選ばれなかった子(3)
「カール。欠員が出来たから、選抜トーナメントの審判が足りなくなったの。
明日から審判のシフトに入って頂戴」
ニーナ伯母さんから声がかかったのは、ちょうど各武術組織の試合が始まる5日のことだった。
ニーナ伯母さんは、騎士隊総勢16名のうち、隊長を除く上位3人のみに許される職位、「近衛騎士」の地位にある強者だ。
選抜トーナメントの審判は基本、騎士隊長と近衛騎士が交代で行うことになっている。
「え、じゃあ、俺が...昇格...?」
今回の欠員は...隊長が亡くなったことによるものだから、喜ぶようなものではないが、それでも「騎士」に昇格できるのであれば....正直嬉しくないといったら嘘になる。
「...そんなわけないでしょう」
ニーナ伯母さんは、俺のぬか喜びをぴしゃりとはねのけた。
「隊員の昇格は、試合結果をもってのみ行われるものよ。あなたに頼んでいるのは、あくまでも「代理」。」
「...は...はは...そりゃ...そう...だよね」
「騎士になりたいのであれば、今回の二回戦でわたくしを倒すことね。
そうすれば晴れて騎士になれるし、エルネア杯にだって、出れるわ。
じゃあ、これがとりあえずのシフト表。自分たちの試合結果によりシフトも変更になるけど...変更があったらまた連絡するわ。頼むわよ」
ニーナ伯母さんはくるりときびすを返して立ち去ろうとしたが、
一旦立ち止まりもう一度振り向いて、真剣な面差しで語りかけてきた。
「...カール」
「?」
「一応、あなたに審判を頼むということは、現段階で、あなたは既に序列5位ということなのよ...。もう少し、しっかりしてくれないと。今回弟たちもエントリーしてるでしょう?」
3人の弟のうちグラハムとガイスカの2人が、今回の選抜トーナメントに登録している。
年明け早々に申し込んだグラハムは、今日の夕方初試合を行うことになっていた。
「もっと頑張らないと、そのうちすぐに弟たちに抜かれてしまうわよ。」
「...。」
俺は何も言えなかった。弟たちが自分より優秀だということは、良く分かっていたから。
「ほんとうに...。あなたにはもっと頑張ってほしいのよ...わたくしを倒すぐらいにね...」
ニーナ伯母さんは心なしか悲し気に見えた。
「じゃあ」
伯母さんは再びきびすを返して、カツカツと靴音を立てながら去っていった。
...憧れだった騎士隊に入隊して3年目。
俺は...中堅どころでフラフラしている「その他大勢」の騎兵だった...。
一応、序列は5位ということになってはいたが、
高齢騎兵の逝去による不戦勝と、ガムシャラに探索ポイントを稼いだ結果によるもので、俺の実力が騎士隊の中で5位...というわけではなかった。
探索ポイントを稼いだからといって、それに比例して即強くなれるわけではない。
俺たち兄弟は半分旅人の血を引いていたので...生粋のエルネア人より若干、素質の伸びが鈍くなる。
特に俺は父さんの血が色濃くでたようだ。
探索をいくら重ねても、その苦労に見合うだけの強さは手に入らなかった。
それでも血筋を言い訳にすることはできない。
なぜなら、当の旅人出身の父さんは、既にエルネア杯3連覇の英雄だったからだ...。
弟達の試合経過は順調だった。
俺は、皮肉にも審判として、弟達の試合を観察することになったが...
明らかに、選抜出場時の俺より...二人の方が実力が上だった。
特に、ガイスカの剣捌きの巧みさは群を抜いていた。
絶妙なタイミングで攻守をとりまぜて相手を翻弄する。
...相手のことがよく見えている証拠だ。
ガイスカは11歳。
3度目の選抜試験の時、俺も同じ年だった。
だけど俺はあの時...ここまで相手を見る余裕なんて、とてもありはしなかった。
「あの子は凄いわね。優勝間違いなしよ!まだ少し筋力の方は足りなさそうだけど...
そこは入隊してから鍛えられるしね。将来楽しみだわ!」
隊長代理のクララさんは、弟のことをベタ褒めしていた。
俺は...しっかりしろとは言われても、褒められたことなど、当然ながら、ない。
二人のうち、少なくともガイスカは間違いなく入隊するだろう。
-弟に抜かれるー
嫌な予感は、間もなく現実に変わる気がした。
そして、俺は二回戦でニーナ伯母さんと戦う。
俺が頼りない新人として騎士隊に入った年、
既に伯母さんは騎士隊四強の一人として、エルネア杯に出場していた。
三年経った今でさえ、力の差はなおも歴然だった。
どう頭を捻っても、今の俺に勝てる算段など思いつかなかった。
いっぽうで...
義弟ジャスタスは既に違う次元にいた。
前回のエルネア杯終了後、順調に力を伸ばした義弟は、昨年12歳にして山岳兵団リーグの優勝者となり、今では兵団長の任を立派に果たしている。
今年のリーグ優勝も確実と言われていた。
恐らく、エルネア杯には序列1位で出場することだろう。
...差は広まるばかりだった。
そして、後ろから弟たちが迫ってくるー
迫りくる二回戦に不安と焦りを隠せずにいたとき、
衝撃的な知らせが飛び込んできた。
...ニーナ伯母さんの危篤の報だった。
慌てて駆け付けた時には
もう伯母さんは力無くベッドに横たわっていた。
「ニーナ伯母さん...」
「カールなのね...」
伯母さんはゆっくりと目を開いた。
「頑張りなさい...これであなたは...来年から...騎士よ...
騎士隊の...誇りを持って...エルネア杯に...」
...それが彼女が話せる精一杯だった。
ほどなくして、神官と巫女がやってきて、ガノスへの旅立ちの儀式が始まった。
「お兄ちゃんには言うなって、口止めされてたんだ...」
翌朝の葬儀の後、妹が口を開いた。
もうずっと前から、伯母さんは自分が長くないことを解っていたそうだ。
恐らく、二回戦までは命がもたないであろうことも...
「ただ、お兄ちゃんにそれを言っちゃうと...
変に安心しちゃって、やる気がなくなっちゃうと困るからって...
自分の代わりに騎士になるからこそ、お兄ちゃんには頑張ってほしかったって...」
妹は涙をすすりあげながら話してくれた。
-わたくしを倒すくらいにねー
あのときのあの言葉は、そういう意味だったんだ...。
自分が後を託せる 騎士になってほしいと...。
こうして...
ニーナ伯母さんの逝去により、俺の二回戦は不戦勝となった。
...が、進出した準決勝で勝つことはできず...
最終的には序列3位でエルネア杯に出ることとなった。
望み通りに「騎士」になれたわけだが、今は全く嬉しいとも思わなかった。
居心地の悪さが、どうにも拭いきれなかった...。
弟ガイスカは、予想通りトーナメントで優勝し、騎士隊の一員となっていた。
一方グラハムの方は...本来は準決勝で敗退していたが...
ニーナ伯母さんも含む騎士隊の欠員発生により、補欠合格で入隊を許された。
弟が補欠として選ばれたのは...若さに似あわぬ戦いぶりを評価されたからだという。
ニーナ伯母さんの代わりに挑むことになったエルネア杯。
公表されたトーナメント表を見て、驚きを隠せなかった。
初戦を突破すれば
次に対戦するのは父さんだ...
(続く)