幽霊騒動。
「あっ...あねきっ!」
「あらグラハム君...こんな朝からどうしたの?」
兄カールがガノスに旅立ってから3日後。
山岳の我が家に弟が血相変えて飛び込んできた。
「で...出たんだよ!」
「出たって、何が?」
「兄貴の幽霊!」
...お兄ちゃんの?
「何言ってるの?そんなこと、あるわけないじゃない!あの兄さんが幽霊になって出てくるなんて...」
「いや、ほんとですよ。オレも見たんです、北の森にぼーっと立ってました!アレは間違いなく隊長ですよ、あのグリングリンの赤毛※といい、背格好といい...」
弟の後ろからひょこっともう一人顔を出してきた。
イグナシオの子供の頃からの友達で、今は近衛騎士隊の一員であるアシエル君だった。
「どうしよう...俺達が探索さぼってるから怒って出てきたのかな...」
二人とも剣の才はあるのに探索に行かないで遊びほうけているものだから、いつも探索ポイントは仲良く下の方を彷徨ってるのは知っていたわ。
それでも取り合えず初戦は勝つから首の皮一枚で解雇を免れているんだよね。
「あいつら、なまじ腕はあるから中途半端に勝っちまうのが始末に悪い。勝ちさえすればいいってもんじゃないのに...全く」
「困ったものだよね。こうなったら、対戦相手にヴェスタ渡して強制的に負けさせちゃう?そしたらお尻に火が付くんじゃない?」
「いや、流石にそれは公平の原則に反するだろう。にしても、あいつら、何とかしないとな...」
「お兄ちゃんとガイスカ君」=「隊長と副隊長」がよくこう言ってぼやいていたのは私もよく覚えてる。
にしても、お兄ちゃんはわざわざそんなことのために幽霊になったりするかしら?
お兄ちゃんが最後まで案じてたのは、息子のランス君とアルド君のこと。そして何よりも一人残されるアラベルちゃんのことで...。
「あんたたちの所にわざわざ出てくる程、兄さんも暇じゃないと思うよ。」
「いや、そんなことないよ!兄貴の性格上、こいつらちょっと脅かしてやるか...なんて変な悪戯心を起こすかもしれないぜ!」
「ありえますよ。隊長結構そういう所ありましたから」
...まあ、お兄ちゃんとは付き合い長いから、それも否定できないけど...それにしても...。
その時だった。
ガタっと足音がして、グラハムとアシエル君が振り向いたその先にいたのはー
確かにグリングリンの赤毛、青い目、近衛騎士の鎧姿...
お兄ちゃん?
「ギャーッ!!」
グラハムとアシエル君は大きな叫び声をあげてしまった。
「兄貴、さぼった俺が悪かった!だからおとなしくガノスに戻ってくれ!」
「た、隊長...すいませんすいません、これからは心を入れ替えてちゃんと探索行きますから...」
大の男二人がブルブル震えてる。情けないったらありゃしない。
わたしは、お兄ちゃんだったらちっとも怖くなんかない...ん?
「なんだ」
...そこにいるのはお兄ちゃんの幽霊なんかじゃなかった。
「ランス君じゃない」
「マグノリア叔母さん、おはようございます。イグナシオ君を探索に誘いに来たんですけど...」
「え?ランス?」
「あれお前、あの整髪剤テカテカのオールバック止めたの?」
髪形を変えたランス君は、本当に見間違うくらいお兄ちゃんに似ていた。
「あ、はい...変ですか?」
「変っていうか、紛らわしいよ!全く...兄貴が化けて出てきたかと思ったぞ!」
「...まあとりあえず、隊長の幽霊じゃなくて、良かったっスね。じゃあ、行きますか。グラハムさん」
「おう、問題は解決したから、釣りでも行くか!そのあと酒場で一杯...」
「ちょっとあんたたち...釣りじゃなくて、せっかくなんだから探索に行きなさいよ!じゃないとほんとに兄さんが出てくるかもしれないよ」
「うわっ!そりゃまずい!しょうがない。ここは腹くくって行くしかないっすね、探索...」
「仕方ない。ゲーナでも行くか...それじゃあ姉貴、邪魔したな!」
二人は不承不承の様子で出ていった。
「全くもう...先輩たちはしょうがないね。ランス君はあんな風になっちゃだめだよ」
「大丈夫です...それこそ父さんが見てますから...。腕はまだ父さんどころかあの二人にも及ばないですけど...でもじきに追いつきたいと思ってます」
