選ばれなかった子(2)
かくして俺は一家の主となり、可愛い嫁さんアラベルとの新婚生活に入った。
日々は穏やかに過ぎていった。
騎士への夢を諦めたわけじゃないけど...
こうやって、家族とのんびり生きていくのも、ありかもな。
そんなことを思うようにもなった。
分不相応な望みを抱いて、うまくいかずにヤキモキして過ごすよりも
今のままのほうが、きっと楽だから...。
そうやって、自分の気持ちに蓋をしてやり過ごそうとしていたある日、
アラベルが「報告があるんだけど...」と声をかけてきた。
にこにこ微笑んでるアラベルの頬はバラ色に上気して、
エナ様がそのまま地上に降りてきたかのように綺麗だった。
すごく幸せそうだ。これは...
「ニヤニヤしてどうしたの?」
俺は照れ隠しに思わず「ニヤニヤ」なんて変な表現を使ってしまった。
「カール、あのね...」
可愛い嫁さんは一度恥ずかしそうに下を向いてから、もう一度にっこり微笑んで、言葉を続けた。
「赤ちゃんができたの」
...まじか!
「そっか、やったな!...万歳!」
俺は嬉しくて仕方がなくて、アラベルの手をとって何週もグルグルと回ってしまった。
「...ということは、俺、父親になるんだな」
「そうだよ、カールはお父さんになるんだよ」アラベルはくすくすと笑いながら言った。
...俺は父親になる。
今のままで、いいのか?
果たして俺は、子供に胸を張れるような、父親なのか?
「カール、将来は何になりたい?」
子供の頃、両親によく聞かれたっけ。
いつか、俺自身も子供に尋ねることになるだろう。
尋ねるのは、子供に夢を持ってほしいからだ。
夢を持つことで目標ができる。
実際に叶うかどうかは別にして、目標に向かって頑張ることを学んでほしいから。
...今の俺はどうだ?
こんな中途半端な形で夢を終わらせて、どうして子供に夢を尋ねられる?
...数日後...
俺は決心して、アラベルに話を切りだした。
「俺、もう一度...騎士選抜に出ようと思うんだ」
「その言葉を待ってたよ」
「...え?」
「カールが簡単に諦めるわけないと思ってた。
そんな簡単に諦めるような人だったら多分、好きになってなかったし...。
でも、あたしから強制するようなことじゃないから。
頑張りなよ、お腹にいるこの子にも、かっこいいお父さん、見せてあげて。」
「アラベル...ありがとう!ほんとに、ありがとう!」
俺は思わずアラベルをぎゅっと抱きしめた後で、彼女が妊娠中だということを思いだして、パッと手を離した。
「悪い!おなか...大丈夫?」
「これくらい大丈夫。赤ちゃんにもパパの心音聞かせてあげなきゃね」
...アラベル..。ほんとに...俺には勿体ないくらい、できた嫁さんだ...。
俺は、彼女との縁を繋いでくれた、妹にもあらためて感謝した。
やがて年が明けー
俺は、近衛騎士選抜トーナメントにエントリーした。
初試合の二日前の11日、待望の第一子が生まれた。
息子だった。
表記は当時のPCマグノリア視点なので「甥」になってます...(^^;
名前は「ランス」と名付けた。
敵を真正面から貫く、異国の武器を意味する名だ。
その名のごとく、真っ直ぐで強い男になってほしい、そう願いを込めたんだ...。
生まれてきてくれたランスの為にも、俺は勝ちたい。
こいつが歩き出す頃には、騎士の鎧をまとった親父の姿を見せたい。
そして13日。
息子が産まれた余韻に浸る間もなく、俺にとっての三度目の挑戦が始まった。
前年かなり探索に力を入れてきたから、今回はそれなりの余裕をもって戦えた。
また、三度目の挑戦ということで、
実戦の雰囲気にも、かなり慣れている自分に気がついた。
どんなに修練を積んでいても、やはり探索での戦いと対人戦は違う。
二度の挑戦は無駄に終わったように思ってたけれど、
「経験」という大きな宝が残っていた。
自分の心に、ほのかな自信が宿っていく。
晴れて近衛騎兵になれるのは、選抜志願者16名のうち、たったの2名。
決勝に辿りつくまで、一度でも負けたら、もうおしまいだ。
俺はトーナメントの一戦一戦を、薄氷を踏むような感覚で、慎重に勝ち抜いていった。
そして、気づいた時には...
