旅立ちの日。
今日はコロミナス家にとっては「喜びの日」となる予定だった。
妹のヒルダ※が花嫁となって嫁ぐ日であったから。
※今回の登場人物のうちヒルデガルドはヒルダ、アルドヘルムはアルドと愛称で表記します。
いつもはハスッパで生意気な言動の多い妹も、流石に今日は神妙だった。
兄を兄とも思わない生意気さに腹を立てたことも何度かあったけど、こうやって食卓を囲むことも最後になると思うと寂しいと思う。けれどいつかは慣れていくのだろう。
弟アルベルトの時もそうだった※1
それでも、寂しいとはいっても、ただ住むところが別になるだけ。会おうと思えばいつでも会える。
...生きている限りは。
「イグナシオ、悪いんだけどこれからエルネア城に行って、兄さんの様子を見に行ってくれないかしら?...結婚式に顔を出してくれることになっているんだけど...心配だわ」
「わかった。すぐ行ってみるよ」
昨日は山岳リーグと重なって観に行けなかったが、ランスと伯父カールの試合が無事終わったことは聞いていた。今日も元気でいてくれればいいけれど...。起きてすぐから胸騒ぎが収まらなかったが、今回も杞憂であることを祈った。
「ごめんね...万が一兄さんの状態が悪かったら、私たち、式が終わったらすぐに駆けつけるからって...アラベルちゃんに伝えてね」
「頼んだよ、兄貴...」
ヒルダも一転泣きそうな顔になっていた。妹も伯父さんには随分可愛がってもらえっていた。
「ヒルダ、お前はこれから準備が沢山あるだろ?そんな暗い顔してたらイヴォン君が誤解するぞ。自分との結婚が嫌なのかって...。伯父さんはきっと大丈夫だから、心配しなくていい」
「大丈夫」の根拠など何もなかったけれど、今はこれしか言えない。妹もきっと解っているとは思う。
心臓が止まりそうな勢いで隊長居室を訪れると、伯父一家は遅い朝食の最中だった。
食卓の家長席に伯父の姿を見つけ、おれは胸をほっと撫で下ろした。
声をかけた時もいつも通りに見えた。
...が、それは糠喜びであったことが、すぐに分かった。
その後伯父がふらりと倒れそうになったので、慌てて肩を貸した。
「カールさん、大丈夫?」
「あ、ああ...イグナシオ、すまない...このまま寝室まで肩を貸してもらっても...いいか?情けないことだが...もう一人では...歩けそうに...」
「父さん...食卓に歩いて来るまでも大事だったんだよ...それでも「最後は」みんなで食事したいからって...それでこんな時間に...」
側にいたアルドが悲痛な顔をして呟いた。
最後。
決して認めたくはなかったが、親族のこんな状態を見るのは初めてではなかった。
今も記憶に残る...祖父母たちの「旅立ちの日」も確かこんな風だった。
アルドと一緒に両肩を貸して、どうにかして寝室まで伯父を連れていくと、伯父はそのままベッドに力なく横たわってしまった。声をかけるのも憚られるような弱弱しさだった。
「そういえば...」
伯父が口を開いたが、目は閉じられたままだ。
「今日...ヒルダの...結婚式だっけ?せっかく...招待状...もらったのに...行けなくて...悪い...おめでとうって...言っておいてくれ...」
「分かった。カールさん...きっと伝えるよ」
そう言ってからベッド脇に跪いて伯父の手を握ると、感触はひんやりと冷たかった。
こうして見ること感じること全てが、願いと真逆であることが辛かった。手を握りながらも肩が震えてきた。
そうしていると、伯母がおれの肩にそっと手を置いた。
「イグナシオ君、そろそろ行った方がいいわ...。ヒルダちゃんも待ってるわよ。わたしからも...おめでとうって言ってたと伝えてね。マグノリアにも...よろしく」
伯母は涙ぐみながらも優しく微笑んでいた。
「カールさん、おれ、一旦行くね。後から母さんたちも来るから、それまで、待ってて」
「...わかった..」
伯父は弱弱しいながらも手を握り返してくれた。
「伯父さんを頼みます...」
おれは立ち上がり、伯母とアルドに挨拶してから隊長居室を後にした...。
