遠くから来て遠くまで。

エルネア王国プレイ中に生じた個人的妄想のしまい場所。

イグナシオ番外編:星に願いを(中編)

成人まではあっと言う間だった。

カレンは子供の時の印象そのままに、透けるような白い肌と大きな黒い瞳の美しい女性に変わっていた。

成人してからは、おれはカレンとは数えるほどしか接触していない。

「成人の記念に」と祖父がおれたちを遺跡に誘ってくれたときと...

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もう一回は、祖母が亡くなった時だった。

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カレンは5歳にして大事な母親を喪うことになった。

打ちひしがれたカレンの様子は見ていてとても痛々しく、おれは言葉をかけるべきかどうか迷っていた。

「カレン...」

そう一言しか言えずカレンの肩に手を置くと、振り向いたカレンは涙を浮かべた顔でおれを見つめてから、そのまま胸に飛び込み、肩を震わせて号泣した。

カレンはおれの胸の中で泣きじゃくるばかりだった。

皆の前でこんな姿を見せていいのだろうかー。

その迷いと、既に付き合っているオリンピアの顔が頭に浮かんだが、それでも目の前で悲しみに打ちのめされているカレンを引き離すのも忍びなく、おれはただカレンの頭や背中を軽く撫ぜ、落ち着かせようと努めることしかできなかった。

 

翌日の葬儀の時も、カレンの背負う悲痛さはそのままだった。

すぐ上の兄のグラハムはまだ独身だったが、騎士隊所属となり家を出たばかり。

父親ーおれにとっては祖父のファーロッドは多忙を極める魔銃導師。カレンと接する時間は大して持っていないだろう。

成人まもない不安な中で、母親を喪うということはどれだけの傷となったかー。

 

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しかし、これ以上おれがカレンにしてやれることは、今のところ何もないのだった...。むしろ、下手な接触は子供時代の傷をぶり返すだけだ。

祖母の葬儀の日を最後に、おれとカレンはお互い顔を合わせることがなかった。

 

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マグノリア、君の妹と向こうの長男の縁組はどうかって、プラマー家から内々に打診があったんだけど...」

「まあ、カレンちゃんと?」

「うちはイグナシオの結婚が決まったが、向こうのサンチャゴ君の婚活は芳しくないそうで、母親のジャンナはちょっと焦っているらしい。彼女は結構こっちをライバル視しているようだから...」

祖母の死から幾日か経過した朝食の時、父がそんな話を持ち出してきた。

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山岳家にとって一番恐ろしいのは家系断絶だ。なので自分の家の長子が婚活にあぶれない様、様々なネットワークを駆使して相手を見繕うのは良くある話だった。

「そうね、カレンちゃんなら成績も良かったし、何よりも斧使いだものね。山岳家...合ってるかもしれないわね...。あの子はあんなに可愛いんだから、本当ならもうとっくに誰か特定の相手がいてもおかしくないのに。母さんも亡くなる間際まであの子のことを心配してたわ」

その言葉で少し胸が痛んだ。自分たちがお互いの関係について、どういうものかもっと早くに理解して弁えていれば、カレンのほうこそもっと早く別の相手と婚約していたかもしれない...。

 

「だから...もし良かったらお義父さんに、君のほうから話をしてみてくれないか?といっても...俺達の時だってあれだけもめたんだ、お義父さんが簡単に首を縦に振るとは思えないけどね」

「あらお父さん、この頃は随分丸くなったと思うわよ。きっと大丈夫よ。でも一応話してみるわね。ねえイグナシオ、あなたサンチャゴ君ともカレンちゃんとも仲良いじゃない?とりあえず先に森の小道まで仲人してあげてよ!それで仲良くなっておけば、たとえお父さんが反対したところで既成事実になるし」

母の目は生き生きと輝いていた。実は母は「仲人」行為が大好きなのだった。伯父夫婦ー、つまり自分の兄と親友を結びつけたのは自分だ!と事あるごとに得意気に話していた。ちょっと前も叔父のルシアーノの婚活を手伝ったが、結局は叔父は自力で相手を見つけていた。リベンジに再び誰かのお節介をしたくてうずうずしていたようだ。

「既成事実?いいのか?俺みたいに龍騎士銃で吹っ飛ばされるはめになるんじゃない?」

...両親が結婚の約束を交わした際、激怒した祖父に父は呼び出され、練習試合という名の決闘に付き合わされていた。結果は父本人が語る通り、龍騎士銃に吹っ飛ばされてあっけなく終わりだ。

「そんなこともあったね。わかった!イグナシオ、一応サンチャゴ君にそのことも伝えておいてよ。それで怖気づくようだったらそもそも親戚付き合いもままならないしね」

「うん...解ったよ...」

正直、このおれがどの面をさげてカレンを森の小道に誘えるのか...と思ったが、サンチャゴはいい奴だ。

山岳六家の中でも常に上位につけてきたプラマー家の跡取りだけあってプライドが高い所はあるが、情には篤い男でもある。もしカレンを妻にすることになれば、きっと大事にしてくれるだろう...。

 

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そういえば、一つ年上のアシエルがカレンを紹介してくれと煩かったが、こいつは女にだらしない札付き野郎だと解ってからは却下しているんだった...。サンチャゴには少なくともそうところはなさそうだから安心だ。

おれはとりあえず、サンチャゴに話をしてみることにした。

 

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「カレンちゃん?ああ、お前の親戚の子だよな。覚えてるよ、可愛くて大人しい子だった。あの時はお前といつも一緒にいたから、俺はてっきり「そういうこと」だと思ってたよ。だから近づかなかったんだ。内心お前には結構ムカついてたけどな!なんでこいつの周りには可愛い子ばっかり寄ってくるんだって..。結局お前凄い美人と婚約してるし、羨ましいよ、その女運!」

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女運...果たして良いことになるんだろうか。勿論おれとオリンピアを結びつけてくれた運命には感謝しているが。

「カレンは...妹みたいなものだよ。戸籍上では叔母さんになるけどね。で、どう?この話」

妹みたいなもの。

それは嘘だった。少なくとも過去においては。だけどこのまま時が過ぎていけば、本当にそういう風に思えるようになるかもしれない。

「...いやー、そりゃ勿論...。有難いよ!お前にだから言うが、ぶっちゃけこのままじゃ結構ヤバイかもって思ってたところでさ...。まあ、会って話してみないことには何とも言えんが、とりあえず世話にならせてもらうわ!」

 サンチャゴがそれなりに乗り気なようでホッとした。しかしもうひとつ大事な話が残っている。

「良かったよ...。だけど、ひとつ言っておかないといけないことがあるんだ」

「へ?何だ?」

サンチャゴはサラダをもぐもぐ頬張りながら聞いてきた。

「コロミナス家としてはこの縁組を勿論応援したいんだけど、肝心のオブライエン家の当主は...つまりおれの祖父なんだけど、ちょっと山岳家に対して厳しい所があって、もしかしたら...お前の実力を見たいとかいって...決闘をふっかけるかもしれない...そういうの...大丈夫?」

「決闘?お前の祖父さんって...あの「龍騎士殿」だよな!」

サンチャゴは驚いた様子だった。

 「うん。うちの父さんなんて、母さんと結婚する時龍騎士銃で吹っ飛ばされたって」

「まじか!兵団長を...ほえー...。」

これを聞いても果たして良いと言えるのか。こいつが余程マゾヒスティックな人間でもない限り、駄目なような気がしてきた。

が、回答は予想外だった。

「いいじゃん!」

「え?」

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「エルネア杯四連覇に王手を掛けてる大英雄と手合わせできるなんて、こんなオイシイ話、そうそうないじゃん?俺面識ないし、大体実力がダンチから俺から練習試合なんて申し込めない。それが向こうから来ていただけるなら、願ったりだよ!」

只今エルネア杯の真っ最中。サンチャゴは13日の祖父の試合を観て、その戦いぶりにすっかり魅了されていたのだった。

「手合わせというか...悪いけど...そもそも吹っ飛ばされて終わりだと思うけど?」

「あたぼうよ!」

サンチャゴはテーブルを勢いよくばん、と叩いた。

「今だって、お前とやり合って二回に一回は吹っ飛ばされてる。吹っ飛ばされるのが怖くて戦士の称号を名乗れるか!龍騎士様だって何だって、どんと来い、だぜ!」

そうだった。

コイツは超がつくくらい前向きで、タフな男なのだった。単純で脳天気とも言えるが。

 でもまあ...このくらい元気な方が、むしろ繊細なカレンには合ってるかもしれないし、祖父も意外と気に入るかもな。父は完璧な優等生だったから余計に鼻についたのもあるだろうし。

「わかった。じゃあお前が祖父ちゃんに吹っ飛ばされた時には手当てしてやるよ。」

「おう!宜しくな」

話の中心がカレンとの縁組なのか祖父との対戦なのか解らなくなってきたが、とりあえずサンチャゴとは話がついた。あとはカレンと話をするだけだ。むしろこっちのほうが気が重い...。

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「カレン...今ちょっと、話をしてもいい?」

「イグナシオ、久しぶりね。...あぁ、遅ればせながら、婚約おめでとう。オリンピアさん...だったっけ?とても綺麗な人ね。学舎ではあまり見かけなかったから面識はなかったけど」

薬師の森で採取をしていたカレンに声をかけた。この時期の新成人はたいてい目当ての異性と来るものだが、彼女は一人のようだった。

「ありがとう」

「「叔母として」お祝いを言わせてもらうわ...。で、どうかしたの?話って」

カレンは笑顔だったが、心の奥底はそこからは見えなかった。

聞くのは気が引けたが、とりあえず聞くしかない。

「今...付き合ってる人とか、気になってる人とか...いる?」

カレンは真顔になった。

「...いいえ」

むしろここで、誰か既に恋人か、好きな異性がいると答えてもらう方が気が楽だった。サンチャゴには申し訳ないが。

しかしその期待は裏切られた。もうこのまま突き進むしかない。

「あのさ...おれの友達で、カレンに合いそうな奴がいるんだけど、一度会ってみない?おれと同じ山岳兵のサンチャゴって奴。同級生だったから知ってるかな?良かったら今度、森の小道で引き合わせるから」

