遠くから来て遠くまで。

エルネア王国プレイ中に生じた個人的妄想のしまい場所。

思い残すことはない。

「親父!素人相手に龍騎士銃まで使って、何てことするんだよ!ジャスタス、大丈夫か?」

「素人...?何を言っている?彼は山岳兵で、れっきとした武術職の一員だよ。武術職同士なら、お互い全力で戦うのが、礼儀というものさ...。カール、お前も武術職を志す身なら、よく覚えておくといい」

かつて妹と山岳長子ジャスタスの結婚話に激怒した父は、「実力を試す」という名目で「娘の恋人」を練習試合に誘った。ジャスタスは後に12歳で兵団長になるほどの実力者だがいかんせん当時はまだ7歳の若造だった。当然龍騎士相手には全く歯が立たず、父の龍騎士銃にあっけなく吹き飛ばされたのだった。

あの時、父の大人げなさに俺は腹を立てた。

だが...「全力で戦うことこそ礼儀」

そのことの意味が、今なら解るような気がする...。

 

 今日は5日。

恒例の近衛騎士トーナメントが開幕する。

目が覚めるまで正直恐ろしかったが、取りあえず今日はガノスに召されずに済むらしい。

身体の調子はむしろすこぶる良かった。ここまで良いのは逆に久しぶりかもしれない。

試合は夕刻からだが、俺は少し早めに闘技場に着いていた。

空気は冷たく澄んでいて、見上げた空は抜けるように青い。

ここには沢山の記憶が残っている。

観客として見守った父の勇姿。

苦い思い出となった初めてのエルネア杯。

トーナメントで初優勝した時の喜び。

そしてー。

義弟、弟、護り龍と激戦を繰り広げた、忘れえぬ「あの日々」の記憶ー。

ここの土を踏むのは、今日がもう最後になるだろう。

これから、最後の大仕事が待っているんだー。

 

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近衛騎兵としての初試合。

ついにこの日がやってきた。

対戦相手は近衛騎士隊長 カール・オブライエン...僕の父だった。

子供の頃から、僕は父の背中を追って育ってきた。

父は最初から「強い騎士」ではなかったが、決して諦めずに鍛錬を重ね、騎士隊長ーそしてついに龍騎士へと登りつめ、長年の夢を叶えた人だ。

その父の姿に僕は常に勇気づけられてきた。父は僕の憧れであり目標だった。

僕の最初の対戦相手が、その父であることー。

それは恐ろしくもあったが、同時にとても嬉しかった。

だけどー、今日無事に「その時」を迎えられるか不安だった。

試合を目前にして、父の命が尽きないかどうか。

朝になり恐る恐る隊長居室を訪ね、父の元気な姿を見て胸を撫で下ろした。

「ようランス!」

そうやって手を挙げる父はいつも通りだった。

「どうした?そんな顔をして。試合前に対戦相手に出会った時は、普通こう言うもんだぜ。〚今日の試合、負けないからな!〛ってな」

「い、いや...僕には...そんなこと..」

僕と父では実力が違い過ぎる。昨日の探索でそれは痛いほど解っている。

「ランス」

父の表情がにわかに険しくなった。

「そんな弱気でどうする...!?どんな強い相手だって、絶対に勝てない相手なんて存在しない。試合というのものは、いつも本当に、何が起こるか解らないんだ。だから俺も試合前には常に緊張しているさ...。

試合の勝敗は、確かにその9割は個々の能力や技術に左右される。だが結局最後に決め手となるのは「どれだけ勝ちたいと思うか」その気持ちの差だ。最初から諦めるんじゃない!」

この言葉は「父」からのものではない。

完全に「近衛騎士隊長」としてのものだった。

やっと分かった。

僕はもう素人の国民じゃない。

栄えあるローゼル近衛騎士隊の一員だ。

僕は隊員として、この言葉に応えなければいけないんだ。

ここで求められてるのは、弱気の発言なんかじゃない。

陛下の前での栄えある今年の初試合、それを任されていることを忘れてはいけない。

 「父さん...、いえ、隊長」

僕は深く息を吸い込んでから、力強く答えた。

「今日の試合、負けませんから!」

父はふっと笑った。

「こっちこそ負ける気がしないね」

 「手加減はしないで下さい...僕も全力であなたに挑みます」

「望むところさ...試合で会おう!」

「はい!」

僕は父が差し出してきた手を、強く握り返した。

 

夕一刻。

「総員、陛下にー、敬礼!」

父の声が力強く響き渡った。

去年までは観客としてこの声を聞いていたが、今は最後尾ながらも騎士隊の一員として剣を構えている。 ここに立つために、僕は選抜トーナメントを戦ってきた。

「我らローゼル近衛騎士隊は実力主義の精鋭部隊」

父の声が続く。

「その名に刻まれた伝統に恥じぬ戦いぶりをご覧に入れましょう」

望みながらもこの場に立てなかった他の志願者達のためにも、

僕は全身全霊を込めて、今からの試合に臨まなければならない。

それが自分に課せられた「責任」だ。

 

「ありがとうございますー、それでは本日の試合の準備をよろしくお願い致します」

いよいよだ。父と僕を残して、他の隊員たちは闘技場から一旦退場となる。

 

神官の選手紹介が始まった。

「右手の選手はー、カール・オブライエン」

父は堂々とした様子で右手を挙げた。

拍手が盛大に沸き起こった。「龍騎士」のおそらくは最後の試合ー、ということもあるのだろうか。例年より観客が多いようだ。

「左手の選手はー、ランス・オブライエン」

今度は自分が手を挙げる番だ。できるだけ堂々とー、そう思ったけれど、少しぎこちなかったかもしれない。が、父よりは少ないながらも、観客達は僕にも拍手を贈ってくれた。

父と僕は向き合った。父からは恐ろしいほどの気迫が感じられる。

その気迫に気おされないように、足を踏ん張り、剣を握る手に力を込めた。

「互いに礼」

「はじめ!」

先手を取ろうー!

