選ばれなかった子(10)※完結
「おにいちゃん、まってー!」
「マグノリア、こっちだよ、はやくはやく!」
父の初めてのバグウェル戦。
前の晩から眠れないくらい楽しみだった。
試合が始まる夕刻に間に合うように、導師居室から闘技場までの長い道を、
妹と二人で息せき切って、一気に駆けて行ったことを覚えている。
「わたし、いちばんまえにいく!」
闘技場に着くと、妹は一番前の特等席にトコトコと走って行き、そのまま目の前の手摺に貼りつくようにして、護り龍と戦う父の姿を、最後まで食い入るように見入っていた。まだ歩きだしたばかりだというのに、すごい度胸だ。
いっぽう、兄貴である俺はといえば...
朝には「いっしょうけんめいおうえんする」なんて大見得を切っていたのに
いざその時が来て、龍が目の前に降りてくることを想像すると、なぜかいきなり怖くなって足がすくんでしまい、闘技場の最上段に吊るされていた「王家のタペストリー」の後ろにすっぽりと身を隠してしまった。
結局タペストリーの後ろからチラチラと出たり入ったりしながら、恐る恐るかろうじて覗き見していた..なんていう格好悪さだ。
あれから16年後...
あの時の臆病な子供が、勇者の剣を携えてこの場所に立っているなんて、
一体誰が想像しただろう?
いや。
あんな情けないガキだって、ここまで辿りつくことができたんだ。
本来人間は弱い存在かもしれないが
決して諦めず、強くあろうとすることで、龍と相対する存在にもなれる。
それを護り龍に示すことこそが、この戦いの目的だ。
-弱かった自分だからこそ、今ここにいる意味がある-
俺はそう思いたい。
名前がコールされると、いつもの試合の何倍もの歓声が沸き起こった。
その声の分だけの願いが、自分を支えてくれる。
これからバグウェルが舞い降りてくる。
あの時タペストリーに隠れていた、臆病な自分が顔を出しそうになるけれど
「しっかりしろ、お前は勇者なんだ」
そう心の中で言い聞かせ、その時を待つ。
...護り龍のお出ましだ。
雷鳴のような轟音とともに、凄まじい風が吹いて砂埃が舞い上がった。
間近で受ける風の威力は、観客席でのそれとは桁違いで、
俺は吹き飛ばされないように足をしっかりと踏みしめた。
耐えているうちにようやく風が止み、目の前の護り龍と向き合う。
見上げるバグウェルは、畏怖すべき霊気を全身から放っていた。
当たり前だが、瘴気の森で戦う魔人などとは格が違いすぎる。
父は今までこんな相手と戦ってきたのか...。
護り龍は目の前にいる人間が、4度にわたって自分に挑戦してきた勇者の息子だと、
果たして知っているのだろうか?
-人間よ、アベンの森の魔獣よりは楽しませてくれるのであろうな-
毎回お決まりのバグウェルからの挑発だ。
父はこの時、いつも不敵に笑っていた。
俺も真似をして笑ってみた。
...が、父みたいに恰好付けられなかった。
でもそれでいい。
「バグウェルよ、本年はここに控えるカール・オブライエンがお相手致す
ねぐらの森で夕食を捕らえるようにはいかぬぞ」
陛下が挑戦者の名を告げると、バグウェルは値踏みするような目で見下ろしてきた。
-4年も待たされるのだから、そう願いたいな-
...こいつは今まで待ってきた甲斐のある戦士なのか?
きっとそう考えているに違いない
その答えは今、これから試されるというわけだ。
「ハハハ!勇者カール・オブライエンよ、遠慮はいらぬ
この不遜な龍を闘技場の床に叩き伏せて見せよ!」
陛下が高らかに笑い激を飛ばす。
これに応える言葉は、遥か昔からただ一つだ。
「陛下のご命令のままに!」
そして試練が始まる。
龍の皮膚は固く、勇者の剣の攻撃ですら中々通らない。
一方で、吐き出される息の威力は凄まじく、容赦なくこちらに襲い掛かる。
息だけでなく、腕や翼での攻撃でも打ちのめされそうになる。
護り龍の猛攻を必死でガードし、反撃の好機を見出してはひたすらに技を打ち込む...
