小さな決意。
波乱の一年も今日一日で終わりとなった。
しかし来年も、コロミナス家にとっては重要な節目の一年となるはずだ。
まずおれにとっては、エルネア杯を控えた勝負の年。
確実に龍騎士となるためには、今年もリーグ優勝を果たさなくてはならない。
そしてもう一つー
長女のミカサが成人を迎える。
山岳長子であるこの子にとって、大人になることの意味は普通の国民より大きい。
将来ファミリーを率いる者としての責任を成人直後から負うことになるからだ。
これから数年は、兵隊長見習いとして探索や仕事に邁進してもらわなくてはいけない。
-本人の意思がどうかに関わらず...。
成人の直前ということで、おれと父はミカサを森の小道に誘った。
昔のおれと違って、ミカサは臆病な子供ではない。
しっかりしろと厳しく言う必要がないのでほっとする。
状況によっては言わねばいけないのは理解しているが、言われた立場の苦い記憶が残っているため、できればいいたくないのが本音のところだ。
「ねえおじいちゃん、わたし明日から大人になるんでしょ?そしたら一緒に「帰らずの洞窟」に入れるんだよね。森の小道じゃもうつまんない。だから楽しみだよ!」
「ああそうだよ。探索だけじゃなくて、高炉の使い方も教えてあげるからね。ミカサが大好きなハニーピッツァも自分で焼けるし、いろんな工芸品も作れるようになるよ。」
「ほんと!じゃあミカサ、ピッツァ作ってみんなにご馳走してあげる!」
「いいね。ミカサのピッツァはきっと美味しいだろうね。おじいちゃんも楽しみだよ」
...二人のやりとりを眺めていると、父も丸くなったものだなと思う。
勿論おれが子供の時も、いつも鬼のように恐ろしかったわけではなく、普段は優しくしてくれていた。
それでも、勉強や訓練に関することにはかなり要求が高く、厳しい父であることに変わりはなかった。
「帰らずの洞窟」の一般開放期間中に無理やり連れていかれた時、おれは最後まで逃げなかったけれど、それは勇敢だったからじゃない。
...逃げた後で父に怒られるのが怖かったからだった。
「イグナシオ、明日からお前は大人になる。将来コロミナス家の兵隊長となる第一歩だ。皆の手本となるよう、探索も仕事も頑張らなければいけないぞ。」
「うん...」
「そんな弱腰でどうする?このままのお前ではとてもじゃないが、ファミリーを守る責任を負うことができない。プレッシャーが辛い気持ちも勿論解るが...そこは乗り越えないと駄目だ。俺も父さんもそうやってきた。その血を継ぐお前にできないはずがない」
「...わかりました。がんばります...」
父と成人前に交わした会話はおれにとってはひたすら重く、うんざりするような内容だった。といっても、今では当時の父の気持ちも理解できる。
父は若くして兵団長の重責を担い、日々激務に明け暮れていた。
そんな余裕のない中で、自分とは似ても似つかない頼りない息子をどう導くか途方に暮れていただろうー。
「イグナシオ、俺は先に帰るから、ミカサと二人で話していくといい。」
「おじいちゃん、またあとでねー!」
「あぁ、じゃあね、ミカサ。また夜にね」
父はミカサに手を振ってひと足先にドルム山に帰って行った。
成人を目前にした長子に、大人になることの意味を伝え後継者としての自覚を促す。
山岳一族に代々伝わってきた習わしのようなものだ。
「ミカサ、パパと一緒に滝までお出かけしようか」
「うん!」
娘は子供らしい笑顔で返事をする。
こんなあどけない姿を見るのも、明日の午前までとは寂しいものだ。
さて、おれはミカサに何を話すべきかー。
滝の音はいつも変わらない。
力強い水音は、不思議と気持ちを落ち着けてくれる。
そのせいか両親も、何か大事なことを話す時は滝の前が多かったが、その理由が解る気がする―。
「ミカサも明日のお昼には大人になるね。」
「うん。」
「怖くない?大丈夫?」
「大丈夫。大人になったら、できること沢山増えるでしょう?入れるダンジョンも増えるし。さっきおじいちゃんが言ってたように...お仕事もできるし。だからミカサ、大人になるの楽しみなの」
「それは良かった」
おれの時は「ダンジョンに入らねばならない」「仕事をしなくてはならない」と義務感ばかりが先行していて気が重かったが、娘はそうではないようだった。殊更に「長子としての義務」を説かなくても良さそうなので安心した。
「それにね...」
