選ばれなかった子(7)
騎士隊に入隊してから5年。
ようやくこの場に立つことができた。
闘技場の空気は乾いていて、時折頬を通り抜ける風は冷たい。
不思議と心は落ち着いていた。
そう。俺は今から、決勝戦を戦う。
決勝戦の相手はフレッド・ウルフスタン。
銃持ちの騎士だが、本来武器相性の悪いはずの斧使い・ホセを下した強者だ。
当然能力値も高い。
全てにおいて圧倒的に不利なのは俺の方だ。
俺が勝っているのは「速さ」だけ。
ならば徹底的に、その速さを武器にするしかない。
なんとしても先手を取ってやるー。
選手名がコールされ、俺はそれに答えて右手を挙げる。
以前とは違う胸の高鳴りがあった。
俺とフレッドが向かい合い、礼を交わしたあとで
神官の声が響いた。
「試合始め!」
先手を取れた!
しかし銃相手には俺の剣の威力は減殺され、相手を仕留め切ることはできなかった。
フレッドが反撃してくる。
すぐさま防御に入ったが、予想通り銃で受けるダメージは大きい。
体力が大きく削られる。
だが、たった一撃だが、攻撃をかわすことができた。
-これが勝負の分かれ道になった!
俺は渾身の力を持って剣を奮った。
敵もさるもの、数回攻撃を回避されたが、
それでも最後の一撃で、相手の銃を弾き飛ばすことができた。
「そこまで!」
再び神官の声がかかる。
「勝者、カール・オブライエン!」
俺は決勝に...勝利した。
「カール君、見事だったよ」
フレッドが笑顔で手を差し伸べてくれた。
「-ありがとう」
俺は差し伸べられた手をしっかりと握った。
「次は負けないけどな」
彼らしい不敵な表情だった。
「こちらこそ。いつでも相手になってやるよ」
様になっていたかどうかわからないが、俺も同じようにニヤっと笑ってみた。
-表彰式が始まった。
この場にこの立場で立っているのが何とも不思議だったが
これはまぎれもない現実なのだった。
パティ・ガイダル陛下からお言葉をいただく。
「見事優勝を勝ち取った、カール・オブライエンよ
栄光あるローゼル騎士隊を背負って立つに相応しい技量であった。
今後もたゆむことなく鍛錬に励み、騎士達の模範になることを期待する」
-騎士達の模範-
さんざん先輩騎士達に、「しっかりしろ」と言われていた俺が...?
これから自分が背負うことになる立場の重みを、改めて自覚した。
身が引き締まる思いだった。
もう、昔の自分に戻ることは許されない。
ーいや、自分が許してはいけないんだ。
「兄さん...良かった!ほんとに良かったね!!おめでとう!!」
閉会式後、いつの間にか「お兄ちゃん」から「兄さん」呼びに変わった妹が※
アラベルと一緒に駆け寄ってきた。
「ありがとう、マグノリア。ところでお前、山岳兵団の閉会式は?」
「ジャスタス君が優勝することは、昨日の時点でもう解ってたから...今日は兄さんの試合の方を優先させてもらったの。ジャスタス君も『大事な試合だから、兄さん優先でいい』だって」
決勝まで優勝者が確定しない、騎士隊のトーナメント方式と違って、
山岳兵団はリーグ戦方式を採用している。なので余程乱戦にならない限り、
最終戦を前にして、優勝者はほぼ確定しているのが常だった。
現時点でジャスタスの力は突出しており、
1戦も落とすことは考えられなかったから猶更だった。
これでこの義弟と俺は、立場の上では並ぶこととなる。
長きに渡り縮まらなかった距離が、ようやくここでゼロとなった。
「お父さんも喜んでるよ...。きっと。」
「そうだといいけど、な」
父は確かに喜ぶかもしれない。
でもこう付け加えるのを忘れないだろう
「カール、ここで終わりだと思ったら大間違いだぞ」と。
そう。
常に終わりは始まり。
来年、再来年の今日も、この場所に立っていないと意味がない。
エルネア歴211年。
俺は、ローゼル近衛騎士隊隊長 及び 評議会議員に就任した。
俺は全てを背負う覚悟を決めた。
騎士隊長として、
そして
「龍騎士ファーロッド・オブライエンの息子」としての誇りと責任を。
あの緑の護り龍が降り立つ場所へ辿りつくために。
(つづく)
※マグノリアの性格「まじめ」では、本来兄のことは「お兄ちゃん」呼びになりますが、
流石にもういい年なので、お兄ちゃん呼びはやめた...という設定です。
実際は身内だけだったら、いい年になっても未だに子供時代の呼び方で話したりしますけどね(^^;
...最後までお読みいただきありがとうございました。
次でようやく、本編(?)の時間軸「213年エルネア杯」に戻ります。
カール編&「213エルネア杯編」はあと3回で終わる予定です。長々と引っ張ってすみません...