家に戻ると、既に皆シズニ神殿へ向かった後だった。
取り合えず...伯父さんのことを伝えるのは、結婚式が終わった後になりそうだー。
花嫁となった妹は、この上もなく幸せそうに見えた。
神殿の窓から優しく光が降り注ぎ、新婚の二人を祝福しているかのようだった。
妹は長年親しんだ山岳の家と慣習を離れ、一般国民として新たな世界に足を踏み入れることとなる。夫のイヴォンと二人でー。
それは、おれには生まれた時から許されなかった「旅立ち」だったー。
式が終わった後、両親に伯父の状態を告げた。
おれが戻ってくるのに時間がかかり、なおかつ結局伯父が現れなかったので、大体のところは察していたようだ。
それでも母は泣き崩れ、父はがっくりと肩を落として項垂れてしまった。
おれは両手で顔を覆って泣いている母の背中に手をあてて、できるだけ優しい口調で声をかけた。
「母さん、伯父さん待ってるから...エルネア城へ...行ってあげてくれる?ヒルダとアルベルトにはおれが伝えるから...」
「...そうね。兄さんに...会いにいかないとね...。私たちの結婚の時...父さんが猛反対したけど...兄さんがイグナシオさん※2と一緒に ...一生懸命説得してくれたのよ...兄さんは私たちの恩人なの...」
ようやく母は立ち上がり涙を拭う。
「だから...ちゃんとお礼と...お別れを言ってあげなきゃね」
そして父の手を取った。
「行きましょう、ジャスタス君。兄さんのところへ...」
「ああ...行こう、マグノリア」
父は頷き、二人はエルネア城に向かって歩いて行った。
両親の次は弟妹...それにオリンピアと子供たちに伝えなければいけない..。
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おれがエルネア城に戻ったのは夕3刻の頃だった。
「別れの挨拶」を言うための客人たちもあらかたは帰っていた。父も母を残して一旦帰宅したようだ。
今は母やガイスカ叔父さんを初めとする兄弟達やルチオ王配殿下など、「特に近しい者」のみが客間で待機している。
もう間もなくやってくる「その時」を見守るためだった...。
朝に会った時よりも伯父は一層弱っていた。
会話もかろうじて成り立っている...という感じだ。
もうアラベルさん達家族に後は任せて、おれも客間に戻ったほうが良いのかもしれない...そう思った時にふと伯父が、かすかな声でおれの名を呼んだ。
「イグナシオ...」
ずっと閉じられていた青い目が開いた。
「何?カールさん」
慌てて伯父の手を握った。
「いつかお前が...呪縛から解放されて...自分の人生を...生きられることを...祈ってるよ」
おれは何と言っていいか解らなかった。
今のおれは自分の人生を生きていないのだろうか?
自分自身にはわからない...。いや、解ろうとしたくないのかもしれないが。
ただ、今はこうしか言えなかった。
「ありがとう、カールさん...」
伯父は満足げな笑みで頷いた。その目の奥が一瞬緑色に輝いた気がしたが...すぐにまた、目は閉じられてしまった。
これが伯父と交わす最後の言葉になったことを悟った。
おれは側で控えている伯母と従弟たちに一礼して、客間に戻った。
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身体が軽い気がする。さっきまで重くて怠くて仕方がなかったのに...。
そこにいるのは誰だっけ...。
ああ...お前たちか...。せっかく久しぶりに兄弟勢ぞろいなのに、こんな状態で悪いな...。いつかまた、父さん母さんたちも含めて、ピクニックにでも...行こう。随分先になるだろうけど、楽しみにしてるから、お前らはゆっくり来いよ...。
ルチオ...お前と馬鹿話ができなくなって残念だよ。
これからはムタンも自分で取りに行ってくれよ。ガイスカを付き合わせたりしないようにな...。
いつかお前の「その時」が来たら、俺が迎えにいってやるよ。でも当分は来なくていい。
アルド...。お前はこれからどんな道を行くのかな?