ここで娘は、恥ずかしそうに下を向きながら言葉を続けた。
「大人になったら...好きな子と...デートしたりもできるんでしょ?」
そうか。そういえばこの時期は本来なら、仕事よりそっちの方に興味があるものだよな。
この子は山岳長子だから、まず最初に仕事や探索の方を話題にあげてたけど...。
ふと一瞬、自分と「叔母」カレンとの間に起こった残酷な結末が頭をよぎったが、慌てて意識の外に追いやった。
「そうだね。ミカサはもう...好きな子いるのかな?」
「...えー...。恥ずかしいから、言わない!」
そう言ってくるん、と反対の方向に顔を向ける。
言わなくても何となく見当はついていた。
スウィア家のルーファス君だろうな。良く探索についてきてくれと頼まれていたから。アカデ持ちで度胸のある子だ。先の話だけどあの子が婿入りしてくれれば、親としては確かに安心かもしれないー。
何にせよ、娘には相思相愛の相手と幸せな結婚をしてほしい。
ここまで話した感じだと、娘には「山岳長子」としての自覚は十分にある気がする。
そこは問題ない。
ただ、一つだけ懸念事項があった。
この子は将来「コロミナス家の兵隊長」となる以上、おれの龍騎士の力は渡せない。なぜなら次の継承者には「龍騎士の剣とスキル」を取ってもらわなくてはいけないからー。
そこだけは絶対に譲れない。
だが、ミカサを「選外」とすることで、この子に複雑な感情を抱かせてしまうかもしれないー。兵隊長としての「義務」だけ引き継いだ上で、「龍騎士の力を引き継いだ兄弟」と将来競う羽目になるのだから...。
実際「ハルバードは渡せない」と告げた時から時折不安定になり、特に弟のジークにはよく喧嘩をふっかけている。おれがジークを「選んだ」ことを薄々感じ取っているのか...。
今あえてこの子に言うべきなのだろうか?
お前には力も武器も渡せないが、粛々と運命を受け入れろと。だが長子の役目はしっかり果たせ、兄弟を恨むなと...
「...パパ」
おれが躊躇していると、ミカサが先に口を開いた。
「わたし明日には大人になるけど...直さなきゃいけないことがあるよね」
「わたし...とっても「嫌なおねえちゃん」になってるよね?いつもジークに意地悪ばかりして...。ほんとはジークが生まれるの、楽しみにしてたのに...弟のこと、可愛いと思ってたのに」
「ミカサ...」
「ねえパパ...パパの「武器と力」あげるのは、ジークなんだよね?アニは大人しいもの...。だからね、ジークに焼きもちやいてたの。なんでわたしじゃないの?わたしは一生懸命いろんなこと頑張ったのに、なんでわたしじゃなくてこの子なの...って」
娘は背筋をぴんと伸ばして立ち、父親の顔をしっかりと見据えている。
かつてハルバードを握りしめてわんわん泣いていた姿とは別人のようだった。
「でもわたし...そういうのやめる。わたしは将来、パパやおじいちゃんみたいに、コロミナス家の兵隊長になるんだもの。家族を...守る人になるんだもの!ジークだって家族なんだから!」
...この子はおれや父と同じように運命を「選べなかった子」だ。だがそれと同時に「選ばれなかった子」でもある...。
ある意味この子の背負っているものは、おれよりも過酷だ。
それでも自分なりの誇りを持って、理不尽な現実を乗り越えようとしている―。
そこに至るまでの娘の心境を想うと胸が熱くなってきた。
「ねえパパ...わたし、大丈夫かな...今からでも...いいお姉ちゃんに...なれるかな?」
「なれるよ...ミカサ」
ここでおれはひざまずき、娘をしっかりと両腕で抱きしめた。
「お前は強くて優しい子だ...。いいお姉ちゃんにも、立派な兵隊長にも、ちゃんとなれるよ」
「パパ...ほんと?」
抱きしめた娘の体はまだまだか細く小さい。この小さな体で葛藤と戦っていたかと思うと胸が痛み、いっそうこの子が愛おしく感じた。
「兵隊長でいることは楽じゃない...。辛いことも苦しいことも沢山ある。だけど...お前が家族を守るように、家族もお前を支えてくれる。パパも...生きてる限りはミカサの側にいるからね。だから安心して、胸を張って生きるんだよ。パパはいつもお前の後ろにいるから」
「ありがとう...パパ!」
娘が小さな手でおれの背中にしがみついてくる。こんなことをしてくれるのも今日が最後だなー。
「パパ、滝の音すごいね」
「そうだね」
話し終えた後、おれとミカサは暫くの間滝を見つめていた。