選ばれなかった子(6)
瘴気の森の空気は湿り気を帯び、ねっとりと絡みつくようだった。
鬱蒼と生い茂った木々のせいで光は殆ど届かず、静かな中に時折、
瘴気が噴き出るしゅう、とした音だけが聞こえる。
その中で俺は一人、狂ったように「魔人討伐」を続けていた。
ー一体、俺は今まで何をしていた?-
湧き上がる自分への怒りをひたすらに、目の前の敵にぶつけるだけだった。
「...親父は最後まで龍騎士の衣装を着たままガノスに行けたから、まあ、幸せだったんじゃないのかな?誰にも倒されずに、英雄のままで逝ったんだからさ...」
父の葬儀が終わった後、親族たちは暫く無言だったが、その沈黙を破るように弟グラハムが口を開いた。
「そうだと...いいけど...お祖父ちゃん...」
成人したばかりの息子ランスは俯いたまま涙ぐんでいた。
息子にとって父は、憧れと尊敬の対象だった。
家族の悲しみを和らげるには、ここで肯定の言葉をかけるほうが良いだろう。
だが今の俺にはできなかった。
「...そうじゃない」
「兄貴?」
「父さんを...龍騎士のままガノスに行かせては...いけなかった...」
俺はそれだけ言うと、一人地下墓地を後にした。
オブライエン家の長子である俺には事務仕事が残っていた。
主のいなくなった魔銃導師居室から、表札を外して一旦城に返還する手続きだ※1
導師が任期中に逝去した場合、残された業務は次席の魔銃師に引き継がれるが、
導師居室に後任が引っ越してくることはない。
これから年明けまでの長い期間、この部屋は無人のままで残されることとなる。
俺は、子供時代の殆どを過ごしてきた、馴染み深い部屋を暫く眺めながら、
昨日の夜のことを思いだしていた。
父の自分への最後の言葉は、
「カール...後を頼む」
その一言だった。
その「後」が何を指すのかー。
オブライエン家の当主としての「後」なのか。
それとも、戦士として次代を託すという「後」なのか。
多分前者のほうだろう...。
父は「家族のまとめ役」としては、俺を頼りにしてくれていたが、
「戦士」としての信頼は、あの無様な敗退でゼロになったに違いない。
エルネア杯終了後、父は朝から晩まで探索に明け暮れる生活に戻っていった。
寿命が近づいていることが分かった後、父に呼ばれて二人で話をしたが、
話す内容は専ら、自分が亡き後の事務手続きについての説明や、
一人未婚のまま残される末娘カレンの後見依頼だった※2
闘技場での話の続きを、俺は自分から持ち出すことはできなかった。
父が亡くなる最後まで。
導師居室を出た後も足取りは重かった。
安心して父を旅立たせることができなかった、自分の不甲斐なさに改めて腹が立った。
俺は父に「力の後継者」には選ばれなかった。
だが、選ばれなかったことを言い訳にしていなかったか?
選ばれなかったなら自分で掴み取る。
本気でそう思っていたのか?その覚悟は足りていたのか?
その答えは否だった。
無意識に足はゆっくりと、瘴気の森を目指していた...
瘴気の森に辿りついたのは、もう夕刻に差し掛かる頃だった。
途中、ゲーナの森近くで、探索帰りのイグナシオとガイスカの姿が視界に入った。
二人も俺に気が付いたようだったが、今はあえて声もかけず、彼らと目も合わせずに真っ直ぐに森の入口へと向かったー。
怒りにまかせて無我夢中で最後の魔人を倒した後は、身体はボロボロになっていた。
疲労で頭の中も茫漠としてきたが、
たった一つだけ呪文のように、何度も湧き上がってくる思いがあった。
ー掴み取って見せる
今度こそ、絶対にー
家に帰った頃にはもう夜三刻になっていた。
とっくに眠っていると思ったアラベルは起きて待っていてくれた。
「どうしたの...本当に...お義父さんのこともあったばかりだから...心配したよ!」
そう言いながらボロボロ状態の俺に抱きついてきた。
「心配かけたな...悪かった」
俺はアラベルの頭をゆっくりと撫でながら言った。
「アラベル」
「何?」
妻は青い大きな目を見開いて、俺の顔を見上げた。
「すまない...これからいつもこの位、遅くなると思う。先に寝ててくれて構わないから」
アラベルは少しの間、俺の目を見たまま黙っていたが、それから笑顔になった。
「わかった。...それでも待ってるよと言いたいところだけど、逆にカール、気を遣ってしんどいよね。アルド※3も寝かしつけなきゃいけないし...。今日はランスに頼んだけどね。お言葉に甘えて、明日からは先に休ませてもらうことにするね。」
「うん...そうしてくれると助かる。」
「...頑張ってね。カール」
「ありがとう...」
そう言った後軽くキスをして、俺達は寝床に入った。
アラベルが側にいてくれて、本当に良かったー。
****************************************************************************
俺が瘴気の森の探索に明け暮れる間も近衛騎士トーナメントは続いたが、
以前とは違う「強固な信念」が俺を支えた。
もう「絶対に」負けたくはないと思った。
初戦で当たった弟にも容赦はしなかった。
「兄貴...どうしたんだよ?何か...前と全然気迫が違うよな。正直、剣を合わせてておっかなかったよ」
「...そうか?」
俺は変われたんだろうか。
もしそうであるのなら、今はそれを信じて突き進むのみだ。
(続く)
※1 はい、そんな設定は公式にはありません、捏造ですスミマセン...
※2 初代末子のカレンは恋人がいないまま奏女になって、エルネア杯決勝中(!)に家を出ております。そのためこの時点では奏女居室に独り暮らしです。
※3 カールの第二子アルドヘルム。愛称「アルド」。お話の中では殆ど本名で呼ばれることはありません。舌かみそうだから(^^;
こんな感じ。初代子孫の中で唯一お祖母ちゃんのアルシアちゃんの面影が。
そのため初代が特に可愛がっていたという裏設定があります☆
お兄ちゃんのランスは現時点ではこんな感じ。オールバックウ!
