遠くから来て遠くまで。

エルネア王国プレイ中に生じた個人的妄想のしまい場所。

ローゼルのごとく。

「絶対さぁ...天は二物を与えずさ。ぶっ細工に決まってる!」

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「アシエルさん、やめて下さい!我々近衛騎士隊の創設者かつ偉大なる英雄に何てこと言うんです!」

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アシエルが無礼千万な軽口を叩くので、生真面目なランスが即座に釘を刺す。

...が、アシエルは全く意に介さない。

「えーだってさぁ、見てくれの記録が残ってないって、おかしいんじゃね?伝説ってのは大体において誇張するもんんだろ?フツーの顔でも超絶イケメン扱いするはずさ。それすらないってことは...つまりお察しってこと!」

「アシエルさん!た...たとえそうだとしても、か、顔のことを言うなんて、失礼ですよッ!バチが当たります!」

「おやおや、そんなに真っ赤な顔して。マジ、お前は親父さんと違って堅いヤツだなぁ...。英雄は心の広いお方だ。これくらいの軽口は許して下さるよ...なッ、イグナシオ!」

アシエルはそう言ってヘラヘラ笑いながら、ポムの火酒をあおっている。こいつが何杯飲んだかなんていちいち数えていないが、既に相当飲んでるのは確かだ。が、顔色は全く変わらない。

一方ランスの顔が赤いのはムキになっているだけではないようだ。ランスはちょっと限界を超えてきたかな...ぶっ倒れないうちにそろそろお開きにした方がいいかもしれない。

 

探索帰りに軽く一杯...ということで、おれたち三人は酒場に立ち寄り、暫くは取り止めのない話をしていた。

そのうちエルネア杯の話から横滑りして、初代龍騎ローゼルの話題になっていた。偉大なる英雄の偉業は我が国の誇りであり、その生涯は様々な書物で手を変え品を変え語り継がれ、この国の住民なら知らぬものなどいない。

...が、ローゼルの業績については微に入り細に入り事細かに記されているにも関わらず、その容貌については何も記録がないのだった。

そこからアシエルがと大英雄にとてつもなく失礼なことを言い始めたわけだが、確かに不思議な話ではある。

ランスがこれ以上頭に血が上らないように、おれはとりあえず話題を別の方向に持っていくことにした。

「容貌が伝わっていないのは、複数の英雄の業績をローゼル一人にまとめたからじゃないか...って説もあるみたいだよ。つまりローゼルは”象徴”としての名前であって個人のものでないかもしれない...ってね。」

「何だそりゃ?」

「初代龍騎士の偉業をより強調するためにさ。だから龍と約束をした人物、騎士隊を作った人物、森を討伐した人物...それぞれは実在したけど、別々の人間だったかも...ってこと。...まあこれは祖父の受け売りの話だけど。今となっては真相を知るのはバグウェルのみさ」