「ああ...顔と名前くらいは知ってるわ...」

カレンはおれの顔を、昔と変わらぬ大きな黒い瞳でじっと見つめてきた。

おれがカレンに友人を紹介することが彼女にとって残酷となるかどうか、今のカレンの気持ちが見えない以上何ともわからない。

だがたとえそうであったとしても、昔に戻れない以上どうしようもない。それならば前に進む可能性がある選択肢を提示するほうが、いくらかましに思えた。

「おれが言うのもなんだけど...いい奴だよ。だからカレンに紹介したいと思ったんだ」

「そう...」

カレンは下を向いて少し沈黙した後、顔を上げて再び笑顔を見せた。

「解ったわ。じゃあ、とりあえずお会いしてみようかしら」

「良かった。じゃあ明日昼一刻に、森の小道の前で」

...気の重い任務の第一段階がとりあえず終わった...。

 

「二人に話したらOKもらったよ」

「良かった!私もね、今日父さんに会ったついでにサンチャゴ君のこと話してみたのよ。そしたら父さん構わないって!」

夕食時、とりあえず引き合わせが決まった旨を母に告げると、母からも意外な返事が返ってきた。

「あのお義父さんが!?一体どういう心境の変化で?」

父は食事の手を止めて驚いていた。

「むしろプラマー家なら姉であるお前も近くにいるから安心だ、だって!サンチャゴ君吹っ飛ばされずに済みそうよ」

「...逆に俺は吹っ飛ばされ損ってわけか...」

父は納得いかなそうだ。母はそんな父の肩をポンポンと叩いた。

「私たちが上手くいってるから父さんも山岳家との縁組を理解してくれるようになったのよ、そんなに、すねなさんな」

「...だといいけどね...」

結婚時の大騒動を乗り越えて、両親がとても仲の良い夫婦なのは事実だった。

サンチャゴとカレンも、この二人のような夫婦になってくれればいいけれど...。

とりあえず今確実なことは、サンチャゴと祖父との「手合わせ」は無くなったということだけで、サンチャゴとカレンはどうなるかは未知数だ。

 

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翌日、森の小道で二人を引き合わせた。

一応同級生ということでお互い面識はあったので、紹介自体はスムーズだった。

しばらく三人で雑談した後は、おれは一歩後ろに下がって二人に会話させることにした。

サンチャゴが一方的にベラベラ話しているのが気になりはしたが、もともとカレンは人見知りだし、口数が多い方ではない。とりあえずサンチャゴの話を聞きながらカレンは笑い声を出している。初回としてはまあ良い反応なのかもしれないー。

 

「うん、まあ、品のいい子だな。ちょっと緊張してるのかな?って気はしたけど、二人で話すのは今回初めてだから仕方ないかな。もう数回会ってみてもいいよ」

小道での散策が終わった後、サンチャゴにどうだったか聞いてみたらこう返ってきた。

意気投合!とまでは行かなかったのが残念だが、カレンの性格を考えれば時間がかかるのは仕方ないかもしれない。

「そうね...とても明るくて元気な人ね。こちらが圧倒されるくらい。次回?サンチャゴさんが望まれるんだったら...お会いするわ」

カレンの返事も似たようなものだった。

とりあえず、お互いの印象自体は悪くないようだから、もう少し回数を重ねれば距離が近づくのを期待するか...。

 

しかし、数回の小道散策が終わったところで、その期待は望まぬ形で終わることとなった。

エルネア杯決勝の日。

いつもなら祖父の応援に来ているはずのカレンの姿がない。

祖父が危なげなく決勝に勝利した後、「奏女交代」を告げる大きな鐘が鳴り響いた。

「このタイミングで奏女交代?」

「新しい奏女は誰?」

決勝に来ていた観客達からもザワザワとした声がした。

悪い予感がした。

祖父に祝福の言葉を告げた後、神殿前の掲示板を確認に走った。

そこに新しい奏女として書かれていた名前は

「カレン・オブライエン」

 

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 カレンは祖父を一人導師居室に残し、奏女として独立したのだった。

交際未満の相手がいる状態で奏女を引き受けることは、ある意味相手に対する拒絶とも取られる行為だったー。

 

(続く)

 

毎度毎度長々とすみません

 最後までお読みいただいてありがとうございます。

次で終わらせます!

 

イグナシオ番外編:星に願いを(前編)

※またまた唐突にすみません。カールが旅立って話がいったん落ち着いたので、流れ的に本編に入れられなかったエピソードを...。文中の「台詞」と語り口調でイグナシオの一人称が「ボク」と「おれ」に乖離しているのは、大人になったイグナシオが「回想」しているという設定のためです。一応補足まで...。

初めてカレンと話をしたのはいつだっただろうか。

...確かアルシアお祖母ちゃんが「うちに泊まりにおいで」と声をかけてくれたのが最初だった気がする。

両親と離れて泊まりにいくなんて初めてだったので、おれはドキドキしていた。

母に連れられて魔銃導師居室を訪ねると、ガイスカ叔父さんが笑顔で出迎えてくれた。

「やあ、よく来たねイグナシオ」

「こんにちは...」

緊張して挨拶すると、ガイスカ叔父さんの後ろから女の子がひょこっと顔を出した。

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その子の大きな黒い瞳はガイスカ叔父さんによく似ていた。真っ白な肌色と燃えるようなオレンジの髪はお祖父ちゃん譲りだ。

「あら、カレンちゃん、歩けるようになったのね。こんにちは!」

母がその子に声をかけた。

カレンと呼ばれたその子は母の年の離れた妹で、おれと同じ年に生まれたのだった。

娘の子供と同級生になる子を産んじゃうなんて...って、いつか祖母は恥ずかしそうに母に語っていた。

「こん...にちは...」

その子は小さな声で応えた後、またすぐに叔父さんの後ろに身を隠してしまった。

「カレン、大丈夫だよ...お姉ちゃんとその子供のイグナシオだから。姉さん、イグナシオ、御免ね。この子はすごく人見知りするから...」

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「そうなのね!恥ずかしがり屋さんなの。可愛いわね。カレンちゃん、この子...イグナシオは意地悪しない子だから安心してね。仲良くしてね」

母がそう言ってカレンに笑いかけると、カレンは母をその大きな目で見上げてこっくりと頷いた。その控えめな仕草が何とも可愛く思えた。

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「あらイグナシオ、いらっしゃい!お祖母ちゃん、お菓子たくさん用意してるよ。夜にはお祖父ちゃんも探索から帰ってくるからね」

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「おー!イグナシオだ-!遊ぼうぜー!」

祖母と叔父二人もやってきた。

「お母さん...今日一晩イグナシオがお世話になります。これ、私たちで焼いたピザ、良かったら、みんなで食べてね」

母はランチボックスから7枚に高々と積み上げたピザを取りだして、祖母に手渡していた。

「うっわー!おいしそー!」

叔父たちが歓声をあげる。

「まあマグノリア...悪いわね。それじゃあこれは夜にみんなでいただきましょうね。イグナシオのことは任せて。今日はジャスタス君と夫婦水入らずで過ごしてね」

「ありがとう...夜はお義父さんたちがいるから水入らずじゃないけどね。お言葉に甘えてデートでも誘ってみようかな。じゃあ、イグナシオ、明日また迎えに来るからね。いい子にするんだよ」

母はそう言っておれの頭を撫でる。

「う...うん、わかった!ボク、いい子にしてお祖母ちゃんたちといる!」

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本当は母と離れるのは不安だったけど、強がって笑顔で返事をした。母は安心したようで、みんなに手を振って帰っていった。

 

母が帰った後は、年の近い叔父二人ーマティアスとグラハムと一緒にカード遊びをした。カレンはおれたちの輪に入らずに、祖母とガイスカさんの側にくっついて遠くからチラチラと見ていた。

おれは遊びながらもカレンのことが気になったので、勇気を出して声をかけてみた。

「カレンちゃんも...いっしょにやる?」

「ん...」

カレンは頭を左右交互に揺らして迷った仕草をしていた。こちらに来る様子はない。

ちょっと迷ったけれど、もう一段階勇気を振り絞ることにした。

おれは立ち上がり、カレンのほうに歩み寄って手を取った。

「いっしょにやろうよ!」

「やりかた...わからない...」

それは小さな小さな声だった。でも、呼びかけに答えてくれたのが嬉しかった。

「だいじょうぶ!」

おれはカレンの手を引っ張って、叔父たちの所に連れていった。

「ボク、おしえてあげるから!」

カレンはびっくりした様子だったけれど、おとなしくついてきてくれて、おれの横にちょこんと座った。

「さいしょは、ボクと二人一組でいっしょにやろう。...じゃあ、カレンちゃんもカード一緒に持ってね」

「うん...」

カレンはおれが差し出したカードを素直に受け取って頷いた。

「あらあら、イグナシオはカレンのお兄ちゃんみたいね」

「カレンはマティアスとグラハムが誘っても今までカード遊びの仲間に入ったことがなかったんだよ..。凄いね、イグナシオ」

お祖母ちゃんとガイスカさんがびっくりしていた。

カレンはおれに気を許してくれたようで、カード遊びが終わっても、おれの側から離れなかった。そのあとは、二人一緒にガイスカさんに絵本を読んでもらったり、積み木でお城を作ったりして遊んだ。

「そろそろ、子供は寝る時間ですよ」

祖父が帰ってきて皆でピザを食べた後、祖母がベッドに入るよう促してきた。

そのとき、カレンはおれの手をぎゅっと握ってきた。

「まあ、カレンちゃん、イグナシオと寝たいのね。いつもはわたくしやガイスカお兄ちゃんにくっついてくるのに。イグナシオ、今晩はカレンちゃんと寝てあげてくれる?」

「うん...」

おれも寝るときはいつも母にくっついている。まだ兄弟がいないので同じくらいの年の子と一緒に寝るのは初めてだった。顔を合わせてベッドに入るのはちょっと恥ずかしかった。でも祖母が歌う子守唄が心地よくて、いつの間にか眠りについてしまった。カレンはずっとおれの手を握ったままだった。

「今日が初対面なのに二人は随分と仲がいいようだね。まるで兄妹みたいだな...」

「そうね。本当は「叔母と甥」なのにね...。」

祖父母がおれたちを覗き込んで話す声に一瞬目が覚めたけれど、またすぐ眠りに落ちてしまった。

-ねえおばあちゃん、「おばとおい」ってなに?-夢の世界に戻る前にそんな言葉が頭に一瞬浮かんで消えた。

「叔母と甥」。その言葉の意味がまだ、当時はわかっていなかった。

今思えばその時に、はっきりと聞いておくべきだったのだろうか。

 