残す試合はあと一戦。
そう、俺はついに、決勝まで辿りついたんだ!
この時点で、騎兵候補は確定だ。決勝の結果に関わらず、来年は近衛騎兵になれる。
でもどうせなら...最後まで勝って終わりたい、そう思った。
が、ここで...
対戦相手がとんでもない相手であることを知る。
イシュルメ・クーガン。
俺の...「お義父さん」だった。
「あ、あのね...」
決勝を控えた夕食の場で、アラベルが苦笑いしながら話し始めた。
「今日お父さんに会ったから、あたしつい言っちゃったのよ。『お父さん騎兵内定おめでとう!でも明日はあたし、カールを応援するからね』って。
そしたらお父さん...ふふふふ...なんて笑いだしちゃって。『いい度胸だ...婿殿には容赦しないぞ、って言っとけよ!』って言いながらまたふふふふ...って笑ってるの。
多分お父さん明日、ヒートアップしてると思う。ごめん!」
「は...はは...そっか。いや、俺もお義父さん相手でも容赦しないから!」
「う、うん、頑張って!」
そうして迎えた運命の決勝戦。
残念ながら、俺はアラベルの言葉通り、気合の入りまくった「お義父さん」の勢いに負け、残念ながら優勝することはできなかった。
だけど、
-陛下の代理人として、両者ともに優れた戦士であると認め、喜んで来年の騎士隊に迎えよう-
親友でもある王配・ルチオのこの言葉を聞いた時、
やっとここまで辿りつけた感慨に胸が熱くなった。
俺は近衛騎士隊に入れたんだ...。
祝辞が終わり、アラベルや親友ルチオ、そして家族からの祝福の言葉を次々に受けていたところー
「お兄ちゃん、おめでとう、近衛内定、良かったね!」
山岳兵団リーグの試合を観戦し終えた妹が、ハアハア言いながら走り寄ってきた。
「せっかくの決勝なのに、応援に行けなくて、ごめんね。今日の試合はジャスタス君のエルネア杯出場順位がかかってたから...」
「気にするなよ、ダンナ優先で当然じゃないか。で、ジャスタスはどうだった?」
「今日も勝ったのよ!3位通過でエルネア杯に出れることになったの!」
そうだった。
俺はようやく騎兵への第一歩を踏み出したところなのに、二つ年下の義弟は、既に次の段階へと歩を進めていた。
「良かったな!ジャスタスにおめでとうって伝えておいてくれよ」
「うん、ありがとう!」
あいつと俺とでは、もうすでに見えているものが違うんだ。
その差は埋まることがあるんだろうか?
...その時、父と「お義父さん」が話しているのが聞こえてきた。
「...龍騎士の前でこんなことを言うのもお恥ずかしいんですが、騎士隊に入るのは、子供の頃からの夢だったんです。それがようやくー」
「いやいや、夢を叶える為に諦めず努力するということは、いくつになっても、素晴らしいことですよ」
そうか、お義父さんも...。
ずっと夢を諦めずに、ここまで来た人だったんだ。
俺もまだ、こんなところで立ち止まるわけにはいかない...。
エルネア歴205年。
俺は末席ながら、憧れだったローゼル近衛騎士隊の一員となった。
ただ憧れは...すぐに容赦のない現実に変わっていった。
(つづく)
※アラベルちゃんの性格は「求道者」で、本来は「アタシ」喋りなのですが、顔と合わないし話の展開にもそぐわないので、「あたし」に変えさせていただきました(^^;