選ばれなかった子(9)
-弟に抜かれる-
ガイスカが入隊してからというもの、俺は常にそんな不安と戦ってきたような気がする。
弟は予想通り優秀だった。
入隊後初のトーナメントこそ1勝のみの成績にとどまったが、翌年には一転して勝利を重ね、並居るベテラン騎士を倒して決勝までやってきた。
弟がルーキーから、決勝進出できるレベルに到達する為に要した歳月は、僅か1年。そこまでに4年あまりを費やした俺とはえらい違いだ。
弟は、かつて俺が苦手としていた銃持ち相手にも強さを発揮していた。
そのことを褒め称えると、弟からは意外な答えが返ってきた。
「私だって銃持ちは苦手だよ...。だから、父さんが生きてた時、何度か練習試合に付き合ってもらってたんだ」
そう言いながら弟は、屈託のない笑顔を見せた。
「父さんに?」
「エルネア杯の期間中は、父さんもそんなに探索に出ないから時間があるじゃない?だから頼んだら、あっさり相手をしてくれたよ」
あの時ガイスカは入隊したばかりの新人騎兵だった。
「すごいな...お前...それで..父さんに勝ったりしたのか?」
「まさか。父さんの性格からして、勝たせてくれると思う?私の実力からしても...とても無理だよ。でも、目的はそこで勝つことじゃなかったから。あくまでも、魔銃使いとの戦い方を学ぶためだよ。父さんより強い銃持ちなんて、いないからね。」
...この時俺は、自分と弟との根本的な差を痛感してしまった。
俺は父さんに練習試合を頼んだことはなかった。
自分の情けなさを呆れられることが怖かったからだ。
こいつは違う。
現時点での自分の能力を冷静に把握した上で、強くなるためには何が必要かを逆算し、
目標を立て、着実に実行する。
その際、目先の体面などには拘らない。
弟の強さの根源は、こんな所から来ていたのだった。
弟は、自分の弱さを受け止められる強さを、最初から持ち合わせていた。
そんな弟に負けてしまったら、もはや思いだしたくもない、以前の弱い自分に戻ってしまうような気がした。
絶対にこいつには負けたくない!
俺はこの時を含め、2回決勝で弟と相まみえ勝利したが...
専ら「兄貴の意地」だけで無理やり、弟を捻じ伏せてきたような気がする。
エルネア杯のシードを賭けた二回目の決勝では、弟の方にも並々ならぬ気迫を感じた。
だがこの時も、俺は弟の挑戦を退けることができた。
そして今、俺達は再び決勝の場で戦う。
今度は「勇者」の名を賭けて。
勿論この称号も、弟に渡すつもりなどない。
18日 エルネア杯 決勝
近衛騎士隊 副隊長 ガイスカ・オブライエン VS
近衛騎士隊 隊長 カール・オブライエン
近衛騎士隊の名にかけて
俺達は力を示さなければならないー
15日のジャスタス戦での勝利が、俺に大きな経験値を与えていた。
この時も、俺は弟に反撃の隙を許さず、難なく相手の剣を弾き飛ばした。
「勝者、カール・オブライエン!」
「兄さん、勇者の称号獲得、おめでとう」
ガイスカは笑顔で祝福の拍手を送ってくれた。
勇者?
まだ信じられないが、それは現実だった。
俺はこの瞬間に、勇者になっていた。
感慨に浸る間もなく表彰式が始まる。
俺と弟は並んで、陛下からの祝福を受けた。
優勝者と準優勝者の二名とも騎士隊員というのは、久しく無かった快挙だった。
最後に騎士隊から勇者が出たのは、一体何年前のことだったろう...。
先人たちから託された悲願をようやく果たすことができ、
俺は隊長として、本当に肩の荷が下りる思いだった-。
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「今日の試合、おめでとう!」
勝利の興奮も冷めやらぬ夜、エルネア城に珍客がやってきた。
甥のイグナシオだった。
「ちょっと早いけど...明日以降は忙しいよね。渡し忘れるといけないからー」
イグナシオが持っているのは、ヴェスタの宝剣だった。
イグナシオは照れくさそうに言った。
「一応...俺がコロミナス家の兵隊長になったから、家の代表として持ってきたんだ」
ジャスタスが兵隊長を降りたのは少し前に知っていた。
彼らしい引き際だ...と思っていた。
「父さんと母さんから、伝言を預かってるよ」
「ジャスタスとマグノリアから?」
イグナシオは一呼吸置いてから、言葉を続けた。
「人間の代表として、悔いなき戦いを。勝利を祈ってる!...ってね」
...!!
そうだった。
次の戦いは、騎士隊長としてだけじゃなく
人間の代表として、俺は戦わなくてはならない。
敗れて行った者の想い。
その重みをも引き継いで、俺は勝たなくてはいけないんだ...!
「カールさん、受け取ってくれるよね?」
「勿論さ..。有難く使わせてもらうよ」
俺はイグナシオから剣を受け取った。
本来は軽い宝剣だったが...その時は何故か重さを感じた。
それはきっと、託された想いの重さなのだろう。
「じゃあまたね、ご武運を!」
イグナシオは手を振って帰って行った。
翌日ー
勇者壮行会が執り行われた。
龍との戦いは刻一刻と近づいてくる。
ローゼル近衛騎士隊の隊長として
今はなき父の血と名を継ぐ者として
愛する家族、友、そして敗れていった者の想いを継ぐ者として
人間の代表として
俺はバグウェルに挑む...!
(続く)
最後までお読みいただいてありがとうございます。
次でカール編及び213年エルネア杯編、ようやく完結します!