「お父さんお母さん、ガイスカ君たちも、昨日はありがとう!」

「すみません、昨日はイグナシオがお世話になりまして...息子は悪戯などしなかったでしょうか?」

翌朝になり、朝食後両親が迎えにきてくれた。

「大丈夫よ、イグナシオはずっといい子にしてたから。子供たちもイグナシオが来てくれて楽しかったみたいだし。」

「イグナシオ、またいつでも遊びに来るといい。」

「うん、おじいちゃん、おばあちゃん、みんなもありがとう」

祖父母から両親に引き渡されて帰ろうとしたその時だった。

ふと祖母にくっついているカレンの顔を見ると、目に涙を浮かべていた。

「あらあらカレンちゃんたら、すっかりイグナシオが気に入ったのね」

祖母が気づいてカレンの頭を撫ぜた。

「まあ、一日でそんなに仲良しになっちゃったの!イグナシオ良かったね、遊ぶお友達が増えて」

「じゃあ、今度はカレンちゃんが山岳の家に遊びに来るといいよ。山の家はここより標高が高いから星が綺麗に見えるよ。ぜひおいで」

父が笑いながらカレンに手を差し出した。強面の父にカレンが怯えるのじゃないかとドキドキしたが大丈夫なようだった。カレンはおずおずとしながらも父の手を取った。

「...ほんと?」

「本当だよ。これからもイグナシオと仲良くしてね」

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 涙を浮かべていたカレンがぱあっと笑顔に変わった。まるで花が咲いたような笑顔だった。

その様子を見て、おれもなんだか嬉しくなった。

「じゃあね、カレンちゃん、またあそぼうね!」

おれが手を振ると、カレンもおずおずと手を振り返してくれた。

それから、カレンとおれは互いの家を行き来して、「お泊り」をする間柄となった。

特におれの住む「山岳の家2」の窓やニヴの丘から、一緒に星を眺めるのが二人の楽しみとなっていた...。

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「ワフ虫がお星さまみたいだねー」
「ねえ、ここに寝っ転がってみて」

「うん」

「ほら...こうしてるとね...お星さまが空から降って来るみたいじゃない?」

「ほんとだー」

初めて出会ってから三年。おれたちは4歳になっていた。

星の日。おれとカレンはニヴの丘の草原の上に横になって、輝きながらふわふわと漂うワフ虫をじっと眺めていた。暗い藍色の空の中、一面に漂うワフ虫の光が眼前に広がり、本当に星の海の中にいるようだった。

「イグナシオ...知ってる?星の日は昼間なのにお外が暗い日じゃない?だけど反対に四年に一回、「白夜の日」って言って...夜でもお空が暗くならない日があるって...」

「知ってる...確か、祖父ちゃんが龍騎士になったときがそうだったよね」

「お祖父ちゃん?ああ...お父さんのことね。そうそう、その日。お空が暗くならないのは...お陽様とは別に、特別に明るく輝くお星さまが現れるからなんだって」

「そうなんだ...」

「それでね...そのお星さまにお願い事をすると叶うそうなの。ガイスカお兄ちゃんに教えてもらったんだ」

「う、うん...」

「白夜の日...あと何年したら来るかな?」

「こないだが...二歳の時だから...二年前。四年にいっぺんだから、あと二年かな?」

「あと二年...?そしたら、あたしたち...もう大人になってるね。ねえイグナシオ...」

カレンは空から俺の顔に視点を移してきた。黒い大きな瞳に近くでじっと見つめられて、おれはどうしていいかわからなくなった。

「な、何?」

「イグナシオは...その時、何をお願いするの?」

「え、えっと...」

大人になったときのことなんて今言われても正直解らない...でも、今なら...。

言いたいことはあったけど...恥ずかしくてとても言えず、おれは口ごもった。

「あたしはね...」

カレンがおれの手をぎゅっと握ってきた。初めて祖父母の家に泊まったあの日のときのように。

「イグナシオと、ずっと一緒に...」

その時だった。

草原をサクサクと踏みわけて駆けてくる音がした。

「あ、カレンとイグナシオ、ここにいたー!ねえねえ、大人の人たちにお菓子をもらいに行こうよ!」

おれたちと同級生かつ仲良しのロザンナだった。既に星の日用の葉っぱの仮面をつけている。エナ様に扮してお菓子をもらいまくる気満々のようだ。

「ふたりとも、お面つけないと、ダメじゃん!お菓子もらえないよ!」

「あ、うん!」

おれは起き上がって慌てて傍らに置いていた仮面をつけた。

「ほら、カレンも行くよ!」

ロザンナに腕を引っ張られてカレンも起き上がった。ちょっと不服そうな顔をしていた。

さっきカレンが言いかけた言葉の続きを聞くべきだったのか...聞かなくて良かったのか...。

きっと聞かなくて良かったんだ。自分とカレンの関係を理解したときからおれはそう思っていたけれど、カレンにとってはどうだったのだろうか...。

※カレンはデフォルト設定だと両親のことを「父ちゃん」「母ちゃん」と呼ぶ性格ですが、流石にこの場面にそぐわないので...きっと学校入学前の「幼児」の時だけこの呼び方だったのでしょう(^^;

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年が明け、とうとうおれたちは最終学年になった。

あと一年で成人ー、ということで、皆それぞれに大人になった時のことを自然と考えるようになっていた。

自分たちの将来...それはもちろん「就きたい仕事」に関することもあったけど、やっぱり...皆の関心事の大部分は...「誰と一緒になるか」だった。

仲良しの異性がいる者は、自然とその相手との将来を意識するようになっていた。

おれがその時心に描いていたのは...勿論カレンとの未来だった。

だけど...。

「ねえイグナシオ、大人になったら、あたしと結婚しない?」

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そんな流れに乗って、ロザンナが単刀直入に言ってきた。

ロザンナとは仲良しだったけど、「一番大好きな将来の相手」とは思っていなかった。

おれは正直に自分の思うことを言うことにした。

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 「ごめんね...ロザンナちゃん...ボクはカレンと...」

「あたしも...イグナシオがいいな...」

カレンと二人でそう言った瞬間、ロザンナは呆れた顔をした。

「え、何言ってるの?カレンとイグナシオは結婚できないじゃない!

だって、カレンはイグナシオのお母さんの妹でしょ?近い親戚同士は結婚できないって、お父さんから聞いたよ!」

...え?

「お姉さんの子供...そういうのって「甥」って言うんだって!イグナシオはカレンの「甥」なの!で、カレンはイグナシオの「叔母さん」!だから結婚なんて、できないよ!」

「おばとおい」

かつて祖母が言っていた言葉はこれだったんだ...。

母の男兄弟たちのことは「叔父さん」と習ったけれど、カレンのことは何も聞いていなかった。きっと同じ年...厳密に言えばおれの後から生まれたカレンを「叔母さん」と呼ばせることは忍びなかったのだろう。

「うそ...」

カレンは一転泣きそうな顔になった。

「あたしは大丈夫だよ!あたしもイグナシオの親戚だけど、イグナシオのお母さんの「従妹」なの!それなら遠い親戚だから大丈夫だって!だからあたしと...」

ロザンナちゃんのお父さんは、イグナシオの祖母アルシアちゃんの弟、初期国民リカルド君なのです(^^)

ロザンナなら結婚できるとかそういうことじゃない...。

今重要なのは「カレンとは結婚できない間柄」ということだった。

「そんなの!本当かどうか、わかんないよ!ボク、他の大人に聞いてくるから!」

「誰に聞いたって、同じだよ!」

おれは誰か、信頼できる大人を探すことにした。

ただし、両親や祖父母には聞きたくなかった。

もし本当にそうであれば、カレンとおれのことを知られたくなかったから...。

 

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「やあイグナシオ、そんなに血相変えてどうしたの?」

信頼できる大人ー、ということで、おれはガイスカ叔父さんに聞いてみることにした。

「ガイスカさん...あのね、親戚でも「結婚できる親戚」と「結婚できない親戚」がいるって聞いたんだけど...ほんと?」

ガイスカさんは目を丸くして驚いていた。

「イグナシオ、一体どうしてそんなことを?」

「う、うん...何でもないけど...知りたくて...」

ガイスカさんならたとえ本当のことを言っても黙っていてくれそうだけど、流石に自分から言うのはためらわれた。

幸いにもガイスカさんはそこに深入りはしてこなかった。それが解っていたからガイスカさんを選んだのもあるけれど。

「...そうか、何故かはとりあえず聞かないことにしよう。結婚できる親戚と、できない親戚だよね。例えばだけど...君とロシェルやノエルは結婚できるよ。「従妹」って関係になるからね。」

ロシェルとノエルはガイスカさんの娘だった。

「姉さん...君のお母さんと私はきょうだいだから..「きょうだいの子供」同士は結婚できるんだ。だけど、きょうだい同士とか...」

ガイスカさんの顔が一瞬曇った気がしたけど、きっと気のせいだろう。

「自分のきょうだいの子供とは...結婚できない。近すぎるから」

きょうだいの子供。

それはまさに、カレンとおれとの関係だった。ロザンナの言ったことは嘘じゃ無かった。

「そう...」

これではっきりした、カレンと自分とは結婚できない。

「ガイスカさん...ありがとう...わかったよ...」

「イグナシオ...こんなことを聞いてきた理由については深入りしないけれど...、なるべく早いうちに気持ちを切り替えた方がいいよ。幸いにも、君はまだ子供だから...」

多分ガイスカさんはカレンとのことを気付いているのだと思う。

でもはっきり触れてこないでくれるのがありがたい。

もしこの時お前はおかしいとか異常だとか言われたら、きっと耐えられなくなって、全てに対して心を閉ざしていただろうから。

「こういうことを引きずったら自分が苦しくなるだけだから...いいね。」

ガイスカさんの目は真剣だった。まるで自身も同じ立場に立ったことがあるようだった。でも、ガイスカさんがカレンとのことを触れないでくれていたように、自分もそのことに触れるべきでない。それぐらいは子供心にもわかっていた。

 

カレンと自分は結婚できない。

ならばこの気持ちは、なるべく早いうちに断ち切ったほうがいい。

おれがそのためにとった処置は...カレンに会わないため「学校に行かない」ことだった。会わなければ、いつかは忘れられる...。

 

しばらく学校に行かなかったことが両親にばれて大目玉をくらったけれど、自分の頭を冷やすにはそれなりの効果があった。

学校をさぼって父親に怒られた話はこちら

 

学校に復帰した時、カレンはおれを見て何か話したそうにしていた。

でも、もうお互い何も話さないほうが良いと思った。気持ちを蘇らせないために...。

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オリンピアちゃん、遊ぼう!」

おれは図書館で知り合った女の子、オリンピアに声をかけた。

彼女と将来どうこうはまだ考えていなかったけど...一緒にいて心地よさを感じ始めていたのも事実だった。

 

そして成人後-

おれは紆余曲折を経た末、オリンピアと将来を歩むことに決めた。

その時にはもうカレンとのことは、痛みを残した思い出となっていた...。

 

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(つづく)

 

最後までお読みいただいてありがとうございます。

毎度のことながら無駄に長くなってしまった(^^;

次で...ちゃんと終わるのかコレ?

