遠くから来て遠くまで。

エルネア王国プレイ中に生じた個人的妄想のしまい場所。

選ばれた子と選ばれなかった子

「イグナシオ、神妙な顔にならなくてもいい...。ランスの入隊も決まったし、騎士隊はきっと、ガイスカがしっかり守ってくれる。カミサン...アラベルにも、マグノリアがついてるし、後のことは何も心配はしていないんだ。それに...俺は夢も叶えられたし、やりたいことはやりきったんだ。もう十分だよ、これ以上は...」

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伯父は優しい表情で諭すように言った。おれの動揺を和らげようとしてくれているのだろう。心残りがないはずがないのに。

せっかくランスが騎士隊に入隊できたんだ。父親として今後も成長を見守りたいだろうし、アルドヘルムだってまだ成人したばかりだ。いくら親友である母が側にいるからといっても、残していくアラベル伯母さんのことが心配でないはずがない。

伯父はいつもそうだった。軽口を叩きながらも、自分のことは後回しにして、常に家族や友人の様子を気づかってくれる。

伯父は明らかに「オブライエン一族」の精神的支柱だった。

伯父がいなくなることで、親族の皆は計り知れない悲しみを負うことになるだろう。

おれはどう言葉を返せばいいかやはり解らず、下を向いて沈黙を続けるしかなかった。

無意識のうちに唇を噛みしめていた。

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「ああそうだ、一つだけ...。俺の身体はもうこんな状態だから...例の討伐に呼んでもらっても...あまり役に立たないかもしれない。これからはガイスカやグラハムを呼んでやってくれよ。いきなり「父さん」が出て来たらびっくりするかもしれないけど...」

事務的な内容なら会話を続けられると判断してか、伯父はさらりと話題を変えた。

少し前から、王国の数か所に奇妙な空間の裂け目が出現し、それが原因で近隣の樹海に見慣れない奇妙な魔物がうろつくようになっていた。

そこで魔物の発生を根本から絶つために、各自討伐隊を結成して異空間に突入し魔物の掃討に当たるよう、武術職全員に王命が下されていたのだ。

※プレイ当時のイベント「雷炎の猛り」に準拠している設定です(^^)

おれは両親のどちらかと伯父とでチームを組んで、何度も討伐に出かけていた。

尤も、戦うのは実は自分ではない。

おれの身体を借りた祖父ファーロッドだ。

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祖父が使った「継承の魔法」は、実は子供への能力引継ぎだけではなかった。

引継ぎ時点の自身の「分身」を創りだし、有事に限って「祖霊」として呼び出せることも含まれていた。呼び出された「祖霊」は現在の継承者の身体を借りて戦うことになる。

そして今、祖父の出番が必要になるということは、祖父自身が生前語っていたように、「アベンの門」が少しずつ開きかけていることを示す証拠でもあった。

 

「カールさん...。じいちゃん、伯父さんがいないと寂しがると思うよ。龍騎士になった姿見て喜んでたって言ってただろう?」

 「お前がわざわざ父さんを呼びだすのは何のためだ?討伐を有効に進めるためじゃないのか?俺と父さんが昔話をして懐かしむためじゃない。いつ何時戦えなくなるかわからない人間じゃあ意味がない。」

その通りだった。彼は生来気のいい人間だが、いっぽうで龍騎士であり騎士隊長なのだ。その辺の線引きははっきりしている。

そもそも同行者に両親と伯父を選んだのも、現時点で能力的に一番信頼がおけるメンバーだったからだ。伯父の言う通り、家族の再会のためではなかった。

自分も今はコロミナス家の兵隊長であり、間もなく山岳兵団をも預かる身だ。

その自分が今やるべきことは、一刻も早く魔物の脅威を取り去ること、それ以外にない。

「解ったよ。じゃあ、ガイスカさんにでも来てもらおうかな」

「それがいい...ガイスカには俺からも言っておくから。これでもう、お前に伝えるべきことは伝えたかな...」

伯父は安堵の表情を浮かべてから、ふと思案するように空を見上げたあと、言葉を続けた。

「本当は...」

「どうしたの?」

「お前とエルネア杯で手合わせできなかったことが残念だよ。俺は結構楽しみにしていたんだけどな」

「カールさん...」

おれとしては複雑だった。伯父が試合に出てくれば、明らかに脅威になるのが解っていたから。ある意味、仕事の邪魔者と言ってもいいかもしれない。

かといって勿論、こんな結末を望んでいたわけではない。

 「残念だけど、武人にとって最大の敵は「己の寿命」だから仕方ないな。あの父さんですら寿命にだけは勝てなかった。これはもう、仕方がない」

 伯父は寂し気に一瞬だけ目を閉じたが、すぐに笑顔に戻り、おれの左肩に手を置いた。

「イグナシオ、後は頑張れよ。立場上優勝してくれとは言えないが...。お前も龍騎士を目指してるんだろ?武人の夢であり目標だからな。健闘を祈ってるよ」

 ...夢?

一体この人は何を言ってるんだ?

