迷い道の真中で。
前回までの話でエルネア杯前年まで行きましたが、ここでちょっととだけ時を巻き戻します。時系列的にはその約半年前...カールが亡くなって7-8日後から始まるエピソードです。
”イグナシオを倒せ。それがあいつを龍騎士の呪縛から解放することにもなる”
私にとんでもない宿題を残して、兄はガノスへ旅立ってしまった。
勿論自分は騎士隊の一員であり、オブライエン姓を継ぐ一人でもある。
通常であれば迷うことはない。試合で相見えた時は、例えそれが親族であろうと全力で叩きのめすのみだ。
だがー。
甥は特別な使命を背負っている。
龍騎士となり新たな力を得、その力を更に次世代に引き継ぐという使命だ。
私が甥を倒すということは、その甥の仕事の邪魔をすることにもなるわけだ。
私個人の武術職としての誇り、騎士隊としての面子、一族の名誉。
それらは果たして、イグナシオが果たすであろう仕事より大事なものなのだろうか?
いつアベンの門が開くかもしれないこの世界にとって...。
そう思う一方で、あの時両肩に置かれた兄の手の重み、そこに込められた想いの強さもまた、振り切ることが出来ない自分がいた...。
「ガイスカ、もうそれぐらいにしておけよ」
ポムワインをもう一杯...とボトルに手を伸ばしたところで、騎士隊の同僚兼親友のブレソールに手首を掴まれ制止された。
「まだ二杯しか飲んでない。全然平気だよ」
「俺が何年お前と付き合ってると思ってる?お前の限界は良く解ってるからな。お前が酒飲んでぶっ倒れた事件は俺が全部目撃してるの忘れるなよ。こないだのエルネア杯後の飲み会なんか酷かったじゃないか...酔っぱらって散々グラハム君に説教した挙句...」
「わかった。もういい。飲まないよ。」
...兄が龍騎士になった際の祝勝飲み会の際の醜態を思い出した。幹事のアシエルがワインと火酒を注ぎ間違えたせいで酷い目にあったんだった...。といっても自身には記憶が殆ど残っていないが、それが却って恐ろしい。
飲酒が嗜みの範疇を超えて現実逃避の手段になることの危険性は良く解っている。ブレソールの言う通りだ。
「お前とは付き合いが長いから、お前が柄にもなく深酒したがるのはどういう時かもわかるつもりさ。話なら聞いてやるから、言ってみな。ほら」
友は手のひらをこちらに向けて、私が打ち明けることを促す。
...目の前の憂鬱に一人で向き合い続けるのに疲れたことは確かだ。こう言ってくれる旧友の存在は有難い。といっても全てを話すわけにもいかないが...。
「ブレソール、君も昨年の魔獣討伐に参加していたよね」
「...あぁ。俺の実力じゃ牧場ゲートの弱い魔獣を相手するのが関の山だったが。その点お前は流石だよな、甥っ子の一家と組んで結局魔獣討伐を成功させた。大したもんだよ」
ブレソールは騎士隊では中堅どころに位置している。決して下位の騎兵ではない。
いやそもそも、例え下位であっても騎士隊の16人は選抜試合を勝ちぬいた精鋭ぞろいのはずなのだ。何百人という国民の中での武の頂点ともいえる。それでもその程度でしかない-。
副隊長を務める私とて彼らと大差があるわけではない。途中から兄に替わり危険なエリアの討伐に加わったのは事実だが、「強力な助力者」なしでは到底、最後まで持ちこたえられなかっただろう。
その助力者こそかつての龍騎士-甥イグナシオの身体を借りて一時的に蘇った父ファーロッドの祖霊だった。
「...私は別に大したことはしていないよ。同行者が強かっただけさ。...まぁそのことは置いておいて、これは...大きな流れで見たら、何かの予兆だとは思わないか?」
ブレソールはぽかんとした表情を返す。
「予兆...?何の?」
「父が若い頃にも似た事件は起こったそうだよ...。その時は帝国時代の機兵の暴走だったようだけど、背景には次元の向こうで糸を引いている存在がいたかもしれない。何にせよ例の「エッジの日」から800年あまりの歳月が流れたというのに、未だ次元の裂け目は頻繁に出現し、我々の世界に脅威を与え続けているのは確かさ。過去に起こった同様の事件を時系列で追って見て行くと、時代が進むにつれて発生の間隔が短くなっている...つまり...」
私の話に聞き入っていたブレソールはここで大きく目を見開いて言った。
「アベンの門の封印が解けかけてるってことか!」
「...だと思う。勿論、それがいつになるかは我々には解らないけどね。明日かもしれないし、数千年後かもしれないし...」
「...悩み相談のつもりが、いきなり壮大な話になったな...」
ここまで話すと、目の前の旧友は暫しの間腕組みをして考え込んでいた。
...が、そのあとやおらポムの火酒をぐいっとあおった後、笑顔で切り返してきた。
「昔からだが、お前の洞察力と責任感にはほんとに感服するよ!亡き隊長...「偉大な龍騎士」の後任を任されてるわけだから、色々考え込んでしまうのも無理もない。確かに平和に見えるこの王国にも、いつなんどき厄災が襲ってくるか解らない。だがな..」
そう言いながらブレソールはテーブルに置かれた私の手をぽんっ、と軽く弾く。
兄といいこの幼馴染といい、人の身体のどこかしらに手を置いて諭すのが好きなようだ。思い返せば姉もそうだ。私はそんなタイプの人間に縁が深いのかもしれない。
「何にしたって、俺達武術職のやることは変わらないだろ?その脅威に備えて日々腕を磨く。極めてシンプルだがそれが唯一の道さ。それに各事象の調査や分析自体は魔銃師会の仕事なんだから、騎士隊員であるお前が過剰に心配することはない」
「それはそうだね...」
確かにそうかもしれない。だが...