幽霊騒動。

「あっ...あねきっ!」

「あらグラハム君...こんな朝からどうしたの?」

兄カールがガノスに旅立ってから3日後。

山岳の我が家に弟が血相変えて飛び込んできた。

「で...出たんだよ!」

「出たって、何が?」

「兄貴の幽霊!」

...お兄ちゃんの?

「何言ってるの?そんなこと、あるわけないじゃない!あの兄さんが幽霊になって出てくるなんて...」

「いや、ほんとですよ。オレも見たんです、北の森にぼーっと立ってました!アレは間違いなく隊長ですよ、あのグリングリンの赤毛といい、背格好といい...」

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弟の後ろからひょこっともう一人顔を出してきた。

イグナシオの子供の頃からの友達で、今は近衛騎士隊の一員であるアシエル君だった。

「どうしよう...俺達が探索さぼってるから怒って出てきたのかな...」

二人とも剣の才はあるのに探索に行かないで遊びほうけているものだから、いつも探索ポイントは仲良く下の方を彷徨ってるのは知っていたわ。

それでも取り合えず初戦は勝つから首の皮一枚で解雇を免れているんだよね。

「あいつら、なまじ腕はあるから中途半端に勝っちまうのが始末に悪い。勝ちさえすればいいってもんじゃないのに...全く」

「困ったものだよね。こうなったら、対戦相手にヴェスタ渡して強制的に負けさせちゃう?そしたらお尻に火が付くんじゃない?」

「いや、流石にそれは公平の原則に反するだろう。にしても、あいつら、何とかしないとな...」

「お兄ちゃんとガイスカ君」=「隊長と副隊長」がよくこう言ってぼやいていたのは私もよく覚えてる。

にしても、お兄ちゃんはわざわざそんなことのために幽霊になったりするかしら?

お兄ちゃんが最後まで案じてたのは、息子のランス君とアルド君のこと。そして何よりも一人残されるアラベルちゃんのことで...。

「あんたたちの所にわざわざ出てくる程、兄さんも暇じゃないと思うよ。」

「いや、そんなことないよ!兄貴の性格上、こいつらちょっと脅かしてやるか...なんて変な悪戯心を起こすかもしれないぜ!」

「ありえますよ。隊長結構そういう所ありましたから」

...まあ、お兄ちゃんとは付き合い長いから、それも否定できないけど...それにしても...。

 

その時だった。

ガタっと足音がして、グラハムとアシエル君が振り向いたその先にいたのはー

確かにグリングリンの赤毛、青い目、近衛騎士の鎧姿...

お兄ちゃん?

「ギャーッ!!」

グラハムとアシエル君は大きな叫び声をあげてしまった。

「兄貴、さぼった俺が悪かった!だからおとなしくガノスに戻ってくれ!」

「た、隊長...すいませんすいません、これからは心を入れ替えてちゃんと探索行きますから...」

大の男二人がブルブル震えてる。情けないったらありゃしない。

わたしは、お兄ちゃんだったらちっとも怖くなんかない...ん?

「なんだ」

...そこにいるのはお兄ちゃんの幽霊なんかじゃなかった。

「ランス君じゃない」

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マグノリア叔母さん、おはようございます。イグナシオ君を探索に誘いに来たんですけど...」

「え?ランス?」

「あれお前、あの整髪剤テカテカのオールバック止めたの?」

髪形を変えたランス君は、本当に見間違うくらいお兄ちゃんに似ていた。

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「あ、はい...変ですか?」

「変っていうか、紛らわしいよ!全く...兄貴が化けて出てきたかと思ったぞ!」

「...まあとりあえず、隊長の幽霊じゃなくて、良かったっスね。じゃあ、行きますか。グラハムさん」

「おう、問題は解決したから、釣りでも行くか!そのあと酒場で一杯...」

「ちょっとあんたたち...釣りじゃなくて、せっかくなんだから探索に行きなさいよ!じゃないとほんとに兄さんが出てくるかもしれないよ」

「うわっ!そりゃまずい!しょうがない。ここは腹くくって行くしかないっすね、探索...」

「仕方ない。ゲーナでも行くか...それじゃあ姉貴、邪魔したな!」

二人は不承不承の様子で出ていった。

「全くもう...先輩たちはしょうがないね。ランス君はあんな風になっちゃだめだよ」

「大丈夫です...それこそ父さんが見てますから...。腕はまだ父さんどころかあの二人にも及ばないですけど...でもじきに追いつきたいと思ってます」

「頼もしいね。兄さんもきっと安心してるよ。それはそうと髪の毛...子供の頃はまっすぐだったけど、癖毛になってきたんだね」

子供の頃のランス君のおかっぱ頭を懐かしく思い出した。

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「そうなんです。癖が出てきたから落ち着かせようと整髪剤つけてオールバックにしててたんです。..でも無理しなくていいかなって思うようになって。父さんも自然にしてたし」

「ふふ。兄さんは最初から癖毛だったけど、やっぱり真っ直ぐに整えてたことあったんだよ。ボサボサ頭じゃ女の子にモテないからってね。毎朝一生懸命セットしてたよ。結婚してからやめちゃったけどね。」

お兄ちゃんに中々彼女ができないから、髪形でも変えてみたらいいんじゃない...?家族でそうアドバイスしたのがきっかけだった。あの時はまだ父さんも母さんも元気だったな...。あの頃のことは昨日のように思い出せるのに、もう家族のうち三人はいないんだ...。

「あの父さんが?父さん、お洒落なんて全く興味がなさそうだったのに」

お兄ちゃん、ランス君にまでこんなこと言われてるよ?聞いてるかな?

「若気の至り、ってやつだよ。それにしても、そうしてると本当に兄さんによく似てる...グラハム達じゃないけど、本当に兄さんが帰ってきたかと思っちゃった」

「...そうですか...。でも、見かけだけじゃなく...中身ももっと近づかなきゃ、駄目ですね...僕はまだまだです...父さんみたいになるには...」

「中身?そんなのいいの、兄さんみたいに下らない冗談まで言うようになったら大変だよ、ランス君はランス君のままでいいんだから、頑張ってね。じゃあ、イグナシオ呼んでくるね。」

お兄ちゃん、ランス君は心配ないから、安心してね!

今はガノスにいる兄に、そう伝えてあげたくなった。

*********************************************

「ほんとはね...マグノリアさんには恥ずかしいからちょっと嘘ついたんだけど、わざと父さんと同じ髪形にしたんだ。形から入るってわけじゃないけど...少しでも近づきたくて」

一緒に出掛けたゲーナの森で、ランスはこっそり告白してきた。

「いいんじゃない?形から入ってるうちに本物になるって言うし」

「ならいいんだけどね...。まだまだ、道のりは長いよ。取り合えず、今年は一回戦で負けちゃったから、探索ポイントを稼がないと...。今回の最低目標は残留だけど、もうひと頑張りして探索ポイントで上位につければ、来年はトーナメントで有利な立場に立てる。一つ一つ積み重ねて行こうと思ってるんだ」

こういう考え方は伯父よりランスの方が堅実な気がする。どちらかというとガイスカさんの方により近いような。姿形は伯父によく似ているけど、しっかりランス独自の個性が出ている。

「だからイグナシオ...良かったら、また探索に付き合ってもらっていいかな?」

「勿論だよ。いつでも声をかけて」

「ありがとう...助かるよ」

おれとこいつは所属する組織が違う。

山岳兵団と近衛騎士隊。

普段は共に王国を守るものとして協力体制を組んでいるが、エルネア杯では一転してライバル関係となる。

ランスも強くなり立場が重くなれば、今のように気軽に二人で探索に出ることもなくなるだろう。

近い未来、エルネア杯で互いの組織を背負って戦う時も来るかもしれないー伯父と父のように。

その時は勝ちを譲る気など勿論ない。

でも今はまだその時じゃない。

伯父さんへの恩返しとしても、友としても、おれはランスに協力したかった。

「そのうちに...瘴気の森も一緒に行こう、ランス」

「うん、是非行きたいね..あれ?それって...山岳兵は瘴気の森に入れないから、イグナシオが龍騎士になるってことだよね?」

「勿論そうだよ?当たり前じゃない?」

「兵団長だからって、随分と大きく出たね!でもその前に君は僕と魔人の洞窟に行くことになると思うよ」

ランスはおれの山岳帽子を笑いながらこづいてきた。

こんな時間は心地よかった。

いつかはこの時間に終わりが来ることが解っていても...。

 

※ほんとはカールは熟年だから白髪なんですが、染めてるので...(^^;

残される者。

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兄のガノスへの旅立ちから一夜明け、葬儀はしめやかに執り行われたー。

 

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「...ランス、喪主の大任、お疲れ様だったね。これから大変だろうけれど、兄さんは君のことは何も心配していないって言ってたから...自信を持って。困ったことがあれば私にいつでも相談してくれて構わないから...」

我ながら月並みな励ましだとは思ったが、今は自分とてこれ以上の言葉が思いつかなかった。

それでも、甥は殊勝に私の言葉を受け止め、涙ぐみながらも

「叔父さん、ありがとうございます。父の名に恥じないよう、頑張るつもりです」

私の目を真っ直ぐに見てこう返してくれた。芯の強い青年だ。確かにこれなら兄も安心して旅立つことができただろう...。

「お義姉さんも、アルドヘルム君も、何かあったらいつでも....」

「ありがとう、ガイスカ君。わたしたちは大丈夫よ...。でも助かるわ。カールはいつもあなたのことを自慢の弟だって言っていたから...。何かあったらあなたとマグノリアに遠慮なく頼らせてもらうわね。」

義姉は昨日号泣していた姿が嘘のようだった。ランスの芯の強さはこの義姉から来ているのかもしれないー。

 

「ガイスカ君」

そこへ兄の親友だった王配殿下が声をかけてきた。いつもの剽軽な感じは影を潜めて随分と憔悴していた。幼い頃からの親友であると同時に、信頼できる側近でもあった騎士隊長を失ったのだから無理もないかー。

「カールの代わりに、今後は君の力を借りる場面が多くなるが...期待しているよ...」

と、彼はここで一段声を潜めてひそやかに話しだした。

「今は内密にしてほしいが...近々...ベニーが新しい王として即位することになるだろう...その時には隊長代理として...よろしく頼む」

彼の妻-パティ・ガイダル陛下にも寿命が近づいていることは、隊長業務の引き継ぎ時に兄から聞いていた。この人は親友に続き、人生の伴侶まで相次いで失うことになるとはー。しかも、パティ陛下は姉と同じ年だった。その事実から連想される恐怖が私の心を脅かす。

