選ばれなかった子(5)
「みんな『ご主人が英雄になれて良かったね』なんて言うのよ。わたくしはね、英雄の妻になんてなるつもりは、なかったのに...。出会った頃のように、心を通じ合わせて、ただ寄り添っていられれば、それだけで良かったのに...」
普段の母は、とても明るく社交的な女性だったが、
時折ふと溜息をついて、そんなことを寂し気に呟いていたー。
...母が亡くなったのは、俺の初戦敗退から僅か3日後のことだった..。
愛情深い母らしく、最後まで、俺を含めた家族全員の行く末を案じていた。
「私はいい夫でなかったよ...。母さんの優しさに甘え過ぎていた。もっと母さんの気持ちに寄り添うべきだった。何度も...こんな探索漬けの生活はやめよう、母さんとの時間をもっと大事にしよう...そう思っていたのに...結局...できなかった...」
葬儀が終わった後、父はこう言い残して導師居室に戻っていった。
父と母は仲の良い夫婦だったし、二人が愛し合っていたのは間違いない。
ただ確かに...父の言う通り、それは母の「許容と諦め」によって成り立っていた部分も大きかったと思う。
悲しいことに...父本人にもどうしようもなかったのだ。
父は魔銃師会に入って以来、すっかり取り憑かれてしまっていた。
真理への探究と、強さへの渇望に。
最愛の妻を失ったにも関わらず、父は何事も無かったように勝ち続けた。
そしていつものように、四度目の勇者の称号を受け取り、
深緑の「勇者の魔銃服」を身に纏った。
...結局、「大衆が望む新たな英雄」など現れなかった。
俺は勿論のこと、アンジェリカもジャスタスも、「決戦の場所」に
辿りつくことすら出来なかった。
手に汗握るはずのバグウェル戦も、予定調和的にコトが進んだ。
ここまで来たら誰も...父が負けるなんて思うわけがない。
父はあっさりとバグウェルに勝利し、護り龍はいつも通り、4年後の再来を告げて飛び去っていった。
闘技場にいつものような熱気は残らず、すぐに静けさを取り戻した。
父は試合が終わり、観客があらかた捌けた後も、暫く闘技場に一人で佇んでいた。
「父さん、4度目の龍騎士、おめでとう」
「ああ、カールか...ありがとう」
俺が声を掛けると父は振り向いたが、四度目の快挙を成し得たにも関わらず、
その表情に明るさはなく、むしろどこか憮然としているようにも感じられた。
「父さん...すごい快挙なのに嬉しそうじゃないね」
「こんな事じゃ...駄目なんだ。」
「え?」
「私が...四度目の龍騎士に...なるようでは。今回のエルネア杯では、本来私は倒されるべきだった...。自分が強くあり続けることで、それを越える者が出てくるのを期待したのだが...」
「...」
俺は何も言えなかった。初戦敗退した時の、父の冷ややかな目を思い出した。
「今回の面々は見込み違いだったようだ。マグノリアが山岳に嫁がなければ...また違っただろうが...。結局、イグナシオが兵隊長になるまで...待つしかないのか...」
その「見込み違い」の中にも俺は入っていたんだ。俺は項垂れるしかなかった。
「カール。頼むから...こんなことを言われて、悔しいと思ってくれ...」
父は俺の肩に一旦軽く手を置いてから、そのまま立ち去っていった。
結局、闘技場に一人残されたのは、俺の方だった。
年が明けー
もうすぐ母の命日だな、と思っていた矢先
父も母のもとに旅立つこととなったー。
(つづく)
※今回のお話の時系列は、こちらの記事と同じになってます。
くどくて長い駄文ですが...良かったら合わせてお読みいただけると嬉しいです(^^;