【あとがき的なもの】
最後までお読みいただいてありがとうございます。
作中の「初代葬儀後一人瘴気の森へ向かうカール」は中の人の捏造ではなく、ゲームプレイ中実際あったことでした。ちょうど「中の人」は作中でカールが目撃した「ガイスカと探索帰りのイグナシオ」の立場にありました。
「どん底」の象徴である青い人魂を背負って、ゆっくりと一人で瘴気の森に入っていくカール...。その光景はとても印象的で、その場面がなかったら、今カール主役のお話を書いていなかったかもしれません。エルネア王国のNPCって、時折「本当に魂入ってるんじゃないの?」と思うような人間くさい行動をとりますよね。そういう部分がとても魅力的で、9代目まで到達した今でも、このゲームを続けている理由なのかな...と思ってます。
予想外に長くなってしまったカールのお話ですが、もう少しお付き合いいただけると、とても嬉しいです(^^)
選ばれなかった子(5)
「みんな『ご主人が英雄になれて良かったね』なんて言うのよ。わたくしはね、英雄の妻になんてなるつもりは、なかったのに...。出会った頃のように、心を通じ合わせて、ただ寄り添っていられれば、それだけで良かったのに...」
普段の母は、とても明るく社交的な女性だったが、
時折ふと溜息をついて、そんなことを寂し気に呟いていたー。
...母が亡くなったのは、俺の初戦敗退から僅か3日後のことだった..。
愛情深い母らしく、最後まで、俺を含めた家族全員の行く末を案じていた。
「私はいい夫でなかったよ...。母さんの優しさに甘え過ぎていた。もっと母さんの気持ちに寄り添うべきだった。何度も...こんな探索漬けの生活はやめよう、母さんとの時間をもっと大事にしよう...そう思っていたのに...結局...できなかった...」
葬儀が終わった後、父はこう言い残して導師居室に戻っていった。
父と母は仲の良い夫婦だったし、二人が愛し合っていたのは間違いない。
ただ確かに...父の言う通り、それは母の「許容と諦め」によって成り立っていた部分も大きかったと思う。
悲しいことに...父本人にもどうしようもなかったのだ。
父は魔銃師会に入って以来、すっかり取り憑かれてしまっていた。
真理への探究と、強さへの渇望に。
最愛の妻を失ったにも関わらず、父は何事も無かったように勝ち続けた。
そしていつものように、四度目の勇者の称号を受け取り、
深緑の「勇者の魔銃服」を身に纏った。
...結局、「大衆が望む新たな英雄」など現れなかった。
俺は勿論のこと、アンジェリカもジャスタスも、「決戦の場所」に
辿りつくことすら出来なかった。
手に汗握るはずのバグウェル戦も、予定調和的にコトが進んだ。
ここまで来たら誰も...父が負けるなんて思うわけがない。
父はあっさりとバグウェルに勝利し、護り龍はいつも通り、4年後の再来を告げて飛び去っていった。
闘技場にいつものような熱気は残らず、すぐに静けさを取り戻した。
父は試合が終わり、観客があらかた捌けた後も、暫く闘技場に一人で佇んでいた。
「父さん、4度目の龍騎士、おめでとう」
「ああ、カールか...ありがとう」
俺が声を掛けると父は振り向いたが、四度目の快挙を成し得たにも関わらず、
その表情に明るさはなく、むしろどこか憮然としているようにも感じられた。
「父さん...すごい快挙なのに嬉しそうじゃないね」
「こんな事じゃ...駄目なんだ。」
「え?」
「私が...四度目の龍騎士に...なるようでは。今回のエルネア杯では、本来私は倒されるべきだった...。自分が強くあり続けることで、それを越える者が出てくるのを期待したのだが...」
「...」
俺は何も言えなかった。初戦敗退した時の、父の冷ややかな目を思い出した。
「今回の面々は見込み違いだったようだ。マグノリアが山岳に嫁がなければ...また違っただろうが...。結局、イグナシオが兵隊長になるまで...待つしかないのか...」
その「見込み違い」の中にも俺は入っていたんだ。俺は項垂れるしかなかった。
「カール。頼むから...こんなことを言われて、悔しいと思ってくれ...」
父は俺の肩に一旦軽く手を置いてから、そのまま立ち去っていった。
結局、闘技場に一人残されたのは、俺の方だった。
年が明けー
もうすぐ母の命日だな、と思っていた矢先
父も母のもとに旅立つこととなったー。
(つづく)
※今回のお話の時系列は、こちらの記事と同じになってます。
くどくて長い駄文ですが...良かったら合わせてお読みいただけると嬉しいです(^^;
選ばれなかった子(4)
「...まああれだよ。大衆って奴は娯楽が見たいのさ。劇的な物語をね。
バカみたいに強い英雄が当たり前に勝って終わり...じゃつまらんだろう?」
...エルネア杯。
その出場者にとっては、そこは己の武人としての集大成をぶつける、真剣勝負の場だ。
...が、試合に縁のない、殆どの国民にとってのエルネア杯は、
「4年に一度の大きな祭り」ぐらいの認識だった。
年が明けると同時に、酒場で優勝者が誰かを賭ける投票券「ギブル」が売り出される。
優勝者の予想で国中が盛り上がり、この期間は家庭でも酒場でもこの話題で持ちきりになる。
...今まで、このオッズの一番人気は断トツで父だった。
しかし今回は様相が異なり、一番人気は魔銃士会のNo.2アンジェリカ。
そして驚くことに、俺がなぜか二番人気になっていた。
アンジェリカはともかく、俺のステータスは出場者の中でも、下から数えた方が早い。
大穴狙いで買う物好きはいるかもしれないが、俺なんかに投票することは、
正直金をドブに捨てる行為と変わらないと思う。
皆目理由がわからない...と、酒場で親友のルチオに話したところ、冒頭のように返してきたというわけだ。
「お前の親父さんである龍騎士殿は、確かに強い。...が、国民はもう見飽きたんだよ。
どうせバグウェルにだってアッサリ勝つに決まってる。しかも、もういつガノスに旅立ってもおかしくない歳だ。大衆はそろそろ、新しい英雄を見たがってる...ってことだ」
「新しい英雄...、か。で、そこで、なんで俺なんだ?」
「まず、出場者の中では、若い。顔だって...まあ...そんなに悪い方じゃないし。」
「おいおいちょっと待てよ、悪い方じゃないって何だ」
「お互い正直が身上、だろ?...で、ここが本題だ。」
俺はごくりと唾を飲んだ。
「...お前が「龍騎士の息子」だからだ」
...龍騎士の息子。
それは動かしがたい事実だが、自分がそれを名乗るに相応しい人間であるとは、全く思えなかった。今回エルネア杯に出れることになったのも、単なる棚ぼたに過ぎない。
「龍騎士の息子が父を倒して新たな龍騎士となる、どうだい、劇的だろう?