しかし、それらはあくまでも個人的な感情だ。いま私に求められている答えではない。

「かしこまりました。その際には、隊長代理として謹んで任を全うさせていただきます...。どうぞ王配殿下にはご心配のなきよう-」

胸に手を当て一礼しながら、恭しく言葉を返した。

「後任の君が頼もしくて何よりだ...。さて、ここからは俺の個人的な頼みになるが...今度俺が森にムタンを取りに行く際は...良かったら伴をしてもらえないかな?あいつの思い出話でもしながら...な」

殿下は、そこで初めて笑顔に戻った。兄と一緒にいるときよく見せていた表情だった。

兄は「ルチオがムタン採りについてこいと言ってきても応じなくていい」と言っていたけれど...兄さん、そういうわけにはいかないよ...。

「ええ、殿下。ぜひそちらもお伴させていただきます。いつでもお声をかけてください」

兄がガノスで頭を抱えている姿が見えるようだった。

 

「う...ぐすっ。ぐすっ...」

背後から鼻をすすり上げるような泣き声が聞こえてきた。振り向くと娘婿のアンテルムが花束を抱きしめながら肩を震わせて泣いている。そういえば、兄と結構親しくしていたことを思い出した

「この間久しぶりにお会いしたとき、オレが兵隊長になったことを伝えたら、頑張れよって言ってくれたんです...予定が合えば試合応援に行くからって...それなのに...」

確か5日の初戦ではイグナシオと当たって容赦なく吹っ飛ばされたらしいがー、多分イグナシオでなくてもどの相手でも同じ結果になるだろう。兄がそれを見たとして一体どんな反応をするのだろうか...。

「婿殿」はこんなことを言いつつも、決して日々の鍛錬に熱心な男でないのは良く知っていた。私は兄ほど面倒見が良くないし心が広いわけでもないので、そんな娘婿に対して冷めた感情を持っていた..だが...

それでも彼が兄の死を悼む気持ちは本物なのだろう...。

「アンテルム君...兄の為に泣いてくれてありがとう。兄も君の頑張りを期待していると思うよ。さあ、兄のために持ってきてくれた花をお供えしてあげて...」

私は兄がいつも誰かにしていたように、彼の肩に手を置いてそう伝えた。

「お義父さん、ありがとうございます」

「父さん、ありがとう...」

娘のロシェルは私の心中を察したのか、一瞬こちらに申し訳なさそうな顔を向けた。

その後二人は一つの花束を二人で持ち、墓所の床へゆっくりと手向けた後、跪いて祈りをささげていた。

※カールとアンテルムの関係は「ヘタレ山岳兵と龍騎士様」参照

 

「副隊長...オレ達...もう...入ってもいいでしょうか?」

今度は騎士隊員のアシエルが声をかけてきた。葬儀は親族と近しい者しか出られないが、見送りの儀式が終われば地下墓地への入場は自由だ。殆どの騎士隊員が亡き隊長の為に駆けつけてくれていた。

「ありがとう...もう大丈夫だ。君たちが来てくれて、隊長も喜んでいると思う。心置きなく祈りを捧げてくれ」

隊員達は花束を捧げる代わりに、剣を胸の前に捧げ持つ「敬礼」の姿勢を次々に取っていった。いつもは真面目とは言い難いアシエルもこの時ばかりは神妙な面持ちで剣を捧げている。

...兄さん...あなたは最後まで立派な騎士だったよ...皆それを解ってるんだ..

「ランス、グラハム、我々も隊長に敬礼しよう」

私はランスと弟グラハムに声をかけ、同じように剣を胸の前に捧げ持った...。

 

*******************************************************************

「何かね...胸にポッカリ穴が開いちゃった気分なの...お兄ちゃんはいつも近くにいるの当たり前だったから...あ、「兄さん」って言わなきゃいけないのに...いい年して恥ずかしいね。ガイスカ君、聞かなかったふりしてね」

「姉さん、大丈夫だよ...今は二人だけだから。誰も聞いてないから...そのままでいいよ」

 

私たち兄弟はそれぞれの配偶者と共に葬儀に参列していた。しかし「こんな時は兄弟水入らずの方が良いだろうから」と配偶者たちは先に帰ることとなり、結局兄弟5人だけが最後まで神殿に残って兄の思い出話に花を咲かせた。兄は常に家族の中心にあった人だから、話題には事欠かなかった。

それからなんとなく解散となった後は、私は姉のマグノリアと二人で北の森付近を歩いていた。お互い話が尽きることがなかったため、少し遠回りをしてからそれぞれの家に帰ろうー、そんな合意がいつの間にか出来ていた。

先ほど5人で話していた時は、姉は兄のことをきちんと「兄さん」と呼んでいたのに、自分と二人になった途端「お兄ちゃん」という幼い時からの呼び名が出るとは...

それだけ他の兄弟より自分との心の距離が近い気がして、こんな時だが私は嬉しかった。

 

私にとって兄と姉は特別な存在だった。歩きだすようになった後はいつも兄と姉の二人を追いかけていた。二人とも足が速いので追いつくのが大変だった。私がなかなか追いつけないのが解ると、二人は立ち止まって待っていてくれた。

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兄はほどなくして成人したため一緒に遊ぶことはなくなり、私が後を追いかけるのは姉だけになった。同い年の遊び友達も次第に増えてきたけれど、それでも姉といるのが好きだった。

しかし姉の走る先に黒髪褐色肌の少年がいることが多くなり、私は姉を追いかけるのをやめた。

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そうしているうちに姉も成人し、あっという間に結婚して家を出ていってしまった。

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 「そういえばね...私は姉さんの結婚式に出た後、姉さんがまたすぐ家に帰ってくると勘違いしていたんだよ。夜まで起きて待っててね。恥ずかしいけど「結婚」の意味が良く解っていなくて、何かのお祭りみたいなものだとばかり思ってた。兄さんが「ガイスカ、寝るぞ!」って呼びに来たとき、「おねえちゃんが帰ってくるの待ってる」なんて言ってね。兄さん大笑いしてたね。「ガイスカ...お前...結婚の意味解ってなかったんだな!」ってね...」

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悲しみに沈んでいる姉の気持ちを少しでも和らげたくて、子供時代の恥ずかしい話まで暴露してしまった。

「そうなの...!ガイスカ君、私やお兄ちゃんの子供の頃より随分物知りだと思ってたのに、そんなこともあったのね。そういえば朝「けっこん、けっこん♪」なんて歌ってくれてたよね。あれはお祭りだと思ってたのね!」

姉がようやく笑ってくれて安心した。

今思い返すと結婚式の雰囲気から、姉が帰ってこないことはほんとうは薄々気づいていたかもしれない。それでもそれを認めたくなかった...。

「...こうして話してると思い出話が尽きないね。ほんとはお兄ちゃんもこの場にいれば大盛り上がりだったろうにね...」

姉は笑顔を見せた後も、寂しさを拭いきれないようだった。兄の存在は大きかった。無理もないことだ...

「きっと兄さんはガノスから見てくれてるよ。俺の悪口言ってないよな?なんて気にしてるかもしれない」

「そうね。聞き耳立ててるね、きっと」姉は再びくすっと笑った。

だがそれからふと空を見上げてー

「伯母さんたちや母さん、父さんを見送ってー今回はお兄ちゃんか...。順番から言うと次は私だね...。」

...姉がそう呟くのを耳にした瞬間、身体に電撃が走るような気がした。

駄目だ。

それ以上は聞きたくない。

「私もこうやって、空から思い出話を聞くことになるかな...ガイスカ君、その時はあんまり変なこと話さないでね...」

もう我慢ができなかった。

「姉さん!」

気づいたら姉を引きよせ強く抱きしめていた。

「姉さん...お願いだから...冗談でもそんなこと...言っちゃだめだよ...」

姉を失うことなど考えたくもなかった。抱きしめる腕に力を込めてしまった。

「頼むから...」

森の木々が風に揺らされてザワザワと音をたてていた。

「ガイスカ君...」

そんな中姉の声がした。できればこのまま離したくなかった。それが許されないことだとしても。

「ねえガイスカ君...顔や腕に鎧が当たって...感触...冷たいよ...それに...ちょっと...くるしい」

「...!!ご、ごめん!」

思わぬ苦情に、慌てて姉を開放した。

「あー、びっくりした!」

姉は何事もなかったような表情だった。どうやら自分のやったことの真意は気づかれずに済んだらしい。単純に弟が過剰に姉を心配したと思っているようだ。

「ガイスカ君、力、強くなったんだね!昔は「チカラが弱い」って悩んでたのに。そういえば前にお兄ちゃんが「ガイスカは実は脱いだらスゴイ」なんて言ってたけど、ばっちり筋肉鍛えてるのね、頼もしいわ!」

そう笑いながら話す姉は完全にいつもの調子に戻っていた。取り合えず元気をとりもどしてくれたのだろうか。

「ま、まあ...職業柄貧弱な身体ではいられないからね。それより姉さん、さっきみたいなこと冗談でも絶対に言わないで。約束だよ」

「大丈夫よ。いつもジャスタス君と話してるの、今度のエルネア杯でイグナシオが龍騎士になるのを見届けるまでは、二人とも絶対元気でいようね、って!」

”イグナシオを倒せ”

"イグナシオは父さんの妄執に囚われている”

ふいに、引き継ぎの夜の兄の言葉を思い出した。イグナシオを”龍騎士の呪縛”から解放してほしいー、それが兄からの遺言だった。兄はイグナシオを倒すことが呪縛からの解放に繋がると思っていたが...私自身にはまだその答えは出ていない。姉の想いも無視できない自分がいた。兄は私を買いかぶっている。私はあらゆる意味で、兄より戦士として未熟な人間だ。そんな私に何ができるだろう?

