幸運の輝き。
「イグナシオさんどうしたの、試合の時と全然違うわ、そんなにウロウロしなくても。もう三人目ですもの、大丈夫よ...」
「何人目だろうと心配なことに変わらないよ...オリンピア、痛いところはない?大丈夫?」
試合が終わった後すぐ、飲みにいこうという悪友アシエルの誘いを一蹴して自宅に戻った。
今日は特別な日だった。
三人目の子供がこれから生まれることになっている。
産む当人のオリンピアは落ち着いていたけれど、見守る立場の自分で出来ることは少なく、かといって何もできないことも申し訳なく、結局ただ所在なげにウロウロしているだけだった。
「ウロウロしてるだけでも、いいのよ。その場にいないことが一番、腹立つの!」
母はそう言いながら、隣に立つ父の顔をチラっと見やった。
「どこかの誰かさんみたいにね」
「...あ、あの時は仕事や探索で余裕がなくて...でも、出産の時には間にあっただろう」
父は痛いところを突かれてしどろもどろになっている。
「まあいいわ...ジャスタス君頑張ってたのは知ってるから許してあげる。そうそう、イグナシオはあの時から優しかったものね。忙しいお父さんの代わりにずっと側についててくれたわ。」
...あの時母の側にいたのは今のおれじゃない。
意識の底に沈めた昔のイグナシオだ。
自分にあの時と同じ優しさが残っているかどうか、自分ではわからない。
けれど、オリンピアの気持ちが少しでも落ち着くなら...今は彼女の側についていたかった。それは本心からの気持ちだった。
「お義母さん...イグナシオさんは勿論今でも優しいですよ...あッ!」
普通に話していたオリンピアの表情がいきなり苦痛に歪んだ。陣痛が始まったようだ。
「オリンピアちゃん!いけない...巫女さんまだかしら?探してくるわね。イグナシオ、オリンピアちゃんの手をしっかり握ってあげてて!」
母が階下に降りようとしたときー、
「兄貴、巫女さんきたよー!」
一階から、妹のヒルデガルドの声がした。ちょうど到着したらしい。
「良かったわ...。じゃあ、邪魔になるといけないから、私たちは一階で待っていましょうね」
「えー、わたし、赤ちゃんが生まれるとこ、みたいー」
「あたしもー!」
娘たちはぐずったが、父が二人の頭を撫ぜながらなだめた。
「あんまり沢山人がいると、赤ちゃんもびっくりしちゃうんだよ。赤ちゃんとは後でいっぱいお話できるから、下でじいじとばあばと一緒に待っていようね。」
「うん...おじいちゃん、待ってる間遊んでくれる?」
「じいじ、お人形遊び、しよう!」
「お人形...あ...ああ、いいよ...じゃあ、行こう」
父は孫二人の手を引いて下に降りて行った。
厳めしい父が人形遊びをしている姿を見たいところだが...今はそれどころではない。
家族と入れ違いに巫女のフローラがやってきて、いよいよ出産が始まった。
苦しむ妻の手を握って励ますことしかできないのがもどかしいが...
後はフローラと妻に全てを託すしかなかった。
ふぎゃあ、ふぎゃあ!!
上二人の娘たちの時よりひときわ大きな産声が響いた。
「お母さん、頑張りましたね。元気な男の子ですよ」
...三番目の子供は、夫婦にとって初めての男の子だった。
「可愛い赤ちゃん...」
ようやくひと仕事を終えたオリンピアは、安堵に満ちた笑顔を浮かべた。
「名前をつけてあげてくださいね」
フローラがそう言って、息子をオリンピアに引き渡したその瞬間ー
子供の左肩のあたりがキラリと光った。
フローラはその輝きが何であるかすぐに気づいたようだ。
「あら?この子は神から特別な才能を授かったようですね。ほら...ここに印が※」
フローラが指し示した息子の鎖骨のきわには、小さく星形の痣があった。
「これは”グリニーの導き”の印だわ...おめでとうございます!」
グリニーの導き。
それは別名”罠除けの才”とも呼ばれ、この才を持つ者は、ダンジョンに張り巡らされた無数の罠を事前に察知できる特殊な感覚を持つことになる。武術職には就く者には非常にありがたい才能だった。
自分の血統には出やすい才のようで、曽祖父・祖父・父もこの才能の持ち主だ。
残念ながら自分にも弟妹にも発現しなかったし、二人の娘も同様だったから、てっきり父の代で途切れたと思っていた。
「イグナシオさん...この子に名前をつけてあげないと」
才能の発現に気を取られていて、大事なことを忘れるところだった。
名前は二人で事前に考えていた。
「ジーク」
「この子の名前は、ジーク・コロミナスです」
子供たちの名前は、ワ国に伝わる有名な叙事詩の登場人物から選んでいた。
「ジーク」はなかでもひときわ強力な戦士で、その名は「勝利」を意味する。
天賦の才を持つこの子にはうってつけかもしれない。
「ほら、赤ちゃんも素敵な名前をもらって喜んでますよ」
何はともあれ、オリンピアの胸に抱かれて微笑む息子は、才能など抜きにして愛らしかった。特徴的な長い睫毛は妻の方に似たようだ。
