんだろう?お勧めがあるぜ」

店主のカルロスはニヤリと笑いながら出迎えてくれた。

活躍しているのは実はおれじゃなくて、祖霊として呼びだしている祖父ファーロッドだ。多少複雑ではあるが、祖霊は異次元の中でしか実体化できないので、どのみち武器を注文することはできない。

それにおれが得た武器は、祖父が祖霊として存在し続ける限り、これから半永久的に使うことができるんだ。注文する人間が違うだけのことだ。

おれもいつかは自身の影を祖霊に変えて、遠い子孫を助けることになる。そして子孫がその報酬で新しい武器を得る、そうやって順繰りに巡っていくんだ。だから遠慮なくおれの名義で注文させてもらうことにしよう。

「お勧め?どんな感じ」

「まあ、待ってな」

カルロスは倉庫から六種類の武器をいそいそと取りだし、目の前に広げた絨毯の上にゆっくりと置いた。

「今回のお宝は両手武器だ。残念ながら防御力はないが...それを引き換えにしてもお釣りがくるくらいの破壊力がある代物だ。「鉄」と「白鋼」の二種類があるが、勿論「白鋼」のほうが頑丈にできてる。斧と剣に関しては切れ味も違う。その分値は張るがな...どうだい?」

f:id:OBriens185:20201205230343p:plain

f:id:OBriens185:20201205223949p:plain

安いが威力はそこそこの武器と、高い分高性能の武器。

買えるだけの資金があるなら、答えは決まっている。

ショボい武器を多数集めても意味がない。それであれば通常の探索で手に入る武器で十分だ。

「じゃあ、これをもらおうかな...「白鋼のハルバード」」

f:id:OBriens185:20201205223340j:plain

今回武器を仕入れる目的は勿論、「山岳兵の代表」として、来るエルネア杯で勝つこと。

ならば選ぶのは、この武器以外に考えられなかった。

「白鋼のハルバードか。流石目が高いね。魔人の洞窟の怪物なんかもう、ひとたまりもないぜ!それに、見た目も随分と派手だろう?これを持って立ってるだけで目立つし箔がつく。」

f:id:OBriens185:20201205231759j:plain

通常の戦斧と違い、柄がとにかく長い。刃先を含めた全長はおれの身長をゆうに超えるほどだ。この長い柄をうまく使いこなせれば、相手の懐に飛び込むことなく攻撃できるので、通常は不利となる騎士相手にも互角以上に戦える。

また、斧部分で切り払うだけでなく、柄の上部と斧部分の反対側に突いている突起を使って、「突く」「引っ掛ける」等多彩な攻撃を繰り出すことができる。

カルロスが言うような見た目の派手さも有難い。

おれ自身は別に派手好みではないけれど...

「山岳兵初の龍騎士」として兵団の「希望の象徴」になるのであれば、武器にも「見た目の特別感」があったほうが良いだろう。

「ありがとう。一刻も早く使いこなせるようにするよ」

おれはカルロスに報酬を渡し、引き換えにハルバードを受け取った。

手にしたハルバードは通常の戦斧の倍ほどの重さがあったが、両手で扱うことを考えれば、慣れたら問題なく使いこなせるようになりそうだ。

早速明日にでも、探索で試用してみることにしよう。

「イグナシオ、老婆心だが...お前、それを試合に使うつもりなのか?」

カルロスに一瞥して帰ろうとすると、彼らしくない言葉をかけられた。

「そのつもりだよ。武器なんだから...当然じゃない?」

「俺が言うようなことじゃないが...それは本来「対魔人用」に作られた武器なんだ。それを人間相手に使うというのは...よそでは実例がないんだ」

自分から売りつけておいて人間に使うのを云々言うのは変な話だ。

「使う相手は一般国民じゃない。鍛え上げられた武術職の連中だよ。魔人と互角に戦えるレベルの連中に使うんだ。問題ないよ。武術職の人間は、いつ来るかもわからない魔物の侵攻に備えるのが本来の役目さ。魔人用の武器でどうこうなるようじゃ、役目を果たせない。」

アベンの門の封印はいつ解けるかわからないが、その時はいつか必ず来るだろう。今回の魔獣の活性化は、明らかにその兆候だった。

「そうか...。まあ、使う時はそれなりに加減しろよ。」

「大丈夫だよ。その辺は心得てるから」

「イグナシオ..お前、「変わった」な。まあ、ハートドロップを使ったから当然なんだが...。昔のお前さんが、時々懐かしくなるよ」

ハルバード同様、当のハートドロップを売りつけた張本人が言う台詞じゃないだろうと思ったが、目の前で商品の「効果」を見せつけられるのも、彼の立場に立ってみれば気持ちの良いものでないのかもしれない。

