イグナシオ編おまけ:マブダチになった日。
話の流れをブッタ切ってすみません(^^;重たい話が続いて中の人がちょっとしんどくなったので息抜きに番外編。時間軸は「性格を変える薬」1・2・3とほぼ同じくらい。
「サンチャゴ、お隣のイグナシオ君と遊ばないの?せっかく同い年の男の子がいるんだから、遊べばいいのに...」
「やーだ!あいつ、ナヨナヨしてて弱虫だから、きらーい!」
俺はプラマー家、イグナシオはコロミナス家の跡取りで、それぞれ山岳の家1と2に住んでいる。同じ山岳長子、しかも同級生でご近所...という「友達になる最高条件」を満たしているというのに、俺はイグナシオとは滅多に遊ばなかった。
お袋に言ったように、ナヨナヨしているあいつと行動派の俺とは気が合わない...、ということもあるが、今更だから恥を忍んで言うと...実はあいつがやたらと女の子にモテるのが気に入らなかったからだ。イグナシオは無駄に女友達が多かった。それも結構可愛い子ばかりだ。更に年上の美人からもモテテいた。
「サンチャゴ君、乱暴だから、あそばなーい!あたし、優しいイグナシオ君と、あそぶっ!イグナシオ君、いこっ!」
「う、うん...」
そんな感じで、何度女の子を横から掻っ攫われたことか...。いや別に、イグナシオ本人が掻っ攫ったわけじゃないんだが、俺にとってはそう見えていた。
更にそんな時、イグナシオがなんとも困った顔をしてコッチをチラチラ見ながら、女の子と去っていくのもイライラした。
俺を置いていくのがそんなに気になるなら、お前が仲立ちしてくれればいいだろ!俺だって、お前と全く遊びたくないかというと...そんなことは、ないんだ。
イグナシオ自身は俺と仲良くなりたかったのか、それなりに話しかけてきた。だが俺は上述のこともあって、こいつのことが気に入ってなかったので、わざと「ボクと仲良くなりたいなら鳥石を見つけてこいよ」と無理難題を持ちかけたりしていた。鳥石はそんなに簡単に見つかるもんじゃないのに。
結局「サンチャゴ君、ごめんね...見つからなかったよ..」なんて申し訳なさそうに言ってくるので更にイライラした。
そういうわけで、俺とイグナシオは大して仲良くならないまま成人した。もし俺達が普通の国民であったなら、きっとそのまま互いの距離が縮まることなくそれぞれ結婚し、完全に疎遠になっていただろう。
だが俺達は、「山岳長子」という特殊な立場にいた。
将来の兵隊長となるべく、成人直後から武術職の一員として日々鍛錬を行わなくてはならない。同世代の国民とは練習試合が出来ない自分たちにとって、お互いは練習相手として必要な存在だった。気に入らないなどと言ってる場合ではなかったのだ。俺達はしょっちゅう組んで試合をすることになった。
とはいっても俺にとってはイグナシオは「いいカモ」みたいなもので、試合をすれば大抵俺が勝つ。はん!弱っちい奴!そう思っていた。
あのイグナシオが弱かったのか...?と思い返すと実はそうではない。イグナシオに先手を取られる方が実は多く、そのたび「やばい!やられる!」と何度か思ったものだ。
なのに奴はいつも、なぜかそこで一瞬躊躇するのだった。
誇り高きプラマー家の嫡子たる俺様を舐めてんのか?いっぱしの戦士なら先手を取ったらブチノメスのが当たり前だろうが!
「もらったぜイグナシオ、はああっ!」
その隙を逃さず反撃し、結局俺の勝ちとなる。
「大丈夫?サンチャゴ君、痛かったでしょう?ほんとに、ごめん...」
まれにあいつが勝つと、こんな感じで無駄に心配をしてくる。
そりゃあ、技を受けたら痛いに決まっているが、俺が勝った時はお前だって痛いだろう。戦う以上お互い様だ!そんなこと気にすんじゃねえ!
