残された時間。
「昨日、アラベルちゃんと会って話したんだけどね...兄さん、体調が悪い時間がこのところ急激に増えてきた※って...もしかしたら、もうそろそろ...」
「そうか...」
父と母が、食後のイム茶を飲みながら、悲痛な面持ちで話していた。今日は3日で評議会がある日だけれど、伯父は大丈夫なのだろうか...。
伯父とは新年の誓いで顔を合わせていた。だが挨拶程度で大した話はしなかった。あの闘技場での一件以来、何となく話しづらくなっていた。
伯父はおれが子供の頃から、おれのことを可愛がって目をかけてくれた大事な存在だった。といっても特別扱いというわけではなく、アルベルトやヒルダにも、勿論他のいとこ達にも平等に優しかった。おれは伯父のそういう所がとても好きだった。このままで良いわけではないのは解っている。
あの時まで、おれは無意識に伯父に甘えていたのかもしれない。もしかしたら龍騎士であるこの人なら、自分が抱えている責務の重さ、それに対する逃れられない閉塞感、そんな諸々の想いを理解してくれているだろうと、勝手に思い込んでいたんだ。
でも違っていた、伯父とおれでは歩んできた道のりがまるで違う。だから考え方も違うのはどうしようもないんだ。伯父は面倒見のいい人だから、あの後すぐ立ち去らなかったら、きっとおれを「諭し」にかかっていただろう。そんな無味乾燥なことを言うな、自分のやりたいことを大事にして夢を持てって...。そんな風に踏み込んでこられるのは嫌だった。だから離れた。
おれが抱えているものを分かってほしい、そんなことを望むのは傲慢だ。ただ、非礼を詫びたかった。今までのお礼を言いたかった。それ自体が自己満足かもしれないけれど。
昼一刻になり評議会が始まったが、伯父は無事元気な姿を見せていた。会はつつがなく終了した。
議会終了後、伯父はもう一人の叔父、ガイスカとそのまま仕事に向かおうとしていたので、勇気を出して声をかけた。
「カールさん...」
「あぁ、イグナシオ」伯父は振り向いた。普通に笑顔だった。
ガイスカさんの方は状況を察したのか「先に行くよ」と軽く会釈して歩いていった。
「どうした?」
「この間は...闘技場で失礼な態度をとって、ごめん」
「何か...あったっけ?」
伯父が本当に覚えていないのか、忘れた振りをしているのかはわからない。
そのどちらにせよ、その言葉に甘えて、伝えるべきことを有耶無耶にしておきたくはなかった。
「伯父さんがせっかく気を使ってくれたのに...おれはその好意を真っすぐに受け取れなかった。伯父さんとおれとでは、多分...見えてるものが違うから...。でも、今更その「違う」ことについて議論するつもりはないんだ。解決するのは、今は難しいと思う。解ってくれとは、とても言えない。」
伯父はおれの話を真顔で黙って聞いていた。表情に潜む感情は読み取れなかった。
「ただ...おれは伯父さんのこと、とても好きだし、今までずっと、おれや家族のこと、気にかけてくれてありがとう...いつも伯父さんが近くにいてくれて、本当に助かってたよ...ただ、それを言いたくて」
伯父の表情は真顔のままだったが、少しだけ笑顔が戻り、口を開いた。
「イグナシオ...。「後のこと」はもうみんなガイスカに任せてあるから、俺は今は残された時間をいかに過ごすか、それだけに集中することにしてるんだ...。だから...俺も正直、そもそも議論する余裕すらないってところさ...」
伯父の声はただただ静かだった。本来はもっと熱い人なのに。そのことが、残された時間の少なさを如実に表わしていた。
「まあそれは置いといて...そうやって、助かってたって言ってくれて、嬉しいよ。あんまり褒められることに慣れてないんだ...。いつも「もっとしっかりしろ」って言われ続けてきたから。こちらこそ、ありがとうだな...」
「...」
そう言っておれに向けられた笑顔はこの上もなく優しかった。寿命を告げられた時と同じように、おれは何も言えなくなってしまった。
「ああそうだ、ひとつ、お前に頼みたいことがあるんだが、いいかな?」
「何?」
「明日、ランスとゲーナの森に探索に行く予定にしているんだが、良かったら一緒に来てくれないか?正直俺は身体がどこまで動かせるか解らないし、万が一俺が途中で戦えなくなった時、ランスの腕じゃ、まだ一人でゲーナの森は抜けられない。お前となら安心だ。」