もっと...お前と将来について語りたかったな...うざい親父かもしれないが...。
お前は要領のいいやつだから、どんな道でもうまくやっていけるかな...。
ランス...。お前が選んだ道は、試練の道でもある。
俺がそうだったように、お前も絶えず壁にぶつかることだろう。
でも、お前なら乗り越えられる、昨日戦って...俺はそう確信したよ...。
ああそれから...コゼットに...おじいちゃんはいつでも見守ってるって、伝えておいてくれ...。
そして...。
アラベル...。
正直言うと、一人で残して行くのがとても辛い...。
君がどんな時でも、俺のことを愛して必要としてくれたから、俺はここまで来れたんだ...。子供たちが巣立ったら二人でのんびりしよう、そう話していたのに...。
でも...強くて優しい君だからこそ、後を託せる。子供たちを...オブライエン一族のことを...俺の代わりに見守ってくれ...。君を信じてる。
君には孫や曾孫に囲まれて、幸せに長生きしてほしいんだ。俺はいつでも側にいるから...。
気づくと遠い視線の先に、祖母や伯母たちの姿が見えた。リア祖母ちゃんの傍らには優しい目をした男性が立っている。ああ、確か...。俺の生まれたその日に、祖父はガノスに旅立ったんだっけ...。それから、その横にいる二人は誰だろう?二人ともどことなく...父に似ている気がするけど...もしかしたら...
「カール」
そして、ずっと聞きたかった父と母の声がした...。
俺は幸せだったよ。
みんな...ありがとう...。
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すべてが終わった。
伯父さんは旅立っていってしまった。
伯母が母に縋り付いて号泣していた。
その側でランスとアルドヘルムが必死で母親を慰めていた。しかしその二人の目にも涙が光っている。
ひとしきり泣いた後伯母は落ち着きを取り戻し、来客達を出口まで見送ってくれた。
「みんな...今日はありがとう...明日の見送りも...来てちょうだいね。カールのために...よろしくね」
涙を堪えた笑顔がなんとも痛々しい。
隊長居室を出た後も、皆それぞれ重苦しい表情のままだった。
「帰ろう...イグナシオ」
「うん...」
おれは母と二人でドルム山道を登り家路についた。
今日はヒルダの結婚式だった。
でも同時に...伯父さんとのお別れの日にもなった。
明日のコロミナス家の食卓からヒルダはいなくなるが、妹は噴水通りのルッケーシ家で元気に目覚め、夫と二人で新婚の食卓を囲むだろう。
でも伯父さんはもうどこにも...いないんだ。
※1 実は次男アルベルトは前回エルネア杯の途中で結婚して家を出ております。話の展開上省略してしまいましたが(^^;出番が限りなくゼロに近い次男の紹介はまた別の機会に(^^;
※2 PCイグではなく初期国民イグナシオ・シュワルツさんのこと。PCイグにとっては大伯父さんにあたります。
【あとがきのようなもの】
毎度長々と...なおかつ今回は無茶苦茶暗くなってしまいましたが、最後までお読みいただいて、本当にありがとうございます。
私にとって、「初代のはじめての子供」であるカールはやっぱり特別な存在でした。
PCを二代目→三代目と引き継ぐ過程で、カールとPCの関係性は子供から兄→伯父と変わっていきましたが、心の片隅では常に初代の「息子」としての意識が残っていたと思います。なので「余命宣言」の台詞が出た時は本当にショックでした。(「予期せぬ告白」での練習試合→カールあっさり負ける→余命宣言...の下りは実際のゲーム上でのできごとです)それは他の5人の子供たちも同じではありますが、とにかく「最初」のインパクトの強かったこと...。
カールは初期こそ苦労したものの、結局騎士隊長→龍騎士まで登りつめ、最後の対戦相手も息子...という、まるで「漫画の主人公」のような濃密な一生を送ることができました。このブログを書いている時点でPCは9代目ですが、ここまで綺麗に人生を完結させたキャラクターは、PC、NPC併せても未だにカール以外いないのです。初代PC長男カールの偉業とその生き様は、今も私のエルネア史に燦然と輝いています。