だが...そのことに今は触れるまい。

「エルネア杯とは言わず...ずっと元気でいて。兄さんだって、そう思ってるよ、きっと」

そう...私はあなたを失って残されるのは嫌なんだ。

妻も親友も...大事な存在はもう誰一人失いたくない。

だけどその中でも、とりわけ、あなたを...。

 

 

 

 

 

 

旅立ちの日。

今日はコロミナス家にとっては「喜びの日」となる予定だった。

妹のヒルが花嫁となって嫁ぐ日であったから。

※今回の登場人物のうちヒルデガルドはヒルダ、アルドヘルムはアルドと愛称で表記します。

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いつもはハスッパで生意気な言動の多い妹も、流石に今日は神妙だった。

兄を兄とも思わない生意気さに腹を立てたことも何度かあったけど、こうやって食卓を囲むことも最後になると思うと寂しいと思う。けれどいつかは慣れていくのだろう。

弟アルベルトの時もそうだった※1

それでも、寂しいとはいっても、ただ住むところが別になるだけ。会おうと思えばいつでも会える。

 

...生きている限りは。

 

「イグナシオ、悪いんだけどこれからエルネア城に行って、兄さんの様子を見に行ってくれないかしら?...結婚式に顔を出してくれることになっているんだけど...心配だわ」

「わかった。すぐ行ってみるよ」

昨日は山岳リーグと重なって観に行けなかったが、ランスと伯父カールの試合が無事終わったことは聞いていた。今日も元気でいてくれればいいけれど...。起きてすぐから胸騒ぎが収まらなかったが、今回も杞憂であることを祈った。

「ごめんね...万が一兄さんの状態が悪かったら、私たち、式が終わったらすぐに駆けつけるからって...アラベルちゃんに伝えてね」

「頼んだよ、兄貴...」

ヒルダも一転泣きそうな顔になっていた。妹も伯父さんには随分可愛がってもらえっていた。

ヒルダ、お前はこれから準備が沢山あるだろ?そんな暗い顔してたらイヴォン君が誤解するぞ。自分との結婚が嫌なのかって...。伯父さんはきっと大丈夫だから、心配しなくていい」

「大丈夫」の根拠など何もなかったけれど、今はこれしか言えない。妹もきっと解っているとは思う。

 

心臓が止まりそうな勢いで隊長居室を訪れると、伯父一家は遅い朝食の最中だった。

食卓の家長席に伯父の姿を見つけ、おれは胸をほっと撫で下ろした。

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声をかけた時もいつも通りに見えた。

...が、それは糠喜びであったことが、すぐに分かった。

 

その後伯父がふらりと倒れそうになったので、慌てて肩を貸した。

「カールさん、大丈夫?」

「あ、ああ...イグナシオ、すまない...このまま寝室まで肩を貸してもらっても...いいか?情けないことだが...もう一人では...歩けそうに...」

「父さん...食卓に歩いて来るまでも大事だったんだよ...それでも「最後は」みんなで食事したいからって...それでこんな時間に...」

側にいたアルドが悲痛な顔をして呟いた。

最後。

決して認めたくはなかったが、親族のこんな状態を見るのは初めてではなかった。

今も記憶に残る...祖父母たちの「旅立ちの日」も確かこんな風だった。

 

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アルドと一緒に両肩を貸して、どうにかして寝室まで伯父を連れていくと、伯父はそのままベッドに力なく横たわってしまった。声をかけるのも憚られるような弱弱しさだった。

「そういえば...」

伯父が口を開いたが、目は閉じられたままだ。

「今日...ヒルダの...結婚式だっけ?せっかく...招待状...もらったのに...行けなくて...悪い...おめでとうって...言っておいてくれ...」

「分かった。カールさん...きっと伝えるよ」

そう言ってからベッド脇に跪いて伯父の手を握ると、感触はひんやりと冷たかった。

こうして見ること感じること全てが、願いと真逆であることが辛かった。手を握りながらも肩が震えてきた。

そうしていると、伯母がおれの肩にそっと手を置いた。

「イグナシオ君、そろそろ行った方がいいわ...。ヒルダちゃんも待ってるわよ。わたしからも...おめでとうって言ってたと伝えてね。マグノリアにも...よろしく」

伯母は涙ぐみながらも優しく微笑んでいた。

「カールさん、おれ、一旦行くね。後から母さんたちも来るから、それまで、待ってて」

「...わかった..」

伯父は弱弱しいながらも手を握り返してくれた。

「伯父さんを頼みます...」

おれは立ち上がり、伯母とアルドに挨拶してから隊長居室を後にした...。

 

家に戻ると、既に皆シズニ神殿へ向かった後だった。

取り合えず...伯父さんのことを伝えるのは、結婚式が終わった後になりそうだー。

 

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花嫁となった妹は、この上もなく幸せそうに見えた。

神殿の窓から優しく光が降り注ぎ、新婚の二人を祝福しているかのようだった。

妹は長年親しんだ山岳の家と慣習を離れ、一般国民として新たな世界に足を踏み入れることとなる。夫のイヴォンと二人でー。

それは、おれには生まれた時から許されなかった「旅立ち」だったー。

 

 式が終わった後、両親に伯父の状態を告げた。

おれが戻ってくるのに時間がかかり、なおかつ結局伯父が現れなかったので、大体のところは察していたようだ。

それでも母は泣き崩れ、父はがっくりと肩を落として項垂れてしまった。

おれは両手で顔を覆って泣いている母の背中に手をあてて、できるだけ優しい口調で声をかけた。

「母さん、伯父さん待ってるから...エルネア城へ...行ってあげてくれる?ヒルダとアルベルトにはおれが伝えるから...」

「...そうね。兄さんに...会いにいかないとね...。私たちの結婚の時...父さんが猛反対したけど...兄さんがイグナシオさん※2と一緒に ...一生懸命説得してくれたのよ...兄さんは私たちの恩人なの...」

ようやく母は立ち上がり涙を拭う。

「だから...ちゃんとお礼と...お別れを言ってあげなきゃね」

そして父の手を取った。

「行きましょう、ジャスタス君。兄さんのところへ...」

「ああ...行こう、マグノリア

父は頷き、二人はエルネア城に向かって歩いて行った。

両親の次は弟妹...それにオリンピアと子供たちに伝えなければいけない..。

 

**********************************************************************

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おれがエルネア城に戻ったのは夕3刻の頃だった。

「別れの挨拶」を言うための客人たちもあらかたは帰っていた。父も母を残して一旦帰宅したようだ。

今は母やガイスカ叔父さんを初めとする兄弟達やルチオ王配殿下など、「特に近しい者」のみが客間で待機している。

もう間もなくやってくる「その時」を見守るためだった...。

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朝に会った時よりも伯父は一層弱っていた。

会話もかろうじて成り立っている...という感じだ。

もうアラベルさん達家族に後は任せて、おれも客間に戻ったほうが良いのかもしれない...そう思った時にふと伯父が、かすかな声でおれの名を呼んだ。

イグナシオ...

ずっと閉じられていた青い目が開いた。

「何?カールさん」

慌てて伯父の手を握った。

いつかお前が...呪縛から解放されて...自分の人生を...生きられることを...祈ってるよ

おれは何と言っていいか解らなかった。

今のおれは自分の人生を生きていないのだろうか?

自分自身にはわからない...。いや、解ろうとしたくないのかもしれないが。

ただ、今はこうしか言えなかった。

「ありがとう、カールさん...」

伯父は満足げな笑みで頷いた。その目の奥が一瞬緑色に輝いた気がしたが...すぐにまた、目は閉じられてしまった。

これが伯父と交わす最後の言葉になったことを悟った。

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おれは側で控えている伯母と従弟たちに一礼して、客間に戻った。

 

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身体が軽い気がする。さっきまで重くて怠くて仕方がなかったのに...。

そこにいるのは誰だっけ...。

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ああ...お前たちか...。せっかく久しぶりに兄弟勢ぞろいなのに、こんな状態で悪いな...。いつかまた、父さん母さんたちも含めて、ピクニックにでも...行こう。随分先になるだろうけど、楽しみにしてるから、お前らはゆっくり来いよ...。

ルチオ...お前と馬鹿話ができなくなって残念だよ。

これからはムタンも自分で取りに行ってくれよ。ガイスカを付き合わせたりしないようにな...。

いつかお前の「その時」が来たら、俺が迎えにいってやるよ。でも当分は来なくていい。

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アルド...。お前はこれからどんな道を行くのかな?

もっと...お前と将来について語りたかったな...うざい親父かもしれないが...。

お前は要領のいいやつだから、どんな道でもうまくやっていけるかな...。

ランス...。お前が選んだ道は、試練の道でもある。

俺がそうだったように、お前も絶えず壁にぶつかることだろう。

でも、お前なら乗り越えられる、昨日戦って...俺はそう確信したよ...。

ああそれから...コゼットに...おじいちゃんはいつでも見守ってるって、伝えておいてくれ...。

 

そして...。

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アラベル...。

正直言うと、一人で残して行くのがとても辛い...。

君がどんな時でも、俺のことを愛して必要としてくれたから、俺はここまで来れたんだ...。子供たちが巣立ったら二人でのんびりしよう、そう話していたのに...。

でも...強くて優しい君だからこそ、後を託せる。子供たちを...オブライエン一族のことを...俺の代わりに見守ってくれ...。君を信じてる。

君には孫や曾孫に囲まれて、幸せに長生きしてほしいんだ。俺はいつでも側にいるから...。

 

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気づくと遠い視線の先に、祖母や伯母たちの姿が見えた。リア祖母ちゃんの傍らには優しい目をした男性が立っている。ああ、確か...。俺の生まれたその日に、祖父はガノスに旅立ったんだっけ...。それから、その横にいる二人は誰だろう?二人ともどことなく...父に似ている気がするけど...もしかしたら...