それだけでは足りない。
我々の力だけでは...せいぜい次元の裂け目からチョコチョコとやってくる魔獣に対抗するぐらいが関の山だ。
そして個人個人が鍛錬を積んで強くなったとて、残念ながらその寿命は有限だ。龍騎士たる父も兄も寿命には抗えなかった。
しかしもしその力を...世代を超えて受け継ぎ、更に高めていけるのであれば、「来るべき日」、来襲するアンゲロスの軍勢を迎え撃つ大きな切り札になるはずだ。
父ファーロッドはそう考え、遺跡で発見した「継承の魔法」※を迷いなく使い、まだ子供だった姉マグノリアにその力を引き継がせた。今その力はイグナシオの中にある。
兄はそれが姉と甥を苦しめる結果になったと、父の決断に否定的だったが...
私は魔獣討伐を経験してから、むしろそれは必要悪だったのでは...と考え始めている。
イグナシオも多分同じ考えだろう。
「再来年はエルネア杯だ。騎士隊としての連覇の期待が実質NO.1のお前にかかってる。先の脅威を必要以上に憂うより、目の前の試合を大事にしろよ。結局はそれが王国を護ることにつながるんだからな。ガノスの隊長だって、きっとお前に期待してるよ。俺も、お前ならきっと龍騎士になれると思ってるから!」
そんな単純なものじゃない...と返したいところだが、本来ブレソールの助言はこんな特殊な状況でなければ有難いものだった。単に「偉大な隊長の立場を引き継いだプレッシャー」に悩んでいるだけであれば...。
それでも、こうやって心を寄せてくれる友がいるのは有難いことではある...。
「...ありがとう、ブレソール。お陰で少し楽になったよ」
「それは良かった!また、何かあったらいつでも言ってくれよ。とにかく、一人で深酒をする前にまず俺を呼ぶんだぞ、解ったな」
「ああ、そうさせてもらうよ...」
付き合ってくれた親友には感謝するが、結局心の霧は晴れることはなかった。
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「ええ〜?次は準決勝?隊長には申し訳ないけど、あたし、ラッキーだわ!」
15日のトーナメントは、兄カールが既に亡くなっていたため対戦相手の不戦勝となった。
若い近衛騎兵アサンタ・ラーゴがキャアキャアと嬌声を上げて喜んでいた。死者への敬意に欠ける軽薄なはしゃぎぶりに私は苛々していた。もともと銃持ちの騎兵で武器相性のみで初戦を勝利した女だ。兄にとっては本来敵にすらならない相手のはずだったが、書類上ではこの女に負けたこととなる。尤も不戦敗自体は規定にそった結果なので文句を付けるわけにはいかないが...。
「あ、副隊長〜♪」
視界に私の姿を認めたその女は内股の小走りでこちらに近寄ってきた。
「やあ、アサンタ」
おめでとうとは口が裂けても言いたくなかったので挨拶だけに留める。
「信じられないんですけどぉ〜あたし、準決勝進出が決まっちゃいましたぁー!副隊長と戦うことになったら、お手柔らかにしてくださいね〜。」
腰までの長い髪を必要以上にかきあげながらクネクネと動く、アサンタの武術職らしからぬ仕草に内心嫌悪感を感じながらも、礼儀上顔に出すのは失礼にあたるので作り笑顔で応対する。
「私は17日にアシエルと戦うからその結果によってだね。まあその時は宜しくね」
他の相手であれば容赦しない...位のことを言っただろうが、この女にはその価値すら見出していなかった。そう言うのは相手に武人としての敬意を払えてこそのことだ。