そう思い、足を踏み出しかけたその瞬間に、父から強烈な斬撃をくらった。

食らったのはたった一撃なのに、僕ははるか後方に吹っ飛ばされ、背中から地面に投げ出された。砂埃がぶぉん、と巻き起こった。

勝負はほんとうに一瞬だった。

「勝者、カール・オブライエン!」

神官の声が一層高く響き渡り、父は勝者であることを知らしめるかのように、龍騎士剣を持った手を上に突きあげていた。歓声がどっと沸きあがった。

「...うっわー、えげつね...」

「相手、息子だろ?ここまでしなくても勝てるだろうに、容赦ないな...」

「この技って...あれじゃない?確か、エルネア杯で山岳兵団長と戦った時の...」

食らった斬撃の重さに頭がぼうっとする中、騎士隊の面々がヒソヒソ噂する声が耳に入った。

そうか...。この技はジャスタス叔父さんと戦った時の...。

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叔父もまた、僕など及びもつかないほどの強力な戦士だった。その叔父にいかに勝つかー、父が策を張り巡らせていたのを僕は覚えている。

あの技をー、叔父とは比べものにならない、弱い自分のために使ってくれたんだー。

思わず、目に熱いものが溢れてくる。

僕がなかなか立てずにいるので、流石に父が手を差し伸べようとしてきた。

だけど僕は首を振った。

一人で立てる。

身体のあちこちに痛みが走ったが、何とか立ち上がることができた。

鎧についた砂を払った後、僕は父に手を差し出した。

「...お見事でした、隊長」

「ありがとう」

父と僕は握手をし、周囲から拍手が沸き起こった。その音になぜか温かさを感じた。

 

騎士隊トーナメントは伝統的に、新人最下位の騎兵と騎士隊長が最初に対戦するルールとなっている。

弱いものいじめだと揶揄する声もあるが、僕はこれは必要なものだと思う。

騎士隊長は「剣技の達人」たる誇りをもって、新人に騎士の何たるかをその技で伝えるんだ。それをどう受け止めるかで、新人の今後が決まるー、そんな気がする。

最高のものを前にして、所詮自分は弱いと諦めるか、それともそれを糧にして前に進むかー。

僕は後者でありたい。そしていつかは自分もー。

 

「...これでもう」

試合が終了し観客があらかた捌けた後、父は下を向いて静かな声で呟いた。

「思い残すことはない、もう何もー」

父の顔色がさっきより青白い気がする。

「カール、ねえ、もう帰りましょう」

その変化にいち早く気づいた母が、父の腕を取り、帰宅を促す。

「そうだな...帰るか。ランス、じゃあまたな。ああ、大丈夫だよアラベル、一人で歩ける。」

父は腕に回された母の手を、そっと優しく降ろした。

「ランスも今日はよく頑張ったね。私たちは帰るから、また明日ね」

「兄さん、また明日」

母と弟に伴われて帰途につく父に向かって、僕は叫んだ。

「父さん!」

「...何だ?」

父は振り向いた。その青い目はいつになく澄んでいた。

夕暮れの光に照らされて、赤い髪が燃えるように輝いていた。

「また明日だよ!」

父は微笑んだ。

「ああ...。また明日な」

そう言って僕に向かって手を振った後、父は踵を返して去っていった。

知らぬうちに、自分の目からとめどなく涙が零れ落ちてきて、頬を濡らすのがわかった。涙を拭うことなく、僕は父の背中を見ていたー。

今日のこの一日のことを、僕はきっと一生忘れることができないだろう...。

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家に着いた途端、全身の力が抜けるのが解った。俺はたまらずベッドに倒れこんでしまった。

「全く、意地張って...あなたったら。手を貸してくれ、素直にそういえば、いいのに...」

「ほんとだよ、父さん...」

アラベルもアルドも涙ぐんでいた。

そう言うなよ、俺だって親父としての矜持ってものがある。最後にランスに見せる姿がー、お前たちに支えられてヨロヨロ歩く姿なんて、真っ平だ...。

そう答えたかったが、猛烈な倦怠感に襲われて、しばらく言葉を発することができなかった。いつもとは違う感覚だ。これはきっとー。

「...なあ」

ようやく口を開くことができた。

「なあに?」

ベッドの傍らに腰かけて、ずっと俺の手を握っていたアラベルが、青い大きな目で俺の顔を見つめてきた。

俺が何か言おうとするとき、そうやってじっと俺を見つめる仕草を、いつも愛おしく思っていた。

「俺、今日...うまく...戦えたかな...?あいつに...何かを...残せたかな...」

「大丈夫」

アラベルは両手で、俺の手をしっかりと包み込んだ。

「カール...立派だったよ。わたしたち、みんなー、あなたのことを誇りに思ってる。だから、安心して...。」

そう語る妻の目から大粒の涙が零れて、俺の手をしとしとと濡らしていくのがわかった。

その涙の感触は温かかった。

俺はほんとうに幸せ者だよ、アラベル、ほんとうにありがとうー。

旅立ちが迫ってきていることを感じたが、俺はもう何も怖くない...。