「カール」

そして、ずっと聞きたかった父と母の声がした...。

 

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俺は幸せだったよ。

みんな...ありがとう...。

 

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すべてが終わった。

伯父さんは旅立っていってしまった。

伯母が母に縋り付いて号泣していた。

その側でランスとアルドヘルムが必死で母親を慰めていた。しかしその二人の目にも涙が光っている。

 

ひとしきり泣いた後伯母は落ち着きを取り戻し、来客達を出口まで見送ってくれた。

「みんな...今日はありがとう...明日の見送りも...来てちょうだいね。カールのために...よろしくね」

涙を堪えた笑顔がなんとも痛々しい。

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隊長居室を出た後も、皆それぞれ重苦しい表情のままだった。

 

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「帰ろう...イグナシオ」
「うん...」

おれは母と二人でドルム山道を登り家路についた。

今日はヒルダの結婚式だった。

でも同時に...伯父さんとのお別れの日にもなった。

 

明日のコロミナス家の食卓からヒルダはいなくなるが、妹は噴水通りのルッケーシ家で元気に目覚め、夫と二人で新婚の食卓を囲むだろう。

でも伯父さんはもうどこにも...いないんだ。

 

※1 実は次男アルベルトは前回エルネア杯の途中で結婚して家を出ております。話の展開上省略してしまいましたが(^^;出番が限りなくゼロに近い次男の紹介はまた別の機会に(^^;

※2 PCイグではなく初期国民イグナシオ・シュワルツさんのこと。PCイグにとっては大伯父さんにあたります。

 


【あとがきのようなもの】

毎度長々と...なおかつ今回は無茶苦茶暗くなってしまいましたが、最後までお読みいただいて、本当にありがとうございます。
私にとって、「初代のはじめての子供」であるカールはやっぱり特別な存在でした。

PCを二代目→三代目と引き継ぐ過程で、カールとPCの関係性は子供から兄→伯父と変わっていきましたが、心の片隅では常に初代の「息子」としての意識が残っていたと思います。なので「余命宣言」の台詞が出た時は本当にショックでした。(「予期せぬ告白」での練習試合→カールあっさり負ける→余命宣言...の下りは実際のゲーム上でのできごとです)それは他の5人の子供たちも同じではありますが、とにかく「最初」のインパクトの強かったこと...。

カールは初期こそ苦労したものの、結局騎士隊長→龍騎士まで登りつめ、最後の対戦相手も息子...という、まるで「漫画の主人公」のような濃密な一生を送ることができました。このブログを書いている時点でPCは9代目ですが、ここまで綺麗に人生を完結させたキャラクターは、PC、NPC併せても未だにカール以外いないのです。初代PC長男カールの偉業とその生き様は、今も私のエルネア史に燦然と輝いています。

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obriens185.hatenablog.com

 

 

思い残すことはない。

「親父!素人相手に龍騎士銃まで使って、何てことするんだよ!ジャスタス、大丈夫か?」

「素人...?何を言っている?彼は山岳兵で、れっきとした武術職の一員だよ。武術職同士なら、お互い全力で戦うのが、礼儀というものさ...。カール、お前も武術職を志す身なら、よく覚えておくといい」

かつて妹と山岳長子ジャスタスの結婚話に激怒した父は、「実力を試す」という名目で「娘の恋人」を練習試合に誘った。ジャスタスは後に12歳で兵団長になるほどの実力者だがいかんせん当時はまだ7歳の若造だった。当然龍騎士相手には全く歯が立たず、父の龍騎士銃にあっけなく吹き飛ばされたのだった。

あの時、父の大人げなさに俺は腹を立てた。

だが...「全力で戦うことこそ礼儀」

そのことの意味が、今なら解るような気がする...。

 

 今日は5日。

恒例の近衛騎士トーナメントが開幕する。

目が覚めるまで正直恐ろしかったが、取りあえず今日はガノスに召されずに済むらしい。

身体の調子はむしろすこぶる良かった。ここまで良いのは逆に久しぶりかもしれない。

試合は夕刻からだが、俺は少し早めに闘技場に着いていた。

空気は冷たく澄んでいて、見上げた空は抜けるように青い。

ここには沢山の記憶が残っている。

観客として見守った父の勇姿。

苦い思い出となった初めてのエルネア杯。

トーナメントで初優勝した時の喜び。

そしてー。

義弟、弟、護り龍と激戦を繰り広げた、忘れえぬ「あの日々」の記憶ー。

ここの土を踏むのは、今日がもう最後になるだろう。

これから、最後の大仕事が待っているんだー。

 

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近衛騎兵としての初試合。

ついにこの日がやってきた。

対戦相手は近衛騎士隊長 カール・オブライエン...僕の父だった。

子供の頃から、僕は父の背中を追って育ってきた。

父は最初から「強い騎士」ではなかったが、決して諦めずに鍛錬を重ね、騎士隊長ーそしてついに龍騎士へと登りつめ、長年の夢を叶えた人だ。

その父の姿に僕は常に勇気づけられてきた。父は僕の憧れであり目標だった。

僕の最初の対戦相手が、その父であることー。

それは恐ろしくもあったが、同時にとても嬉しかった。

だけどー、今日無事に「その時」を迎えられるか不安だった。

試合を目前にして、父の命が尽きないかどうか。

朝になり恐る恐る隊長居室を訪ね、父の元気な姿を見て胸を撫で下ろした。

「ようランス!」

そうやって手を挙げる父はいつも通りだった。

「どうした?そんな顔をして。試合前に対戦相手に出会った時は、普通こう言うもんだぜ。〚今日の試合、負けないからな!〛ってな」

「い、いや...僕には...そんなこと..」

僕と父では実力が違い過ぎる。昨日の探索でそれは痛いほど解っている。

「ランス」

父の表情がにわかに険しくなった。

「そんな弱気でどうする...!?どんな強い相手だって、絶対に勝てない相手なんて存在しない。試合というのものは、いつも本当に、何が起こるか解らないんだ。だから俺も試合前には常に緊張しているさ...。

試合の勝敗は、確かにその9割は個々の能力や技術に左右される。だが結局最後に決め手となるのは「どれだけ勝ちたいと思うか」その気持ちの差だ。最初から諦めるんじゃない!」

この言葉は「父」からのものではない。

完全に「近衛騎士隊長」としてのものだった。

やっと分かった。

僕はもう素人の国民じゃない。

栄えあるローゼル近衛騎士隊の一員だ。

僕は隊員として、この言葉に応えなければいけないんだ。

ここで求められてるのは、弱気の発言なんかじゃない。

陛下の前での栄えある今年の初試合、それを任されていることを忘れてはいけない。

 「父さん...、いえ、隊長」

僕は深く息を吸い込んでから、力強く答えた。

「今日の試合、負けませんから!」

父はふっと笑った。

「こっちこそ負ける気がしないね」

 「手加減はしないで下さい...僕も全力であなたに挑みます」

「望むところさ...試合で会おう!」

「はい!」

僕は父が差し出してきた手を、強く握り返した。

 

夕一刻。

「総員、陛下にー、敬礼!」

父の声が力強く響き渡った。

去年までは観客としてこの声を聞いていたが、今は最後尾ながらも騎士隊の一員として剣を構えている。 ここに立つために、僕は選抜トーナメントを戦ってきた。

「我らローゼル近衛騎士隊は実力主義の精鋭部隊」

父の声が続く。

「その名に刻まれた伝統に恥じぬ戦いぶりをご覧に入れましょう」

望みながらもこの場に立てなかった他の志願者達のためにも、

僕は全身全霊を込めて、今からの試合に臨まなければならない。

それが自分に課せられた「責任」だ。

 

「ありがとうございますー、それでは本日の試合の準備をよろしくお願い致します」

いよいよだ。父と僕を残して、他の隊員たちは闘技場から一旦退場となる。

 

神官の選手紹介が始まった。

「右手の選手はー、カール・オブライエン」

父は堂々とした様子で右手を挙げた。

拍手が盛大に沸き起こった。「龍騎士」のおそらくは最後の試合ー、ということもあるのだろうか。例年より観客が多いようだ。

「左手の選手はー、ランス・オブライエン」

今度は自分が手を挙げる番だ。できるだけ堂々とー、そう思ったけれど、少しぎこちなかったかもしれない。が、父よりは少ないながらも、観客達は僕にも拍手を贈ってくれた。

父と僕は向き合った。父からは恐ろしいほどの気迫が感じられる。

その気迫に気おされないように、足を踏ん張り、剣を握る手に力を込めた。

「互いに礼」

「はじめ!」

先手を取ろうー!

そう思い、足を踏み出しかけたその瞬間に、父から強烈な斬撃をくらった。

食らったのはたった一撃なのに、僕ははるか後方に吹っ飛ばされ、背中から地面に投げ出された。砂埃がぶぉん、と巻き起こった。

勝負はほんとうに一瞬だった。

「勝者、カール・オブライエン!」

神官の声が一層高く響き渡り、父は勝者であることを知らしめるかのように、龍騎士剣を持った手を上に突きあげていた。歓声がどっと沸きあがった。

「...うっわー、えげつね...」

「相手、息子だろ?ここまでしなくても勝てるだろうに、容赦ないな...」

「この技って...あれじゃない?確か、エルネア杯で山岳兵団長と戦った時の...」

食らった斬撃の重さに頭がぼうっとする中、騎士隊の面々がヒソヒソ噂する声が耳に入った。

そうか...。この技はジャスタス叔父さんと戦った時の...。

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叔父もまた、僕など及びもつかないほどの強力な戦士だった。その叔父にいかに勝つかー、父が策を張り巡らせていたのを僕は覚えている。

あの技をー、叔父とは比べものにならない、弱い自分のために使ってくれたんだー。

思わず、目に熱いものが溢れてくる。

僕がなかなか立てずにいるので、流石に父が手を差し伸べようとしてきた。

だけど僕は首を振った。

一人で立てる。

身体のあちこちに痛みが走ったが、何とか立ち上がることができた。

鎧についた砂を払った後、僕は父に手を差し出した。

「...お見事でした、隊長」

「ありがとう」

父と僕は握手をし、周囲から拍手が沸き起こった。その音になぜか温かさを感じた。

 

騎士隊トーナメントは伝統的に、新人最下位の騎兵と騎士隊長が最初に対戦するルールとなっている。

弱いものいじめだと揶揄する声もあるが、僕はこれは必要なものだと思う。

騎士隊長は「剣技の達人」たる誇りをもって、新人に騎士の何たるかをその技で伝えるんだ。それをどう受け止めるかで、新人の今後が決まるー、そんな気がする。

最高のものを前にして、所詮自分は弱いと諦めるか、それともそれを糧にして前に進むかー。

僕は後者でありたい。そしていつかは自分もー。

 

「...これでもう」

試合が終了し観客があらかた捌けた後、父は下を向いて静かな声で呟いた。

「思い残すことはない、もう何もー」

父の顔色がさっきより青白い気がする。

「カール、ねえ、もう帰りましょう」

その変化にいち早く気づいた母が、父の腕を取り、帰宅を促す。

「そうだな...帰るか。ランス、じゃあまたな。ああ、大丈夫だよアラベル、一人で歩ける。」

父は腕に回された母の手を、そっと優しく降ろした。

「ランスも今日はよく頑張ったね。私たちは帰るから、また明日ね」

「兄さん、また明日」

母と弟に伴われて帰途につく父に向かって、僕は叫んだ。

「父さん!」

「...何だ?」

父は振り向いた。その青い目はいつになく澄んでいた。

夕暮れの光に照らされて、赤い髪が燃えるように輝いていた。

「また明日だよ!」

父は微笑んだ。

「ああ...。また明日な」

そう言って僕に向かって手を振った後、父は踵を返して去っていった。

知らぬうちに、自分の目からとめどなく涙が零れ落ちてきて、頬を濡らすのがわかった。涙を拭うことなく、僕は父の背中を見ていたー。

今日のこの一日のことを、僕はきっと一生忘れることができないだろう...。

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家に着いた途端、全身の力が抜けるのが解った。俺はたまらずベッドに倒れこんでしまった。