「えー!アシエル〜!あのチャラ男ぉー!あいつ昔、このあたしにもナンパしてきたことあるんですよぉー。まぁあたしぃー相手に不自由してないから断っちゃいましたけどぉ―。そんな奴に負けるわけないでしょぉーうふふっ。」
アシエルがチャラチャラした男であることは概ね同意だが、潜在能力は入隊当初から非常に高かった。特に最近メキメキと実力を上げてきている。もはや侮れない相手だ。この女からすれば同類かもしれないが、実力は較べるべくもない。
「私生活と剣の腕は関係ないよ。彼はあんな風でいて、最近はうちの甥達と一緒に探索に行ってるようだからね。もともと才がある人間が、それなりにでも努力するようになれば怖いものだよ...」
「へー、そんなものですかぁー」
武器相性の有利さのみでこの場所に立っている君には解らないだろうけどねー。
そんな皮肉を言いたくなったが、きっとそれすらも通じないに違いないー。
アサンタに言ったように、イグナシオは最近良くアシエルやランスを連れてゲーナの森へ探索に出ている。本来は山岳兵であるイグナシオがゲーナで実力を発揮できているのは、父や姉から受け継いだ能力あってのことだろう。
-龍騎士の力を持つ者は、直接もしくは間接的に他者の能力を引き上げることができるー。
なぜならば、その能力をもって他者の鍛錬の補助ができるだけでなく、強い者の存在は、他者にとっても目指し超えるべき道標と成りうるからだ。
兄や弟、そして私自身もかつては同じように姉のサポートを受けてゲーナを探索していた。我々が今の地位に就けたのも姉の助力あってのことだ。それを忘れるわけにはいかなかった。
イグナシオが次のエルネア杯で龍騎士になれば、全てのダンジョンの探索権を得る。サポートできる範囲は一気に広がることになる。しかもまだ若い。彼の行動次第だが、組織を超えて武術職全体のレベルの底上げにつながるかもしれない。
結局兄の遺志には反する形になっても、イグナシオが目的を達成した方が、王国にとっては益になるように思えた...。
17日、いつもと違いすっきりしない精神状態のままアシエルとの対戦を迎えたが、現時点ではまだまだアシエルの剣技には粗さと隙があり、そこを突くことで勝利することができた。
「今回はオレ結構探索頑張ったんっすけど、やっぱり副隊長、凄いですね!」
「まだまだ改善の必要はあるけど、今までと違って明らかに進歩が感じられた。やはり努力は裏切らないね」
...ここでいつものようにヘラヘラ笑っていたアシエルの表情が一変し、握手していた手を強く握ってきた。
「...次は追いつきますよ。副隊長はオレの目標ですから!貴方の剣筋、とても綺麗でオレ、好きなんです」
普段見せない真剣な目で見られるとどうにも落ちつかない。
「私ごときを目標にしてはいけないよ...もっと高い志を持たないと」
私はアシエルにそう言い残して闘技場を後にした。
「副隊長、来年からは隊長ですねー!楽しみにしてますよー!」
後からアシエルの声が響いていた。どうやら私の優勝を疑っていないようだ...。
「お前ならできる」兄やブレソールはそう言った。
そしてアシエルは私のことを目標だと...。
残念ながら...私はご期待に沿えるような人間ではないよ...。
本来であれば兄亡き後の騎士隊を背負うべく、それでもここで奮起せねばならないのだろう。
だが一方で、組織の人間としての立場を離れた自分の答えは異なっていた。
イグナシオが龍騎士になれば、その時点で彼の束縛はひとまず解かれる。
何よりも、イグナシオに希望を託した姉の願いも成就する...。
それを望んでいる自分も確実に存在している。
こんな迷いを背負った人間が、騎士隊の長として果たして相応しいのだろうか?