ちなみに...アンジェリカが一位なのも、同じ理由さ。お前が「龍騎士の息子」なら、彼女は「龍騎士の孫」だ」
彼女は先々代の龍騎士「イノセンシオ・アンドゥヤル」の孫だった。
しかし、彼女は俺と違って、探索ポイントで父に次いで第二位と、堂々とした実績を残していた。
「ま、彼女の場合はそれだけじゃない。お前と違って「あからさまに美人」だからな!俺もお前より、彼女の龍騎士が見たい。」
「こいつ!」
...ルチオとの会話はそのまま雑談で終わったが、
「龍騎士の息子」という今はありがたくない肩書きが、
ギブルの倍率に影響するほど界隈に浸透してるかと思うと、頭が痛くなった。
5日。
俺にとって初めて「出場者」として参加するエルネア杯が開幕した。
これが自身の力で掴み取ったものならば...どんなに胸が打ち震えたことだろう。
「カール」
開幕式と第一試合が終了した後、父から声をかけてきた。
「こうしてお前と一緒に参加できる日が来るとは...。長生きはするものだな。
お前が初戦突破すれば、私と対戦することになるな。楽しみだよ」
父はとても嬉しそうだった。
正直、父がここまで喜んでくれるとは思わなかったので、俺もつられて嬉しくなった。
「俺もだよ...父さん。父さんと戦えるよう、初戦は必ず勝つよ。」
自信など無いはずだったのに、自然とこんな言葉が口から出てきた。
子供にとって、親から期待されるということは、いい年になっても、やはり嬉しいものなのだ。
「...そうか!だが、初戦を勝つだけでなく、私にも勝ってほしいところだな。...もっとも、息子だからといって容赦をするつもりは毛頭ないぞ。覚悟しろよ」
「わかったよ、父さん」
「それに...」
父は言葉を続けた。しかし口調も表情も一転して曇っていた。
「母さんのためにも...お前の勇姿を...見せてやれよ」
そうだった...。
母さんの命は、もう長くはないことが明らかになっていた。
母さんも、今回のエルネア杯の出場を喜んでくれていた。
「ニーナ姉さんだって、カール君のこと、きっとガノスで見守ってくれているわ。
姉さんの分まで、頑張ればいいのよ」
ニーナ伯母さんの代わりに出場することに後ろめたさを感じている俺に、
先日こう言って励ましてくれた。
父の出世と引き換えに、夫婦で過ごす時間の大部分を失った母は、
必ずしも出世を是としてはいなかったが、
それでも母として、息子の「晴れ舞台」を喜んでくれていたのだ。
父と母。
妻アラベルと二人の息子、ランスとアルドヘルム。
友や兄弟たち。
俺に後を託して逝ったニーナ伯母さん。
「龍騎士の息子」の肩書きはいまだに分不相応に思えたが
肩書へのプライドではなく、預けられた想いのために、
ここで初めて心からこの試合に「勝ちたい」と思えた...!
「大丈夫だよ。母さんのためにも...いや、俺を応援してくれるみんなのためにも、
俺は勝ってみせる」
7日。
俺の「初戦」が始まった。
相手は山岳兵には珍しく、銃持ちの戦士だった。
悪い予感がしたが...銃持ちの騎兵とだって戦ったことがある。
剣を握る手に力がこもった。
「互いに礼」
「...はじめ!」
その瞬間
「...!!」
俺の剣は、相手の銃に弾き飛ばされて宙を舞った。
俺の「初戦」はあまりにもあっけなく終わってしまった。
相手の銃の扱いは、銃持ち騎兵のそれとは全く異なり、魔銃兵のものと同等だった...。
「...やった」
対戦相手は、試合が終わった後、銃を握りしめて涙ぐんでいた。
「今まで...ずっと銃で勝てなかったけど...やっと..オレのこの銃で...大事な一戦を...勝てた..」
あとで知ったことだが、
対戦相手の山岳兵ガルデルは、本来山岳第二子だったため、一旦結婚で山を降りていた。しかし山岳シュワルツ家の断絶により、急遽兵隊長として呼び戻されることになったと...。
けれどその時には既に、魔銃兵を目指すため、武器を銃に持ち替えていたそうだ。
この武器持ち替えが仇となり、銃使いとしては優れた腕前を持ちながら、
山岳兵団リーグでは長く、下位に甘んじる結果になっていたらしい。
だが皮肉な事に彼が「銃持ち山岳兵」だったことが幸いして、
俺との対戦に逆に有利に働いたわけだ。
-俺はこの試合に想いを賭けていたが
当然ながら相手にも、この場に賭ける想いがあった-
両者に想いはあっても「次」に繋いでいけるのは、勝者の想いだけだ。
負けた者の想いは、そこで終わりだ。
...悔しいが、戦うとはそういうことなんだ。
応援してくれた家族達は誰も、俺のことを責めはしなかった。
「父さん...ごめん...せっかく期待してくれたのに」
俺は父に詫びた。
「まあ...仕方ないな」
父は責めはしなかった。
だがその目は...氷のように冷ややかだった...