「全く、意地張って...あなたったら。手を貸してくれ、素直にそういえば、いいのに...」

「ほんとだよ、父さん...」

アラベルもアルドも涙ぐんでいた。

そう言うなよ、俺だって親父としての矜持ってものがある。最後にランスに見せる姿がー、お前たちに支えられてヨロヨロ歩く姿なんて、真っ平だ...。

そう答えたかったが、猛烈な倦怠感に襲われて、しばらく言葉を発することができなかった。いつもとは違う感覚だ。これはきっとー。

「...なあ」

ようやく口を開くことができた。

「なあに?」

ベッドの傍らに腰かけて、ずっと俺の手を握っていたアラベルが、青い大きな目で俺の顔を見つめてきた。

俺が何か言おうとするとき、そうやってじっと俺を見つめる仕草を、いつも愛おしく思っていた。

「俺、今日...うまく...戦えたかな...?あいつに...何かを...残せたかな...」

「大丈夫」

アラベルは両手で、俺の手をしっかりと包み込んだ。

「カール...立派だったよ。わたしたち、みんなー、あなたのことを誇りに思ってる。だから、安心して...。」

そう語る妻の目から大粒の涙が零れて、俺の手をしとしとと濡らしていくのがわかった。

その涙の感触は温かかった。

俺はほんとうに幸せ者だよ、アラベル、ほんとうにありがとうー。

旅立ちが迫ってきていることを感じたが、俺はもう何も怖くない...。

 

 

 

 

 

残された時間。

「昨日、アラベルちゃんと会って話したんだけどね...兄さん、体調が悪い時間がこのところ急激に増えてきたって...もしかしたら、もうそろそろ...」

「そうか...」

父と母が、食後のイム茶を飲みながら、悲痛な面持ちで話していた。今日は3日で評議会がある日だけれど、伯父は大丈夫なのだろうか...。

伯父とは新年の誓いで顔を合わせていた。だが挨拶程度で大した話はしなかった。あの闘技場での一件以来、何となく話しづらくなっていた。

伯父はおれが子供の頃から、おれのことを可愛がって目をかけてくれた大事な存在だった。といっても特別扱いというわけではなく、アルベルトやヒルダにも、勿論他のいとこ達にも平等に優しかった。おれは伯父のそういう所がとても好きだった。このままで良いわけではないのは解っている。

 

あの時まで、おれは無意識に伯父に甘えていたのかもしれない。もしかしたら龍騎士であるこの人なら、自分が抱えている責務の重さ、それに対する逃れられない閉塞感、そんな諸々の想いを理解してくれているだろうと、勝手に思い込んでいたんだ。

でも違っていた、伯父とおれでは歩んできた道のりがまるで違う。だから考え方も違うのはどうしようもないんだ。伯父は面倒見のいい人だから、あの後すぐ立ち去らなかったら、きっとおれを「諭し」にかかっていただろう。そんな無味乾燥なことを言うな、自分のやりたいことを大事にして夢を持てって...。そんな風に踏み込んでこられるのは嫌だった。だから離れた。

 おれが抱えているものを分かってほしい、そんなことを望むのは傲慢だ。ただ、非礼を詫びたかった。今までのお礼を言いたかった。それ自体が自己満足かもしれないけれど。

 

昼一刻になり評議会が始まったが、伯父は無事元気な姿を見せていた。会はつつがなく終了した。

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議会終了後、伯父はもう一人の叔父、ガイスカとそのまま仕事に向かおうとしていたので、勇気を出して声をかけた。
「カールさん...」

「あぁ、イグナシオ」伯父は振り向いた。普通に笑顔だった。

ガイスカさんの方は状況を察したのか「先に行くよ」と軽く会釈して歩いていった。

「どうした?」

「この間は...闘技場で失礼な態度をとって、ごめん」

「何か...あったっけ?」

伯父が本当に覚えていないのか、忘れた振りをしているのかはわからない。

そのどちらにせよ、その言葉に甘えて、伝えるべきことを有耶無耶にしておきたくはなかった。

 「伯父さんがせっかく気を使ってくれたのに...おれはその好意を真っすぐに受け取れなかった。伯父さんとおれとでは、多分...見えてるものが違うから...。でも、今更その「違う」ことについて議論するつもりはないんだ。解決するのは、今は難しいと思う。解ってくれとは、とても言えない。」

伯父はおれの話を真顔で黙って聞いていた。表情に潜む感情は読み取れなかった。

「ただ...おれは伯父さんのこと、とても好きだし、今までずっと、おれや家族のこと、気にかけてくれてありがとう...いつも伯父さんが近くにいてくれて、本当に助かってたよ...ただ、それを言いたくて」

伯父の表情は真顔のままだったが、少しだけ笑顔が戻り、口を開いた。

 「イグナシオ...。「後のこと」はもうみんなガイスカに任せてあるから、俺は今は残された時間をいかに過ごすか、それだけに集中することにしてるんだ...。だから...俺も正直、そもそも議論する余裕すらないってところさ...」

伯父の声はただただ静かだった。本来はもっと熱い人なのに。そのことが、残された時間の少なさを如実に表わしていた。

「まあそれは置いといて...そうやって、助かってたって言ってくれて、嬉しいよ。あんまり褒められることに慣れてないんだ...。いつも「もっとしっかりしろ」って言われ続けてきたから。こちらこそ、ありがとうだな...」

「...」

そう言っておれに向けられた笑顔はこの上もなく優しかった。寿命を告げられた時と同じように、おれは何も言えなくなってしまった。

「ああそうだ、ひとつ、お前に頼みたいことがあるんだが、いいかな?」

「何?」

「明日、ランスとゲーナの森に探索に行く予定にしているんだが、良かったら一緒に来てくれないか?正直俺は身体がどこまで動かせるか解らないし、万が一俺が途中で戦えなくなった時、ランスの腕じゃ、まだ一人でゲーナの森は抜けられない。お前となら安心だ。」

ランスは伯父の長男でおれの一つ年下の従弟だった。おれは昔からランスを弟のように思っていた。もしかしたら、実の弟のアルベルトよりも、心の距離は近いかもしれない。大事な友人だ。断る理由などない。

「勿論、いいよ!」

伯父はいつも見せてくれるいたずらっぽい笑みを返した。

「助かるよ。じゃあ、明日昼1から、宜しくな。こうやって約束をしている間は、俺はまだ生きられるような気がするんだ。森の入り口でランスと待ってるよ」

「解った。じゃあ、明日ね」

この言葉が裏切られないことを、おれは祈った。

 

4日になった。

もし伯父さんが危篤になっていたら...と怖かったが、幸いなことにそれは杞憂に終わった。約束通りゲーナの森の入り口で、二人は待っていてくれた。

「イグナシオ、こっちだよ!」

ランスが手を振っている。そういえば騎士姿のランスを見るのは初めてだった。生真面目なランスに騎士隊の鎧は良く似合っていた。何故か髪形をオール・バックに変えていたのが可笑しかった。成人したての頃も同じ髪形をしていたが、新成人に見えないと友人達にからかわれて、自然なスタイルに戻していたっけ。

「...気合い入ってるな、ランス」

「そうそうこいつ、騎士隊だからキチンとしなきゃいけないって思いこんで、こんな整髪料ベタベタの髪形にしてきたんだ。笑えるだろ?」

「父さんっ!」

父親からのいじりにランスは憤慨していた。そこにいるのは完全にいつものカール伯父さんだった。息子の前では、弱ってる姿を見せたくないのかもしれないが...

「冗談は置いといて、時間が勿体ないから、さあ行こうか」

おれたちはゲーナの森に入っていった...。

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幸い伯父の体調にも異変は起こらず、探索は無事に終了した。

おれたちは良い気分で帰途についていた。

「ランス、いい感じだったぞ。明日の試合、俺は楽しみにしてるからな!」

明日の騎士隊トーナメント開幕戦で、この親子は対戦する予定となっている。

「...う、うん。父さんに恥ずかしくない戦いぶりを見せれるよう、頑張るよ...」

ランスは緊張を隠せないようだ。

「何だ何だ、そんな弱気でどうする?俺に勝ってやる、ぐらい言ってくれよ」

「いや...今日の父さんの剣さばき見て、そんなこととても言えないよ...」

三番目の叔父グラハムだったら、たとえ腕が及ばなくても強気に出るだろうが、ランスは現実主義者だった。それが良いところでもあったが、伯父には物足りなく映るのかもしれない。

「カールさん、ランスに無理にプレッシャーを与えなくても...。こういうのは自分にとっての自然体で臨むのが一番いいと思うよ。おれと父さんは山岳兵の制度上、試合で戦うことはできなかったから...正直羨ましいよ。ランス、頑張れよ」

「有難うイグナシオ...そうか、山岳は引退しないと子供が試合に出れないんだよね...。」

「ジャスタスも、お前と戦えるとあらば、さぞ張り切っただろうにな...。俺もジャスタスともう一度戦いたかったよ。あいつは強かった。正直、今も勝てたのが不思議に思う時もある..。あいつだけじゃない、弟にも、護り龍にも...。」

伯父はふと遠くを見るような目をした。あの運命のエルネア杯のことを思い出しているのかもしれない。

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まだあれから1年ほどしか経っていないのに..こんなに早く...伯父がいなくなってしまうなんて...。

「まあ、過去を思い返すより、今は明日、だな。明日が無事来ることを祈って、じゃあ、また」

「うん、伯父さんもランスも頑張って、おれは明日は応援に行けないけど...いい試合になることを祈ってるよ、じゃあね」

「ありがとう、イグナシオも、自分の試合頑張れよ!」

エルネア城で二人と別れ、おれはドルム山道を登って家路についた。

山に吹きおろす風はまだ冷たい。

その冷たさを頬に受けながら、おれは伯父とランスの明日が無事にくることを願った。

 

※ゲーム内でおなじみかつ恐怖の「寿命宣告」ですが、「もう長くない」と告げるからには、何らかの予兆が「告げる側」に起こっていそうです。そこで毎回捏造ですが、ガノス行きが近くなると予兆が始まり、その予兆が何であるかは人によって違う...という設定を加えてあります。今回のカールの場合は「おかしな体調不良」が起こり、ガノス行きが近づくにつれその回数が増えてくる...という形です。そのほか、亡くなった友人や親族の幻が見える...などの予兆が起こることも...?...って鬱な設定ですね、すみません...(>_<)