「懐かしく思ってくれたら、きっと「あいつ」も喜ぶよ、じゃあ」

あれからもう何年も経っていて、もう皆、今のおれに慣れてしまっている。まるで元々最初からこういう人格だったごとくに。

そのほうが楽であることは確かだがー時折、本来のイグナシオに申し訳なく思うんだ。

おれ自身は自分みたいな男より、あいつの方が好きだった。だから誰であっても...あいつのことを思いだしてくれるのはありがたい...。

いつか、全てが終わったら、眠ってるあいつを起こしてやることができればいいが。

「全てが終わる」それは、一体いつになるだろう...。

**********************************************************

「パパ、新しい武器、カッコイイ!」

「うん、うん、絵本にでてくる、英雄さんが持ってるやつみたいね!」

ハルバードを持って帰宅すると、見慣れぬ武器を前にして家族たちはちょっとした大騒ぎになった。

「凄いな...これがあれば、確かにお前の言う通り、対近衛騎士戦も有利だろう」

父は顎に手を置いた姿勢で興味深げに全体を眺めていた。

「いいな、わたしも使ってみたかったな、こういうの!」

武器を見つめる母の目は好奇心に満ちていた。確かにこれを振り回す母の姿を見てみたい気がした。武器の貸し借りが出来ないのが残念だ。

「はーうー?」

「あらあら、駄目よ、ジーク君。怪我しちゃうわ」

オリンピアに抱かれたジークが、必死に身体と手を伸ばして刃先に触れようとしたのをオリンピアが制止した。

こいつは武器に興味があるらしく、目を離すとしょっちゅうおれの武器に手を触れようとするのだった。

「刃じゃなくて、柄の部分ならいいよ、ほら」

オリンピアにしゃがんでもらって、ジークに柄を軽く触れさせようとしたところー

「ダメ!ジーク!駄目!」

長女のミカサの声がした。

「それにさわっちゃ、駄目!これは大人になったら、ミカサがもらうんだから!」

ミカサは前に飛び出して、ジークに柄を触らせないように母と弟の前に立ちはだかった。

「ミカサ...!」

ミカサはジークの代わりに自分で柄を握ると、おれを見上げてねだるような声で言った。

「ねえパパ、ミカサは将来、コロミナス家の兵隊長になるんだよね?ミカサね、頑張って訓練して、おじいちゃんやパパみたいな強くてかっこいい兵隊長になるよ。だからこの武器、そのときに...ミカサがもらえるんだよ、ね?」

ミカサはおれと違って兵隊長になることを嫌がっていなかった。それは親としては助かることだった。娘にハートドロップなんて飲んでほしくない。

娘がそれを望むなら、親として最大限の手助けをしてあげたかった。

だがー。

 

自分が迂闊だったが、ミカサは「継承者」には選べない。

なぜなら、おれがエルネア杯に出て龍騎士になる前に、ミカサは成人してしまう。

「力の継承の魔法」は残念ながら、「成人前の子供」にしか使えないのだ。

おれの次の継承者には「龍騎士の剣とスキル」を取ってもらわなくてはいけない。将来兵隊長になるミカサが継承者となる確率はもともとかなり低かった。

長女が継承者となるのは、アニとジークの双方が、能力人格共に継承者となる資質を欠き、課題を更に次の世代に持ち越す場合のみだった。

おれは長子であるがゆえに継承者に選ばれたが、ミカサは長子であるがゆえに選ぶことができない。

かつて祖父は似た理由で、伯父のカールを選ばなかったといっていた。

伯父は選ばれたらきっと、喜んでその責務を果たしただろうに。

こんなふうに生まれた順番で、意思を無視して運命が決まるのもおかしな話だ。

この不条理は、山岳を離れる次世代では解消されるだろう。

けれど今は過渡期にある。ミカサが望んでも叶えてあげることはできない。

本当は、せめてこの武器だけでもミカサに渡したいー、しかし継承には「中間の選択」などない。

あるのは「0か100か」の二択だけだった。

「ミカサ...」

おれは武器を持っていないもう片方の手で、娘の頭を撫ぜながら言った。

「ごめんよ。この武器は、ミカサにはあげられないんだ...。パパの武器は、アニかジークかどちらか、近衛騎士になる方の子に、全部、あげなきゃいけない。そういう決まりなんだ」

「...え...」

柄を握るミカサの顔がみるみる曇り、目には涙が一気に溢れてきた。

「ミカサ、その代わり、パパは一生、ミカサの側にいて、ミカサを助けるから...ごめんね。ミカサ、立派な兵隊長になれるよう、パパと一緒に頑張ろうね」

おれに言えるのはこれが精一杯だった。

「いや...」

子供に聞き入れられるわけがない。

「いやー!なんで!下の子たちはもらえて、ミカサはもらえないの、いや、いや、いやー!」

ミカサは大粒の涙を振りまきながら泣きだした。ハルバードの柄はしっかりと握ったままだった。

「うー...やあー!」

ミカサの泣き声に釣られてジークまで火のついたように泣き出してしまった。

ジーク君、ミカサちゃん、いい子にしようね...」

「おねえちゃん、ジーク、泣き止んで、ねえ...」

家族が一斉に二人をなだめに回ったが、一度泣き出した子供というものは、そう簡単に止まるものではない。おそらく泣き出した本人たちにも難しいだろう。

 

望まなかった運命に、家族全体が振り回されているー。

しかし、今後いつか必ず訪れる「その日」のことを思えば...

祖父の下した残酷な決断を、おれは責める気にはなれないのだった...。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

今回のお話、武器についての記述は、こちらを参考にさせていただきました。

www.amazon.co.jpくゲーム中に出てくる武器も紹介されててお勧めです。

「戦斧」はもともと「工具」由来の武器だと、この本で初めて知りました。山岳兵の武器にぴったりですね(^^)