遠くから来て遠くまで。

エルネア王国プレイ中に生じた個人的妄想のしまい場所。

遺言。

「...じゃあ、これで一通り引き継ぎは終わったかな。お前が後任で安心だよ。今までも事務仕事はかなりお前に頼ってきたからな...。本当に助かってた。ガイスカ、ありがとう。」

兄はいつもと変わらぬ笑顔をこちらに向けながらぱたん、とノートを閉じた。

2日の着任式が終わった後、兄と私は隊長居室で業務の引き継ぎに追われていた。

とりあえず新年の誓いと着任式に影響はなかったが、それでも兄に残された時間は僅かしかないのは明白だった。

その時がいつ起こっても騎士隊の業務に影響がないよう、副隊長である私が業務を把握しておく必要があった。ましてや兄は今年は評議会議長にも選ばれている。こちらも私が繰り上がりで代行する予定になっていたから猶更だ。引き継ぎの内容は多岐にわたり、終わったころにはもうとっぷりと陽が暮れていた。

 

「カールも、ガイスカ君も、お疲れ様。良かったら、さあどうぞ」

机の上に広げた書類を二人で片づけていると、義姉のアラベルがホットミルクを持ってきてくれた。

ミルクの優しい香りが周囲にふわり、と漂った。

「いつもありがとうございます...お義姉さん。いただきます」

「俺としてはここで一杯やりたい所だけど、お前が酒に弱いからな。まあ、普段使わない頭を使った後は、甘い飲み物も悪くない」

「本当にそうだね。私も流石に情報量が多すぎて、頭がパンクしそうだったから、有難いよ。お酒だとそのまま眠っちゃいそうだしね...」

お互いホットミルクのカップを手にしながら、顔を見合わせてくすりと笑った。

私が副隊長に昇格したときから、ずっと二人三脚で業務をこなしてきた。こんな風に仕事の後のひと時を過ごすのも、ごくごく当たり前の習慣だった。

しかしその「当たり前」はもうすぐ消えてなくなってしまう。

そのことを思うと憂鬱になるばかりだったが、「頼むから湿っぽく接するのはやめてくれ」という兄の要望により、私はつとめて平静を装う必要があった。ここで暗い顔を見せるのは、兄本人だけでなく、義姉に対しても良いとは思えない...。

 

「さてと、じゃあ、今日はもう帰るよ。」

兄や義姉としばらく談笑した後、私は椅子から立ち上がり帰り支度を始めた。
「あらガイスカ君、夕飯食べていかないの?」

残念そうな義姉の様子に、兄はすかさず茶々を入れてきた。

「おいおい、エリスちゃんの料理は天下一品なんだぜ?エリスちゃんはこいつにべた惚れだから、毎日これでもかとご馳走作って待ってるんだ。アラベル、妹の生きがいを奪うなんて野暮なことするなよ」

※ガイスカ君の妻エリスちゃんはアラベルちゃんの妹でもあります(^^)末の妹グルナラちゃんはもう一人の弟グラハムの妻。姉妹三人ともオブライエン家に嫁いだのです☆

「そう、そうそう、そうだったわね。ガイスカ君、妹によろしくね」

「ええ、エリスに伝えておきますよ。ミルクご馳走さまでした。それじゃあ...」

帰ろうとしたところで、兄が呼び止めた。

「ガイスカ、途中まで送っていくよ」

「...兄さん、私は子供じゃないよ...、と言いたいところだけど、折角だから送っていただこうかな」

いつもここで別れているのにどうしたことかと思ったが、逆に何か話したいことがあるのかもしれない。兄の誘いに乗ることにした。

「おう、じゃあ、行こう。アラベル悪い、アルドが帰ってきたら先に夕飯済ませてもらって構わないから」

義姉はしょうがないわね、と言いたげな表情をした。多分兄の意図をわかっているのだろう。

「解ったわ...あなたも、エリスが待ってるんだから、ガイスカ君を早く解放してあげてね」

「はいはい、ご心配なく」兄は手をひらひらさせながら、私と一緒に隊長居室を後にした。

 