(続く)
選ばれなかった子(3)
「カール。欠員が出来たから、選抜トーナメントの審判が足りなくなったの。
明日から審判のシフトに入って頂戴」
ニーナ伯母さんから声がかかったのは、ちょうど各武術組織の試合が始まる5日のことだった。
ニーナ伯母さんは、騎士隊総勢16名のうち、隊長を除く上位3人のみに許される職位、「近衛騎士」の地位にある強者だ。
選抜トーナメントの審判は基本、騎士隊長と近衛騎士が交代で行うことになっている。
「え、じゃあ、俺が...昇格...?」
今回の欠員は...隊長が亡くなったことによるものだから、喜ぶようなものではないが、それでも「騎士」に昇格できるのであれば....正直嬉しくないといったら嘘になる。
「...そんなわけないでしょう」
ニーナ伯母さんは、俺のぬか喜びをぴしゃりとはねのけた。
「隊員の昇格は、試合結果をもってのみ行われるものよ。あなたに頼んでいるのは、あくまでも「代理」。」
「...は...はは...そりゃ...そう...だよね」
「騎士になりたいのであれば、今回の二回戦でわたくしを倒すことね。
そうすれば晴れて騎士になれるし、エルネア杯にだって、出れるわ。
じゃあ、これがとりあえずのシフト表。自分たちの試合結果によりシフトも変更になるけど...変更があったらまた連絡するわ。頼むわよ」
ニーナ伯母さんはくるりときびすを返して立ち去ろうとしたが、
一旦立ち止まりもう一度振り向いて、真剣な面差しで語りかけてきた。
「...カール」
「?」
「一応、あなたに審判を頼むということは、現段階で、あなたは既に序列5位ということなのよ...。もう少し、しっかりしてくれないと。今回弟たちもエントリーしてるでしょう?」
3人の弟のうちグラハムとガイスカの2人が、今回の選抜トーナメントに登録している。
年明け早々に申し込んだグラハムは、今日の夕方初試合を行うことになっていた。
「もっと頑張らないと、そのうちすぐに弟たちに抜かれてしまうわよ。」
「...。」
俺は何も言えなかった。弟たちが自分より優秀だということは、良く分かっていたから。
「ほんとうに...。あなたにはもっと頑張ってほしいのよ...わたくしを倒すぐらいにね...」
ニーナ伯母さんは心なしか悲し気に見えた。
「じゃあ」
伯母さんは再びきびすを返して、カツカツと靴音を立てながら去っていった。
...憧れだった騎士隊に入隊して3年目。
俺は...中堅どころでフラフラしている「その他大勢」の騎兵だった...。
一応、序列は5位ということになってはいたが、
高齢騎兵の逝去による不戦勝と、ガムシャラに探索ポイントを稼いだ結果によるもので、俺の実力が騎士隊の中で5位...というわけではなかった。
探索ポイントを稼いだからといって、それに比例して即強くなれるわけではない。
俺たち兄弟は半分旅人の血を引いていたので...生粋のエルネア人より若干、素質の伸びが鈍くなる。
特に俺は父さんの血が色濃くでたようだ。
探索をいくら重ねても、その苦労に見合うだけの強さは手に入らなかった。
それでも血筋を言い訳にすることはできない。
なぜなら、当の旅人出身の父さんは、既にエルネア杯3連覇の英雄だったからだ...。
弟達の試合経過は順調だった。
俺は、皮肉にも審判として、弟達の試合を観察することになったが...
明らかに、選抜出場時の俺より...二人の方が実力が上だった。
特に、ガイスカの剣捌きの巧みさは群を抜いていた。
絶妙なタイミングで攻守をとりまぜて相手を翻弄する。
...相手のことがよく見えている証拠だ。
ガイスカは11歳。
3度目の選抜試験の時、俺も同じ年だった。
だけど俺はあの時...ここまで相手を見る余裕なんて、とてもありはしなかった。
「あの子は凄いわね。優勝間違いなしよ!まだ少し筋力の方は足りなさそうだけど...
そこは入隊してから鍛えられるしね。将来楽しみだわ!」
隊長代理のクララさんは、弟のことをベタ褒めしていた。
俺は...しっかりしろとは言われても、褒められたことなど、当然ながら、ない。
二人のうち、少なくともガイスカは間違いなく入隊するだろう。
-弟に抜かれるー
嫌な予感は、間もなく現実に変わる気がした。
そして、俺は二回戦でニーナ伯母さんと戦う。
俺が頼りない新人として騎士隊に入った年、
既に伯母さんは騎士隊四強の一人として、エルネア杯に出場していた。
三年経った今でさえ、力の差はなおも歴然だった。
どう頭を捻っても、今の俺に勝てる算段など思いつかなかった。
いっぽうで...