龍騎士になることを、夢だと思ったことなんて一度もない!

おれにとっては単なる義務だ。しかも厄介極まりない。

その先にあるらしい自由だけが、ある意味夢かもしれない。

この人は優しく気働きができる人だけど、自分に課せられた重荷なんて、実はちっとも理解してくれてはいなかったんだ...!

おれは肩に乗せられた伯父の手をゆっくりと引きはがし、彼の目を睨みつけるようにして答えた。

「...おれは龍騎士になるよ。必ずね。誰にも負けるつもりはない。それがおれの仕事だから」

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「イグナシオ...!」

伯父は驚いた顔をしていた。何か言いたげだった。でももう話す気はなかった。

...伯父さんにはこの気持ちは、理解なんてできないだろう

「じゃあ、用事があるから、おれはこれで」

おれは伯父に背を向けて歩きだした。

冷たい風が吹いて、闘技場の砂を巻き上げていった。

余命いくばくもない伯父に対して最低の態度だとわかっていた。

でも、何も言いたくはなかった。この場にいると、伯父に不必要な苛立ちをぶつけてしまいそうだった。

 「待て、イグナシオ」

背後で伯父の声が響いた。その声にはさっきと打って変わって厳しさがあった。

振り向く以外なかった。

「気が変わった。今度討伐に参加するときは、必ず俺を呼びだしてくれ」

振り向いて対峙した伯父の顔は、険しい表情に変わっていた。

「...え?でもカールさん、身体が...」

「時々動けなくなるだけだ。討伐中万が一そうなったらその時点で離脱する。俺は父さんと話したい。頼んだぞ」

「分かったよ...」

伯父が祖父に何を言いたいのかは解らない。

だがこれは、死を前にした伯父の最後の願いだ。聞かないわけにはいかなかった...。

 

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俺は子供の頃のイグナシオのことを思い返していた。

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いつも優しく穏やかな子だった。

それなのに。

肩に置いた俺の手を引き剥がしたイグナシオの目は、底冷えするような冷たさをはらんでいた。

本来、あんな目をする奴じゃなかった。

マグノリアの話によると、その優しさを弱さと恥じて、性格を変える薬を飲んでしまったらしいー。

妹は、自分の選択が、結局息子を追い詰めてしまったと苦しんでいた。

山岳家にに嫁いだこと、息子にその力を引き継いだこと。

そうじゃない。

この事態を引き起こした原因は父さんだ。

父さんが、マグノリアとイグナシオに不要な重荷を持たせてしまったんだ。

力の引き継ぎなんて、する必要はなかった。自分が龍騎士になった今なら解る。

父さん...本当に、これで良かったのか?

俺は父に会って、そのことを投げかけたかったんだ。

 

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イグナシオは俺との約束を守ってくれた。

俺は父とマグノリアと三人で、魔物の討伐に召喚された。

恐らくこれが俺にとって、最後の討伐になるだろうが。

有難いことに、身体は最後まで動いてくれた。

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「カール、本当に強くなったな。お陰で討伐が楽になったよ」

「祖霊」として呼び出された15歳の父は、無邪気な様子で俺の「成長」を喜んでいた。

今では俺が父の年齢をとっくに越してしまっているのだ。

「父さん...」俺は話を切りだした。

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「なんだ?」

父の笑顔はあくまで穏やかだった。

ここにいるのは、娘に能力を引き継いだ直後の父だ。

娘と、世界にとってよかれと信じて魔法を使った男。

おそらくその決断の正しさに、微塵も疑いを持っていないだろう。

その父に俺は-。

 

「何でもない。多分、こうして父さんに会えるのは今回が最後だから...お別れを言いたくて」

言えなかった。

言ったところで何になる?

あんたの決断は間違いだった、そう言ったところで何も変わらない。

俺がそう責めたかった「本当の父」はとっくにガノスに旅立ってしまっている。

ここにいるのはあくまでも、その幻影に過ぎない。

アベンの門が再び開くその時まで、この姿のまま戦い続けるしかない幻影だ。

その「幻影の父」に、決断の結果を突き付けたところで、何もならない。

未来永劫存在し続ける人間に、今更償えない罪を突き付けたところで...相手に永遠の苦しみを与えるだけだ。俺は父さんに罰を与えたいわけじゃない。

「そうか...。カール、今までよく頑張ったな。父さんはお前を誇りに思うよ」

父は涙ながらに俺を抱きしめてきた。

側でマグノリアも目頭を押さえていた。

...結局俺は、この言葉が欲しかったのだろうか。

単なる幻影のはずなのに、父の腕は温かかった。

 

「兄さん、さっき父さんに何か別の事、言いかけたような気がしたんだけど...気のせい?」

三人で異世界のゲートを出た後、妹が心配そうに問いかけてきた。

イグナシオは用があるといって、別の方向に足早に去って行ってしまった。

「気のせいさ。それより...俺がいなくなったら、アラベルのこと、頼んだよ」

父のことも、イグナシオのことも、マグノリアには伝えないことにした。

もう妹に、余計な苦しみを与えたくなかったから...。