俺にできるのはその繰り返しだった。
それは悪夢のように長い時間に感じた。
強烈な炎の一撃をくらい、なんとか反撃を返したものの
もはや精も根も尽き果てそうになった矢先、バグウェルがゆっくりと膝をつく姿が
霞む視界に入ってきた。
「そこまで!」
神官の声が響いた。
「勝者、カール・オブライエン!」
俺はバグウェルに勝利した...!
-人間にしては中々の腕前だったではないか-
膝をついたはずのバグウェルは、いつの間にか何事もなかったかのように
再び俺を見下ろしていた。
あんなに恐るべき力を見せておきながら、どうやら本気ではなかったらしい。
それでも、護り龍は俺のことを「待った甲斐のある相手」と認めてくれたようだった。
前回戦った相手と較べてどうだったか...聞いてみたい衝動に駆られたが、やめておいた。まだ父と比較するのはおこがましいだろう。
「見事であった、勇者カール・オブライエン!
今日の勝利をたたえ、そなたには「龍騎士」の称号を授ける」
歓声の中、陛下の言葉を恭しく受け取りながら
かつての父と同じ場所に 俺は立っていた
その時なぜか 懐かしい記憶、自分の言葉が思い起こされた。
”龍騎士でも何でも自分の力で掴み取るまでさ”
あの時の言葉は現実になっていた。
憧れていた龍騎士の称号。
俺はそれを自分の力で 掴み取ることが出来たのだった。
父さん
俺は父さんに「選ばれなかった子供」だった。
それを寂しく思うこともあった。
もしかしたら無意識に 父さんを憎んだことすらあったかもしれない。
でもそれで良かったんだ。
俺は選ばれなかったからこそ
自分で全てを選ぶことができた。
選ばれなかったからこそ
自分の力で ここまで辿りつくことが...
-ではまた4年後を楽しみにしておこう-
その言葉で我に帰ると、
新たな龍騎士の誕生を見届けた護り龍バグウェルは、
再び「ねぐらの森」で眠りにつくべく、空高く飛び去って行った...
俺はバグウェルが去った空を、しばらく名残惜しく眺めていた。
そうしていると、今日のこの日に至るまでの脳裏の記憶が一気に押し寄せてきて、
目頭が急激に熱くなった。
その瞬間、目から涙が流れ落ちてきたー。
俺は空を見上げたまま、手でそっと涙を拭った。
涙を拭いた後ふと観客席に目を向けると、妹夫婦の姿を見つけた。
二人は笑顔で、祝福の拍手を送ってくれていた。
彼らの想いも引き受けて、俺は戦ったんだった...。
俺は泣き笑いの顔のまま、二人に向かって手を振った。
「兄さん、おめでとう!」
「兄貴、やったな!」
「隊長!おめっとさんです!」
その時ドドドドという足音がしたので振り向いたら、
近衛騎士隊の面々が、弟達を先頭に集団で押し寄せて来ていた。
「お前ら...!」
俺はもみくちゃにされながら、手荒い祝福を受けることになった。
新人のアシエル※が胴上げをしようと言いだすので、頼むからそれは勘弁してくれと断るのに苦労した。アシエルはそれでもやりたそうにしていたが、ガイスカが上手くなだめてくれた。明日からはまた同じように、彼らとの日々が始まるだろう。
「カール」
隊員達からようやく解放されたところで、妻の声が聞こえた。
...アラベルと息子二人が待っていてくれた。
妻の目にもうっすら涙が光っていた。
俺はうなずくと、駆け寄ってきたアラベルをしっかりと抱きしめた。
俺がうだつの上がらない時代から、ずっと側を離れず支えてくれたのはアラベルだった。
どんな時でも、彼女が俺を必要としてくれたから、俺は卑屈になりすぎることなく、ここまで来れた。
「パパ、カッコ良かった!龍騎士、すごいね、すごいね!」
次男のアルドヘルムは、俺とアラベルの周りを無邪気にくるくると回っていた。
「父さん...何か邪魔するようで悪いんだけど...どうしても伝えたいことがあって」
長男のランスが遠慮がちに声をかけてきた。
「ランス、どうした?」
俺はランスの方に向き直った。
「決めたんだ。年が明けたら、近衛騎士隊の選抜トーナメントに志願する。
正直自信がないから迷ってたんだけど...今日必死でバグウェルと戦う父さんを見てたら、やる前から諦めちゃいけない、やれるだけやってみよう、そう気持ちが定まったんだ」
そう語る息子の目と声は力強かった。いつの間にこんなに頼もしくなったのか...。
「ランス...そうか。俺もお前くらいのころ、騎士隊に入るのを諦めかけたことがあった。やっぱり自分に自信が持てなくてな...。
でもランス、お前が生まれることになった時、俺はお前に背中を見せれる父親になりたい....そう思い直して、再び選抜トーナメントに挑戦することにしたんだ。
だからもしお前が俺の姿を見て、夢や目標を持ってくれたとするならば...