義弟ジャスタスは既に違う次元にいた。
前回のエルネア杯終了後、順調に力を伸ばした義弟は、昨年12歳にして山岳兵団リーグの優勝者となり、今では兵団長の任を立派に果たしている。
今年のリーグ優勝も確実と言われていた。
恐らく、エルネア杯には序列1位で出場することだろう。
...差は広まるばかりだった。
そして、後ろから弟たちが迫ってくるー
迫りくる二回戦に不安と焦りを隠せずにいたとき、
衝撃的な知らせが飛び込んできた。
...ニーナ伯母さんの危篤の報だった。
慌てて駆け付けた時には
もう伯母さんは力無くベッドに横たわっていた。
「ニーナ伯母さん...」
「カールなのね...」
伯母さんはゆっくりと目を開いた。
「頑張りなさい...これであなたは...来年から...騎士よ...
騎士隊の...誇りを持って...エルネア杯に...」
...それが彼女が話せる精一杯だった。
ほどなくして、神官と巫女がやってきて、ガノスへの旅立ちの儀式が始まった。
「お兄ちゃんには言うなって、口止めされてたんだ...」
翌朝の葬儀の後、妹が口を開いた。
もうずっと前から、伯母さんは自分が長くないことを解っていたそうだ。
恐らく、二回戦までは命がもたないであろうことも...
「ただ、お兄ちゃんにそれを言っちゃうと...
変に安心しちゃって、やる気がなくなっちゃうと困るからって...
自分の代わりに騎士になるからこそ、お兄ちゃんには頑張ってほしかったって...」
妹は涙をすすりあげながら話してくれた。
-わたくしを倒すくらいにねー
あのときのあの言葉は、そういう意味だったんだ...。
自分が後を託せる 騎士になってほしいと...。
こうして...
ニーナ伯母さんの逝去により、俺の二回戦は不戦勝となった。
...が、進出した準決勝で勝つことはできず...
最終的には序列3位でエルネア杯に出ることとなった。
望み通りに「騎士」になれたわけだが、今は全く嬉しいとも思わなかった。
居心地の悪さが、どうにも拭いきれなかった...。
弟ガイスカは、予想通りトーナメントで優勝し、騎士隊の一員となっていた。
一方グラハムの方は...本来は準決勝で敗退していたが...
ニーナ伯母さんも含む騎士隊の欠員発生により、補欠合格で入隊を許された。
弟が補欠として選ばれたのは...若さに似あわぬ戦いぶりを評価されたからだという。
ニーナ伯母さんの代わりに挑むことになったエルネア杯。
公表されたトーナメント表を見て、驚きを隠せなかった。
初戦を突破すれば
次に対戦するのは父さんだ...
(続く)
選ばれなかった子(2)
かくして俺は一家の主となり、可愛い嫁さんアラベルとの新婚生活に入った。
日々は穏やかに過ぎていった。
騎士への夢を諦めたわけじゃないけど...
こうやって、家族とのんびり生きていくのも、ありかもな。
そんなことを思うようにもなった。
分不相応な望みを抱いて、うまくいかずにヤキモキして過ごすよりも
今のままのほうが、きっと楽だから...。
そうやって、自分の気持ちに蓋をしてやり過ごそうとしていたある日、
アラベルが「報告があるんだけど...」と声をかけてきた。
にこにこ微笑んでるアラベルの頬はバラ色に上気して、
エナ様がそのまま地上に降りてきたかのように綺麗だった。
すごく幸せそうだ。これは...
「ニヤニヤしてどうしたの?」
俺は照れ隠しに思わず「ニヤニヤ」なんて変な表現を使ってしまった。
「カール、あのね...」
可愛い嫁さんは一度恥ずかしそうに下を向いてから、もう一度にっこり微笑んで、言葉を続けた。
「赤ちゃんができたの」
...まじか!
「そっか、やったな!...万歳!」
俺は嬉しくて仕方がなくて、アラベルの手をとって何週もグルグルと回ってしまった。
「...ということは、俺、父親になるんだな」
「そうだよ、カールはお父さんになるんだよ」アラベルはくすくすと笑いながら言った。
...俺は父親になる。
今のままで、いいのか?
果たして俺は、子供に胸を張れるような、父親なのか?
「カール、将来は何になりたい?」
子供の頃、両親によく聞かれたっけ。
いつか、俺自身も子供に尋ねることになるだろう。
尋ねるのは、子供に夢を持ってほしいからだ。
夢を持つことで目標ができる。
実際に叶うかどうかは別にして、目標に向かって頑張ることを学んでほしいから。
...今の俺はどうだ?
こんな中途半端な形で夢を終わらせて、どうして子供に夢を尋ねられる?
...数日後...