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「...さて、ここら辺でいいか。」

城下通りの私の家に向かうはずが案の定、兄の足は城門ではなく、城の中庭の方向に向かっていた。特殊な条件下でしか入れないダンジョンの入り口が並ぶ場所で、兄はようやく足を止めた。各ダンジョンから緑色の光が不気味にぼう、と漏れている。

「どうしたの、兄さん...一体?」

「すまないな、大した話じゃ無いんだが...あんまり、アラベルの耳には入れたくなかったんだ...基本、仕事の話ではあるんだが」

確かに近衛騎士隊の隊長・副隊長として外部に漏らしたくない話というのはある。だが、「騎士隊長の居室」はそういう話をするための場所だ。騎士隊長の家族は隊員同様、そこで話されたことに対して守秘義務を負う。

義姉は当然弁えているはずなのに、耳に入れたくないとは一体なぜ。

 

「次のエルネア杯の話だよ。これまでの目の上の瘤は魔銃師会だったが...これに関しては実は心配していない。あそこは世代交代が上手くいっていないし...お前が前回の大会で、対魔銃兵の戦法を皆に共有してくれたろう?多分次まではそれで凌げると思う」

あの時、私は何としても決勝に進出したかったので、目の前に立ち塞がる魔銃導師を倒す必要があった。そのために徹底的に研究した魔銃兵対策のノウハウを、日頃の訓練の中で隊員たちに伝授していたのだった。

魔銃兵だけではなく、騎士隊で横行する「銃持ちの騎兵」に対する牽制策でもあった。武器相性だけで勝ち抜かれて要職に就き、エルネア杯の貴重な枠を潰されるのは避けたかったからだ。

しかしそんなことはわざわざ、この場所で言うことか?

「まあそうだけど...魔銃師会だって馬鹿じゃない。前回の対策で全て切り抜けられるとは思わないけど?」

「四人全員は無理でも、半分は片づけられたら十分だ。あとは...」

兄は一瞬だけ黙った後、普段の兄に似つかわしくない皮肉さを秘めた表情で言葉を続けた。

「山岳兵団が始末してくれるさ...」

今は引退した義兄が兵団長に就任して以来、山岳兵団が力を付けているのは事実だ。新しい団長は息子のイグナシオだが、その路線は恐らく変わらないだろう。

確かにこのままでは、形としては騎士隊と山岳兵団が挟撃して、魔銃師会を抑え込む形になるに違いない。それにしても別に、これは義姉を避けるような話題ではない。

「そして、その山岳兵団の中心になるのは俺達の甥...イグナシオだ。あいつは父さんとマグノリアの力を受け継いでる。必ず決勝まで登ってくるだろう」

...!

話の糸口が見えてきた気がした。義姉と姉マグノリアは親友だ。その親友の息子に関わることは、義姉の耳には入れたくないだろう。

「...ガイスカ」

私の名を呼んだ兄の顔は、いつもの陽気で屈託のない姿とは全く異なっていた。

私は本当に、兄と話しているのだろうか...。

「次のエルネア杯は確実に、お前とイグナシオの戦いとなるだろう...だから...」

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イグナシオを倒せ」

その時、その場の空気が凍り付いたような気がした。なぜだかは解らない。

「お前ならできる」

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そう私に告げた兄の目は、いつのまにか緑色に変化していた。この色と輝きはー。

闘技場で見た、あの護り龍の鱗の色と同じだった。

ドラゴンドロップ!

龍に打ち勝った者、「龍騎士」へのバグウェルからの贈り物。護り龍の力の源。

それを口にした者は、潜在能力を飛躍的に向上させることができるというー。

龍騎士となった兄がドラゴンドロップを口にしたのは間違いない。しかしー。

同じく能力増大の効果を持つ、ウィム族の秘薬ラムサラは、実はこのドラゴンドロップの成分に似せて作られたという噂だった。そのラムサラにも、瞳の色を変える効果があった。

-ドラゴンドロップとラムサラの大きな違いは、精神への影響の有無だよ。ラムサラは下手したら摂取した者の精神、特に他者への共感や労わりの部分に大きな影響を与える。しかしドラゴンドロップはそんな心配をしなくていい。これが護り龍の聖なる力と、紛い物の人造品との違いさー

かつて父はそう言っていたが...本当にそうだろうか?