それは俺にとって...龍騎士になれたことよりも、遥かに嬉しいことだよ。」
俺はランスの両肩に手を置き、息子の目をまっすぐに見据えて言った。
「がんばれよ、ランス」
「ありがとう、父さん..。僕はかならず騎士隊に入るよ」
息子は笑顔で返してくれた。
「お前がしっかり考えて選んだ道だ。自分を信じて、迷わず進めよ」
俺は選ばれなかった存在だった。
けれど、自分が進むべき道を選ぶことができた。
そして今度は、俺の選んできた道が、違う誰かの選択の道標となる。
選ばれなかった運命を嘆くことはもうない。
選んできた人生を誇りに思って
俺はこれからも生きていくだろう。
「選ばれなかった子」および
「213年エルネア杯エピソード群」 完結
※この年入隊した新米騎士隊員。”享楽的な性格”で三代目PCの幼馴染。四代目PC時代結構な重要人物になります(^^;
【あとがきのようなもの】
まずは、このようなダラダラ長い話を最後までお読みいただいて、本当にありがとうございます。当初はあくまでも「213年エルネア杯」の1エピソードとして、連続3回くらいで終わらせる予定だったのが、無駄に長くなってしまいました。
それだけ、プレイの中でカールの辿ってきた道がドラマチックで、あれも残したいこれも残したいと思えるほど、自分の中で密度の濃い体験だったのです。
「中の人」としてプレイしていた時は、PCは準決勝で敗れるジャスタス側の立場だったので、敗戦はものすごいショックで唖然となりましたが...1年経った今は、この結末で良かったとしみじみ思っています。
NPCにも意思やそれに伴う選択があり、ちゃんとそれぞれの「人生」がある...そんなふうに感情移入させてくれるこのゲームの素晴らしさに、改めて拍手を送りたい!
「選ばれなかった子」カールは登場人物の一人に戻り、今度は「選べなかった子」イグナシオ中心の物語が始まります。
こういう形式で書くかどうかは分かりませんが...その際はまたお付き合いいただけると、とっても嬉しいです。
【原動力となった曲について】
今回おこがましくも、こちらの曲を妄想..ゴホゴホ創作の原動力とさせていただきました。ちょうど2〜3代目をプレイしていた時期、バンプのアルバム「ユグドラシル」を、通勤途中に良く聴いていたのですが、この曲の歌詞...特に『選ばれなかった名前』というフレーズが、私が思っているカールのイメージにぴったりだったのです。
今回お話を書く時も「イメージトレーニング」として、煮詰まったらこの曲を聴いて、カールの心情に寄り添うようにしていました...と、気持ち悪いですねスミマセン(^^;
この曲と「人魂背負って瘴気の森に向かうカール」のプレイ中のエピソードがなかったら、多分カール主役でお話は書いていなかったと思います...