俺は決心して、アラベルに話を切りだした。
「俺、もう一度...騎士選抜に出ようと思うんだ」
「その言葉を待ってたよ」
「...え?」
「カールが簡単に諦めるわけないと思ってた。
そんな簡単に諦めるような人だったら多分、好きになってなかったし...。
でも、あたしから強制するようなことじゃないから。
頑張りなよ、お腹にいるこの子にも、かっこいいお父さん、見せてあげて。」
「アラベル...ありがとう!ほんとに、ありがとう!」
俺は思わずアラベルをぎゅっと抱きしめた後で、彼女が妊娠中だということを思いだして、パッと手を離した。
「悪い!おなか...大丈夫?」
「これくらい大丈夫。赤ちゃんにもパパの心音聞かせてあげなきゃね」
...アラベル..。ほんとに...俺には勿体ないくらい、できた嫁さんだ...。
俺は、彼女との縁を繋いでくれた、妹にもあらためて感謝した。
やがて年が明けー
俺は、近衛騎士選抜トーナメントにエントリーした。
初試合の二日前の11日、待望の第一子が生まれた。
息子だった。
表記は当時のPCマグノリア視点なので「甥」になってます...(^^;
名前は「ランス」と名付けた。
敵を真正面から貫く、異国の武器を意味する名だ。
その名のごとく、真っ直ぐで強い男になってほしい、そう願いを込めたんだ...。
生まれてきてくれたランスの為にも、俺は勝ちたい。
こいつが歩き出す頃には、騎士の鎧をまとった親父の姿を見せたい。
そして13日。
息子が産まれた余韻に浸る間もなく、俺にとっての三度目の挑戦が始まった。
前年かなり探索に力を入れてきたから、今回はそれなりの余裕をもって戦えた。
また、三度目の挑戦ということで、
実戦の雰囲気にも、かなり慣れている自分に気がついた。
どんなに修練を積んでいても、やはり探索での戦いと対人戦は違う。
二度の挑戦は無駄に終わったように思ってたけれど、
「経験」という大きな宝が残っていた。
自分の心に、ほのかな自信が宿っていく。
晴れて近衛騎兵になれるのは、選抜志願者16名のうち、たったの2名。
決勝に辿りつくまで、一度でも負けたら、もうおしまいだ。
俺はトーナメントの一戦一戦を、薄氷を踏むような感覚で、慎重に勝ち抜いていった。
そして、気づいた時には...
残す試合はあと一戦。
そう、俺はついに、決勝まで辿りついたんだ!
この時点で、騎兵候補は確定だ。決勝の結果に関わらず、来年は近衛騎兵になれる。
でもどうせなら...最後まで勝って終わりたい、そう思った。
が、ここで...
対戦相手がとんでもない相手であることを知る。
イシュルメ・クーガン。
俺の...「お義父さん」だった。
「あ、あのね...」
決勝を控えた夕食の場で、アラベルが苦笑いしながら話し始めた。
「今日お父さんに会ったから、あたしつい言っちゃったのよ。『お父さん騎兵内定おめでとう!でも明日はあたし、カールを応援するからね』って。
そしたらお父さん...ふふふふ...なんて笑いだしちゃって。『いい度胸だ...婿殿には容赦しないぞ、って言っとけよ!』って言いながらまたふふふふ...って笑ってるの。
多分お父さん明日、ヒートアップしてると思う。ごめん!」
「は...はは...そっか。いや、俺もお義父さん相手でも容赦しないから!」
「う、うん、頑張って!」
そうして迎えた運命の決勝戦。
残念ながら、俺はアラベルの言葉通り、気合の入りまくった「お義父さん」の勢いに負け、残念ながら優勝することはできなかった。
だけど、
-陛下の代理人として、両者ともに優れた戦士であると認め、喜んで来年の騎士隊に迎えよう-
親友でもある王配・ルチオのこの言葉を聞いた時、
やっとここまで辿りつけた感慨に胸が熱くなった。
俺は近衛騎士隊に入れたんだ...。
祝辞が終わり、アラベルや親友ルチオ、そして家族からの祝福の言葉を次々に受けていたところー
「お兄ちゃん、おめでとう、近衛内定、良かったね!」
山岳兵団リーグの試合を観戦し終えた妹が、ハアハア言いながら走り寄ってきた。
「せっかくの決勝なのに、応援に行けなくて、ごめんね。今日の試合はジャスタス君のエルネア杯出場順位がかかってたから...」
「気にするなよ、ダンナ優先で当然じゃないか。で、ジャスタスはどうだった?」
「今日も勝ったのよ!3位通過でエルネア杯に出れることになったの!」
そうだった。
俺はようやく騎兵への第一歩を踏み出したところなのに、二つ年下の義弟は、既に次の段階へと歩を進めていた。
「良かったな!ジャスタスにおめでとうって伝えておいてくれよ」
「うん、ありがとう!」
あいつと俺とでは、もうすでに見えているものが違うんだ。
その差は埋まることがあるんだろうか?