おれはジークのふわふわの頬をそっと撫でてみた。息子は反応してきゃっきゃと笑った。
「すごいよ...可愛いなあ。きっとオリンピアに良く似た、綺麗な目をした子になるね。男の子だけど...女の子みたいな美人になったりして!」
「イグナシオさん...早くも親バカだね」
「はは...だってそりゃあ...自分の子供は可愛いに決まってるよ。」
「親バカなくらいでちょうどいいんですよ...愛情で健やかに育ててあげてくださいね」
フローラは優しく穏やかな声でそう言い残して帰っていった。
「パパ!赤ちゃん生まれたの!!」
「おとうとー!あたし、おねえちゃんになったんだね!」
入れ違いに娘たちがけたたましい声をあげて二階に駆け登ってきた。
「こらこらあんた達、そんなに大きな声を上げると赤ちゃんびっくりしちゃうよ、そーっとしなきゃ、ダメ」
「ヒルダ姉ちゃん、はーい」
妹、それに父と母も一緒にやってきた。
「オリンピアちゃん、お疲れ様、イグナシオもね。明日はケーキでお祝いだね」
「二人ともおめでとう。無事に生まれて何よりだよ...。」
家の中全体が喜びの空気に包まれていた。めいめいがジークを抱きあげたり話しかけたりして、新しい家族の誕生を祝福してくれた。
夜も更け、家族達もそれぞれの床に入ってようやく寝静まったが、おれはまだ一人眠れずにいた。
ジークはおれの横ですやすやと寝息を立てている。
ーさて、まだ先のことだけど、どうするかなー
子供の人数は三人にしておこうと、オリンピアと事前に決めていた。そのうち長女のミカサも成人して結婚するから、娘の子作りに差し障りがないようにするためだった。
となると、例の「龍騎士の力の後継者」はこの三人から選ばなければいけない。
ジークがある程度大きくなり性格がはっきりしたら、その時が決め時だ...。
後継者が誰になろうと、その子が自分のように「ハートドロップ」を飲む羽目になるのだけは避けたかった。
三人のうち誰かが、自ら望んで宿命を背負い、使命を果たす意欲を持ってくれれば、それに越したことはない...。そうなってくれることを祈りたかった。
「はい、今日はケーキだよ。昨日ジークが生まれたお祝いね。」
「わーい!でもおばあちゃんのケーキがないよ?おばあちゃんだけパウンドケーキ?」
「ボワの実が足りなかったの。でもいいの。こっちにはたっぷりポムの火酒を効かしてるからね、おばあちゃんは大人の味で、い・い・の♪」
翌日もコロミナス家は祝祭ムードだった。
「よう!今度は男の子だったって?おめでとう!!」
そこへ伯父夫婦が訪ねてきてくれた。
「わーい!カールさんとアラベルさんだー!」
子供好きの二人の登場に、娘たちは歓声をあげて喜んだ。
「ジーク君何が好きか解らないから、お祝いにおもちゃ一通り持ってきたのよ」
「えー?ジークだけ?わたしたちには?」
アラベル伯母さんはにっこり微笑んで、ミカサとアニにリボンを巻いた小箱を手渡した。
「はい、ミカサちゃんには、積み木。アニちゃんにはお人形ね。二人の好きなものは、大伯母さんちゃーんと解ってますからね。」
「わーい、ありがとう!!」
「アラベルさん、いつもすみません...」
こんな感じで、伯父夫婦は折に触れて娘たちに贈り物をよこしてくれる。
「うちはもうアルドも成人しちゃったから...。ランスの所に二人目ができるのも当分先だしね。こうしてミカサちゃんたちと遊べるの、私たちこそ楽しみにしてるのよ。気にしないでね」
「じゃ、早速だけど坊主の顔を見させてもらおうか。」
「どうぞどうぞ、ぜひ私の可愛い孫に会ってあげてちょうだい!」
母が伯父夫婦を先導して二階に案内してくれた。
「さて。未来の大物君、初めまして。君のご所望のおもちゃ、教えてくれるかな?」
伯父がまるで王族に対するような恭しい手付きで、オリンピアに抱かれたジークの目の前に、三種類の玩具を差しだした。
「ぱぷ...?」
ジークは一瞬だけきょとん、と首をかしげたが、すぐに木剣に手を伸ばし、しっかりと握りしめたと思ったら、今度はブンブンと振り回し始めた。
「きゃ、きゃは、きゃはは!」
「ハハハ!こいつは随分とやる気満々だな!俺はそういうの大歓迎だよ、お前、将来近衛騎士隊に入るかい?」
「はーいー♪」
「はーいー?そうか!じゃあ俺、長生きして待ってなきゃいけないな!」
...こいつが伯父の言う通り近衛騎士隊に入ってくれるなら、龍騎士の剣とスキルを得る確率が上がるわけだから、確かにこちらとしても願ったりだ。
だけどそう上手くいくかな?
おれはジークがご機嫌でケラケラ笑う姿を見ながら、今後のことをぼんやりと考えていた...。
※天賦の才の発現と種類、巫女さんどうしてわかるの?とプレイしながら疑問だったので、ついつい「聖痕」みたいなものがあるに違いない!と設定を勝手に捏造してしまいました(^^;痕が出る位置については個人によって異なります。ジークの位置を「鎖骨の際」にしたことは...単純に、「成人した後セクシーだから」という理由です。変態ですねすみません...(^^;