「へえ、面白い説だね...!」

学年主席の優等生だったランスは興味ふかげに聞いていたが、アシエルにはどうでも良い話のようだった。

「はーん、象徴ならなおさらイケメンにすればいいんじゃね?そうしなかったってことはそいつらやっぱり全員...ブ...おい、何すんだモガガ...」

「アシエルさんッ!もう、黙って!!」

半分酔っぱらっていたランスは側にあったパンを引っ掴むなりアシエルの口に突っ込んでいた。

が、アシエルの方が無駄に力が強いので形成はすぐに逆転する。アシエルはパンを口から引っこ抜くと逆にランスの手首を掴み返していた。

「ランスくーん...?先輩にそんなことして.いいのかな〜?」

「せ、先輩だって何だって、失礼なこと言う人には、よ、容赦しませんよっ!」

「ほ〜お〜、容赦しないってね〜じゃあオレもちょっくら本気だしちゃおっかな〜♪おいしく、いただいちゃおっかな〜♪」

そう言いながら顔をランスの方に近づける。

...駄目だこりや。

おれも一応兵団長だ。騎士隊員が酒場で大乱闘...なんてゴシップ騒ぎを目の前で起こさせるわけにはいかない。しかも動機があまりにくだらな過ぎる。

おれはアシエルの腕をぐいっと引っ張った。腕力の強いほうをまず抑えるのが定石だ。

「アシエル、いい加減にしろよ。これ以上続けると騎士隊の隊長代理に報告するぞ。お前が大した理由もなく後輩騎兵に襲い掛かったってな」

「たいちょう...だいり?...わっ!!それは困る!!」

アシエルはその言葉に反応して、掴んでいたランスの手首を即座にパッと離した。

こいつは隊長代理...つまりガイスカ叔父さんになぜか弱いのだった。

「そうですよ、叔父さんに言いつけちゃいますー♪アシエルさん大目玉ですよ、アハハハ!」

自由になったランスはケラケラ笑っていた。いつの間にか想定より酔いが回っているようだ。こっちはこっちでこのままにするとヤバイ気がする。

「とにかく、こんなんじゃもうお開きだ。ランス、お前は送っていくから...」

「わかったよ、じゃ、イグナシオ、くれぐれにもガイスカさんには黙っててくれよ...」

アシエルは困り顔で両手を目の前に組んで拝むような手つきをしている。叔父さんの名は必要以上に効き目はあったようだ。

「それは明日以降のお前次第だ。じゃ、またな」

おれはランスの肩を片側から担いで酒場を後にしたー。

「いぐなしお、いいのに...ひとりでかえれるのに...」

「いいから、気にすんなよ」

おれはランスに返事をしながら、頭では全く別のことを考えていた。

ローゼルの容貌は記録がない-つまりどんな顔に描いても構わない”

これは使えるかもしれないー。

 

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アシエルとランスが「英雄ローゼルの顔」を巡ってあわや喧嘩になりかけてから10日余りが経った。もうすぐジークの誕生日になる。

ジークは今年ナトルの一年生になったところで、今の所学舎生活は楽しくてたまらないようだ。友人も増え、下校後は子供同士で元気にあちこちを駆け回っている。

おれは子供たちが学齢期に達した年の誕生日には絵本を贈ると決めていた。

いずれ兵隊長となる長女のミカサには「山岳の祖ドルム・ニヴの生涯」、優しい性格のアニには「ソル様とエナ様の神話」、それぞれの物語の絵本を既に贈っている。

とうとう今回は末子かつ長男のジークの番だ。

ジークには何が相応しいか、おれはとっくに題材を決めていた。

それはー。

 

「今度は龍騎ローゼルの物語を絵本にしてほしいって?いいよ」

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おれの頼みに、叔父は特有の何とも言えないほんわかとした笑顔で応えてくれた。

「いつもありがとう...マティアス叔父さん」

 

マティアスさんはおれの三番目の叔父に当たる。

祖父ファーロッドのの6人の子供たちでは唯一、公的な職業につかなかった人物。

どこか浮世離れのした人物で、いつもワ国の民族衣装を好んで身に着けている。有職者以外は殆どが青の国民服を着用しているこの国で、民族衣装を着るとかなり浮いてしまう羽目になるが、そんなことは全く気にはしていないようだった。 

何故か仕事の中では採掘が好きなようで、山岳兵団のおれたちとっては有難い協力者だ。

「えー?なぜ採掘が好きかって?いろんな石が出て来るから...面白くて...。」かつて叔父はのんびりした口調でそう語っていた。

しかし農場管理官になるほどにはポイントを稼いでいないのが不思議なところではある。ならないようにポイントを調節しているわけでもないのに。

あくせく働いたり武芸を極めることには殆ど興味がないが、いっぽうで叔父は絵画には並々ならぬ才能を持っていた。普段は兄弟達に「不思議ちゃん」とからかわれているマティアスさんだが、絵筆を持つと表情が変わる。

といっても、その才能を活かして一儲け...とは全く考えてはいない所が彼らしく、叔父の画才は専ら親戚の子供たちに贈る絵本を作ることに発揮されているのだった。勿論、おれがミカサやアニに贈った絵本も、マティアスさんの作品だ。