この子が歩けるようになってから、何度ここに連れてきたことだろうか。
ミカサは今後は親とではなく恋人とこの場所に来ることになるだろう...。父親としては複雑な気持ちも多少はある。
そしていつかは我が子を連れて、母としてこの場に...。
この堂々たる滝の姿は遥か太古の昔から変わらない。
人間だけが世代を重ね、移り変わっていく。
「わたし...今日のこと忘れないね。大人になっても辛くなったら思い出すね」
「そうか...自分を支えてくれる思い出ができるのはいいことだね。」
おれは龍騎士になり、祖父が言うような「自由な存在」に成りえたとしても、決してドルム山を離れることはできないだろう。おれの運命は生まれた時からあの場所に固く結び付けられている。
今まではそのことは「束縛」としてとらえていた。束縛であっても受け入れるしかない運命だと。
けれど今日初めて、このままドルム山に魂を埋める人生でも...それはそれで良いかと思えた。娘を心から...支えたいと思ったから。そう思わせてくれたのは、娘の健気さと強さだった。
家族を支えていると自負してきたが、おれ自身もまた家族に支えられているー。
家族とはそういうものなのだろう。
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こうして、娘に残された「子供の時間」は着々と過ぎ―
216年1日。
昼一刻の成人の儀を持って、娘は美しい大人の女性へと変身を遂げた。
「お父さん、お母さん...私はこれから将来のコロミナス兵隊長として...家業に探索に尽力します。どうかこれからも、よろしくお願いします」
おれたちに落ち着いた声で挨拶するミカサの姿はとても凛々しく、将来の兵隊長としての風格を十分に漂わせている。
「ほんとにお姉ちゃん?かっこいい!綺麗!素敵!」
「ねーちゃん、大人になったぁ...すげぇ...」
下の子供二人にとっては、姉の変貌は大きなインパクトを与えたようだ。特にジークは口をあんぐりさせて驚いている。
昨日までの「自分を追っかけまわしていたおっかないねーちゃん」の面影はどこにもないから無理もないだろう。
「ジーク」
ミカサは弟に優しく声をかけた。
「良かったら...今持ってる絵本...読んであげようか?」
ジークはほんの一瞬だけ躊躇したが...
すぐに「うん!」と笑顔で返事をした。姉の内面が変化したのを、無意識に感じ取っているのか。
「じゃあ、おいで」
「わぁい!」
ジークは姉の膝に飛び乗った。
「これは水の魔術師エリア様のお話だね...」
膝に乗せたジークの髪を撫ぜながら、絵本を読み聞かせる娘の姿は妻のオリンピアによく似ている。
そこに不思議な命の繋がりを感じた。
娘はきっと、コロミナス家をしっかりと守って行ってくれるだろう。
おれたちがガノスに召された後も-。
おまけ:〚子供→大人への変化+加齢について〛
ゲーム上ではご存知の通り、儀式でおもむろに「子供→大人」へ「変身」しますよね。
プレイヤーの解釈も様々で、ゲーム上のアレはあくまでもシステム的なやむを得ない表現で、実際は普通の人間と同じように徐々に成長していると捉える方、ゲーム同様「一気に変身」と捉える方...様々で興味深いです。
わたしの場合は...ゲーム同様「成人の儀で子供→大人に変身する」形をとることにしました。エルネア世界の彼らは、地球人類とは別の「そういう種族」なのです!そうなのです!
プレイしてても肌感覚として「変身」として受け止めていて、成人直前の子供キャラクターが思春期のミドルティーンにはとても変換できなくて(^^;...感覚のほうを優先することにしたのです。
もう一つ「加齢」についても補足させていただくと...
わたし個人はPC+周辺の親しい人物が白髪になったらすぐ髪染めしちゃって、あんまり「お年寄り」として見ていないところがありまして...そのためブログ上の人物も実際は熟年なのにも関わらず言動が若くなってしまう時があります。
(カールも最後は地球換算63歳なんですが、全然そういう風には描けませんでした
(^^;)
実年齢考えると全然リアルじゃないし、年齢なりの渋さを逆に好まれる方には違和感があるかもしれませんが、自身の妄想ながらもプレイ時の感覚を生かしたい気持ちがありまして...その辺はサラッと生暖かく見過ごしてただけると...大変ありがたいです。