「英雄の妻」
夫がどこにいるのかは解っていた。
こんな時...私たち山岳兵が、気持ちを落ち着けられる場所は、唯一つしかない。
偉大なる我らが始祖、ドルム・ニヴ※が見守るあの場所だ。
「ジャスタス君」
私は、佇む夫に声をかけた。
「...マグノリア...」
夫はゆっくりと振り向いた。
「もう夜だから迎えに来たの。少し一緒にいても、いいかな?」
「ああ...いいよ」
夫は力なく微笑みながら頷いた。
私は夫に肩を預け、お互い何も言わずに一時を過ごした。
ふいに夫が口を開く。
「マグノリア...すまない...」
「...ジャスタス君?」
「俺は結局...君が俺に預けてくれた、夢を叶えることができなかった。
君の父さんにまで誓ったのに...何も成し遂げることができなかったんだ...
俺は...龍騎士には...英雄には...なれなかった」
彼は絞るような声でそう言って、項垂れたまま拳を握りしめていた。
「これでは...何のために...君は...」
「...いいえ。」
私は彼の頬に触れ、顔を寄せて口づけした後、夫の顔をじっと見つめて、言った。
「私がなりたかったのは...英雄の妻ではないわ。
私は...ただ、あなたが好きで、ずっと側にいたかった。
それがどんなことよりも、私にとって大事なことだったの。
そのために自分が下した決断を、後悔したことなんかない。
家族のために、兵団のために...
いつも誰よりも、自分を厳しく律して働いてきたあなたのことを、
私は誇りに思ってる。
そんなあなたの側にいれたこともね。
だから、自分を責めないで。
「私たちの」今までを、否定することなんて、ないのよ!」
夫はハッとした顔で私を見つめ返し、
その後、力強く私を抱きよせた。
「ありがとう...マグノリア
俺のほうこそ、君がいてくれて...どれだけ...」
...そのまま私たちは固く抱き合った...。
そして暫くの時間が過ぎた後-
「...そろそろ帰ろう」
夫の声は、いつもの「謹厳な山岳兵団長」に戻っていた。
「俺にはまだ、やらねばならない最後の仕事が 残ってるんだ...」
(続く)
※「外から来た山岳嫁」であるマグノリアは、血統的には勿論「ドルム・ニヴの子孫」ではないのですが、マグノリアの意識は完全に「山岳兵の一員」になっているので、あえて「我らが始祖」という言葉を使っています。