ランスは伯父の長男でおれの一つ年下の従弟だった。おれは昔からランスを弟のように思っていた。もしかしたら、実の弟のアルベルトよりも、心の距離は近いかもしれない。大事な友人だ。断る理由などない。
「勿論、いいよ!」
伯父はいつも見せてくれるいたずらっぽい笑みを返した。
「助かるよ。じゃあ、明日昼1から、宜しくな。こうやって約束をしている間は、俺はまだ生きられるような気がするんだ。森の入り口でランスと待ってるよ」
「解った。じゃあ、明日ね」
この言葉が裏切られないことを、おれは祈った。
4日になった。
もし伯父さんが危篤になっていたら...と怖かったが、幸いなことにそれは杞憂に終わった。約束通りゲーナの森の入り口で、二人は待っていてくれた。
「イグナシオ、こっちだよ!」
ランスが手を振っている。そういえば騎士姿のランスを見るのは初めてだった。生真面目なランスに騎士隊の鎧は良く似合っていた。何故か髪形をオール・バックに変えていたのが可笑しかった。成人したての頃も同じ髪形をしていたが、新成人に見えないと友人達にからかわれて、自然なスタイルに戻していたっけ。
「...気合い入ってるな、ランス」
「そうそうこいつ、騎士隊だからキチンとしなきゃいけないって思いこんで、こんな整髪料ベタベタの髪形にしてきたんだ。笑えるだろ?」
「父さんっ!」
父親からのいじりにランスは憤慨していた。そこにいるのは完全にいつものカール伯父さんだった。息子の前では、弱ってる姿を見せたくないのかもしれないが...
「冗談は置いといて、時間が勿体ないから、さあ行こうか」
おれたちはゲーナの森に入っていった...。
幸い伯父の体調にも異変は起こらず、探索は無事に終了した。
おれたちは良い気分で帰途についていた。
「ランス、いい感じだったぞ。明日の試合、俺は楽しみにしてるからな!」
明日の騎士隊トーナメント開幕戦で、この親子は対戦する予定となっている。
「...う、うん。父さんに恥ずかしくない戦いぶりを見せれるよう、頑張るよ...」
ランスは緊張を隠せないようだ。
「何だ何だ、そんな弱気でどうする?俺に勝ってやる、ぐらい言ってくれよ」
「いや...今日の父さんの剣さばき見て、そんなこととても言えないよ...」
三番目の叔父グラハムだったら、たとえ腕が及ばなくても強気に出るだろうが、ランスは現実主義者だった。それが良いところでもあったが、伯父には物足りなく映るのかもしれない。
「カールさん、ランスに無理にプレッシャーを与えなくても...。こういうのは自分にとっての自然体で臨むのが一番いいと思うよ。おれと父さんは山岳兵の制度上、試合で戦うことはできなかったから...正直羨ましいよ。ランス、頑張れよ」
「有難うイグナシオ...そうか、山岳は引退しないと子供が試合に出れないんだよね...。」
「ジャスタスも、お前と戦えるとあらば、さぞ張り切っただろうにな...。俺もジャスタスともう一度戦いたかったよ。あいつは強かった。正直、今も勝てたのが不思議に思う時もある..。あいつだけじゃない、弟にも、護り龍にも...。」
伯父はふと遠くを見るような目をした。あの運命のエルネア杯のことを思い出しているのかもしれない。
まだあれから1年ほどしか経っていないのに..こんなに早く...伯父がいなくなってしまうなんて...。
「まあ、過去を思い返すより、今は明日、だな。明日が無事来ることを祈って、じゃあ、また」
「うん、伯父さんもランスも頑張って、おれは明日は応援に行けないけど...いい試合になることを祈ってるよ、じゃあね」
「ありがとう、イグナシオも、自分の試合頑張れよ!」
エルネア城で二人と別れ、おれはドルム山道を登って家路についた。
山に吹きおろす風はまだ冷たい。
その冷たさを頬に受けながら、おれは伯父とランスの明日が無事にくることを願った。
※ゲーム内でおなじみかつ恐怖の「寿命宣告」ですが、「もう長くない」と告げるからには、何らかの予兆が「告げる側」に起こっていそうです。そこで毎回捏造ですが、ガノス行きが近くなると予兆が始まり、その予兆が何であるかは人によって違う...という設定を加えてあります。今回のカールの場合は「おかしな体調不良」が起こり、ガノス行きが近づくにつれその回数が増えてくる...という形です。そのほか、亡くなった友人や親族の幻が見える...などの予兆が起こることも...?...って鬱な設定ですね、すみません...(>_<)