本当にドラゴンドロップは、人の心に影響を与えないのか?それが悪しきものでないにせよ...。

私の驚愕と困惑をよそに、兄は淡々とした口調で話し続けた。この口調も兄らしくない。

「イグナシオは...父さんが残した、我々に対する挑戦状のようなものさ...。イグナシオと戦うことは、即ち父さんと戦うことでもある。最強の龍騎士に勝ち、それを超えることこそ俺達、今の人間に与えられた課題なんだよ。お前なら...できるだろう?」

兄は普段なら絶対しないような、挑発的な笑みを浮かべていた。緑の瞳がいっそう輝きを増している。

兄さん、何を言っている?

私にそれができるとでも?

私は父に勝てるなんて今まで一度も思ったことがなかった。それなりの力を付けた今でもそうさ。それは兄さんに対しても同じだ。私は兄さんが思ってるほど、強い騎士ではない。

私が彼に対して有利な点があるといえば武器相性だけだ。だが、イグナシオは討伐の報酬で、それすらも克服する武器を得たという。そんな武器にビーストセイバーで立ち向かえと?

イグナシオに勝てる可能性があるのは、龍騎士のスキルと武器を持つ、兄さんだけじゃないのか?

「......」

「...それに」

私が返事をしかねて黙りこくっていると、兄の声のトーンが少し下がったような気がした。目の色も少しずつ、元の青に戻りつつあった。

「イグナシオは父さんの妄執に囚われている...。龍騎士の幻に縛られているんだ。そんな幻に...あいつが犠牲になることは..ないんだ。力の継承なんてしなくても、人間はそのままで一人で強くなれる。そのことを、俺は良く知っているんだ。だから頼む...あいつを倒すことで、あいつを開放してやってくれ...」

その声は、私が知っているカール・オブライエンのものだった。そこには絞りだすような生身の感情がこもっている。私は少し安堵した。

兄はそう言いながら私の両肩に手を置いたが、想いを訴えるときに肩に手を置くのも兄の昔からの癖だった。

「兄さん...」

倒すことで、妄執から解放する...か。

本当にそうだろうか?

イグナシオは、龍騎士になることだけを目標に生きてきた。自分の心を犠牲にしてまで。その彼を倒すことが本当に彼の開放に繋がるのか?

むしろそれこそ、今まで彼が生きてきたことを全否定することになるんじゃないの?

また、良かれと思ってイグナシオに力を託した、姉マグノリアの姿も心に浮かんだ。

姉さんは父の妄執に操られて、イグナシオに引継ぎをしたわけじゃない。

それなのに兄さん。開放してやるなんて...それこそ傲慢だよ..。

兄さんは自分の生きてきた世界しか見ていない。イグナシオの世界は見えていないんだ。

だがそれを告げるのはためらわれたー。兄がそのことに向き合うにはもう、残念ながら時間がない。

 

だからただ、私はこう答えるだけだった。

「解った。イグナシオを呪縛から解放するのは、私の役目だね。私に任せて」

-兄さん、任せてほしい、「開放する」その役目は引き受けよう。ただしそれは、私のやり方になるけれどー

「ガイスカ、ありがとう。後は任せたぞ...」

安堵の表情を見せる兄の姿には、もう「緑の目の龍騎士」の面影は消えていた。

 

「さあこれで、仕事の話は終わりさ」

兄は溜息をつきながら、そしてゆっくりと目を閉じた。

「後はー、どうか祈っててくれないか。俺が5日まで、なんとか戦える状態でいられるように...。俺はランスと戦いたい。ランスと戦えれば、あとはもう本当に、何も望むことは無いんだ...」

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兄の長男ランスは昨年無事騎士選抜を突破し、5日の初戦では新人騎兵として、騎士隊長である父親と対戦することになっていた。

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イグナシオを開放するにはどうするべきなのか、そもそもその必要があるのかすら、私にはまだ解らない。

 

ただ...ガノスへの旅立ちが近い兄の最後の願い、その願いには純粋に、弟として心を添えていたかった。

 

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「兄さん...そうだね。私も祈るよ。兄さんとランスが無事に対戦できるように...」