...結局勝っても負けてもイライラする。
イグナシオは終始こんな感じだったので、可哀そうにこいつは一生、兵隊長になっても周りにいいカモにされて、いつもヘラヘラヘコヘコして過ごすんだろう...。ま...しょうがないから、その時は俺がかばってやってもいい...そんなふうに思っていた。
-あの時までは。
ちょうどエルネア杯の狭間にあった休日だったか...俺はいつものようにイグナシオを練習試合に誘った。
「ああ、別に構わないけど...?」
この俺と試合するのに「別に構わない」だと?何だその言い方は...いや、そもそもコイツってこんな口調だったか?
違和感を感じながらも、イグナシオが一人で先にスタスタ闘技場まで歩いていくので、それ以上は突っ込めずにいた。
「闘技場の使用料は120ビー!イグナシオ、用意はいいか?」
「そんなのいいに決まってるじゃん。さっさと始めない?」
...ン?
違和感は更に高まったが、とりあえず試合を終わらせてから突っ込むことにしよう。
「正々堂々、いざ!」
カキィン!
...えええ?
気づいたら俺はイグナシオに先手を取られ、反撃するまでもなく吹っ飛ばされていた。
ドシャアン!俺は盛大に地面に尻餅をついた。情けないが打ち付けた臀部が痛い。
「はい、終わったね、じゃ、おれはいくよ」
イグナシオは踵を返して、またスタスタと闘技場を出ていこうとする。
ちょっと待て!
いつものイグナシオなら、ここで駆けつけてきて「サンチャゴ君、大丈夫?」じゃないのか?なんでそうなるんだ?
「イグナシオ、待てっ!」
俺は臀部をかばいながらよろよろと起き上がり、イグナシオを呼び止めた。
イグナシオは振り向いた。
「お前っ...いつもみたいにオロオロしろとは...言わないがっ、一応、た、倒した相手の怪我の様子ぐらい...確認しろ!この馬鹿野郎!」
イグナシオの表情が一瞬固まり、それからおもむろに神妙な面持ちに変わった
「そうだよな...。おれ...全く気が回ってなかった。サンチャゴ、ごめん、ほら」
そう言って、俺に肩を貸してくれた。
臀部をさすりながら歩くのはみっともなかったが、イグナシオが上手く支えてくれたお陰で、歩くのに支障はなかった。
幸い打撲の痛みは一時的なものだったらしく、家路に向かううちに少しずつひいてきた。
「これ、祖父ちゃんからもらった薬だから、よく効くと思う。家に帰ったら使って」
別れ際、イグナシオが薬を差し出してきた。こいつの祖父は魔銃導師なので、効能はお墨付きだ。
口調や態度はいつもと全く違うが、こうして薬を差し出す仕草は変わっていなかった。
いつも過剰に心配してくれていたので、心配されること、手を貸してくれることが当たり前になっていた。
「...大した怪我じゃないのに、いつも悪いな。ありがとう。」
これまでろくに言えなかった、この一言が自然と出てきた。
イグナシオの表情は再び固まった。
「...いきなり言われたら気持ち悪い。じゃ、また。薬しっかり塗っとけよ」
...そして返ってきた言葉がこれだ...。いったい、何なんだコイツは...!
「おう!ガッツリ塗ってしっかり治してやる!また試合するぞ、次は覚えてろよ!
次はお前がこの薬使う番だからな、その分取っといてやるよ!」
「そうなればいいけどね」
イグナシオは振り返らず、片手だけひょい、と上げて別れの合図をした後、すぐ裏の自分の家まで帰って行った。
...何が起こったかよく解らんがいきなりムカツク野郎になったな...。
けど、何かゾクゾクワクワクするぞ?この感情は、一体、何だ?