...その時、父と「お義父さん」が話しているのが聞こえてきた。
「...龍騎士の前でこんなことを言うのもお恥ずかしいんですが、騎士隊に入るのは、子供の頃からの夢だったんです。それがようやくー」
「いやいや、夢を叶える為に諦めず努力するということは、いくつになっても、素晴らしいことですよ」
そうか、お義父さんも...。
ずっと夢を諦めずに、ここまで来た人だったんだ。
俺もまだ、こんなところで立ち止まるわけにはいかない...。
エルネア歴205年。
俺は末席ながら、憧れだったローゼル近衛騎士隊の一員となった。
ただ憧れは...すぐに容赦のない現実に変わっていった。
(つづく)
※アラベルちゃんの性格は「求道者」で、本来は「アタシ」喋りなのですが、顔と合わないし話の展開にもそぐわないので、「あたし」に変えさせていただきました(^^;
選ばれなかった子(1)
「カール...言い訳がましくなるが、力の継承者にお前を選ばなかったのは、お前の能力が劣っていたからじゃない。お前の成人前にはまだ私の能力が...後世に引き継ぐまでのレベルに至ってなかったからだ」
「いいよ、父さん。俺は全然気にしてないよ、龍騎士でも何でも自分の力で掴み取るまでさ!」
...父から「龍騎士の力の継承者」にマグノリアを選んだ話を聞いた時、
強がってそう答えはしたけれど、一抹の寂しさを感じたのは事実だ。
そもそもなぜ「継承者」にマグノリアを選んだかというと、
「あの子が唯一、子供の頃の夢を「龍騎士」と言ってくれたから」だそうだ。
俺の夢は「バグウェル」で、確かガイスカは「フォモス」だったか...。
ちなみに、その下のマティアスやグラハムは、父の寿命のことも考えて、候補から外したらしい。
「バグウェル」も「龍騎士」も要するに、子供の発想で「強い存在」ということを表現を変えて言ったに過ぎない。
だから「夢が龍騎士だったから」というのは、実はこじつけだったと思っている。
当時マグノリアは「オブライエン家に生まれた唯一の女の子」だった。
単純に父は、妹のことが可愛くて仕方がなかった...それが本当の理由だろう。
能力で言えば、ガイスカが兄弟の中でも、群を抜いて優秀だったから。
俺とマグノリアは成績もドッコイドッコイで、
取り立てて優れていたわけではなかったが、
逆に目を背けたくなるほど酷い成績でもなかった。
妹が俺より優れていたわけじゃない。
が、俺も妹に勝っていたわけじゃない。
俺も妹のことは可愛く思っていたし...マグノリアが選ばれたからといって、
妹を妬ましいと思ったとか、不満だったとか、そういう気持ちはなかった。
ただ、俺は「選ばれなかった」
そのことがずっと...心の隅っこに..どうしても取り切れない塵のように、残っていたんだ。
「マグノリアを後継者に」という父の目論見は、あっさりと崩れることとなった。
マグノリアが、山岳コロミナス家長子のジャスタスと恋仲になり、山岳嫁として嫁ぐ道を選んだからだ。
ジャスタスは俺にとっても幼い頃からの友人で..
その誠実で実直な人柄を知っていたから、俺は心から二人の結婚を祝福した。
あいつなら安心して、大事な妹を任せられると思った。
だが父にとっては二人の結婚は「計画をぶち壊す暴挙」でしかなかった。
よって当然、激怒して大反対したが...
結局俺や親友のイグナシオさんの仲裁もあり、しぶしぶ折れて受け入れることとなった。
「マグノリアはもはや龍騎士にはなれないが、マグノリアの力を引き継いだ孫が、
山岳兵隊長として龍騎士になれば、銃と斧、二つのスキルを持った戦士が誕生する。」
父はそう考え直して自身を納得させたらしいが、それでも...
期待をかけた愛娘のある種の裏切りには、かなり落胆したようだ。
「これでは、ガイスカを選んだ方が、良かったかな...」
あるとき父が母にこう話しているのを、偶然聞いてしまった。
-ここでも俺はお呼びじゃないっていうことか-。
でもまあ、父さんがそう思っても仕方がないんだ。
成人後の俺は明らかに「デキの悪い」息子だったから...。
俺は成人後一年経ったらすぐに「近衛騎兵選抜トーナメント」にエントリーした。
騎士隊入りを選んだ理由は単純に「格好良かった」からだった。
歴代の騎士隊長が授業で語ってくれたように、近衛騎士こそが「王国の花形」であり、眩しい存在に思えた。
父が長く魔銃導師を務めていた為、
子供時代の殆どの期間を導師居室で過ごしたけれど、
なぜか魔銃師会には憧れを持てなかった。
自分自身も魔銃兵は向いていないと思っていた。
父もそれには同意見だったようで、父から魔銃師会入りを勧められたことはない。
ガイスカの方には、熱心に勧めていたようだけど...。
意気揚々とエントリーしたはいいものの、実力不足は明らかで、
俺はアッサリと二回戦で敗退した。
根拠のない自信だけはあったので、めげずに翌年も志願した。
だが、結果は同じだった...。
-結局、やみくもに志願しても、それに伴うだけの実力がなければ、ただ徒に枠を消費するだけなんだ...。
根拠のない自信だけで突き進んだ自分が恥ずかしかった。
翌年はエントリーを諦めた。
ちょうどその頃、俺は今のカミさん...当時は恋人だったアラベルと結婚した。
本当は、二回目の挑戦で優勝できたら、即座にプロポーズするつもりだった。
...が、そんな物語のような、よく出来た展開にはなるはずもなく...
結果、グズグズとプロポーズできずにいる俺に放置されている親友を心配した妹から、キツイ一言を見舞われた。
「お兄ちゃん、アラベルちゃんはお兄ちゃんが恰好良くて強いから、好きになってくれたんじゃないと思うよ。だから、騎士になるまでなんて...引きのばす必要、ないんだよ!」
「...そ、それハッキリ言うなよ!」
「だから、そのままでいいじゃない。お母さんだって...強いからお父さんを選んだと思う?」
「いや...むしろ母さんはよくボヤイてたよな。『わたくしは「英雄の妻」になりたかったんじゃないのに...。出会った頃のように、もっと一緒に時間を過ごしたいのに』ってさ」
「アラベルちゃんは、お兄ちゃんと一緒にいて楽しい、いつもおどけながらも気を使ってくれる優しさが好きって言ってたよ。変に恰好つけないで、そのままの自分で、いいんだよ!」
「...そっか」
...こんなデキの悪い俺でも、好きになってくれる相手がいるなら...
俺はその娘のために生きよう...
こうして俺は、騎士への夢を一旦脇に置いて、アラベルとの新しい生活に軸足を移すことにしたー。
(つづく)