「マティアスはほんとに欲がないよなあ。俺にマティアス位の画力があったら、今頃きっとせっせと名所旧跡の絵葉書でも量産して、旅人に売りつけてるだろうになあ。」

長兄であるカール伯父さんも生前そんな風に話していた。ちなみにカールさんや母マグノリアの画力は...言わないほうが華だろう。

そんなわけで今回も、マティアス叔父さんの好意に甘えてジークの為の絵本作りを頼んでいる。

「僕にとって絵本を作るのは楽しいことだから、全然気にしないでいいんだよ。ところでイグナシオ、せっかくだからこう描いてほしいとか要望ある?」

実はそう言ってくれるのを待っていた。いつもはマティアスさんの多彩な想像力に完全にお任せしているけれど、今回に限っては違っていた。

「じゃあ、遠慮せず言っちゃっていい?ローゼルの顔立ちについて注文したいんだ」

ローゼルの容姿については伝承がないから、色々妄想をかきたてられるよね。お安い御用さ。で、どんな顔にする?」

 有難いことにマティアスさんはノってくれている。ここで自分のイメージに執着しないでくれるのは助かる。

 「おれがイメージする英雄は...目がポイントなんだ。」

 「へえー?どんな目?」

「目は真っ青。川の水源みたいな澄んだ水色」

「はいはい、水源みたいな色...と。目の形はどんな感じ?」

 叔父は帯に挟んでいた小さな手帳を取り出して、いそいそと書き込み始めた。

これを言うのはネタバレのようで非常に恥ずかしいが...言わねばなるまい。

「形は切れ長。で、タレ目。それで...」

「それで?」

睫毛バシバシそして口元はイムの口にそっくり!

「切れ長の垂れ目で睫毛バシバシでイムの口...っと。イグナシオのイメージするローゼルは、武芸の達人なのに随分と優しい顔立ちなんだね...ん?」

マティアスさんはそこまで言って首をかしげた。たぶんもう気づいただろう...。

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「あっそうか!解ったよ!」

途端にマティアスさんはクスクス笑い出した。

 「これ、ジーク君の顔じゃない?そっかあー。息子の顔を英雄になぞらえるなんて、イグナシオは意外と親バカだったんだね!普段バカ息子なんて言ってるのに。ふふふっ」 

ローゼルの顔をジークに似せるのは確かに意図がある。しかしこれは果たして親バカなのだろうか。

ジークを継承者に決めた以上、あいつは騎士になって龍騎士の剣とスキルを獲得してもらわなくてはいけない。曾祖父のファーロッドのように魔銃師になりたいなんて言われたら困る。しかし自分の経験から息子に望まぬ進路を強制したくない。できれば自ら望んで騎士を目指していただきたいわけだ。まぁ取りあえず一度龍騎士になってくれさえすれば、後は転職するなり遊び呆けるなり好きにしてもらって一向に構わない。

今回のこれは近衛騎士の象徴的存在でもあるローゼルに憧れと親近感を持たせるため思いついた計画だ。どっちかというと親バカではなく腹黒い策略みたいなものだ。それを叔父に言うわけにもいかないが。

「筆が乗りそうだよ。大人になったジーク君を想像すればいいんだね」

叔父は笑いながらもサラサラと手帳にスケッチをしている。あっという間に大人顔のジークの素描が出来上がった。不自然さが全くない、見事な手腕だ。

「凄いね。ほんとにこんな顔になりそうだね。だけど...あんまりソックリ過ぎてばれちゃいそう。あからさまに親バカがバレルのは恥ずかしいな」

本当に親バカなら別にばれても構わないが、残念ながらそうではない。ばれて困るのはおれの真の意図するところだ。

「じゃあ、髪の色を変えよう。絵的に青い目が映えそうだから黒髪にしてみようか。あとは...このままだと顔立ちが優しすぎるから眉毛をもう少しキリッとさせて...っと。こんな感じはどう?似てるけど、そのものじゃない。イイ感じじゃない?」

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マティアスさんは再びサラッと改良を施してくれた。彼の言う通り「ジークに似てるがそのものじゃない」いい塩梅のローゼルになっていた。

「マティアスさん、いいね!じゃあこの顔でお願いしてもいい?」

「勿論さ!出来上がりを楽しみにしててね。ジーク君喜ぶといいね」

「ありがとう、よろしく!」

マティアスさんの作る絵本はいつも素晴らしい出来だ。更に今回は自分の計画の大きな助けとなるものなのでいつにも増して楽しみだった...。

 