「飯食いに行かね?」
数日してから、俺はイグナシオを食事に誘った。
初めてのことだった。あれからイグナシオはムカツク野郎に変わったままで、逆に興味が出てきたのだ。
「...いいよ」
別にいいけど、なんて言われるかと思ったら案外素直だった。
「...あのさ」
席に着くと、先に言葉を発したのはイグナシオの方だった。
「ん?」
「おれ...前と違うだろ?気持ち悪いとか...変に思ったりしないのか?」
一応本人にも自覚はあるらしい。
「いや、変には思ってる」
「だろうな...」
そう答える奴の目はちょっと寂しそうだった。そんな顔をされると、何か言ってやりたくなる。
「だが、面白いから、いい!」
イグナシオはまたここで一瞬固まり、それからふっと安堵した顔になった。
「こうなってから、沢山友達が離れていった。勿論それは想定の範囲内だったけど...。」
こいつは交友範囲が広くて友達が沢山いた。あからさまに優しい奴だったからな。俺は自覚してなかったが...だからこそ今まで近づこうと思わなかったのかもしれない。イグナシオに優しくされても、別に友達と思われてるわけじゃなくて、こいつは誰にでも優しいだけだから...って。
「全然態度が変わらなかったのはアシエルだけさ。まあ、あいつはそもそもが大雑把にできてる奴だから...。サンチャゴ、お前が面白いと言ってくれるのは想定外だったよ。...と、元から別に仲良くなかったよな、そういえば」
確かにその通りだが、そう言われると何故かスゴク寂しく思えた。
そうだ、今更だが、俺はこいつと友達になりたいんだ。
「ああそうだな、仲良くは...なかった。だから...」
俺は深く深呼吸して、それから、言った。
「今から友達にならね?お前面白いから、何か好きになってきた」
「好き?いまのおれが?口悪いし素っ気ないし空気も読めないこのおれが?」
身も蓋もないことを自分で言っているが、どうやらそのように、今までの友達に評されてきたらしい。
「いや、その位で、いいんじゃね?前のお前、無駄に空気読み過ぎ。...それにまあ、そんなに...根っこのところは、変わってないと思うぜ、お前。なんとなくだけど」
「そうか...」
イグナシオはしんみりとした表情で俺の話に聞き入っていた。その様子を見て俺はちょっと嬉しくなった。そもそもこいつに何が起こったのか聞きたい気持ちがゼロではないが、俺が今したいのはそんなことではない。
「...と、いうことで、とりあえず!俺達は友達、な!」
俺は持ってたグラスを強引にイグナシオのグラスに合わせて、カチンと音をたてた。
イグナシオは呆気に取られた顔をしていたが、ふいにニヤッと笑って、今度は自分のほうからグラスを合わせてきた。
「友達か...。減る友達もいれば、こうして増える友達もいるとは、不思議なもんだね」
「まあ、そもそも、人間って変わっていくもんじゃないのか?そのたびに、別れがあったり出会いがあったりするのは自然なもんだと思うぜ?とりあえず...今のお前とは末永く付き合って行きたいと思ってるけどな」
俺はちょっと声に力を込めて言ってみた。我ながらいいことが言えたと思う。
「...あーそう?また変わっていくなら、おれ達だってこれからどうなるか、全然わからないんじゃない?」
しかしイグナシオはあっさり切り返してきた。何と可愛げのない奴だ。
「うるさい!この俺様がお前と友達でいるって決めたんだ!お前にもう、拒否権は、ない!」
コイツと俺は山岳長子だ。いずれはお互い兵隊長となり、兵団長の座を巡ってリーグ戦を戦うことになる。言ってみればライバルだ。
でも、ライバル兼親友って、カッコヨクね?
それも言ってみたかったが、切り返しが怖くもあり、聞いてみたくもあり...。
何はともあれ、俺はしばらくこんな感じで、コイツとの付き合いを楽しむことにした。
〚あとがきのようなもの〛
最後までお読みいただいてありがとうございます。
PCをイグナシオに引き継いだ時、仲良しはほぼ女の子。唯一の男の子の友人はここでちらっと名前だけ出てるアシエルだけでした。そのアシエルもこちらがわざわざ仲人したのです。サンチャゴ君は、ご近所・同級生という「仲良しになる要素テンコモリ」にも関わらず、引き継ぎ時点では他人。この後の4代目・8代目もイグと同様山岳育ちですが、こちらはちゃんと山岳長子の仲良しさんがいたのです。ということはイグとサンチャゴ、本来は無茶苦茶相性悪かったのでしょうか...。実際「仲良し」になるには若干時間がかかったのです。もしかしたら「性格変更」が良い風に作用したのかもしれない...ということで今回の妄想...ゴホゴホ番外編が出来上がりました。
本編のほうでは気苦労の多いイグナシオですが、少し和ませてあげたくて、今回のお話を作ってみました。盟友サンチャゴ君は本編の方でもこれからチョクチョク登場しますが、彼とのエピは基本的に楽しい感じで進めていけたら...と思っています(^^)