もう一つの準決勝(1)
兵団長から連絡があったのは、16日の午後のことだった。
「...カティーナ、俺は本日朝をもって兵長の地位を正式に息子に譲った。
それに伴い、兵団長と評議会議員の地位も自動的に解任となる。
つまり、今のドルム山岳兵団の代表は、カティーナ、君だ。
兵団長としての全権を君に委譲する。
山岳兵団の長として試合に臨み、バグウェルへの挑戦権を勝ち取ってくれ!」
「兵団長...。」
「俺はもう兵団長じゃない。今は君がその立場だ」
昨日彼が騎士隊長にあんなにあっさり負けてしまうなんて、夢にも思っていなかった。
6年に渡り兵団長を務めてきた彼に対して、兵団員が寄せる信頼は並々ならぬものがあった。
いくら武器の相性で不利だったとはいえ、これまでの実績や戦士としての能力では明らかに、彼の方が上回っていた。
...そんな彼でも負けてしまうのだ。それが実戦の恐ろしさだった。
彼より遥かに未熟な私に、彼の代わりが務まるのだろうか。
しかし、兵団を率いる立場となった今、そのような弱音は許されなかった。
ここで言うべき言葉は一つだ。
「...承知しました、前兵団長。
必ずや近衛騎士めらを破り、バグウェルへの挑戦権を手に入れてみせます!」
私は、拳をしっかりと胸にあて答えた。これは遥か昔から、我が兵団で「誓い」を示す動作だ。
「...頼むぞ。君は武器相性で有利だったとはいえ、導師以上の実力者アンジェリカを既に倒している。騎士相手に厳しい戦いになるが、君ならできると信じているよ。
君が山岳兵団初の勇者...引いては龍騎士になることを祈っている。」
「ありがとうございます。」
...対戦相手は近衛騎士隊の副隊長、ガイスカ・オブライエン。
13日の戦いで大方の予想を覆し、明らかに格上の魔銃導師エゴン・ブエノを破っている強者だ。
かつてナトルで同級生だった。
彼と殆ど話したことはなかったが、飛びぬけて優秀な生徒だったので、よく覚えている。卒業式でも総代を務めていた。
...近衛騎士隊に志願したのは予想外に遅かったようだが、その分厳しい選抜トーナメントをあっさりと一発で勝ち抜き、今は並居るベテラン騎士を抑えて副隊長という立場にまで出世している。学生時代の彼を知っていれば、全く不思議ではなかった。
縁あって彼の娘・ロシェルと息子のアンテルムは恋人同士となり、つい最近婚約の儀を済ませたところだ。
親戚となる相手と戦うことになるが...お互い組織を背負う立場であれば、遠慮は無用。
先日、もうすぐペトレンコ家の嫁となるロシェルに
「私はあなたのお父さんと戦うことになるけれど、手加減はしないわ」
...こう伝えたが
「構いません。私はペトレンコ家に嫁ぐ身なので、お義母さんのご武運をお祈りします」と毅然として答えてくれた。
...いささか頼りない息子だが、しっかりした相手を見つけてくれて良かったと思う。
手ごわい相手であることは百も承知だが...
私は、山岳兵団の為にも、ペトレンコ家の為にも、負けるわけにはいかない!
(つづく)