ジークの誕生日、マティアスさんは約束通り絵本を持って訪ねてきてくれた。

ジーク君、お誕生日おめでとう。絵本のプレゼントだよ」

「わー!マティアスさん、ありがとう!すげー、バグウェルがいるー!!かっけー!!」

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ジークは今でもバグウェルの信奉者なので、表紙を見てまずはバグウェルの姿に興奮している。

「バグウェルもかっこいいけど、バグウェルと戦う英雄ローゼルも同じくらい強くてかっこいいんだよ。ジーク君、ぜひじっくり読んでみてね」

「うん、うん、はやくよみてー!母ちゃん、読んで!!いますぐ読んで!」

学校に通い始めたとはいえ、まだ長文を自分で読み切るのは厳しいので、ジークはオリンピアに読み聞かせをねだった。

「はいはい、ママが読んであげましょうね。ジーク君、いらっしゃい」

「はーい!」

当然の権利のようにジークはオリンピアの膝にちょこんと座る。オリンピアも息子が可愛くて仕方がないので満更でもない様子だった。

「それじゃあジーク君、お話を楽しんでね。じゃあ僕はこれで...」

「あらマティアス、折角来たんだからもうちょっとゆっくりしていけば?一緒にケーキ食べようよ」

母が引き留めるが、マティアス叔父さんは笑顔のままゆっくりと首を振る。

「せっかくイグナシオから絵の具をもらったからね。早速何か描きたいんだよ」

叔父には絵本のお礼にと鉱石から作った特製絵の具を渡していた。

「マティアスさん、本当にありがとう...」

「いやいや、僕自身も楽しませてもらったから...」

叔父は下駄の音をカラコロ響かせながら家を出て行った。一方ジークは挨拶もそこそこにオリンピアの読み聞かせに聞き入っている...。

 

そのとき、ローゼルの剣の重い一撃がバグウェルの巨体をぶるんと揺るがせました。バグウェルはたまらずゆっくりと地面に膝をついてしまいました...。人間であるローゼルが初めて龍に勝利したのです。「ばんざーい!」「勇者ローゼルばんざーい!」王立闘技場は勝利を祝う人たちの割れんばかりの歓声で満たされていきました...”

 

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 「すげえ、ローゼルが龍に勝った!」

オリンピアの朗読に引き込まれていたジークは、熱い展開に思わず声を出していた。

「そうよ、ローゼルは人間で初めて龍に勝った人なのよ」

「うわぁ、バグウェルもすげーけどローゼルもすげーんだな。いいな...」

ジークはすっかり勇者ローゼルの虜になったようだ。

”-こうして、ローゼルは人間自らが王国を護る力があることを、自らの力をもって証明したのですー。それからたとえ世代が移り変わっても人間が鍛錬を怠らぬよう、国で一番の勇者が四年に一度、人間の代表として護り龍と戦う決まりになりました。これが今も続くエルネア杯の始まりです...”

オリンピアの語るローゼルの物語が終わっても、ジークはしばらく動かなかった。

身体が小刻みに震えている。ああこれは例のやつか...。

ジークどうした?もしかしてバグウェルが怖かったのか?」

「...ちがう。」

ジークは例のごとく涙をこらえてブルブル震えているのだ。しかし怖いわけではないとは?

「オレ、かんどうしたっ!ローゼル、すごい!強い!偉い!かっこいい!そうおもったらなんかよくわからないけど...めのおくがあつくなったんだ!父ちゃんオレ...こわいからじゃ、ないからな!」

何と、絵本に感動して泣きそうになったのか。そこまで感情移入するとは...おれには無かった経験なので何とも不思議な光景だった。

オリンピアの膝に乗ったまま、暫く鼻をスンスンとすすり上げていたジークはぽつりと言った。

「...オレ、ローゼルみたいになりたい...。つよくて、やさしい、りっぱなきしに。バグウェルにはなれないけど...ローゼルみたいには...なれるかな?」

「大丈夫」

オリンピアは膝の上の息子の頭を優しく撫ぜながら静かに答える。

ジーク君なら、なれるわよ。あなたは真っすぐで頑張り屋の、とってもいい子だもの...」

「そうかな...」

流石のジークもちょっと自信なさげだった。それだけ英雄ローゼルは眩しい存在に思えるのだろう。

ローゼルみたいになりたいんだったら、まずはローゼルが創った近衛騎士隊に入らないとな。実際の騎士隊はどんな感じか、今度試合を観に行ってみるといい。お前の大叔父さん二人も騎士隊員だし、父さんの友達も何人か騎士隊に入ってる。色々話を聞くこともできるだろう」