心は千々に乱れたまま、私は準決勝を迎えることとなった。
「今からホントに準決勝なんですね〜!あたし、やっぱり、ラッキー!」
...ああまったく...五月蝿い。
目の前のアサンタの相変わらずの軽薄さに気勢を殺がれる。
「この幸運をどう活かすかは君の戦い次第だよ。楽しみにしてるからね」
「はぁーい!ヨロシクおねがいしまーす!」
嫌な相手だ。話しているだけで疲れる。
銃持ち騎士の対処法など十分心得ている。こんな試合はさっさと終わらせてしまおう...。
「互いに礼」
「はじめっ!」
神官の合図で試合が始まる。
「...!!」
あえて先手を取らせて相手の銃の軌道を読む戦法を取ったが、それが裏目に出てしまった。僅かな勘の狂いが、普段なら避けれるレベルの攻撃をまともに受ける羽目になった。
-迂闊だった-
本来銃持ち相手には細心の神経を払わねばいけないのに、今まで勝ってきた無意識の奢りからそれを忘れていた...。
「勝者、アサンタ・ラーゴ!」
結局計算が外れた焦りから自身の攻撃もうまく機能せず、私はアサンタに敗れた...。
「え、スゴイ。あたし、副隊長に勝っちゃった、キャー!」
アサンタは無邪気に飛び回って喜んでいる。
「おめでとう、アサンタ。見事だったよ」
内心屈辱感があったが、それを隠して平静を装って握手した。
「はーい!ありがとうございます。こうなったら優勝目指して頑張りまーす!」
アサンタはそう言って家族のもとに駆け寄ろうとしたが、その前に立ち止まってくるりときびすを返してきた。
「あ、副隊長」
「?」
「このあいだ、努力が大事って仰ってましたよね!だからあたし、今回カルネに行ったりして鍛えてたんです〜!そしたら勝っちゃった〜。やっぱり努力って大事ですね、ありがとうございます〜」
「...それは良かった...」
ここで私は、自分が先入観で相手を侮っていたことを理解した。銃持ちと言うだけで、向上心のない人間と勝手に決めつけていた。私の言葉が届くはずなどないと...。
結局、私の負けは必然的なものだったのだ...。
「副隊長」
再び去っていくアサンタの後ろ姿を茫然と見つめていた私のところに、アシエルが声をかけてきた。振り向くとなんとも不満げな表情をしている。
「どうしたんです...全く、あなたらしくない試合だった」
「...私らしくない?私はもともと、こんなものさ。君は誤解をしているよ」
「そんなわけないでしょう。オレは入隊してからずっと、あなたの戦いを見てきたんです...。だから、解ります。あなたらしくない」
...自分らしくない、か。
確かに自分を見失っていたと思う。
騎士隊長の代理という立場にありながら、無様な戦いぶりを晒したことを恥ずかしくも思っている。
そうだ。
自分を大した人間と思っているわけではないが、やはり誰であっても負けたくはない。誇りを持って戦いたい。
結局自分にも「武人の本能」というものがしっかりと根付いているのだった。いかな理由があっても、そこに蓋をして戦うことはしたくない。
「アシエル、自分にはよく解らないが...そう言ってくれるのは有難いかもしれないね...」
エルネア杯の開催まではあと1年ある。
イグナシオ、果たしてお前とどう戦うべきかー。
騎士隊員として、遺言を託された弟として、そしてそれら全ての柵を外した一個人として、それぞれ相反する意思が自分の中で交錯している。
自分の在り方を今一度整理するのに、長い一年となりそうだった...。
※捏造設定「継承の魔法」について
ゲーム上で「PCの特権」となっている「武器と能力の継承」。
当初は「龍騎士ならだれでもできる」魔法として考えていました。
初代ファーロッド以前の龍騎士が魔法を使わなかったのは、龍騎士になった時には既に子供が成人していたり、子供に武の才がないとみなしたなどの事情があったからだと。
じゃあ、初代長男カールの場合はどうするの?って問題は...
カールが龍騎士になった時点では、次男アルドヘルムがギリギリ子供。引き継げるのに引き継がなかった理由は「兄ランスを「選ばれなかった子」の立場にすることで発生する「兄弟の確執」を避けるため」あえて引き継がなかった...という設定を作っていました。これはこれでその後のランスとアルドヘルムのドラマを作れるので、美味しい設定ではあったのですが...
しかしゲームを進めるにつれ「PC以外の龍騎士」がボンボン誕生し(今はむしろNPC龍騎士を見る方が楽しい)、その龍騎士たちが全員あえて「引き継がない」というのもご都合主義すぎるやろ!と思い、「龍騎士ならだれでも引き継げる」設定をここで没にすることにしました。
そこで代わりに作ったのが「継承の魔法」の設定。この魔法は「最初に使った者とその継承者」にしか使えない」ことにしております。初代は魔銃師だったので、禁断の遺跡でこの魔法が書いた魔術書を発掘したのです!それでも突っ込みどころ満載課と思いますが、まあこれも生暖かく見過ごしていただけると...。