「頼もしいね。兄さんもきっと安心してるよ。それはそうと髪の毛...子供の頃はまっすぐだったけど、癖毛になってきたんだね」
子供の頃のランス君のおかっぱ頭を懐かしく思い出した。
「そうなんです。癖が出てきたから落ち着かせようと整髪剤つけてオールバックにしててたんです。..でも無理しなくていいかなって思うようになって。父さんも自然にしてたし」
「ふふ。兄さんは最初から癖毛だったけど、やっぱり真っ直ぐに整えてたことあったんだよ。ボサボサ頭じゃ女の子にモテないからってね。毎朝一生懸命セットしてたよ。結婚してからやめちゃったけどね。」
お兄ちゃんに中々彼女ができないから、髪形でも変えてみたらいいんじゃない...?家族でそうアドバイスしたのがきっかけだった。あの時はまだ父さんも母さんも元気だったな...。あの頃のことは昨日のように思い出せるのに、もう家族のうち三人はいないんだ...。
「あの父さんが?父さん、お洒落なんて全く興味がなさそうだったのに」
お兄ちゃん、ランス君にまでこんなこと言われてるよ?聞いてるかな?
「若気の至り、ってやつだよ。それにしても、そうしてると本当に兄さんによく似てる...グラハム達じゃないけど、本当に兄さんが帰ってきたかと思っちゃった」
「...そうですか...。でも、見かけだけじゃなく...中身ももっと近づかなきゃ、駄目ですね...僕はまだまだです...父さんみたいになるには...」
「中身?そんなのいいの、兄さんみたいに下らない冗談まで言うようになったら大変だよ、ランス君はランス君のままでいいんだから、頑張ってね。じゃあ、イグナシオ呼んでくるね。」
お兄ちゃん、ランス君は心配ないから、安心してね!
今はガノスにいる兄に、そう伝えてあげたくなった。
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「ほんとはね...マグノリアさんには恥ずかしいからちょっと嘘ついたんだけど、わざと父さんと同じ髪形にしたんだ。形から入るってわけじゃないけど...少しでも近づきたくて」
一緒に出掛けたゲーナの森で、ランスはこっそり告白してきた。
「いいんじゃない?形から入ってるうちに本物になるって言うし」
「ならいいんだけどね...。まだまだ、道のりは長いよ。取り合えず、今年は一回戦で負けちゃったから、探索ポイントを稼がないと...。今回の最低目標は残留だけど、もうひと頑張りして探索ポイントで上位につければ、来年はトーナメントで有利な立場に立てる。一つ一つ積み重ねて行こうと思ってるんだ」
こういう考え方は伯父よりランスの方が堅実な気がする。どちらかというとガイスカさんの方により近いような。姿形は伯父によく似ているけど、しっかりランス独自の個性が出ている。
「だからイグナシオ...良かったら、また探索に付き合ってもらっていいかな?」
「勿論だよ。いつでも声をかけて」
「ありがとう...助かるよ」
おれとこいつは所属する組織が違う。
山岳兵団と近衛騎士隊。
普段は共に王国を守るものとして協力体制を組んでいるが、エルネア杯では一転してライバル関係となる。
ランスも強くなり立場が重くなれば、今のように気軽に二人で探索に出ることもなくなるだろう。
近い未来、エルネア杯で互いの組織を背負って戦う時も来るかもしれないー伯父と父のように。
その時は勝ちを譲る気など勿論ない。
でも今はまだその時じゃない。
伯父さんへの恩返しとしても、友としても、おれはランスに協力したかった。
「そのうちに...瘴気の森も一緒に行こう、ランス」
「うん、是非行きたいね..あれ?それって...山岳兵は瘴気の森に入れないから、イグナシオが龍騎士になるってことだよね?」
「勿論そうだよ?当たり前じゃない?」
「兵団長だからって、随分と大きく出たね!でもその前に君は僕と魔人の洞窟に行くことになると思うよ」
ランスはおれの山岳帽子を笑いながらこづいてきた。
こんな時間は心地よかった。
いつかはこの時間に終わりが来ることが解っていても...。
※ほんとはカールは熟年だから白髪なんですが、染めてるので...(^^;