それを聞いてジークの顔がパァっと明るくなる。

「うん、オレ、本物の試合、見たい!今度騎士隊の試合、行ってみるー!」

ガイスカ叔父さんやランスは理想的な騎士だが、現実にはアシエルみたいなローゼルの理想とは程遠い奴もいる。ジークはそれを見てどう感じるだろう。まぁそれもある意味反面教師としては良いかもしれないな。取りあえず第一段階としてその気になってくれたようで何よりだ...。

 

「...父ちゃん、あのさ...」

「何だ?」

夜になり寝る時分になってジークは恥ずかしそうにモジモジしながらこちらに寄ってきた。

「あのさ...ローゼルってさ...」

下を向いたまま手を後ろに組んで呟く。

「顔...オ...オレに似てね?

...似せて描いてもらったから当たり前なのだが、息子にはその辺の大人の事情は解らない。

「そうね。似てたわね。ママもびっくりしたわ...」

そこへオリンピアが間髪入れずに優しく返答する。

「あれだけ良く似ているんだもの。もしかしたら、ジーク君ローゼルの生まれ変わりかもよ...」

「えー...!!」

ジークの顔色が夜明けのように赤く染まった。表情はモジモジからニヤニヤに変わっている。

「だからきっと大丈夫よ、頑張ればきっと龍騎士になれるわ」

「う...うん!オレ、頑張る。じゃあ...父ちゃん母ちゃん、おやすみ-」

「はい、お休み」

ジークは脱兎のごとく自分のベッドに戻っていった。ベッドに入った後一瞬、

「えへへへーっ!」

そう満面の笑みで奇声を上げたと思うと、すぐすやすやと寝入ってしまった。何かよくわからないが満足したのだろう。

 

オリンピアありがとう...。おれが答えたらきっと棒読みになるところだった」

ジークが完全に寝入ったのを見届けると、おれは傍らのオリンピアに声をかけた。

「うふふ...イグナシオさん、そういうの得意じゃなさそうだものね。」

オリンピアのしっとりとした声が耳に心地よく響く。こうしていつも妻に助けられている。

「今回のことも計画したのは自分だから言い訳はできないけど...いつかこれが「幸せな勘違い」だったってあいつは気づくだろう...。そのときに絶望しなければいいが...」

ジークはもともと才能に溢れた子供だ。学校に行きだしてからそれが如実に現れてきた。おれから龍騎士の力を受け継げば更に磨きがかかる。このまま行けば間違いなく竜騎士になれるだろう-。でもいつか必ず「英雄」から「無力な人間」に叩き落される日がやってくる。そこからは逃げることは許されない。

「イグナシオさん...あの子はそれにも耐えられる子だと思ったから、あの子を選んだんでしょう...?大丈夫よ。わたくしはあの子を信じてるわ。あの子もきっと自分自身を信じられるはずよ...。」

気づいたら、オリンピアの白い手がおれの髪を梳いていた。息子と同じようにされている自分が少し恥ずかしい。

「あなたも、あまり自分を追い詰めないで...自分を責めないで。昔言ったでしょう?あなたの仕事と運命を、わたくしも一緒に背負って行きたいって...。あの子に進路を強制することなく自然な形で導きたいって思ったのも、あなたの優しさなんだから...そんなあなただから、そばにいたいと思ったのよ...」

「ありがとう...」

自分のやってることが正しいなんて端から思ってはいない。それでもこうしてそんな自分を受け入れてくれる妻の存在は有難かった。

-今の兵団リーグが終わったら次はエルネア杯だー

ジークに引き継ぐ前にまだおれ自身の仕事が残っている。

その前に今は、今だけは-

髪を梳くオリンピアの手に心地よさを感じながら、おれは目を閉じ眠りに落ちていった...